上 下
51 / 205

第51話「売らない理由」

しおりを挟む
 ここはジェトレ村、商業ギルド内オークション会場。
 
 円形のフィールドに商品を引っ張り出してアピールするみたい。
 まるで闘技場のようだ。
 結構な広さがある。
 千人以上は楽に入りそうだ。

 その会場の片隅で、俺とジュリア、イザベラは話している。
 まだ人影はまばらだから、大きな声さえ出さなければ内緒話も可能である。 

 俺が賢者の石、反魂魂、そして銅製の指輪の出品中止を提案すると、ジュリアもイザベラも不思議そうな顔をした。

 賢者の石は相当な高値が見込める。
 東方の不思議アイテム反魂香も、何らかの反応がある筈。
 そして魔道具『守護の指輪』を装着すると、さほど強力ではない対物理の魔法障壁の効果が発生。
 僅かながらも、敵の物理的攻撃から身を守る事が出来る。
 
 余り高価なものではないが、冒険者で所持している者は多い。
 ある意味、冒険の必須アイテムと言える。

「全部売れば少しは利益になるのに、何故売らないの?」

 俺の真意を測りかねているらしい、ジュリアがぽつりと言った。
 いつもは勘の良い彼女も、ピンと来ないようだ。

 ここは……正直に話さないとまずいだろう。

「まず賢者の石と反魂香だけど……売らない理由は……これから、俺達の運命に大きく関わるから」

「へ?」
「何だ? それは」

 案の定というか、ジュリアもイザベラもきょとんとしてる。
 そりゃ、そうだ。
 これじゃあ、ふたつの商品を売らない理由の説明にはなっていない。
 
 だが、仕方がない。
 他に言いようは、ないのだから。

「悪いが、確約は出来ない……だけど、俺の勘が、内なる声が絶対に売るなと告げて来たのさ」

「……それって……全然不確かだよね。どうしてそこまで?」

「ヤバイ気配を避けるジュリアの勘と一緒さ。このふたつを売っちゃいけないっていう……確信だな」

「確信? ……分かった。じゃあ今回は売らないでおこう」

 ジュリアは何とか納得してくれた。
 自分の勘としかいえない、危機回避能力を引き合いに出されたからだ。
 さあ後はイザベラにも了解して貰わないと。

「イザベラ、悪いな。もし賢者の石を売っていれば買えたのにとか、という事になるかもしれない」

「いやいや、構わない! トール達の金を当てにしちゃいけないだろう。私は持参した宝石を売った金で正々堂々オリハルコンをゲットする」

「ありがとう!」

「いや、こちらこそだ。そこまで私の事を気遣ってくれてありがとう」

 あれ?
 イザベラがぺこりと頭まで下げた。

 そして顔を上げる。
 爽やかに笑うイザベラ。
 とっても魅力的。
 
 ああ、嬉しい。
 ジュリアには悪いけど……俺、イザベラも好きになりそう。
 真っすぐでさっぱり。
 礼儀正しい。
 きりっとした姉御肌。
 その反面、俺に対しては甘えん坊でとても可愛いから。

「トール!」

 そんな事を思っていたら、ジュリアから……
 ヤバイ!
 妄想がバレた?

「ねぇ、トール。ダックヴァルさんから貰った指輪を売らない理由は? 冒険者には人気があるから売れると思うけど」

 ホッ……違った。
 じゃあ、今度は指輪を売らない説明をしないとね。

「こっちは別の理由がある」

「別の?」
「何?」
 
 指輪を売らない理由が別にあると聞いたジュリアとイザベラ。
 勘が良いふたりは俺の態度を見て何かあると思ったようだ。

 ここでズバリ言おう。

「あのおっさんが、お前達ふたりを『彼女』として大事にしろって事さ」

「「彼女!?」」

 ふたり共、いきなり俺の口から固有名詞が出て吃驚している。
 
 そこで俺は黙って両名の薬指に守護の指輪を嵌めてやった。
 これら魔法の指輪は不思議な能力を持っている。
 普通の指輪とは違い、サイズが自由自在に変わるのだ。
 今度はイザベラが、首を傾げた。
 不思議そうに言う。

「ト、トール……薬指に指輪を嵌めるのって……意味があるの?」

 おお、普段の彼女に似合わず、声が少し震えている。
 綺麗なシルバーの髪が揺れ、潤んだ赤い瞳がじっと俺を見つめた。

 イザベラを見て反応したジュリア。
 思い切り、身を乗り出して来る。
 美しい鳶色の瞳が濡れたように輝いている。

「薬指に嵌める指輪って……やっぱり特別な意味があるんだよね? 早く言って!」

 ふたりは期待に胸を膨らませて俺を見ていた。
 よっし!

「ああ、妻と言うか、彼女と言うか、男が贈った場合はぶっちゃけ『俺の特別な女』って意味だよ」

「「妻! 彼女! 俺の特別な女!?」」

 ジュリアとイザベラは先程と同様、全く同じ様に復唱。
 何故か、顔を見合わせた。
 そして……

「「トール!」」

 ふたりは俺の名を呼び、揃って抱きついてきたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

巻き込まれ転移者の異世界ライフ。○○人の女を囲って幸せに生きる ~ざまぁで終わらせるわけないだろ~

みかん畑
ファンタジー
異世界転移に巻き込まれた男が底辺から成り上がり、調子に乗った挙句ドSな性癖を開花して女を囲いまくる話です。主人公は力をつけてから好き放題します。中盤以降は性描写モリモリな作品です。 5/14 追記:内容を分かりやすくする為に旧題からタイトル変えてます。タイトルと一緒に途中で話の方向性が変わったりとかはないです。

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【R18】幼馴染の魔王と勇者が、当然のようにいちゃいちゃして幸せになる話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

【R18】ショタが無表情オートマタに結婚強要逆レイプされてお婿さんになっちゃう話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

処理中です...