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エンディング 卒業パーティー(1)

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「いよいよ明日はゲームのエンディング、卒業パーティーね」

 学園のティールームのソファーに座り、マリアの入れてくれたお茶を片手にマーガレットがつぶやく。
 ダンスのイベントの日を最後に学園には来ていなかったが、卒業パーティーを明日に控え、このティールームで打ち合わせを行うことにした。

 卒業パーティーは、このセントレア学園の最大の行事。
 国王も参加してのパーティーは貴族の子女のデビュタントを兼ねており、この日を境に、卒業生たちの活動の舞台が社交界に移る。

「そうだな……。この部屋で作戦会議を開くのも今日が最後か……」

 マーガレットの左隣で、レオナルドがテーブルに置かれたビスケットをつまみながら感慨深げに答えた。
 以前は向かい合わせに座っていたが、記憶を思い出してからというもの、一緒に座るときは隣同士だ。

「うふふっ、もう準備は完璧よ」

 喋りながら、マーガレットが小さく口を開ける。
 それを見たレオナルドが、にっこりと笑ってビスケットを口の中に入れてくれた。

「コホン、コホン」

 壁際からマリアの咳払いの声がする。
 ふたりがあまりにもラブラブモード全開なので、侍女として主人をたしなめているのだ。

 このティールーム、マーガレットが使っている間は誰も入って来ないので、大好きな人との絶好のデートスポット。
 それをいいことに、ちょっと調子に乗りすぎですよ、というわけ。

 マーガレットはペロリと舌を出しつつ、もぐもぐとビスケットを味わう。
 自分で焼いたビスケットは、大好きな人の手を経ると、さらにおいしい味に変わる。誰になんと言われようと、この喜びはやめられない。

「明日の準備は完璧か……。でも、最後にもう一度おさらいしておこうか」

 マリアに咳払いされたレオナルドが、真面目な表情で背筋を伸ばした。

「そうね、そのために今日は学園に来たんだもんね……。あとで一緒に会場の下見に行きましょ」

 ビスケットを食べ終わったマーガレットも、彼につられて真面目な顔になる。

 記憶を取り戻してからは、三日と空けずにお互いの屋敷を往復して、打ち合わせを重ねてきた。
 明日の卒業パーティーで、思惑通りに婚約を解消してもらうためだ。

 レオナルドとの明るい未来が待っているのに、万が一にも『国外追放』なんてことになったら、目も当てられない。
 ゲームのストーリーを知っているクララに邪魔されないよう、慎重に対策を考えてきた。

「会場のダンスホールに全員が揃ったら、学園長と国王の祝辞があるだろ……。そのあとだよな、ランバート王子が話し始めるのは」
「そうよ。卒業生代表としてスピーチするんだけど、それが終わったら、『ここでオレは宣言する!』って叫んで、あたしとの婚約解消を宣言するの」
「なかなか勇気あるよなぁ……。わざわざそんなことするって」

 レオナルドが呆れ顔になる。
 たしかに、婚約を解消するだけなら、パーティー会場で大勢の前で叫ばなくたって、文書を送りつければ済む話。
 ランバート王子も、ダンスのレッスン室で「それで充分だ」と話していた。
 それなのに、ゲームのストーリーどおりの展開。――きっと、クララの入れ知恵だろう。

「もう婚約解消に応諾する返事を出してあるのにね……。お父様によると、ランバート王子がクララに箔をつけるために、大勢の前で宣言したがってるんですって」
「なるほど……。クララ嬢はホワイトスノウ公爵家の血筋といっても、平民育ちだからな。その気持ちはわからんでもないが……」
「そうなのよ。息子のわがままに、国王陛下も困ってらしたそうよ」

 レオナルドが苦笑した。

「それで、親バカなことに、息子のわがままを聞いてやると?」
「うん。そうすれば、ホワイトスノウ公爵家の顔も立つから……国王陛下に頭を下げて頼まれた、ってお父様が言ってたわ」

 クララは聖女とはいえ、半年前までは平民だったので、貴族の中には眉唾まゆつばだと言う者もいる。
 だから、マーガレットに婚約を解消される役を演じてもらい、彼女を王太子の新しい婚約者として華々しくデビューさせてほしい、そう頼まれたらしい。
 誰にも頭を下げないはずの国王から。

「お父様ったら、王家に恩を売るだけじゃなくって、領地の税金を半減する約束も取りつけたって、ホクホク顔だったわ」
「はははっ。婚約の解消なんて、メグにとっては願ったり叶ったりなのにな」
「そうなの。あたしとしては、みんなの前でランバート王子と関係が切れることをハッキリと宣言してもらえるの。彼との仲が悪いことは知れ渡ってるから、誰もあたしが可哀そうなんて思わないし、嬉しい限りだわ」

 マーガレットとしては、もはやランバート王子には何の思い入れもないし、一日でも早く婚約を解消したいところだが、この話に乗ることにした。

 卒業パーティーで婚約解消を宣言してもらえれば、その後は、堂々とレオナルドとお付き合いができる。
 ブラックレイ公爵家とハドソン侯爵家の間で婚約の話も進んでいるから、そっちの準備も万全――

 マーガレットが心の中でうなずくと、レオナルドが心配顔を向けた。

「ただ、気になるのはクララ嬢の思惑だ。彼女、いつも俺たちの先回りをしてきただろ? なにか仕掛けてくるかもしれない」
「うーん、だけど、王子様と婚約できるのに、それ以上に仕掛けてくることってあるかしら」
「そうだな……。なにがなんでも国外追放にしたいとか? だって、それが、ゲームの『ハッピーエンド』なんだろ?」

 乙女ゲーム『胸キュン☆セントレア学園』の王子ルートでは、ヒロインのハッピーエンドで悪役令嬢は国外追放、バッドエンドで臣下への降嫁だった。
 マーガレットの希望は、臣下であるレオナルドとの結婚。
 本来なら、ヒロインのバッドエンドの結末だ。

「だからこそ、国王陛下には、彼女と王太子の婚約も、あたしたちの婚約も、どっちも認めてもらったんじゃない? 今さらそれがくつがえるとは思えないけど?」

 マーガレットが答えると、レオナルドはしばらく考え込んでから、最後にうなずいた。

「それもそうだな……。よし、それじゃあ、会場の下見に行こうか」
「うん……。あっ、でもその前にビスケットをもうひとつ欲しいな……、あーん」

 小さく口を開けておねだりすると、レオナルドがビスケットを入れてくれた。
 あまりに子供っぽかったからだろう、壁際に控えていたマリアもたしなめるのを忘れ、ぷぷっと吹き出していた。




 
 ◇◆◇
 




 卒業パーティー当日――

 セントレア学園のダンスホールは、このノースランド王国でも屈指の広さと荘厳さを誇っている。
 百年前の建国の年に建てられ、長きにわたり、貴族の子女の成長を見守ってきた。
 今の世代の貴族たちは誰もがここでデビュタントを果たし、貴族の一員となって巣立っていった場所だ。

 その歴史あるダンスホールで今年も多くの生徒が卒業するが、舞踏会には、生徒の親だけではなく、王家をはじめとして王国中の貴族がこぞって参加する。
 年に一度、必ず行われるこのパーティーで、王族との知己を得たり、新しい貴族の卵たちを自分の派閥に取り込んだりするためだ。

 夕方に始まった卒業パーティーは、予定のプログラムどおりに進み、学園長の挨拶と国王の祝辞をつつがなく終えた。
 今は、ランバート王子による卒業生代表の答辞が行われているところ。

「――この学園でともに学んだ仲間は、将来にわたる貴重な財産であり――」

 ダンスホールのど真ん中。
 ドレスと礼服に身を包んだ生徒たちの列から十歩ほど前に出たところに立ち、ランバート王子が王族席の国王陛下――つまり自分の父親――に向かって、気概と抱負を述べている。

 マーガレットとレオナルドは、卒業生の最前列にふたり並んで、ランバート王子の後ろ姿を眺めていた。
 少し離れた隣の在校生の列では、今やホワイトスノウ公爵家の令嬢となったクララが、豪華なドレスに身を包み、やはり最前列に立っている。
 チラチラと横目でこちらを気にしているようだ。

「レオン、もうすぐランバート王子の答辞が終わるわ」
「ああ……、いよいよだな」
「あたし、こんなに大勢の貴族が集まるなんて思わなかった」
「今年は王太子が卒業するからね。彼とつながりを得たい貴族たちが、こぞって参加しているらしい……。大丈夫か、メグ?」
「ちょっと緊張するけど、大丈夫。台本も決まってるし」

 お互いにしか聞こえない小さな声で話し、瞳で笑い合う。
 この卒業パーティーは、男女がパートナーを組んでエスコートしてもらうのが決まり。
 レオナルドがマーガレットのエスコート役なので、こうしてくっついていても、特に不自然ではない。

 本来なら婚約者であるランバート王子がエスコートすべきだが、彼は在校生のクララをエスコートすることになったので、マーガレットも堂々とレオナルドにお願いすることができた。

「――我々、卒業生は、高い志を胸に王国の繁栄に尽くします!」

 ランバート王子の答辞が終わった。
 参加している貴族たちから、割れんばかりの拍手が贈られる。
 それに応えて、四方八方に手を振る彼の姿も堂々たるもの。さすがは将来の名君になる逸材、と言われるだけのことはある。

「最後にこの場をお借りして、オレは宣言する!」

 拍手が鳴り終わると同時に、ランバート王子が卒業生のほうに向きを変え、会場全体に響くような大声を上げた。

 ――いよいよ始まった。
 マーガレットは気を引き締める。

「オレは未来の王国を担う王太子として、ふさわしい女性を伴侶に選ぶことにした! ――クララ・ホワイトスノウ公爵令嬢、こちらへ」

 呼ばれたクララが前に出て、しずしずと歩いていく。
 彼女にとっての晴れ舞台。
 少し上気した頬をほのかに朱に染めて、ランバート王子の隣に並んだ。

「彼女は、癒しの力を持つ聖女である。また、ホワイトスノウ公爵家の血を引く由緒正しき女性でもある。将来の王太子妃となるにふさわしい!」

 居並ぶ貴族たちから、「おぉー」、とか、「あれが噂の聖女ですか」という声が上がる。

 ランバート王子は、会場のざわめきにしばらく耳を傾け、それが好意的なものであることを確かめると、満足げにうなずいてから、おもむろに片手を上げた。

 会場が徐々に静まっていく。
 やがて、会場がいだ湖面のようにシーンと静まり返り、全員が固唾を飲んで見守る中、ランバート王子がマーガレットに視線を向けた。

 マーガレットも背筋を伸ばす。
 さあ、待ちに待ったクライマックス。
 彼との婚約から、やっと解放される。
 ――もしかしたら、ゲームの中のマーガレットも、同じ気持ちでこの瞬間を迎えたんじゃないだろうか。

 そんな考えが頭に浮かんだ時、ランバート王子が声高らかに宣言した。

「ブラックレイ公爵令嬢、そなたとの婚約を解消する!」

 ――なんて美しい響きだろう。
 そう思った。


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