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第642話「むやみやたらに、うるさくするのは論外だが、 楽しい会話は美味しい食事には欠かせないというのが、ふたりの持論なのである」

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ホテルの担当者に先導され、周囲を冒険者ギルドの護衛に守られたふたりの人物を見て、レストランの客達は皆、驚き、目を見張った。

そう、ふたりの人物とは、
人間族社会では目立つアールヴ族の仕様で正礼装したリオネルと、
同じく正礼装し、綺麗にメイクしてリオネルにぴたっと寄り添う、ヒルデガルドだ。

異国情緒たっぷりの、エキゾチックなローヴを身にまとい、
堂々とふるまう若き冒険者と絶世のアールヴ美女。

そんなふたりを目の当たりにして、
どこの王族、貴族なのだろうかという雰囲気があったのである。

そんなリオネルとヒルデガルドは、
マウリシオが手配していたレストランのVIPルームへ。

同じく担当者と護衛も、VIPルームに設けてあった離れた席に座る事に。

VIPルームのデザインや調度品はワレバッドとは全く違っている。
しかしレストラン内に特別に造られた個室という点では同じである。

またワレバッドとは違い、護衛が居て少々物々しい雰囲気ではあるが、
既にVIPルームを経験済みのヒルデガルドは落ち着き払っていた。

ここでレストランの支配人が登場。

「いらっしゃいませ! 初めまして! 私は支配人の……」
とあいさつをして名乗ると、尋ねて来る。

「ギルドマスター、マウリシオ様のご指示で、ヒルデガルド様とリオネル様には、当レストラン自慢のアクィラ王国料理をお楽しみ頂きたく、最上級コースをご用意しておりますが、宜しいでしょうか?」

尋ねられ、ちらっとリオネルを見るヒルデガルド。

リオネルが小さく頷いたので、「最上級コースでお願いします」とOKした。

「かしこまりました」と返す支配人へ、リオネルが更に告げる。

「アラカルトでもいくつかお願いしたいので、念の為メニューを見せて貰えますか。但し、お腹がいっぱいになれば頼みませんので」

「は、はい! かしこまりました!」

という事で、支配人からメニューを受け取ったリオネル。

「では、一旦、失礼します」

やりとりを終え、退出する支配人。

並んで座るリオネルとヒルデガルドはメニューを確認する。

……しかし、宮廷料理の範疇はんちゅうにはないのか、
以前リオネルが食した料理は見当たらない。

もしくはあっても「高級っぽく名前が変わっていたりする」かもしれない。

そして、これから食べるコース料理の量が『結構な多さ』らしい事も分かった。

「ヒルデガルドさん」

「はい、何でしょうか、リオネル様」

「今回お願いしたコース料理はメニューによれば、前菜、スープ、魚料理、ロースト以外の肉料理、ソルベ、ローストの肉料理、生野菜、甘味、果物、食後茶となります。一連の流れで出るものは相当な量だと思われます」

「相当な量ですか、確かに……」

「はい、なので、俺が以前食べた料理のオーダーはとりあえずペンディングとし、改めて考えましょう」

リオネルの判断は妥当である。

コース料理も完食出来るのか分からないのに、
アラカルトで追加の料理を頼み、残したら料理人に対し申し訳ないと、
ヒルデガルドも考え、

「分かりました、リオネル様。とりあえずコース料理を食べてから考えましょう」

そう言い、笑顔で同意したのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

……それから、しばし経ち、レストランのスタッフにより、
宮廷料理の最上級コース料理は予定通り運ばれて来る。

前菜、スープ、魚料理、ロースト以外の肉料理、ソルベ、ローストの肉料理、生野菜、甘味、果物、そして食後茶。

その間、リオネルとヒルデガルドは全くしゃべらない。

ただただ笑顔で、ひたすら料理を食べ続けた。

アクィラ王国の格式あるレストランにおいて、
「食事中の過度なおしゃべりは厳禁で、大変な失礼にあたる」
とリオネルは事前に調べていた。

街中の気楽な居酒屋ビストロならば、そんなルールは無用なのだが、
ここは最上級ホテル内のレストランだ。

それゆえ、リオネルとヒルデガルドはルールを厳守、
否、厳守し過ぎているくらい無言だ。

しかしふたりは、会話をしていないわけではなかった。

実はとんでもなく饒舌に話していたのだ。

もうお分かりになった方も居るかもしれない。

そう、リオネルとヒルデガルドは、
心と心の会話――念話でやりとりをしていたのである。

料理について、見栄え、味、素材、調理方法、
果ては食器の形や彩色に関してまで、熱い会話を交わしていたのだ。

更に帰国後、宮廷料理を自分達で作ってみたいとも……

この念話の会話は師匠リオネルからの提案。

「食事中の過度なおしゃべりは厳禁だ」というマナーを逆手に取り、
ヒルデガルドが猛練習中の念話の上達が更に加速出来るよう、
食事中の楽しい会話を『課題』にしてみたのである。

……だが、念話は当事者同士、秘密の会話。
読心が可能な術者を除き、外部からは、そんな内情が分からない。

VIPルームの少し離れた席でホテルの担当者、そして護衛の冒険者達もコース料理を食していたのだが、いかにマナーとはいえ、彼ら彼女は、
リオネルとヒルデガルドの『無言』が気になった。

もしかして、レストラン等の対応に何か差し障りがあるのかと懸念したのだ。

まあ、笑顔で料理を食べているから、味は問題ないはずである。

「ヒルデガルド様、リオネル様。何かご不快な点でもおありでしょうか?」

思わずこのような質問をしてしまった。

対して、

「いえいえ、アールヴ料理ともソヴァール王国の料理とも違いますが、とても美味しいですよ」

「ヒルデガルド様と同じく、とても美味しいと思います」

ふたりからはそんなコメントが返って来たのでホテルの担当者、
そしてやりとりを聞いていた護衛達もホッとした。

リオネルとヒルデガルドの本音……
正直……宮廷料理はとても美味しかった。

だが、アクィラ王国のマナー的に、
会話を交わさず、食事を摂る『静かさの加減』が不明だったのだ。

むやみやたらに、うるさくするのは論外だが、
楽しい会話は美味しい食事には欠かせないというのが、ふたりの持論なのである。

しかし、これで会話の加減が分かった。

伝統ある宮廷料理を、マナーにのっとって食した経験が、
王国宰相を始め、今後のアクィラ王国の王族や貴族との会食に役立つとも思う。

食後のお茶の際も、ふたりは席で物静かに振る舞っていた。

しかし、ふたりの念話による会話は一層弾んでいたのである。
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