59 / 181
第59話「お酒って、なあに?」
しおりを挟む
ダンと乾杯したエリンは、再びマグの中を見た。
鮮やかな赤をしたワインと比較すると、濃い茶色をした液体だ。
エリンは、恐る恐る口をつけてみた。
「苦いっ!」
どうやら……
ワインの甘さをイメージしていたエリンには、刺激が強すぎたようである。
しかし口に含んでいるうちに、エール特有の芳醇な麦芽の味に慣れて来た様子だ。
「苦いけど……美味しい! 喉にしみるぅ」
エリンの言葉を聞き、見守っていたダンにも、笑顔が浮かぶ。
「ははは、良かった! ワインが葡萄なら、エールは大麦という植物から作った酒なんだ。それにしてもエリンはいける口みたいだな」
「いけるクチ?」
「ああ、酒好きって事だ」
酒好きと、ダンから言われたエリンは嬉しそうに頷く。
「うん! 最初は苦かったけど……美味しいよ、エール」
「良かった! それに今日はタチの悪い奴は居ないようだ」
「タチの悪い?」
「ああ、酒に酔っ払うと、人間の素の部分やこうしたいという欲求が強くなる。エリンみたいな女の子に、しつこく声を掛けたくなるものさ」
「しつこく声を掛ける? それってナンパ? そういえば、ダンもやったよね」
旧悪? を蒸し返されて、ダンは「しまった!」という顔をする。
「う! チャーリー達とここで飲んだ時だ……確かに……あの時は俺もタチの悪い酔っ払いだったな」
「ダンのエッチ! 飢えた狼!」
「飢えた狼って、あのな……俺はもう、ナンパなんかしないよ」
「うん! 分かってる。ダンにはエリンが居るんだものね! 他の女の子なんて必要ない!」
「そうだな、必要ない」
「うふ! エリンもダンが居るから、他の男子は全く不要。後はお酒もダンと一緒の時以外は飲まない……酔っ払うと危ないから」
エリンが店内を見渡すと、飲み食いしている客は、殆どが冒険者のようであった。
依頼を無事済ませて、ホッとひと息ついているのだろう。
男も女も皆、既に酒が回っているようだ。
凄い、大声で話している。
中には興奮して、歌っている者まで居た。
エリンは、改めて認識する。
酒を飲んで酔うとは、自分を見失う事なのだと。
周囲を見たエリンは、以前自分が酔っ払った時の事を思い出した。
あの時自分は、あっという間に眠くなり、まったくの無防備であった。
ダンだから良かったものの、もし違う男と一緒だったら……
今考えれば、ぞっとするエリンである。
自分の大事な身体を、変な男に弄ばれたら……
万が一乱暴されたら……
夫であるダンに対し、顔向け出来ない。
絶対に、乱暴した相手を殺して自分も死ぬ……
エリンは、そのような価値観を持つ女の子だった。
「酔うって……怖いな……人間が理性という鎧を脱がされ、全くの無防備になる」
ダンが、「ぽつり」と言う。
まるで、エリンの心の中を見抜くように。
「あくまで俺の私見だけど……酒には良い酒と悪い酒がある」
「良い酒と悪い酒?」
「ああ、そうだ。良い酒ってのは、明日への活力を生むための酒だ。飲むと元気になる、良い意味で切り替えが出来る……そんな酒だ」
「元気になるお酒か……エリン、分かるよ」
「うん! そして悪い酒ってのは、飲むと『悪魔』に変身する酒だな」
「悪魔?」
「ああ、酒癖が悪いともいう。理由もなく他人に絡んだり、ひとりよがりで根拠のない説教をする酒だ。やたら大声出して、うるさいのも困る」
ダンの言葉を聞いたエリンは、再び周囲を見た。
該当しそうな者が、いっぱい居そうだ。
エリンは、眉間に皺を寄せる。
「それ……エリンも嫌だ。でもさ、ダン……お酒って美味しいけど……どうして皆、酔うまで飲むの?」
「ああ、酒ってのは理性を失うと同時に、さっき言ったように良い意味で切り替えが出来るからさ。様々なつまらない、しがらみを捨てる事が出来る」
ダンはそう言うと、何故か遠い目をした。
エリンは、ダンの眼差しが同じだと思った。
今日会った冒険者ギルドのマスター、ローランドの寂しい眼差しと……
ローランドには、辛い過去があるらしい。
『しがらみ』って、もしかして辛いものなのだろうか?
エリンはつい、それを知りたくなる。
「しがらみ?」
「そう、しがらみ……俺もあるよ、何度か酔っ払った事。もう二度と戻れない、元居た世界の事を思い出した時や、ここに来て仲間になった親しい奴が依頼の最中に死んだとか聞くとね。……無性に飲みたくなる」
「そう……なんだ。辛い事を忘れる為……」
エリンだって悪魔との戦いの日々や、結果……父と一族が無残に殺された事を思い出すと辛い。
そして、虚しくなる。
ダークエルフで、たったひとり生き残ったエリン。
自分だけで生きて行く事はとても寂しく、ネガティブにもなる。
それが、エリンの『しがらみ』かもしれなかった。
ダンのお陰で、何とか前を向ける。
が、もし彼が居なかったら……
辛い事を忘れる為、自分もたくさんたくさんお酒を飲むだろうと。
そう思うと、酔っ払っていろいろな事を忘れようとする行為が、エリンには分かるような気がした。
と、その時。
「お待たせしましたぁ!」
ニーナの声が響く。
エリンが見ると、ニーナが注文した料理をいっぱい抱えて立っていた。
そして彼女と共に、やはり料理をたくさん抱えた、ダンよりガタイの良い老齢の男も立っていたのである。
「おう、ダン。よく来たな!」
先程、厨房で汗だくになって調理をしていたこの男が……
居酒屋英雄亭主人、モーリス・ワイルダーであった。
鮮やかな赤をしたワインと比較すると、濃い茶色をした液体だ。
エリンは、恐る恐る口をつけてみた。
「苦いっ!」
どうやら……
ワインの甘さをイメージしていたエリンには、刺激が強すぎたようである。
しかし口に含んでいるうちに、エール特有の芳醇な麦芽の味に慣れて来た様子だ。
「苦いけど……美味しい! 喉にしみるぅ」
エリンの言葉を聞き、見守っていたダンにも、笑顔が浮かぶ。
「ははは、良かった! ワインが葡萄なら、エールは大麦という植物から作った酒なんだ。それにしてもエリンはいける口みたいだな」
「いけるクチ?」
「ああ、酒好きって事だ」
酒好きと、ダンから言われたエリンは嬉しそうに頷く。
「うん! 最初は苦かったけど……美味しいよ、エール」
「良かった! それに今日はタチの悪い奴は居ないようだ」
「タチの悪い?」
「ああ、酒に酔っ払うと、人間の素の部分やこうしたいという欲求が強くなる。エリンみたいな女の子に、しつこく声を掛けたくなるものさ」
「しつこく声を掛ける? それってナンパ? そういえば、ダンもやったよね」
旧悪? を蒸し返されて、ダンは「しまった!」という顔をする。
「う! チャーリー達とここで飲んだ時だ……確かに……あの時は俺もタチの悪い酔っ払いだったな」
「ダンのエッチ! 飢えた狼!」
「飢えた狼って、あのな……俺はもう、ナンパなんかしないよ」
「うん! 分かってる。ダンにはエリンが居るんだものね! 他の女の子なんて必要ない!」
「そうだな、必要ない」
「うふ! エリンもダンが居るから、他の男子は全く不要。後はお酒もダンと一緒の時以外は飲まない……酔っ払うと危ないから」
エリンが店内を見渡すと、飲み食いしている客は、殆どが冒険者のようであった。
依頼を無事済ませて、ホッとひと息ついているのだろう。
男も女も皆、既に酒が回っているようだ。
凄い、大声で話している。
中には興奮して、歌っている者まで居た。
エリンは、改めて認識する。
酒を飲んで酔うとは、自分を見失う事なのだと。
周囲を見たエリンは、以前自分が酔っ払った時の事を思い出した。
あの時自分は、あっという間に眠くなり、まったくの無防備であった。
ダンだから良かったものの、もし違う男と一緒だったら……
今考えれば、ぞっとするエリンである。
自分の大事な身体を、変な男に弄ばれたら……
万が一乱暴されたら……
夫であるダンに対し、顔向け出来ない。
絶対に、乱暴した相手を殺して自分も死ぬ……
エリンは、そのような価値観を持つ女の子だった。
「酔うって……怖いな……人間が理性という鎧を脱がされ、全くの無防備になる」
ダンが、「ぽつり」と言う。
まるで、エリンの心の中を見抜くように。
「あくまで俺の私見だけど……酒には良い酒と悪い酒がある」
「良い酒と悪い酒?」
「ああ、そうだ。良い酒ってのは、明日への活力を生むための酒だ。飲むと元気になる、良い意味で切り替えが出来る……そんな酒だ」
「元気になるお酒か……エリン、分かるよ」
「うん! そして悪い酒ってのは、飲むと『悪魔』に変身する酒だな」
「悪魔?」
「ああ、酒癖が悪いともいう。理由もなく他人に絡んだり、ひとりよがりで根拠のない説教をする酒だ。やたら大声出して、うるさいのも困る」
ダンの言葉を聞いたエリンは、再び周囲を見た。
該当しそうな者が、いっぱい居そうだ。
エリンは、眉間に皺を寄せる。
「それ……エリンも嫌だ。でもさ、ダン……お酒って美味しいけど……どうして皆、酔うまで飲むの?」
「ああ、酒ってのは理性を失うと同時に、さっき言ったように良い意味で切り替えが出来るからさ。様々なつまらない、しがらみを捨てる事が出来る」
ダンはそう言うと、何故か遠い目をした。
エリンは、ダンの眼差しが同じだと思った。
今日会った冒険者ギルドのマスター、ローランドの寂しい眼差しと……
ローランドには、辛い過去があるらしい。
『しがらみ』って、もしかして辛いものなのだろうか?
エリンはつい、それを知りたくなる。
「しがらみ?」
「そう、しがらみ……俺もあるよ、何度か酔っ払った事。もう二度と戻れない、元居た世界の事を思い出した時や、ここに来て仲間になった親しい奴が依頼の最中に死んだとか聞くとね。……無性に飲みたくなる」
「そう……なんだ。辛い事を忘れる為……」
エリンだって悪魔との戦いの日々や、結果……父と一族が無残に殺された事を思い出すと辛い。
そして、虚しくなる。
ダークエルフで、たったひとり生き残ったエリン。
自分だけで生きて行く事はとても寂しく、ネガティブにもなる。
それが、エリンの『しがらみ』かもしれなかった。
ダンのお陰で、何とか前を向ける。
が、もし彼が居なかったら……
辛い事を忘れる為、自分もたくさんたくさんお酒を飲むだろうと。
そう思うと、酔っ払っていろいろな事を忘れようとする行為が、エリンには分かるような気がした。
と、その時。
「お待たせしましたぁ!」
ニーナの声が響く。
エリンが見ると、ニーナが注文した料理をいっぱい抱えて立っていた。
そして彼女と共に、やはり料理をたくさん抱えた、ダンよりガタイの良い老齢の男も立っていたのである。
「おう、ダン。よく来たな!」
先程、厨房で汗だくになって調理をしていたこの男が……
居酒屋英雄亭主人、モーリス・ワイルダーであった。
0
お気に入りに追加
299
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
魔法のせいだからって許せるわけがない
ユウユウ
ファンタジー
私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。
すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました
toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。
残酷シーンが多く含まれます。
誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。
両親に
「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」
と宣言した彼女は有言実行をするのだった。
一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。
4/5 21時完結予定。
美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる