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第三十話 逃走

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「も、もう・・・会えないかと・・・こ、こわか・・・た」

切れ切れに伝えるとケイレブがルシアナをぎゅっと抱きしめた。

「怖かったな。全部聞いてたぞ。さすが俺の惚れた女だ」
「ケイレブ・・・ケイレブ・・・」

ルシアナがケイレブにしがみつくと、ケイレブはそっと傷口に唇で触れた。
2人を見ていた女装した騎士が小声で割って入る。

「ちょっと、若殿!?全部聞いてた?きちんと隠れててくださいって言ったでしょう?」
「・・・うるさいな。ルシアナに万一のことがあったらどうするんだ」ケイレブはルシアナの髪に頬ずりしている。
「・・・自分だって、侯爵家の跡取りなんですけどね?」
「あーーー、もういいだろ。ルシアナ、大丈夫か?何度も殴られたな。かわいそうに。特に、あの変態王がお前を殴ったときには、飛び出していって殺してやろうかと思った」
「作戦があったでしょ」
「だから、我慢しただろ。なあ?」

ケイレブがルシアナの目をのぞき込みながら頬をそっとなでた。

「きれいな顔になんてことを・・・あのクソじじい。きっちり仕返ししてやるからな?」
「仕返しなんてどうでもいいから、早く連れて逃げて。二度とここに来たくない」

ルシアナがケイレブにまたしがみつくと、ケイレブは大きくうなずき、ルシアナの体を自分のマントでおおった。

「まったく、おれのルシアナに妙な服を着せやがって・・・けしからん」
「結構お好みなんじゃないですか」女装した騎士が横から口を挟むと、ケイレブは「黙ってろ」とにらみつけた。

空気がざわつき、背中の後ろから声が聞こえた。
「どこに行った?」
「女官と一緒に出たんだ。その辺にいるはずだろう」
声の主はリエール王の護衛騎士たちだった。探しているのはルシアナのことだろう。王妃に見つかったからといって手放す気はないらしい。
「王妃様がおいでになったから慌てて追い出したが、そう簡単には諦めないだろう?相当のご執心だったからな」
「あれほどの女はそうそういないからな」
男たちの話し声が少しずつ近づいてくる。

ルシアナはパニック状態になり、ガクガクとふるえだした。
「お、おねがい、はやく・・・」
涙声でケイレブにすがりつくと、ケイレブはルシアナを抱き上げた。
「行くぞ!しっかりつかまってろ」
ルシアナがケイレブの首にぎゅっとしがみつき、ケイレブと女装した騎士は走り出した。
ふたりは、ルシアナが走るよりも遥かに早いスピードで、物陰を探しながら走っていく。
不思議なことに、ケイレブも女装した騎士も足音を立てなかった。

「塀の外まで出れば、仲間がいる。そこまで行けば・・・」
「若殿!」押し殺したような騎士の声に振り返ると、追っ手の声が後ろに迫っていた。
「ちっ。やっかいだな」
「とりあえず、あと少しですから、なんとか・・・」

だが、追手はぐんぐん迫ってくる。
こちらは警備に見つからないように走っているのに、追手を遮るものはなにもないのだ。

「待て!」

護衛騎士たちの集団は距離を縮め、ケイレブの足元に矢がささった。

「止まらないのなら、今度は外さんぞ!」

リーダー格の大男の騎士が、大声を張り上げた。

「ちっ」

ケイレブはちらりと騎士たちを見ると、ルシアナをそばにある大木の陰に隠した。
「いいか、絶対に出てくるな。これを持っていろ」

ルシアナの手の中に冷たい短剣が押し込まれた。

「自分の身を守るためだけに使え。くれぐれも俺をかばおうとかするなよ。いいな」

ヘイゼルの瞳がじっとルシアナを見つめ、ルシアナは理由もわからずうなずいた。

「よし!」

同時に剣が打ち込まれ、ケイレブはまるで後ろが見えているかのようにその剣を薙ぎ払った。
「うわっ」
いきおいに押され、尻もちをついた騎士の横から、また別の騎士が斬り込んでくる。
その剣を難なく跳ね飛ばし、騎士の腹を蹴り倒した。

(強い・・・!!)

次々に護衛騎士たちが襲いかかってくるが、ケイレブはひらひらと相手の剣先をかわし、大して力も使わずに相手を倒していく。まるで大人と子どもほどの実力差があった。
5分ほどであっけなくケリがつき、10人ほどいた敵の護衛騎士たちは皆、尻もちをついて戦意喪失していた。

「何だお前たち、ずいぶんやる気ないな」
「くそっ・・・バケモノか」
「せっかく久しぶりの戦闘だったのになあ」
「いい加減にしてくださいよ」横から味方の騎士がたしなめる。

「ひ、姫を・・・ルシアナ嬢を返せ」
「やだね」
「ルシアナ嬢には夫がいる。誇り高い女性だ。尊敬をもって扱う必要がある方だ」
「それは知ってる。だけど、お前に返す理由がないね」
「あんな格好の女性が、ふらふらとひとりで歩いて身の安全が確保できるか!今すぐルシアナ嬢を返せ」
「・・・一体なにが言いたい?」

ケイレブが首をかしげたとき、ケイレブのマントをまきつけたルシアナがちらりとのぞき込んだ。

「ルシアナ嬢!ご無事で?」

さっき後宮の部屋にいた護衛騎士が叫んだ。

「あの・・・ケイレブ。この方・・・悪い方じゃないと思います。だって、さっき私を殴りつけるふりをしてくださったんです。多分派手に音が出るような叩き方をして、ほとんど力は入っていませんでした。痛かったけど、王に殴られたのとは全然違いました」
「はぁ?」
「この方が本気で殴ったら、私、失神じゃすまないですよ。かばってくださったんです」
「なんだ、どういうことだ?」

あのとき、王がルシアナが既婚者だと告げ、王は喜ぶような反応を見せた。数人の護衛騎士は拳を握りしめ、真っ青になった。あの反応はおそらく・・・

「ルシアナ嬢」大柄な王の護衛騎士が口を開いた。「この男は、誰だ」
「無礼だな、こいつ」ケイレブがつぶやく。
「私の夫、ケイレブ・コンラッドです。さらわれた私を夫が迎えに来てくれました。どうか、見逃してください」
「・・・そうか。間違いなく、本当にあなたの夫なのだな?」
「はい、そうです」
「では、あなたがランドール伯か。どおりで・・・強いはずだ。夫とともに、速やかに立ち去るがいい」

大柄な騎士が剣を鞘に収め、部下に声をかけた。

「さあ、戻るぞ。ルシアナ嬢を見失った」
「おう」

護衛騎士たちが次々に剣を鞘に収め立ち上がった。

「早く逃げてください。俺達が探していることになっているうちに」
「ありがとうございます」
「夫が嫌になったらいつでもまた来てください」
騎士は強面に笑顔らしきものを浮かべ、去っていった。

「おいこら」
「ふふ。いいじゃないですか。見逃してくださったんですよ」
「なんで」
「多分・・・あの王の犠牲になったんじゃないですか。奥様とか恋人が。なんとなくですけど、何人もの騎士やその奥様や恋人が被害にあっているような気がします」
「うわ・・・最悪だな。しかもそういう奴らをわざとそばにおいて、新しい女を凌辱する手伝いをさせてるのか・・・変態どころか、キ◯ガイだろ?」
「ま、まあ・・・そうですよね」
「あー、悪い事したかな。そろそろ、始まる頃だけど」
「え?」
「たった2人で乗り込んでくるわけ無いだろ?別動部隊がいるんだよ。今頃、派手にやらかしてくれてるはず・・・」

その言葉を聞き終わらないうちに、あちこちから悲鳴が上がった。

「きゃーー」
「何なの、一体ーーー!!!」

遠くから悲鳴が重なり合い、同時になにか事件が起きているらしい。

「け、ケイレブ?なにをしたんですか?」

ルシアナがケイレブを見上げると、ケイレブはにんまりと笑った。

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