姫は王子を溺愛したい

縁 遊

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3. 王子戸惑う

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 会社の一室でデザインやカラー等について話し合っていたが杉ノ原先輩が急に呼び出されて部屋を出ていってしまった。

 部屋には私と姫野の二人が残された。

 …なんだろうこの緊張感。

「え~と、お茶をいれなおしてきますね」

 私は何とか雰囲気を変えたくて愛想笑いをしながら席を立とうとした。

「なあ、いいかげん敬語止めないか?」

 姫野が私の手首を掴んで出ていくのを止めた。

「え?」

 私はさっきまでと雰囲気が違う姫野の様子に戸惑ってしまった。

「知らない仲ではないんだし、俺はお前なら気を遣わずに済むと思って指名したんだけど」

 なるほど…それで私を指名したのか。

 でも…。

「確かに小学生からの顔見知りではあるけど…」

 仲の良い友人かと言われれば違うと思う。一緒に遊びに行ったりしたこともないし。

「はあ~、俺は幼馴染みだと思っていたんだけど王子は違ってたのか…」

 少し悲しげな表情を見せた姫野に胸の辺りがざわつく感じがした。

 これってあれよね、子犬がご主人様がかまってくれないと悲しげに見つめられた時のあのキュンとする感じだよね。

 罪悪感ってやつ。

「いや、確かに幼馴染みかも知れないけど…。だけどあの頃はほとんど話をしなかったよね?私が話しかけても頷いたりするだけだったと思うんだけど…」

「それは…思春期という微妙なお年頃だったからだろ。あの頃の俺はほとんど誰とも話さなかったから。見ていて知っているだろう」

 そういえばそうだったかな。だけど自分で微妙なお年頃って言う?

「フッフフ…」

 思わず笑いが込み上げてきた。

「何を笑ってるんだ」

 姫野が不服そうな顔をして私を睨んでいる。

「だって自分で微妙なお年頃って言うんだと思ったら可笑しくなっちゃって」

 さっきまでの爽やかなイケメンの印象が崩れてきている。

「確かに…変かな。フッフフ…ハハハ」

 目線を合わせたら笑いが止まらなくなってしまって、ふたりで暫く笑っていた。そういえば姫野って笑い上戸だったということを思い出した。

 あの頃は声を出して笑うことはなく肩を震わせて笑いを堪えながら涙を流していた。それなのに今は大口を開けて笑っているから不思議な感じがするな。

「俺も大人になったということだ。改めて宜しく頼むよ王子」

 急に真面目な顔に戻った姫野が私に握手を求めてきた。

「こちらこそ宜しくお願いします」

 握手をしようと手を伸ばすとその手を姫野が掴んで自分の方に引き寄せられた。

「敬語はなしと言っただろう」

 顔を近づけて耳元で囁くように言われて、私の体温が急激に上がるのがわかった。

「わ、わかった」

 私は囁かれた方の耳を押さえながら答えた。

 姫野はそんな私の様子を見ながらニヤリと笑い席に着いた。

 ちょうどその時、杉ノ原先輩が帰って来たので二人で話をすることはもうなかったのでホッとした。

「では、楽しみにしているのでお願いしますね」

「はい。サンプルができたらまた連絡します」

 無事に打ち合わせが終了し、杉ノ原先輩と姫野を見送りに玄関までやってきた。

「あっ、そうだ…王子ちょっと…」

 急に姫野が私の方を見て手招きしてきた。

 何か忘れてたかな?

 何だろうかと思い近くまで行くと、内緒話をするように耳に手を当てて話してきた。

「話があるから後でこの番号に連絡して」

「え?」

 思わず姫野の顔を見たが爽やかな笑顔を返された。手には小さな紙を握らされている。

「お願いしますね」

 肩をポンポンと叩かれて私は何の事だ?と首を傾げながらも笑顔を返した。



 姫野が帰った後で杉ノ原先輩や玄関にいた受付嬢達に姫野選手に何を言われたのかと聞かれたが適当に靴の事だと誤魔化した。

 有名人だけに簡単に連絡をとる仲だと誤解されても困るからだ。

 だけど何年も会っていなかった私に話って何だろうか。懐かしい昔話でもするのかな。

 気になる…。

 

 



 
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