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第36話「ジュリアの怒り」

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 混乱して号泣しているイザベラ。
 俺は少し落ち着くように言い聞かせた。
 
 以前ジュリアに泣かれているから、少しは経験値が付いている。
 だから、そっと優しく慰めたのだ。
 すると……何という事でしょう。

「トール! ありがとう、貴方はとても強いし、そこらの悪魔より全然優しいわ」

  俺の言葉が余程、心にみたのか、イザベラは感極まった様子で抱きついて来た。
 細身のスレンダーながら、ジュリアと違ってぷっくりと大きく盛り上がった胸が俺にずんと当る!
 
 おお、堪らないぜ!
 この感触!
 ○○○○星人、バンザーイ!

「お願い! トール! 私の力になって!」

 おいおい!
 嬉しいけど……
 これじゃあ誇り高い悪魔王某の娘なのに、全くの『チョロイン』だよ。

 ぞくり!

 この瞬間……とんでもなく酷い悪寒が俺の全身を襲う。
 何、この背後から来る凄まじい殺気は?

 俺が恐る恐る振り向いて見ると「ああ、怖ろしや」殺気の主はジュリアであった。
 抱き合っている俺とイザベラを燃えるような目で睨んでおり、口をきりりと食いしばり、拳を握り締めていたのだ。
  
 そして何と!
 ジュリアから、何かが立ち昇っている。
 悪魔王女のイザベラに負けないくらい? いや神々しいと言った方が良いだろうか。
  真っ赤に燃え上がる、爆炎のような巨大な魔力波オーラが立ち昇っていたのである。
 まさに『ごごごごご』と擬音が出るような凄まじさだ。

 これは!?
 まさか嫉妬の波動?

「トール、駄目よ……それにイザベラ、トールは『あたしの』よ! すぐに離れて!」

「え、ええっ! ジュリア! 貴女? ……ご、ごめんなさいっ」

 さすがのイザベラも吃驚したようである。
 どうやらジュリアの巨大な魔力波オーラが見えたようだ。
 
 俺からさっと離れて、「御免」と素直に頭を下げたのである。

「イザベラ、……分かれば良いのよ。トールも浮気は絶対に駄目……」

 ジュリアの抑揚の無い口調に、感情の篭もっていない眼差し。
 俺とイザベラはお互い顔を見合わせると、ジュリアに向き直って頭を大きく下げたのであった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

  ジュリアの怒りが収まってから、俺達3人は改めてオリハルコンの入手について話し合っていた。
 仲買人ブローカーでもあるジュリアが、話の口火を切る。

「トール、あたしはオリハルコンってあまり良く知らないんだ。説明してくれる?」

  おお、任せてくれ。
  オリハルコンの事はある程度知っているぜ!(多分……)

  コホン!
  ひとつ咳払いをした後に、俺は語り始めた。

「オリハルコンは幻の大陸にあるといわれた金属で、その正体は特定されておらずにいくつかの金属が候補として考えられている。俺が知る所では青銅や赤銅など銅と何かの合金だと言われる説が最も有力だ。でも今のイザベラの話だと全く別の金属っぽいな。色は炎のような色で輝く質感の金属という事は変わらないだろう」

 ジュリアは納得したように頷いていたが、何故かイザベラが喰って掛かる。
 どうやらそのような事は、当たり前の常識だったようだ。

「悪いけどさ! それくらいは教えて貰わなくとも知っているよ。それより肝心なのはそのオリハルコンがどこにあるかだよ」

 いかん!
 
 イザベラの目が、醒めたようになっている。
 何か底が浅い奴とか思われた?

 ほ、他に情報は無かったっけ!
  俺は焦って頭の片隅にあった知識を引っ張り出した。

「ああ、ええと……幻の大陸アトランティスとかって伝説は無いの?」

「アトランティス? 何、言っているの? そんな国聞いた事が無いよ!」

 ああ、余計な事を言わなきゃよかった。
 この世界で俺の中二病的知識は、どうやら役に立つものとそうでないものがあるようだ。
 これはどうやら後者である。
 何故ならば瞬殺……だから。
 その上、ジュリアにも止めを刺されてしまう。

「トールったら、そんな国なんて存在しないって! 数千年前、確かこの辺りにあったのは今の神聖ガルドルド帝国の前身である魔法帝国ガルドルドさ」

 今の神聖ガルドルド帝国?
 いにしえの魔法帝国ガルドルド?
 そんなの、全然聞き覚えが無い。
 
 うわあああ、これじゃあ俺の中二病知識が全然役に立たないよぉ!

「ジュリアの言う通りだよ。アトランティス!? そんな国なんて……え、待って!?」

 イザベラは何か思い出したようだ。

「ええとそれって国の名前じゃあないよ。魔法帝国ガルドルドの初代皇帝が確かアトランティス・ガルドルドだ。悪魔王国の古文書に載っていたよ」

 それを聞いたジュリアが、感心したように言う。

「さすが悪魔族。魔法帝国ガルドルドの初代皇帝なんて資料は人間界には無い物よ」

 はぁ?
 初代皇帝の名前がアトランティスだって?
 それ……何となく俺の知識が適当に反映されている気がするが……

 ジュリアの言葉を受けて今度はイザベラが考え込む。

「うう~ん、トールの知っているアトランティスって名前がキーワードかも……という事は、昔この辺にオリハルコンがあったかもしれないって事かな」

 暫し、経った後にイザベラは決心したようだ。

「不確かだけど、今は手懸かりが全く無いから藁にでもすがるつもりだよ。それに私は勘が良い方なんだ。明日この村を中心に探してみよう……誰かがお宝として持っているかもしれないし、万が一オリハルコンがあれば買い取ろうと思う」

 そうか!
 
 古代人工遺物アーティファクトとしてこの村や周辺に住んでいる誰かが先祖代々伝わるお宝として所有しているかもしれないとイザベラは言う。

「基本は買い取ろうと思う……もし譲渡が拒否されたら強引に奪っても良いのだけれども……」

 強奪する……そう言いかけたイザベラは、ジュリアの冷たい視線を受けて思わず顔を伏せた。
 ジュリアの口調には、先程の抑揚の無い怒りの口調が戻っていたからである。

「イザベラ……商人として、それだけは駄目。そんな酷い事は強盗のやる事だ……もしそれをやるのなら貴女は商人即失格だし、もうあたし達の仲間なんかじゃない。それにこの宿もすぐに出て行って貰うよ」

 思いがけなく厳しい、ジュリアの言葉。
 改めて、はっきりした。
 ジュリアが商人という仕事に誇りを持って臨んでいる事が。
 鈍い俺にも、しっかりと理解出来たのだ。
 
 イザベラは、またもや吃驚してしまう。

「わ、分かったよ……悪かったよ。そのような事は絶対にしないから私を追い出さないでくれないか、お願いします」

 イザベラの丁寧な謝罪を聞いた、ジュリアの表情は一変する。

「分かったら、別に良いよ。そうだ、買い取るにしても資金はあるのかい?」

「ああ、私物だが宝石ジェムを出来る限り持って来た。こ、これで足りるだろうか?」

 イザベラは懐から小さな革袋を出すと、口を開け中身をテーブルの上に広げて見せた。

「へぇ、凄いね。これは逸品揃いじゃない」

 ジュリアはそう言うと、イザベラの持っている宝石を熱心にチェックし出したのであった。
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