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序章
使用人達
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扉の向こうでは執事のフォマローが静かに待っている。あまり待たせると怪しまれるので、手短に説明すると前置きしてからアイビーは宣言通り手短に説明する。
「朝食の席では俺が術を使って助ける。だから、何も訊かずに聞け。昨日、アストライア様は何者かに暗殺された。外傷は無く、毒殺だろう。どういった手を使ったのかは未だ不明だが、昨日の夕食時にアストライア様はご気分が優れないと言って、ここにお戻りになられた。その後、俺が来た時には既にご逝去なさっていた。だが、秘密裏に俺はステラと協力してアストライア様を蘇生させた。それがお前だ。だから、アストライア様は死んでいない。お前にはその姿を周囲に知らしめて欲しい。アストライア様が死亡なさっていないと分かれば、刺客はまた襲いかかってくるだろう。その時、刺客を捕らえる機会が訪れる。何としてもアストライア様を死に追いやった不届き者を始末しなければならない」
「あの方を狙ったことを後悔させてやると同時に、俺はたとえ刺し違えてでも償いをさせる」と鬼気迫る表情で語るアイビーに、私は掛ける言葉が無かった。自分に命の危機が迫っていることももちろん怖いけど、それよりこの男の執念が何よりも怖かった。一切光の無い、闇底のような目でそう宣言するアイビーは何かに取り憑かれているようにも見えた。
それからアイビーに食事中の想定される質問とその受け答えと返事のし方を叩き込まれてから、私は二人と一緒に部屋の外へ出た。初めて対面する執事のフォマローは私に恭しく一礼してから、ちらとステラを見て言った。
「アストライア様のお支度は宜しいので?」
「はい。一度はお譲り致しましたが、私もアストライア様とは長年のお付き合いというものがございますので」
フォマローとステラの間で何だか緊張した空気が漂う。どこか誇らしげに微笑んでいるステラとほんの少しだけ眉間に皺を寄せているフォマロー。少し心配になって二人を交互に見たけれど、二人は私が戸惑っていると気が付いたのか、何事も無かったかのように互いに視線を外した。その際にフォマローはぼそりと聞こえないように一言呟いたが、ステラはそれを聞き逃さなかった。
「アストライア様のお世話はデネヴとアルテアに代わる、と聞いていたのですがね」
「あら、それは悪いことをしてしまいましたね。まだそちらのお二人は仕事に慣れていらっしゃらないようでしたので、今日は私が代わりにお支度を致しました。それだけのことです」
ステラが指す二人というのは、フォマローの隣にいる二人の子供達のことだろう。使用人の服を着た女の子とレストランのボーイのような恰好をしている男の子。二人とも歳は近そうで、それぞれ十五か十六くらいに見える。どちらがデネヴで、どちらがアルテアなのかは私にはよく分からない。ステラとフォマローは仲が悪いのか、厭に彼女の口調は勝ち気な感じで、彼は少し棘がある感じだ。そんな二人の姿はいつも通りなのか、デネヴとアルテアは呆れを隠せない様子で互いに顔を見合わせ、アイビーは密かに溜め息を吐いた。
アイビーの様子にステラとフォマローは公私混同しない部下らしく、仕切り直すように互いに顔を背けて咳払いや服の裾を弄って直したりすると、静かに私の背後へ下がった。もういつでも歩き出していいという空気になったので、私はドレススカートの裾を少し上げ、そのまま一歩前へ踏み出そうとしたけれど、それは突如、膝裏を風か何かに押されたことで叶わなかった。ふらり、と足元を掬われ、バランスを崩しそうになったところをアイビーに支えられる。
「大丈夫ですか? アストライア様」
「え、ええ。何とか……」
ふと、アイビーの方を見ると、彼は一瞬だけ声を発さず口の動きだけで何事か言っている。よく見ると、「俺に合わせろ」と言っているようだった。そのまま彼に片手を取られて背後にいるフォマローへアイビーは告げる。
「まだお体の具合が芳しくないようだ。フォマロー、今日はこのまま私がアストライア様を大食堂までご案内しよう。構わないか?」
「……ええ。そういうことでしたら、致し方ありません。デネヴ、アルテア。私達は先にお食事の用意をしましょう。それでは、アストライア様。失礼致します」
それだけ言って一礼したフォマロー達は私の行く先へ恭しく足早に去って行った。後に残されたステラとアイビーは一先ず、無事に切り抜けたという風に安堵の息を吐く。
「ごめん。な、何か今、風に押されたような気がして……」
「ああ、それは気にしなくて良い。俺の術だ」
「へ? な、なんで?」とつい間抜けな声を上げてしまった私にアイビーは呆れた顔で「お前、大食堂の場所知らないだろ」と付け加える。そこで私は「あ」と思い至った。そうだった。何だか成り行きで先頭に立ったけど、私は大食堂の場所すら知らなかったから、一歩を踏み出して良いのかすら分からなかった。
もしかして、助けてくれた? 改めてアイビーの顔をまじまじと見ると、彼は眉間に若干皺を寄せた怪訝そうな、気難しそうな顔で「なんだ?」と返してくる。案外、良い人なのかもと思うと、彼に対する刺々した感情は、いくらか和らいだような気がした。
不意に掴まれている方の手をもう少し引かれ、腰に手を回される。突然の行動に「えっ!? なになに!?」と慌てる私にアイビーは事も無げに言い放つ。
「今のアストライア様はお身体の具合が悪いという事にした。お身体に負担を掛けぬよう、お前はこのまま連行する」
「連行……って、あ、あんたねぇっ……!」
そうだった! こいつ、私より圧倒的にあすとらいあ様崇拝派だった! ついつい忘れていた事実に、何だか弄ばれたような気がして、「ぐぬぬ」と噛んだ唇からそんな呻き声が漏れる。それを見て透かさず、アイビーがぴしゃりと言い放った。
「無闇にアストライア様のお身体を傷付けるな、馬鹿者」
「バッ……!? こ、この……っ!」
あまり大声を出すと怪しまれるので、私は一度上がった怒りのボルテージと拳をギリギリのところで抑えてから下ろし、ぶつぶつと口の中で不満を呟くだけに留まった。私が何も言い返さないと、アイビーはぶっきらぼうに「ほら、行くぞ」とそのまま歩き出した。
アイビーに腰を押さえられつつ、手を引かれたまま足早に大食堂へ向かう。アイビーは騎士を名乗っている癖に全く私に配慮した歩き方をせず、随分と早足で歩くので、私は付いて行くのが精一杯だった。何これ、軍隊の訓練か何か?
「ちょっ……とっ、待って……っ! 待ってってばっ!」
「今度はなんだ」
私の声にアイビーは立ち止まって、至極面倒そうに見下ろしてくる。腹立つ。綺麗な顔をしてるせいで余計に腹が立つ。少し休憩しようと乱れた息を整えつつ、「ちょっと……速い……」と伝えると、アイビーはあろうことか「ああ、だろうな」と言ってのける。おい。
「はっ!? なに……それ……!?」
「少し呼吸が荒い方が病弱に見えるだろう? アストライア様にご無理をさせているとは分かっているが、これもあの方の為だ。耐えろ」
「無理……!!」
身代わりをしろと言われた時ですら思ったことが早くも口から出た。だって、こっちはただでさえ歩きにくいドレス姿なのに、競歩並みの速さを強いられるって、どんな拷問よ。胸が苦しくてぜえはあ言い、半泣きのままアイビーを睨むと、突然頬を赤らめられた。何だこいつ。
さっとアイビーは顔を背け、「そんな顔で見るな」と何故か恥ずかしがっている。意味が分からない。なんでこのタイミングでそんな反応? と却って私は苛立ちを覚えた。
「朝食の席では俺が術を使って助ける。だから、何も訊かずに聞け。昨日、アストライア様は何者かに暗殺された。外傷は無く、毒殺だろう。どういった手を使ったのかは未だ不明だが、昨日の夕食時にアストライア様はご気分が優れないと言って、ここにお戻りになられた。その後、俺が来た時には既にご逝去なさっていた。だが、秘密裏に俺はステラと協力してアストライア様を蘇生させた。それがお前だ。だから、アストライア様は死んでいない。お前にはその姿を周囲に知らしめて欲しい。アストライア様が死亡なさっていないと分かれば、刺客はまた襲いかかってくるだろう。その時、刺客を捕らえる機会が訪れる。何としてもアストライア様を死に追いやった不届き者を始末しなければならない」
「あの方を狙ったことを後悔させてやると同時に、俺はたとえ刺し違えてでも償いをさせる」と鬼気迫る表情で語るアイビーに、私は掛ける言葉が無かった。自分に命の危機が迫っていることももちろん怖いけど、それよりこの男の執念が何よりも怖かった。一切光の無い、闇底のような目でそう宣言するアイビーは何かに取り憑かれているようにも見えた。
それからアイビーに食事中の想定される質問とその受け答えと返事のし方を叩き込まれてから、私は二人と一緒に部屋の外へ出た。初めて対面する執事のフォマローは私に恭しく一礼してから、ちらとステラを見て言った。
「アストライア様のお支度は宜しいので?」
「はい。一度はお譲り致しましたが、私もアストライア様とは長年のお付き合いというものがございますので」
フォマローとステラの間で何だか緊張した空気が漂う。どこか誇らしげに微笑んでいるステラとほんの少しだけ眉間に皺を寄せているフォマロー。少し心配になって二人を交互に見たけれど、二人は私が戸惑っていると気が付いたのか、何事も無かったかのように互いに視線を外した。その際にフォマローはぼそりと聞こえないように一言呟いたが、ステラはそれを聞き逃さなかった。
「アストライア様のお世話はデネヴとアルテアに代わる、と聞いていたのですがね」
「あら、それは悪いことをしてしまいましたね。まだそちらのお二人は仕事に慣れていらっしゃらないようでしたので、今日は私が代わりにお支度を致しました。それだけのことです」
ステラが指す二人というのは、フォマローの隣にいる二人の子供達のことだろう。使用人の服を着た女の子とレストランのボーイのような恰好をしている男の子。二人とも歳は近そうで、それぞれ十五か十六くらいに見える。どちらがデネヴで、どちらがアルテアなのかは私にはよく分からない。ステラとフォマローは仲が悪いのか、厭に彼女の口調は勝ち気な感じで、彼は少し棘がある感じだ。そんな二人の姿はいつも通りなのか、デネヴとアルテアは呆れを隠せない様子で互いに顔を見合わせ、アイビーは密かに溜め息を吐いた。
アイビーの様子にステラとフォマローは公私混同しない部下らしく、仕切り直すように互いに顔を背けて咳払いや服の裾を弄って直したりすると、静かに私の背後へ下がった。もういつでも歩き出していいという空気になったので、私はドレススカートの裾を少し上げ、そのまま一歩前へ踏み出そうとしたけれど、それは突如、膝裏を風か何かに押されたことで叶わなかった。ふらり、と足元を掬われ、バランスを崩しそうになったところをアイビーに支えられる。
「大丈夫ですか? アストライア様」
「え、ええ。何とか……」
ふと、アイビーの方を見ると、彼は一瞬だけ声を発さず口の動きだけで何事か言っている。よく見ると、「俺に合わせろ」と言っているようだった。そのまま彼に片手を取られて背後にいるフォマローへアイビーは告げる。
「まだお体の具合が芳しくないようだ。フォマロー、今日はこのまま私がアストライア様を大食堂までご案内しよう。構わないか?」
「……ええ。そういうことでしたら、致し方ありません。デネヴ、アルテア。私達は先にお食事の用意をしましょう。それでは、アストライア様。失礼致します」
それだけ言って一礼したフォマロー達は私の行く先へ恭しく足早に去って行った。後に残されたステラとアイビーは一先ず、無事に切り抜けたという風に安堵の息を吐く。
「ごめん。な、何か今、風に押されたような気がして……」
「ああ、それは気にしなくて良い。俺の術だ」
「へ? な、なんで?」とつい間抜けな声を上げてしまった私にアイビーは呆れた顔で「お前、大食堂の場所知らないだろ」と付け加える。そこで私は「あ」と思い至った。そうだった。何だか成り行きで先頭に立ったけど、私は大食堂の場所すら知らなかったから、一歩を踏み出して良いのかすら分からなかった。
もしかして、助けてくれた? 改めてアイビーの顔をまじまじと見ると、彼は眉間に若干皺を寄せた怪訝そうな、気難しそうな顔で「なんだ?」と返してくる。案外、良い人なのかもと思うと、彼に対する刺々した感情は、いくらか和らいだような気がした。
不意に掴まれている方の手をもう少し引かれ、腰に手を回される。突然の行動に「えっ!? なになに!?」と慌てる私にアイビーは事も無げに言い放つ。
「今のアストライア様はお身体の具合が悪いという事にした。お身体に負担を掛けぬよう、お前はこのまま連行する」
「連行……って、あ、あんたねぇっ……!」
そうだった! こいつ、私より圧倒的にあすとらいあ様崇拝派だった! ついつい忘れていた事実に、何だか弄ばれたような気がして、「ぐぬぬ」と噛んだ唇からそんな呻き声が漏れる。それを見て透かさず、アイビーがぴしゃりと言い放った。
「無闇にアストライア様のお身体を傷付けるな、馬鹿者」
「バッ……!? こ、この……っ!」
あまり大声を出すと怪しまれるので、私は一度上がった怒りのボルテージと拳をギリギリのところで抑えてから下ろし、ぶつぶつと口の中で不満を呟くだけに留まった。私が何も言い返さないと、アイビーはぶっきらぼうに「ほら、行くぞ」とそのまま歩き出した。
アイビーに腰を押さえられつつ、手を引かれたまま足早に大食堂へ向かう。アイビーは騎士を名乗っている癖に全く私に配慮した歩き方をせず、随分と早足で歩くので、私は付いて行くのが精一杯だった。何これ、軍隊の訓練か何か?
「ちょっ……とっ、待って……っ! 待ってってばっ!」
「今度はなんだ」
私の声にアイビーは立ち止まって、至極面倒そうに見下ろしてくる。腹立つ。綺麗な顔をしてるせいで余計に腹が立つ。少し休憩しようと乱れた息を整えつつ、「ちょっと……速い……」と伝えると、アイビーはあろうことか「ああ、だろうな」と言ってのける。おい。
「はっ!? なに……それ……!?」
「少し呼吸が荒い方が病弱に見えるだろう? アストライア様にご無理をさせているとは分かっているが、これもあの方の為だ。耐えろ」
「無理……!!」
身代わりをしろと言われた時ですら思ったことが早くも口から出た。だって、こっちはただでさえ歩きにくいドレス姿なのに、競歩並みの速さを強いられるって、どんな拷問よ。胸が苦しくてぜえはあ言い、半泣きのままアイビーを睨むと、突然頬を赤らめられた。何だこいつ。
さっとアイビーは顔を背け、「そんな顔で見るな」と何故か恥ずかしがっている。意味が分からない。なんでこのタイミングでそんな反応? と却って私は苛立ちを覚えた。
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