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イベント2 手作りサンドイッチ(2)

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 サンドイッチのイベントの日――

 朝早くに起きて、マリアとともにウキウキ気分でサンドイッチを作ったマーガレットは、午前中の授業をほとんど上の空で聞いていた。

 教室全体を見渡せる一番後ろの窓際、いつものマーガレットの指定席。
 そこから最も遠い最前列の通路側に座っているランバート王子を眺め、心の中でつぶやく。

(庭園では、ヒロインが座る端っこのベンチじゃなくて、真ん中のお花の前に座るの。そしたら、レオンが王子様を連れて来てくれるのよね)

 今日の段取りは、レオナルドの提案。
 前回の刺繍のハンカチでは、ゲームのヒロインのイベントと同じ日の同じ場所で待っていたために、彼女とバッティングしてしまった。
 だから、今回は、日時はそのままにして、ヒロインから離れたところに座るつもりでいる。

 ――ゲームのストーリーでは、平民出身のヒロインは、他の生徒たちの目につかないよう、庭園のすみの木陰の下のベンチに座ってひっそりとお弁当を食べる。
 この日、ランバート王子は、爽やかな秋の空気を感じながらお昼を食べたくなり、食堂でパンだけを受け取って、庭園にやってくるのだ。
 そして、足の向くまま気の向くまま、奥のほうまで歩いていき、木陰に座るヒロインを見つけて声をかける――

(ランバート王子が庭園の入り口をくぐったら、正面のベンチにあたしが座ってるの。そこでにっこりと笑って「サンドイッチはいかが?」って言えば、きっと手を伸ばしてくれるはず。うふふっ、楽しみだわぁ)

 頭の中は、ぽわぽわとした楽しい想像でいっぱい。
 早く講義が終わらないかと、何度も時計に目をやるが、こんなときの時間はなかなか前に進まない。

「メグ、ちゃんと講義を聞けよ」
 
 隣に座るレオナルドから、小声で指摘が飛んできた。
 そちらを見ると、彼の呆れ顔がマーガレットに向けられていた。

「うん、ちゃんと聞いてるよ」
「いやいや、聞いてないだろ。おおかたイベントのことで頭がいっぱいなんだろうけど……、授業中くらい、王子のことは忘れたらどうだ?」

 冷静な突っ込みが入る。
 さすがはレオナルド、なんでもお見通しだ。
 その慧眼けいがんには恐れ入るが、まるで心の中まで見透かされているみたいで、ちょっと悔しい。

「そ、そんなことないよ。ちゃんと先生の話、聞いてるもん」
「そうか? ずっとソワソワしていて、しかも顔がニヤけっぱなしだが?」
「そんなことないし……っていうか、表情だけで、講義を聞いてない、なんて決めつけないでよね」

 ニヤけていると言われて、慌てて表情を引き締める。公爵令嬢たるもの、ふやけた顔を周りに見られるわけにはいかない。
 すると、レオナルドが小さく、ぷっと吹いた。

「くくっ、今さら取り繕ってもなぁ……。今はの講義中だから、机の上のの教科書は片付けたほうがいいんじゃないかな?」

 マーガレットは、慌てて視線を手元に落とす。
 教科書は、『王国経済学』――しかも上下逆さまだ。
 授業を聞いていなかった動かぬ証拠を指摘され、恥ずかしさで自分の顔が真っ赤になるのがわかる。
 慌てて教科書とノートを入れ替えた。

「そうそう、授業はちゃんと聞こうね」
「は、はい……」
「まあ、気持ちはわからんでもない。なにごとも準備は大切だからな」
「……えっ?」
「今日はうまくいくように注意しろよ」
「……う、うん」

 さっきまで授業を聞くように言われていたのに、いきなり激励されて戸惑っていると、教壇から先生の声が響いてきた。

「はい、本日の講義はここまで!」

 その声に、顔を上げて壁の時計を見る。
 時計は十二時。いつの間にか授業時間が終わっていた。
 隣を見ると、レオナルドがニヤリと笑う。

「時間が早く進んでよかったな。頑張ってこいよ」

 どうやら、ソワソワしていたマーガレットを見かねて、時間つぶしに付き合ってくれていたらしい。

「うん、ありがとう。じゃあ、先に行くね」

 彼に励まされて、気分良く大講堂から外へと出る。
 ふと空を見上げると、ゲームの設定どおり、爽やかな秋の青空が広がっていた。



 
 ◇◆◇ 
  



「お嬢様、どうかご武運を」
「うふふっ、マリアは大げさだわ。でも、ありがとう」
「はい、いってらっしゃいませ」

 授業が終わると、マーガレットはすぐに女子寮へ行き、マリアからバスケットを受け取ってから庭園へと急ぐ。

 サンドイッチは、朝早くに起きて作ったもの。
 いい匂いのするバスケットを持って教室に行くのはさすがに迷惑だと思い、彼女に預けておいたのだ。
 そのおかげで、イベントの前に心のこもった応援をもらえた。盛り上がっている気分がさらに上がる。

 庭園に近づくと、ちょうどヒロインが庭園に入っていくのが見えた。
 彼女に話しかけられないよう、慎重にその後ろ姿を見送る。

 そして、少し間をおいてから中に入った。
 周りに誰もいないことを確認して、真ん中のベンチに腰を下ろす。

「さあ、これでもう大丈夫。あとは来てくれるのを待つだけだわ」

 手に下げていたバスケットを膝に乗せて、ランバート王子が現れるのを待つ。

 好きな人を待つ時間は楽しい。
 これから起きるイベントを思い描いて、心はドキドキ、頭はワクワクが止まらない。

 なにしろ、今回は邪魔される心配がない。
 ヒロインは遠くのベンチに座っているし、レオナルドも細心の注意を払ってくれる。
 あとはランバート王子に話しかけるだけ。
 何かをきっかけにして会話さえすれば、マーガレットが優しくなったことをわかってもらえるはず――

 ドキドキしながら待っていると、しばらくして入り口にランバート王子が現れた。
 後ろにはレオナルドの姿も見える。
 正面に座るマーガレットが目に入ったのだろう、ランバート王子の顔が、あからさまにゆがんだ。
 そのまま、ずんずんと近づいてくる。

(笑顔を保って! 負けるな、あたし!)

 ――今日こそ、絶対に関係を変えてみせる!
 うつむきそうになる自分に言い聞かせ、ぐっと顔を上げる。

 しかし、そんなマーガレットの前に、ランバート王子が仁王立ちになった。

「ラ、ランバート様……」
「貴様! クララ嬢を追い出したな!」

 勇気を振り絞って声を出そうとしたマーガレットの耳に、刃物のような鋭い声が突き刺さり、全身がびくっと震える。

 またしても、いきなりの攻撃。
 しかも、ひどい呼び方。
 仮にも婚約者に向かって、貴様、はない。
 ひどい言葉と氷点下百五十度くらいの冷たい視線が、一撃でマーガレットの心を打ち砕く。

「あ、あたしは……」
「貴様、またクララ嬢の邪魔をする気か?」
「えっ……?」

 いったい何のことだろう。
 彼女がここで昼食を食べることは知っているが、邪魔する気なんて、さらさらない。
 むしろ、邪魔されないように、距離を取ったのだ。

「オレは見ていた! 貴様はクララ嬢の後をつけて、庭園に入っただろう?」

 どうやら、ずっと見ていたらしい。
 だけど完全な誤解。
 そう見えたのかもしれないが、全く違う。

「ち、ちがうの……、あたしはサンドイッチを――」

 ――あなたと食べたかったの。
 そのひと言が、喉がつかえたように出てこない。
 ランバート王子の放つ険悪な空気が怖い。
 男性の本気の怒りを前にすると、恐ろしくて身も心も震えあがってしまう。

「見ろ! 貴様が追い出したから、クララ嬢があんな暗いところに座っているじゃないか!」

 庭園の端に座るヒロインを見つけたのだろう、さらに冷たい目でマーガレットを睨みつけてきた――

 もう、なにをどう説明すればいいのかわからない。
 事実と誤解が混ざり合ってぐちゃぐちゃ。
 それでもマーガレットは勇気を振り絞る。
 ランバート王子と一緒にサンドイッチを食べたかった。――そのことだけは伝えたい。

 ぶるぶると震える手で、膝の上のバスケットの布をめくる。
 その下から、きれいに並べられたサンドイッチが現れる。
 ところが、サンドイッチを目にした途端、ランバート王子の怒りがさらに激しさを増した。

「貴様、やはりそうか! クララ嬢がオレを昼食に誘ったのを耳にしたんだな? 彼女の質素な昼食を馬鹿にするつもりか! ふざけるな!」

 激しい言葉とともに、マーガレットが両手で支えていたバスケットを、憎々しげに払いのけた。

 バシッ

 バスケットが地面に転がった。

「あっ――」

 マーガレットの口から声にならない声が出る。
 一緒に食べてもらいたくて作ったサンドイッチなのに――

 慌ててベンチを離れ、転がったバスケットに駆け寄った。
 大半のサンドイッチが地面に散らばってしまい、がっくりと肩を落とす。
 項垂うなだれるマーガレットに、ランバート王子が冷たい言葉を浴びせた。

「フンッ、なんの真似だ? どうせ貴様のこと、おおかた料理人を脅して作らせたのだろう。そんなものでオレたちの邪魔などさせん!」

 きつい口調で言い捨て、すたすたとヒロインの座るベンチに歩いていく。
 呆然とその背中を見送っていると、ベンチから立ち上がるヒロインの姿が見えた。
 ふたりは、しばらくの間、その場で言葉を交わしていたが、やがてベンチを離れ、庭園の奥に消えていった。

 場所を変えるために、別の出入り口に向かったのだろうか。
 そんなふたりの様子を、ランバート王子の婚約者であるはずのマーガレットは、ただ黙って見ているしかなかった。


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