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第64話「いろいろとあった」

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クレマンは驚いた。
リオネルの手を抜かない、誠実さに。

「今日はワシを村へ送り、明日の朝、またこの洞窟へですと!? そ、そこまで! して頂けるのですか?」 

「当然ですよ。とりあえず『今日は終わり』という事で、撤収します。村民の皆さんも心配していますから」

「本当にありがたいです! 感謝致しますぞ!」

「いえ、以前にもお伝えしましたが、俺は公式のオーク討伐依頼を受諾しています。だから、冒険者ギルドから討伐料は貰えます。それに俺自身、オークと戦うのは良い経験、そしてトレーニングになりましたから」

「ははは、そうですか。でも明日は、ワシも含め自警団のメンバーを同行させて……いや、却って足手まといですよね?」

「いえ、足手まといとか、そんな事はありません。でも『勝って兜の緒を締めよ』と言います。今後の為に、必ず訓練はしてください。騎士や兵士が間に合わない場合、村を守るのは、村民の皆さんご自身なのですから」

……オークの上位種と思われる存在との戦い。

戦いはまだ終わっていない。
リオネルは、本当はそう言いたかった。

しかし、言えるはずはなく、クレマン達を戒めるのが精一杯である。

リオネルの真剣な物言いを聞き、クレマンも殊勝な態度だ。

「は、はい! 肝に銘じます。そしてリオネルさんにお願いがあります」

「お願いですか? ………おっしゃってください」

「ワシ達は魔法の素養がありませぬ。短期間では、さすがに魔法の習得は厳しいでしょう。ですから、お手数ですが、村民へ武技の訓練指導をして頂けますかな?」

「武技の訓練指導ですか? 構いませんよ。但し俺も武技はギルドで習いましたが、我流で基礎だけの習得です。それで宜しければ、村に滞在中はご指導します」

「おお、助かります! な、何から何まで! あ、ありがとうございます!」

「それと、今後もけして油断はしないでください。オーク以外にも、また魔物が発生する可能性もありますから」

「分かりました。肝に銘じます。気を引き締め、警戒を怠らないように徹底します」

「むわっ」と……
倒したオークどもの血の臭いだけはする。
だが、天気は変わらなく良い。
それがとんでもなくミスマッチだ。

クレマンは紅茶を飲んだ。
魔法水筒の保冷効果は抜群、冷えていても香りがたっていた。

「エレーヌさんとアンナちゃんもこの紅茶が大好物です」
とリオネルが告げれば、クレマンの顔はほころぶ。
帰ったら、絶対仲直りして、仲良く紅茶を飲んで欲しい
リオネルは……そう思う。

紅茶を飲みながら……
遠い目をして、クレマンは丘からの景色を見ていた。
そして満足したように「ほう」と息を吐いた。

クレマンが古い記憶をたぐっているのは明白であった。

とりあえず、洞窟の底へ居るらしい上位種らしきオークの存在は置いておき、
リオネルは、柔らかく微笑む。

「村長……懐かしいですか? 昔を思い出して」

「ええ、まさか、70近いこの年になって、この丘のてっぺんに登れるとは思わなかった……懐かしいです、子供の頃がはっきりと甦る」

「子供の頃ですか、とても良い思い出みたいですね」

「ええ! 鮮明に憶えておりますぞ! 友と皆で、親に隠れて、良く秘密基地ごっこをしました! あの頃は本当に楽しかった!」

クレマンは笑顔でそう言い、大きく息を吐く。

「……あの時、一緒に遊んだワシの友は、もう半数以上、きました。天へ旅立ってしまった……」

「……………」

「……もう一緒に登る事は出来ない。今後はワシもこの丘に、『秘密基地』に登る事は、二度とないでしょう……時の流れは本当に早いものです」

「……………」

「ワシの人生……いもあまいも、いろいろとありましたよ……」

丘からの光景を見るクレマンの目が更に遠くなる。
少し寂しげだ。

ここで、しばし無言だったリオネルが言う。

「でも、村長の人生はこれからですよ。娘さんとお孫さんの為にも長生きしなくちゃ」

リオネルの励ましを聞き、クレマンは明るく笑う。
晴れやかという形容がぴったりだ。

「ははは、ですなっ! エレーヌはワシが年を取ってから出来た子で、母親は流行り病で亡くなりました。リオネルさんは、親御さんは?」

クレマンが尋ねると、一瞬、間があったが……リオネルは言う。

「…………父とふたりの兄が居て元気ですよ。母は俺が幼い頃に、亡くなりました。でも、俺が家へ帰る事はほぼないでしょう」

「家へ帰る事はない」と言うリオネル。
さすがにクレマンは驚いた。

「な!? 家へ帰る事はない!? そ、それは何故? どういう意味ですか?」

「はい、実は俺、家族に『不要な存在』だと言われ、それで旅に出たんです」

「え!? 不要な存在!? リオネルさんが!!」

「はい、戻って来なくても構わないと、はっきり父から言われました。だから新しい場所で、新しい暮らしを始めるんです。その前に自分の可能性をとことん確かめたいという目標もありますけど」

「そ、そうだったんですか! で、でもどうして、そんな事が!?」

いつも物静かで優しいリオネルが、そんな『辛い事情』を背負っていたとは……
クレマンは胸が詰まった。

そんなクレマンに、リオネルは柔らかく微笑む。

「ええ、あまり詳しくはお話は出来ませんが……村長と一緒です。いろいろとあったんです」

「ううむ」

「結局は、父から『最後通告』という感じで『勘当』を告げられ、兄達も賛同しました。なので俺はもう、身内と和解するのは無理でしょう」

「そ、そんな!」

「いえ、もう大丈夫です。いろいろ厳しい事も言われ、散々悩みましたが、吹っ切りました。この話はエレーヌさんとアンナちゃんには内緒にしてください」

「リオネルさん……」

「肉親と決別した、こんな俺が言うのもなんですが……ダブルスタンダードみたいで申し訳ないのですが」

「……………」

「お願いします! クレマンさん! 俺の分まで、肉親のエレーヌさん、アンナちゃんには優しくして、血のつながった家族として仲良くしてあげてください!」

「……わ、分かりました、何とか和解して、ふたりと仲良く幸せに暮らして行きます」

「ありがとうございます。俺が村に滞在中は、もろもろ全面的に協力します」

「何卒! 宜しくお願い致します! リオネルさんが居れば百人力、いや100万人力だ!」

「いえいえ、それは買いかぶりすぎですよ」

「ははは、今の戦いを見たら、誰でもそう思いますよ!」

あくまで謙遜するリオネルに対し、クレマンは大きく頷いていたのである。
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