上 下
35 / 181

第35話「王都へ」

しおりを挟む
 旅姿のダンとエリンは今、アイディール王国王都トライアンフ正門前に居た。
 
 目の前に10m以上はある、石を積み上げた頑丈そうな外壁がそびえたっている。
 重厚な木製の正門は大きく開かれており、門の前には王都への入場許可を貰うのを待つ、夥しい数の旅人が列を作っていた。

 まだ、ふたりが山奥の自宅を出発して、1時間も経っていない。
 自宅から王都までは馬で3日ほどの距離だが、転移魔法と飛翔魔法でここまであっという間に到着した。

 当然、ダンから魔法の事は口止めされており、ふたりはいかにも長旅を経て着いたという顔つきで立っていたのである。

 だが、ここまで来る過程はまだ良い。
 ダンの魔法が凄いのは分かっている。
 心の準備も出来ていた。
 飛翔魔法は相変わらず素敵だったし、覚えたての転移魔法も今度は上手くいった。
 だから素晴らしいとは思ったが、びっくり仰天という事にはならない。

 しかしエリンは生まれて初めて見る、王都という巨大な街の威容にはとても驚いてしまった。
 ダンから聞いて想像していたより、何もかもスケールが桁違いなのだ。
 だからエリンは、先程から目がず~っとまん丸である。

「ダン、ねえったら、ダン! す、凄い人の数だよ~、それにこれ石の壁? 高~い! 何でなのぉ?」

 ダンから色々と教えて貰っていたエリンではあったが、初めて見る風景や人や物が面白くて珍しくて仕方がなかった。

 ダンが微笑んで、エリンの疑問に答えてやる。
 最初の約束とは違うが、エリンの正体がばれそうな質問はすぐに止めるつもりだ。

「王都の街壁が高くて頑丈なのは、人間同士の戦争や魔物の襲撃などから王都市民を守る為だ。または境界線の意味もある」

「境界線?」

「ああ、このアイディール王国の中で王都の場所がこの街壁内という事さ」

「あう!? このずうっと続く壁の中が全部王都?」

 エリンは石壁を目で追ったが、どこまで続いているか見当もつかなかった。
 ずっと上ばかり見上げていたので、だんだんくらくらして来た。
 思わず、倒れそうになる。

 ダンが慌てて、エリンを支える。

「おいおいおい、大丈夫か」

「うい~……どきどきする~、何かワイン飲んだ時みたい~」

「ほら、鎮静《リミッション》」

 ダンがそっと鎮静の魔法をかけてくれたので、エリンはすぐに落ち着く事が出来た。

「ダ~ン、ありがとう。ね、ねぇ、お願い……手を繫いでいて……ちょっと怖い」

 甘えるエリンに、ダンは手を差し伸べてやる。
 当然エリンはしっかりと握り、ダンにぴったりくっついた。

 ふたりは、人々の行列の最後尾に並ぶ。
 やがて順番が来て、屈強な体格の門番が苦笑する。

「何だ! さっきから門前でイチャイチャしやがって、どこのリア充かと思えば、ダンじゃねぇか」

 門番の口ぶりだと、ダンとは顔見知りらしい。
 ダンも、気さくな雰囲気で答える。

「ああ、俺だよ」

「って!? 何だその子は!」

 強面な門番がいきなり怒鳴ったので、エリンは身を竦ませた。
 何だろう?
 また何か、酷い事を言われるのかと……

 エリンは、繋いでいるダンの手を「きゅっ」と握った。
 ダンも「きゅっ」と優しく握り返してくれた。
 しかし……心配は杞憂であった。

「おお! す、すげ~可愛い子じゃねぇか! 王都でも滅多に見ないレベルだぞ」

「ま~な」

「どこで騙して連れて来たんだよ? それにお前は女が嫌いじゃなかったのか?」

「何だよ、騙したって? 人聞きが悪い。それに俺は女が嫌いじゃない。ただ理想の相手に出会ってなかっただけだ」

「理想の相手ねぇ……確かにとびっきりの子だな!」

 門番は、エリンを頭からつま先までじろじろ見て、大きく頷いて納得している。
 ダンは軽く足を踏み鳴らして、早く入場の手続きをしろと催促した。

 肩を竦めた門番は、大きな音を立てて舌打ちをする。
 そして、悔しそうな表情をしながらも対応してくれた。

 エリンが見ていると、ダンは門番と色々と話した上で何か四角いカードのようなものを見せた。
 カードを受け取った門番は傍らの台に置いてある、透明な石にカードをかざしている。
 どうやら、問題は無かったようだ。

 ダンは更に、きらきら光る何枚かの小さな金属性の丸い板を渡していた。
 あの丸い板が、昨夜ダンから聞いた『お金』だろう。

 手続きが済み、ダンとエリンが門番の前を通り過ぎて……

「ダンの馬鹿野郎! 爆発してしまえ!」

 いきなり!
 悔しがる門番の罵声が、響いたのである。
 後ろ向きのまま、手を振ってスルーしたダンは、エリンの手を引き王都へ入って行った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 こうして……
 ダンとエリンは、王都の街中を歩いている。
 周囲は結構な喧騒であったが、エリンは珍しくきょろきょろしていない。
 門番が叫んだ言葉が、耳から離れないのだ。

「ねぇ、ダン……さっきの爆発しろって……一体、何?」

 しかしダンは、面倒くさそうに首を振る。

「良いよ、放っておいて……あんなのは単なる焼餅。俺とエリンの仲が良いから羨ましがっているだけだ」

「そう……なの?」

「うん! そんな事よりエリンの身分証明書を作ろう」

「身分証明書? って、何?」

「俺が、さっき門番へ見せていたカードがこれ。エリンも同じものを作る」

 ダンが見せてくれたのは、四角な銀色の薄い金属片であった。
 何か、魔法が掛かっているようだ。

「???」

 エリンには、わけが分からない。
 しかしダンは、カードをつまんで「ひらひら」させる。

「これさえあれば、エリンは怪しい女の子じゃないって、この王国が保証する。大手を振って、この王都を歩く事が出来るんだ」

 このちっぽけな『カード』は結構な力を持っているのだ。
 エリンは、素直に感嘆する。

「へぇ! 凄いね」

「ああ、何かあった時に色々と役に立つ」

「でも……ダン。エリンはこの国の人間じゃないし……カード、作るのって難しいんじゃ?」

 エリンの疑問は、尤もである。
 しかしダンは、「問題ない」と軽く手を振った。

「大丈夫! これ、実は冒険者ギルドの登録証なんだよ。エリンも俺と同じ冒険者になって、この登録証を作れば良い。俺っていう紹介者が居るから楽勝さ」

「冒険者ギルドって……ダンが訓練した所だよね。冒険者って……そもそも何?」

「冒険者というのは簡単に言えば、何でも屋だ。お使いなどの運搬、薬草の採取、護衛、魔物の退治まで何でもやる。登録すれば、冒険者ギルドから仕事の依頼が貰えるんだ」

「仕事?」

「ああ、仕事。仕事をすればお金が貰える。お金は物や労働を仲介する物だ」

「あうう~、む、難しい!」

「ははは、一度には無理だな。少しずつ覚えるんだ、何度でも教えるから」

「りょ、了解!」

「さあ、行こう」

 ダンはまた「きゅっ」と手を握ってくれた。
 エリンも、「きゅっ」と握り返す。

 王都の雑踏を、ふたりは寄り添い、冒険者ギルドへ向かったのであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

加工を極めし転生者、チート化した幼女たちとの自由気ままな冒険ライフ

犬社護
ファンタジー
交通事故で不慮の死を遂げてしまった僕-リョウトは、死後の世界で女神と出会い、異世界へ転生されることになった。事前に転生先の世界観について詳しく教えられ、その場でスキルやギフトを練習しても構わないと言われたので、僕は自分に与えられるギフトだけを極めるまで練習を重ねた。女神の目的は不明だけど、僕は全てを納得した上で、フランベル王国王都ベルンシュナイルに住む貴族の名門ヒライデン伯爵家の次男として転生すると、とある理由で魔法を一つも習得できないせいで、15年間軟禁生活を強いられ、15歳の誕生日に両親から追放処分を受けてしまう。ようやく自由を手に入れたけど、初日から幽霊に憑かれた幼女ルティナ、2日目には幽霊になってしまった幼女リノアと出会い、2人を仲間にしたことで、僕は様々な選択を迫られることになる。そしてその結果、子供たちが意図せず、どんどんチート化してしまう。 僕の夢は、自由気ままに世界中を冒険すること…なんだけど、いつの間にかチートな子供たちが主体となって、冒険が進んでいく。 僕の夢……どこいった?

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた

砂礫レキ
ファンタジー
35歳独身社会人の灰村タクミ。 彼は実家の母から学生時代夢中で書いていた小説をゴミとして燃やしたと電話で告げられる。 そして落ち込んでいる所を通り魔に襲われ死亡した。 死の間際思い出したタクミの夢、それは「自分の書いた物語の主人公になる」ことだった。 その願いが叶ったのか目覚めたタクミは見覚えのあるファンタジー世界の中にいた。 しかし望んでいた主人公「クロノ・ナイトレイ」の姿ではなく、 主人公を追放し序盤で惨めに死ぬ冒険者パーティーの無能リーダー「アルヴァ・グレイブラッド」として。 自尊心が地の底まで落ちているタクミがチート主人公であるクロノに嫉妬する筈もなく、 寧ろ無能と見下されているクロノの実力を周囲に伝え先輩冒険者として支え始める。 結果、アルヴァを粗野で無能なリーダーだと見下していたパーティーメンバーや、 自警団、街の住民たちの視線が変わり始めて……? 更新は昼頃になります。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

処理中です...