上 下
566 / 696

第566話「まるで勉強中の子供が、新しい知識を得たような喜びようなのだ」

しおりを挟む
リオネルとヒルデガルドは食事が終わった後、移動し、官邸玄関前に居た。

ふたりの周囲には同じく移動したイェレミアス、
そして事務官、武官、使用人たちが控えている。

オーク討伐に出撃する、リオネルとヒルデガルドを見送る為である。

何人かの事務官、武官はヒルデガルドの単独行を再び止めた。

だが、ヒルデガルドは全く聞き入れず、イェレミアスもあっさりと許したので、
それ以上何も言えなかった。

リオネルは先ほど、魔獣兄弟ケルベロス、オルトロスを召喚。
転移魔法で、作戦実施地点、オークの占領地域へ送ったところである。

……しばし経ってから、ケルベロス、オルトロスから念話が来た。

魔獣兄弟からは、一時期、仰々しい敬語を使われていたが、
リオネルは以前通りの言葉遣いを命じていた。

『聞こえるか、あるじよ、転移した先と周辺にオークどもは居ない。まあ、居ても、我とオルトロスが居れば、あちらから逃げるだろうが』

『ああ、リオネル様よお、兄貴の言うとおりだぜ。オークどもは凄く離れた場所から遠巻きにし、こちらをうかがっているようだ』

『了解! ふたりともお疲れ様! じゃあ、これから、ヒルデガルドさんとともに転移するよ』

リオネルと魔獣兄弟ケルベロス、オルトロスとの念話のやりとり。

傍から見るヒルデガルドは、リオネルが無言で自問自答し、
ただ頷いているようにしか見えない。

「あ、あの、リオネル様」

「はい」

「先に転移させた魔獣ケルベロス、オルトロスと連絡は取れましたか?」

「はい、取れました。ばっちりです。彼らは誤差なく目的地点へ無事到着し、異常はなく、オークどもは、とても離れた場所から遠巻きにしているそうです」

「な、成る程。念話も見事なのですが、それ以上に凄いのは、リオネル様は本当になんの差し障りなく、荒ぶる魔獣とコミュニケーションが取れる事ですわ」

「はい、ケルベロス、オルトロスとは全く普通に話せますよ」

リオネルが事もなげに言うと、ヒルデガルドの表情が暗くなる。

「……私は念話をおじいさまほど上手く使いこなせませんし、召喚魔法も苦手です。自分の才能のなさに嫌気がさしますわ」

対して、リオネルは柔らかく微笑む。

「ヒルデガルドさん」

「は、はい!」

「そう思ったら、少しづつでも前に進むよう努力しましょう、愚痴るだけで諦めたらそこで終わりです」

「は、はい! リオネル様! 少しづつでも前に進む、愚痴るだけで諦めたらそこで終わりですよね!」

「そうです! 愚痴る暇があったら日々勉強! 千里の道も一歩よりです! 俺もず~っとトライアルアンドエラーで、薬草採集から始まって、試行錯誤しながら、こつこつやって来ましたし、これからもそうですよ、いっしょに頑張りましょう!」

「は、はいっ!! が、頑張りましょう!」

熱く語るリオネルの励ましを聞き、ヒルデガルドの表情が一転、明るくなった。

底知れない力を持つ、全属性魔法使用者オールラウンダーのリオネルでさえ、
最初はこつこつ薬草採集に励み、恐る恐るスライムを討伐していたのだ。

そう思うと、ヒルデガルドの気持ちは軽くなるのである。

「さあ! 出発します! イェレミアスさん、ヒルデガルドさんをお預りします。無事にお戻しするよう、精一杯努めますよ」

イェレミアスは、リオネルとヒルデガルドのやりとりを優しく見守っていた。

リオネルならば、愛する孫娘を託す事が出来る。

心からそう思う。

「はい、リオネル様、ウチの孫娘を何卒宜しくお願い致します」

「了解です。事務官、武官の皆さんも、後を宜しくお願い致します。では行きます!」

ぴん!
とリオネルが指を鳴らせば 、その瞬間、ヒルデガルドとともに、
その姿は跡形もなく、消え去っていたのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

リオネルとヒルデガルドが、官邸から一気に転移したのは、
イエーラにおいて魔境と国境を接する、
オークどもに占拠された地域のとある場所。

ふたりの目に前には、広大な草原が広がり、
大中小、様々な大きさの岩があちこちに点在している原野だ。

遠くを見やれば、とがった形の高い山々が連なっていた。

地図に記載された通りの地形であり、
先に転移したケルベロス、オルトロスの魔獣も警戒しつつ控えている。

どうやら誤差は生じず、ぴったりの位置へ転移が出来たようだ。

魔獣兄弟が報告した通り、安全は確保されているようであり、
付近にオークの姿はない。

ヒルデガルドが昨日経験した転移魔法は、しょせん官邸内。

しかし、今回は都フェフから遥かに離れた場所である。

転移魔法の凄さを改めて感じ、気持ちがたかぶるヒルデガルド。

「わあっ! リオネル様! やはり景色ががらりと変わりました! ほ、本当に! あっという間の一瞬なのですね!」

「はい、使いこなせると転移魔法は本当に便利ですよ」

「お、大いに同意致しますわ。アクィラ王国のフォルミーカから約5,000㎞もの距離なのに、たった1時間ほどで、おじいさまをお連れしていただいたのですものね」

「はい、でも俺は、まだまだ未熟者なので、さすがに5,000㎞を一気には跳べません。何回も何回も転移して、やっとイエーラまで来ましたので」

まだまだ未熟者?

どこが?

と突っ込みたいヒルデガルドであったが、
ここは敢えてリオネルに合わせる。

「な、成る程」

「はい、ただイエーラへ来る際、行使した転移魔法は、これまでの最長移動距離を300㎞ほど延ばし、800㎞にする事が出来ました」

「一気に300㎞ほど延ばし、最長移動距離が800㎞ですか……でもここは官邸から、もっと距離がありますわ」

「はい、そうなんです! ヒルデガルドさんのおっしゃる通りですよ。この場所は、ソウェルの官邸から約1,000㎞の距離ですから、更に200㎞も延ばす事に成功しましたよ」

「す、凄いです! 一気に1,000㎞も転移可能ですか!! おめでとうございます!」

「ありがとうございます。誤差もほぼないようなので、大成功です、やっと1,000 ㎞の大台に乗りました。でも!! 目標はもっともっと大きく10万㎞!! 遥かな先を目指しますよ!!」

満面の笑みを浮かべるリオネルだが、自慢げな態度は一切感じられない。

まるで勉強中の子供が、新しい知識を得たような喜びようなのだ。

リオネルは驕らず、誇らず、低姿勢。
研究熱心で、常に前向き……

地の精霊ティエラの言葉を思い出し、
ヒルデガルドは、「まさにその通りだ」と思ったのである。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

側妃ですか!? ありがとうございます!!

Ryo-k
ファンタジー
『側妃制度』 それは陛下のためにある制度では決してなかった。 ではだれのためにあるのか…… 「――ありがとうございます!!」

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……

Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。 優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。 そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。 しかしこの時は誰も予想していなかった。 この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを…… アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを…… ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

処理中です...