姫は王子を溺愛したい

縁 遊

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7. 王子は美女に変身する

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 婚約会見の当日、私の自宅に迎えに来たのは見覚えのある人物だった。

「久しぶり~、王子ちゃん元気にしてたー!」

 ゆるいウェーブのかかったロングヘアーに大きな黒目がちの瞳の美人、姫野のお姉さんだ。

「お久しぶりです。私は元気ですよ。お姉さんも元気そうですね」

「やだ、昔のようにあや姉(あやねえ)って呼んでよ。もう身内になるんだし気を遣わないでよ」


 あや姉は本名は姫野綾音(ひめのあやね)で私はずっとあや姉と呼んでいた。姫野と雑誌撮影に行くときはほとんど一緒に来ていたからいつの間にか仲良くなっていたんだよね。今では有名なスタイリストさんになっているらしい。

「でも…」

 姫野がどこまであや姉に話しているかわからないから下手なことは口にできない。

「もう、相変わらず真面目なんだから。あっ、やだもうこんな時間!話しはあとね。ほら、行くわよ」

 私はあや姉に手を引かれて白いワゴン車に乗った。

「今日はとびきりの美人にするからね」

 車に乗り込むなりあや姉が私の顔を両手で挟み込んだ。

「基礎のお手入れはしているみたいね。お肌は綺麗。でも化粧はしてないの?」

「はい」

 私が自分で化粧すると人に笑われるレベルになっちゃうから止めたんですとは言えない。

「もったいないわね。せっかくの良い素材なのに…」

 良い素材なのかな?素っぴんで歩いていたら男性に間違えられるんだよ。

 あや姉に色んな質問をされているうちに目的地に到着したみたい。

「はい、行くわよ!」

 またあや姉に手を引かれて車を降りてホテルの一室に連れていかれる。

「うわぁ、何ですかこれ…」

 入ったホテルの部屋の中には沢山の花と衣装やアクセサリー・靴等が置いてあった。

「まずは気分を上げないとダメじゃない、だから綺麗なお花を飾ってそこで女を磨くのよ!」

 昔からこういう人だったということを思い出した。姫野と正反対の喜怒哀楽がわかりやすい人で行動派の感覚タイプ。姫野についてきていたのもスタイリストさんの仕事を見学したいから来たと言ってスタッフさんと仲良くなってそのままスタイリストさんの見習いになってたよね。

 あの頃はこのパワーに圧倒されてたな。

「ほら、ボーとしない。今日の主役なんだからね。たっぷり磨くわよ」

 腕まくりをしてやる気を見せられると少し気が引ける。これは間違いなく偽者の話をしてないよね。あや姉騙してごめんね。

 あや姉はテキパキと動き私の衣装、靴、ヘアメーク、お化粧と全てをあっという間に整えていった。

「ふう~、完成よ。ほら、やっぱり綺麗じゃないの!」

 鏡の前に立たされて自分の姿を見た。

「…奇跡だ、女性に見える」

 淡い藤色の裾がアシンメトリーになっているワンピースにダイヤのペンダントと揺れるダイヤのイヤリング。髪の毛は私の希望でロングヘアーのウィッグをつけてもらっている。それを片方に流す感じのヘアーアレンジがしてあり、いかにも大人の女性に見える。

「奇跡って…何を言ってるんだか。これが本来の王子ちゃんの姿よ」

 あや姉が呆れたように話しているが、私にとっては奇跡にしか思えないのだ。

 これなら誰が見ても男性には見えないよね。

 嬉しくなって鏡の前でくるりと回って自分を見た。気にしていた足の傷もあや姉が用意してくれていた2重のタイツでわからない。

「おっと…」

 慣れない高いヒールの靴のせいでバランスを崩しそうになったが踏ん張った。問題は私の足自体か…。

「この靴のヒールは低くなりませんか?」

 ただでさえ高い身長がヒールを履いているので180センチくらいになっている。

「無理ね。ペタンコ靴は却下よ。大丈夫、優は188センチあるから並ぶとちょうど良いくらいよ」

 そうかもしれないけど、右足の事が心配なんだよね。足の傷のことは見たらわかるから説明したけど多分、足自体の問題に、はあや姉は気がついて無いみたいだし…。自分から言うしかないかな。

「え~と、あや姉あのね申し訳ないんだけど私、右足が悪くて高いヒールの靴だと上手く歩ける自信が無いんだよね。ペタンコ靴で立ったり、普通に歩くくらいなら何とか大丈夫なんだけど…用意してもらったのにごめんね」

 あや姉の視線が私の右足に向けられた。

「そんなに悪いの?あの右足の傷と関係ある?」

「昔のケガなんだけど、骨折した上に靭帯も損傷してたから手術したんだけど…元通りにはならなかったんですよね…」

 真剣な顔をして話を聞いてくれていたあや姉が思惑ありげな笑みを浮かべ顔の前で手を叩いた。

「そうなのね…でも大丈夫よ。優にエスコートをさせるから。そうね、腰の辺りを支えてもらえれば歩けるでしょう。それにその方が親密度が高まって婚約発表には良い感じになるんじゃないかしら」

「え?」

 私はあや姉の言葉に驚いていた。予想していた言葉と全く違っていたからだ。「そうか。それなら仕方ないわね」って言ってくれてペタンコ靴を用意してくれると思っていたんだけど全然違ってた。

 しかも姫野にエスコートさせる?腰の辺りを支える?それって姫野と体を密着させるってこと?

 いや、無い、ない、ナイよ!

 そんな慣れないことをしたら緊張して手と足が同時に出そう!絶対に無理だよ!!

 コンコン。

 その時、誰かが扉をノックする音が聞こえてきた。

「あら、優じゃないかしら」

 あや姉が扉を開けに行った。

 姫野~!タイミング悪いよー!!!

 



 





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