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第674話「やはりブレンダの決意は揺るがない」

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「大好きなリオネルさんのお役に立てるよう一生懸命働きます!! そんな私を見て返事をくださいっ!! そ、そして!! ヒルデガルドさんともお話しし、自分の初恋に 決着をつけたいのですっ!!」

真剣な眼差しで、熱くリオネルを見つめるブレンダは、
身を乗り出し、リオネルへ迫った。

……ブレンダから発せられる心の波動は真っ直ぐなもの。
リオネルに対する気持ちは、……想いは偽りのない本物である。

自分の初恋を叶える為、納得が行くまで手を尽くしたいという彼女の気持ちをさえぎり、簡単に断れば、ひどく傷つけるに違いない。

ちらとブレンダの母ダニエラを見ると、目が合い、無言で小さく頷いた。
愛娘の決意に異論はなさそうだ。
人手不足となる山猫亭への手立ても考えているのだろう。

しかしイエーラにおいて仕事をしている自分と、そのイエーラの長たるソウェルで、リオネルを心の底から一途に愛するヒルデガルドの存在がある。

果たして……リオネルはどう答えるのだろうか。

しばし考えた後、リオネルは口を開く。

「……成る程、話は分かりました。ブレンダさん、俺の事を真剣に想って頂き、ありがとうございます」

「は、はい! 私は本気です! 心の底からリオネルさんの事が大好きです! 私の全てを見て知って、この想いを受け止めてください! 」

ブレンダの想いは並大抵ではない。
そうでなければ、いくら愛する相手の為とはいえ、
全く未知の国へ行こうとはしないだろう。

「そこまでおっしゃるなら、俺も正直にお話ししますね」

「しょ、正直に!? は、はい! お願い致します」

「実は少し前にヒルデガルドさんからは、俺に対し、真剣に愛していると彼女の気持ちを打ち明けられました。その上で、いろいろと話し合った結果、現在、俺が依頼されているイエーラの仕事を全うしつつ、互いに理解を深め、納得し合ったら、結婚も考えようかという話になりました」

「え!? け、け、結婚ですか!?」

「はい!」

「リ、リオネルさんが、ご依頼されているイエーラの仕事を全うしつつ、互いに理解を深め、納得し合ったら、結婚も考える……し、しかし、おふたりはご結婚に向け、ご婚約はされていないのですよね? な、何故なのですか?」

「はい、まず前提として俺はパートナーには必ず幸せになって欲しいと願っています。そして何故婚約をしないのかといえば、俺と結ばれる事でアールヴ族でソウェルであるヒルデガルドさんが、果たして幸せになれるのか?という懸念があるからです」

「リオネルさんとご結婚する事で、ヒルデガルドさんが果たして幸せになれるのかという懸念がある……のですか?」

「はい、その懸念がなくなるまで婚約、結婚はしません」

「な、成る程……」

「具体的に言いますと、その懸念の理由とはふたつあり、まずはあまりにも違いすぎる寿命の差の問題。もうひとつはアールヴ族の純血主義の問題です」

「寿命の差と純血主義ですか」

「はい、寿命の差はシンプルな話です。ご存じでしょうが、アールヴ族は長命であり、病気や事故さえなければ千年以上は生きる種族です。しかし人間族の寿命は長生きしてもせいぜい百年。結婚し、ふたりで暮らし始めてもイレギュラーがなければ、ほぼ間違いなく人間族の俺が先に逝きます。俺は愛するパートナーに数百年、千年も寂しい思いをさせるのは嫌ですから」

「愛するパートナーに数百年、千年も寂しい思いをさせるのは嫌……な、成る程……た、確かにリオネルさんのお気持ちは理解出来ますね」

「理解して頂き、ありがとうございます。まあ、もし俺が亡くなったら、ヒルデガルドさんは再び愛する方と巡り合い、再婚すればいいんじゃないか、というドライな考え方もありますけどね」

「………………………………………………」

「話を戻します。もうひとつの理由は純血主義なんですが、そもそも純血主義とは、異種族の血が混じる事を良しとしない考え方です。アールヴ族は極めて保守的で他種族と交わらない為、長きにわたり鎖国政策を実施して来ました」

「そ、そうなんですね」

「はい、異種族との結婚などもってのほかだという風潮はイエーラ国内ではまだまだ強いのです。イェレミアスさん、ヒルデガルドさんのエテラヴオリ家は、ソウェルを大勢輩出した歴史ある名家ですから、尚更、風当たりは強くなるでしょうね」

「リオネルさんは、その懸念を、ヒルデガルドさんへは?」

「はい、ちゃんと伝えましたし、おじいさまのイェレミアスさんへも既にお話ししています」

「お、おふたりは何とおっしゃいました?」

「はい、ヒルデガルドさんは俺の気持ち、懸念とその理由も理解し納得した上で、俺と結ばれるのを諦めるつもりはない。何故ならそれが私の最高の幸せだからだと言いました」

リオネルの話を聞き、ブレンダは同意とばかりに頷く。

「わ、分かります! もし私がヒルデガルドさんの立場ならば同じように考え、必ずそう言いますもの! 絶対その意見になりますもの!」

そんなブレンダを見て、更にリオネルは話を続ける。

「それから再び話し合い、ヒルデガルドさんとは、時間をかけ、もっとお互いを理解し合いながら、解決策を考える最大限の努力をし、折り合えて幸せになれる最良の着地点を見出すべきだとの意見で一致しました」

「な、成る程! ……ちなみにヒルデガルドさんのおじいさまでいらっしゃるイェレミアスさんは、どうお考えなのですか?」

質問がイェレミアスへ向けられると、

「うむ、ブレンダさん、私はね、孫娘の気持ちを尊重したいと思っていますよ」

「ヒルデガルドさんのお気持ちを尊重……ですか?」

「ええ、ヒルデガルドはリオネル様と知り合い、一緒に仕事をするようになってから、まるで生まれ変わったように活き活きとし、全ての物事へ真剣かつ前向きに取り組み、日々成長しております。そんな孫娘の喜びと幸せを、身内たる祖父の私が邪魔をするなど実に愚かしいと思いますからな」

「な、成る程……」

「純血主義に関しては、ヒルデガルドの後継のソウェルを、ふたりの子には継がせないという約定を作れば解決するのではと、考えておりました」

このイェレミアスの考えを初めて聞いたリオネル。
さすがに驚いた。

「え!? もし俺と結婚したら、ヒルデガルドさんの子にはソウェルを継がせないって、そうなんですか?」

「はい、リオネル様。ご存じでしょうが元々ソウェルは、エテラヴオリ家の世襲ではありませんからな。アールヴ族の中で最も優秀な者が就任するのが基本ルールです」

「それは確かにそうですが……」

「ははははは。祖父のひいき目かもしれませんが、リオネル様と、ヒルデガルドの間にならソウェルを継ぐなどたやすい凄く優秀な子が生まれるでしょう。ですが、その子を巡って純血主義云々で国が揉めて混乱するのなら、やむを得ません。そういう約定で様々な雑音をシャットアウトしましょう」

リオネルとヒルデガルドの様子を見て、孫の気持ちを聞いてから、
いろいろと考えて来たのだろう。

イエーラが乱れるくらいなら、
リオネルとヒルデガルドの子、エテラヴオリ家の子孫にソウェルは継がせない。

……イェレミアスの決意と覚悟も相当なものである。

「リオネル様、それでも揉めるようであれば、ヒルデガルドを引退させ、私が推薦した後任のソウェルに全てを任せ、ヒルデガルド、子とともにイエーラを出ても構いませんぞ」

「そ、そうですか、分かりました、イェレミアスさん」

イェレミアスの言葉に戸惑いながらもリオネルは頷き、

「……ええっと、ブレンダさん、とりあえずお話しする事は以上なのですが、この状況でもイエーラへ来ますか?」

これで、伝えるべき情報は伝えた。

リオネルはそう考え、ブレンダへ問いかけたのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

リオネルの問いかけに対し、ブレンダは即答する。

「いろいろお話を聞いて状況は理解しました。ヒルデガルドさんは強敵ですが、私の決意は変わりません! イエーラへ行きます! もうこんな気持ちで待つのは嫌です。何もせず座して後悔する人生になるくらいなら、良い結果が出ずとも、やるだけの事はやりたいです!」

やはりブレンダの決意は揺るがない。

となれば……リオネルは選択した答えを戻す。

「……分かりました。ではお答えします。現在イエーラで仕事をしている現状と、これまで結んだヒルデガルドさんとの絆がありますし、申し訳ありませんが、俺はブレンダさんの想いを『はい』と、受け入れるわけには行きません」

リオネルは熟考の末、ブレンダからの想いを断った。
対してブレンダは、唇を噛みしめ無言である。

「………………………………………………」

「ですが、ブレンダさんのお気持ちには俺なりに少しでも報いたいと思います」

「え!? 私の気持ちをリオネルさんなりに少しでも報いるって……ど、どういう事でしょうか!?」

「はい、丁度イエーラの特別地区では人間族の方に担って頂きたいと考えている仕事があります。ブレンダさんにもお願い出来るもので、期間は1か月間以上です」

リオネルの答え、そしてブレンダへの『提案』は、
事前に念話でイェレミアスへは伝えてあった。
そして提案に対する『内諾』も『条件付き』で得ていた。

対して、ブレンダの答えはといえば、

「そ、それは願ったり叶ったりです。ぜひその仕事をやってみたいです!」

「了解です。但し、決定する前に条件があります。ブレンダさんの雇用に関してはクライアントであるヒルデガルドさんの立場と気持ちを考えたいので、事前に確認と了解を取りますね」

「クライアントであるヒルデガルドさんの確認と了解を……はい、それで構いません。先ほども言いましたが、私はイエーラで一生懸命に働き、リオネルさんのお役に立ちたい! そしてヒルデガルドさんとは、本音を言い合う形でいろいろ話してみたいのです。自分が納得したいというわがままを通すようで申し訳ありませんが、もし私の恋が上手く行かない結果となっても、決してヒルデガルドさんを恨んだりは致しません」

「ありがとうございます。ヒルデガルドさんへはブレンダさんとの出会いと経緯、今の貴女の決意の言葉も伝えておきます。それで確認し、了承を貰ったらまたご連絡します。で、あればダニエラさん」

「何でしょう、リオネルさん」

「もし折り合いがつき、イエーラがブレンダさんを雇用する場合、山猫亭が人手不足状態となりますが、その辺は?」

「はい、その点は心配ありません。少し前より、ブレンダから相談を受けていましたから、もしこの子が旅立つなら、その間は親戚の者数名に手伝いを頼もうと思っています」

「成る程、分かりました。ではまだ雇用確定前ですが、ブレンダさんへお願いする仕事の事前説明をしておきたいと思います」

「はい、お聞きします、リオネルさん」

「いきなり単刀直入に言いますが、アクィラ王国との交易の窓口となる国境沿いのイエーラ特別地区に人間族が宿泊するホテルを造りました」

「え? イエーラの特別地区に人間族が宿泊するホテルを?」 

「はい、そのホテルの責任者とスタッフはアールヴ族の公社職員なんですが、彼ら彼女達へ、人間族に対する『おもてなし』を、ブレンダさんから教えてあげて欲しいんですよ」

「え!? そのホテルで人間族に対する『おもてなし』を、私が教えるのですか?」

「はい、単なる指導だけではなく、時にはブレンダさんに人間族のお客様役となって貰いながら、シミュレーションします。ガチの本番さながらにアールヴ族達と接してください」

「な、成る程。話は理解しました。でもホテルですよね? 私はしがない小さな宿屋の娘ですし、ホテル勤務は全く未経験ですが、勤まるでしょうか?」

「大丈夫ですよ、俺もイェレミアスさんも体験しましたが、この山猫亭の『おもてなし』は素晴らしいですから。

「そ、そうですか?」

「はい、山猫亭のおもてなしマインドやお客様への接し方を教えてあげてください。それに宿泊客は主に人間族の商人達であり、ホテルと言ってあまり格式張らず、フレンドリーな雰囲気にするつもりですからね」

「そ、そうですか。ホテルの仕事に関して少々不安はありますが、せっかくチャンスを頂いたので、精一杯、頑張ってみます」

……こうして、とりあえず話はまとまった。

その夜、リオネルは長距離念話で、ヒルデガルドへ連絡を取ったのである。
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