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第381話「申し訳ありません。分かりません」

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いつの間にか……
原野には、荘厳なオーケストラの演奏が、大音量で鳴り響いていた。

鳴り響く演奏は、リオネルの心を打ち震わせる、重く厳めしい響きだ。

これは……
ある最上級精霊……世界の根幹を支える高貴なる4界王のひとりが現れる前兆、
『見えない楽団』の演奏である。

ファイアドレイクも唸るのをピタッとやめ、身動きさえしない。

まるで、演奏を聞きながら、誰かが現れるのをじっくりと待っているようだ。

……やがて、異界門が何度も点滅し、ぱっと消えた。

すると、異界門が出現した辺りに、
一見、人間族とおぼしき優男やさおとこが、
ひとり、宙に浮いていた。

優男は、圧倒的な力を示す、強大な魔力を放っている。

リオネルが今までに会った、地の最上級精霊ティエラは勿論、
空気界王オリエンス、水界王アリトンに匹敵する魔力といえよう。

優男は、色とりどりで豪奢ごうしゃな、
まるで王族が着るような凝った趣きの衣装に全身を包んでいる。

また優男の顔立ちは、整いすぎるほど端正であった。

金髪碧眼で、鼻筋が、「すっ」と通っている。
口は小さい。

人間族でいえば、優男は30代後半に見える。
リオネルはつい、ワレバットで出会った冒険者ギルド、サブマスターの、
ブレーズ・シャリエを思い出す。

目の前の優男もブレーズに勝るとも劣らないくらいの美男子だ。

もう間違いない。

古文書に記載された通りの現れ方だ。

リオネルは現れた男へ、念話で呼びかける。
確信を持って。

『成る程! 初めまして! おっしゃる通り、俺はリオネル・ロートレックです! 貴方様が高貴なる火界王パイモン様ですか』

対して、優男は短く答え、肯定する。

『いかにも』

補足しよう。

遥かなる高き天、豊かなる大地をも焼き尽くすマグマの化身、
破壊と再生の象徴……

人間にとっては、生活の必需品にも、そして武器にもなる『火』を、
支配するのが、高貴なる4界王のひとり、火界王パイモンだ。

炎に包まれた『とかげ』の姿をした、火の精霊サラマンダーを始めとした、
火の一族を統括するのも、長たる火界王パイモンなのだ。

また、西の方角を治める事から、パイモンは、西界王とも呼ばれる。

しかしパイモンは、最初から純粋な火の精霊だったわけではない。

元々は創世神の使徒であり、天界で主天使ドミニオンズとしての役目に就いていた。
一説によれば、堕天し、最上級精霊になったとも言われ、
悪魔扱いされる場合もあるらしい……

リオネルは、パイモンに関する知識を呼び覚まし、
尋ねてみる。
やはり全く臆する事無く。

『パイモン様』

『うむ』

『何故、わざわざ俺を足止めされたのですか?』

前振りなく、単刀直入なリオネルの問いに対し、パイモンは躊躇する事無く答える。

『うむ、リオネルよ、お前を引き止めた理由はふたつある』

『俺を引き止めた理由が、ふたつ……ですか?』

『ああ、ひとつは、他の属性精霊達が加護を与えた、全属性魔法使用者オールラウンダーたるお前に興味があった事』

……これは分かる。
今まで邂逅した精霊達も同じ理由でアプローチして来たのだろうから。

『………………』

『……そして、もうひとつは、お前の気持ちに応える為だ』

『ええっと……』

俺の気持ちに応える為?
う~ん……

答えが思い当たらないリオネルを見て、パイモンは面白そうに笑う。

『ははははははははは!』

『申し訳ありません。分かりません』

『ふむ、リオネル、やはりお前は噂通り、欲望に身を任せず、奥ゆかしい』

噂?
誰が? どこで?

と思うが、リオネルは敢えて尋ねない。

『そう……ですか?』

『ああ、思い起こすが良い! お前は、旅の道中、このファイアドレイクが原野に棲むと聞いてどう思った?』

ここは、正直に告げた方が良い。

リオネルは素直に本音で答える。

『……ひと目見たい、そう思いました』

『うむ! そしてお前は、このファイアドレイクが、私、火界王パイモンの眷属である事も知っていた』

『はい、知っていました』

『地、風、水の加護を受けたお前なら、全属性魔法使用者オールラウンダーとして完全覚醒する為、ファイアドレイクと相まみえ、その流れで、火界王の私に邂逅し、火の加護を得たい、そう考えるはずだ』

パイモンの言葉を聞き、リオネルは肯定する。

『その考えがなかったと言えば、嘘になります』

『ふむ、しかし、結局お前は、ファイアドレイクが棲むこの原野へ、足を運ばなかった……それが何故なのか、私には分かったからさ』

パイモンは言い、にっこりと笑ったのである。
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