上 下
24 / 35

第二十四話 ジェフリーの説得

しおりを挟む
灰色の城が見えなくなると、ジェフリーはようやく安心したらしく、短剣をさやに収めた。
いつ刺されるかもしれないと息を詰めていたルシアナも、ようやく呼吸が自由にできるようになった。

「ジェフ兄様、そろそろ縄を外してください」

本当は兄様などと呼ぶのも嫌なのだが、ここで機嫌を損ねたら本当に殺されてしまうかもしれない。
ルシアナはおもねるように笑いかけた。

「あ、ああ、すまない。あのケダモノからお前を救うため、必死だったんだよ。許してくれ」

きつく縛られた縄を短剣で切り落とすと、さっと血がめぐってくる。
ルシアナが手首をさすっていると、ジェフリーが気の毒そうに弱々しくほほえんだ。

「乱暴に扱ってすまなかった。だが、お前を救いたい一心だったんだ」
「・・・」
「あいつは、聖女のためにお前と結婚しようとしたんだ。そんな結婚、お前にさせるわけにはいかなかった。分かってくれるだろう?」

本当か嘘かはわからない。でも、聖女のために結婚した、と告げられると胸が痛む。
ルシアナの大きな目が潤んだ。

「大丈夫だ。ルシアナ。一緒に王都に帰ろう?まだ、間に合う。白い結婚を申し立てれば、結婚を無効にできる」
「・・・まさか」
「いや、本当だ。お前は知らないのかもしれないが・・・」
「でも、もう私はケイレブ様の妻です」
「本当の妻になっていなければ、婚姻の無効を申し立て・・・今何と言った?」
「私は、ケイレブ様の妻です」

ジェフリーは愕然とした。

「う、うそだろう?おまえは、言っている意味が・・・」
「分かっています。私は、正式な妻になったんです」
「嘘だ!」
「なぜ信じないんですか?あの方のベッドから私をさらったのに」
「嘘だ・・・そんな・・・オーブリーが・・・」
「お兄様が?」ルシアナの眉が上がった。ケイレブにろくでもないことを吹き込んだんだけでは飽き足らず、ジェフリーにまで・・・
「オーブリーが、あいつに眠り薬を盛ったから、起きてはいられないはずだと・・・」
「・・・」

昨夜、オーブリーはケイレブにルシアナが王太子と寝ていたと吹き込み、ケイレブは相当頭にきていた様子だった。あのときの彼の様子はいつもとは違っていた。
それに、仲直りをしたと思ったら、すぐに寝てしまった。
いくら疲れていたからといって、初夜の床で、あんなにすぐに眠れるものだろうか・・・

「お兄様が、ケイレブ様に薬を盛ったんですね」

すべてがふに落ちた。

「そうだろう?あいつは朝まで起きなかったんだろう?火事がおきたと知らせても、なかなか起きなかったじゃないか」
「それは・・・」

2人の秘め事を他人に話したくはない。でも、誤解している限り、ジェフリーは自分を王都に連れて行こうとするだろう。

「一度は眠りました。でも、目を覚ましたんです。そして・・・」
「やめろ!」
「いえ、やめません。私はあの方の妻です。ですから、白い結婚を申し立てることはできません」
「無理やりだったんだろう?恐ろしくて、抵抗できなかったんだろう?なんせ相手はあのケイレブ・コンラッドだ。辺境でいつも魔物と戦っているような大男相手では・・・」
「まぁ」ルシアナの頬は真っ赤に染まった。「無理やりじゃありません。むしろ、私から・・・」

首まで真っ赤に染まったルシアナをみて、ジェフリーは絶望的な気分になった。
幼い頃から恋い焦がれてきたルシアナ。
王太子のものだと諭され諦めたが、とうとうチャンスが巡ってきたと思ったのに。

「嘘だ、信じない。お前はそう思い込みたいんだろう?」
「いい加減にしてくださいな、お兄様」ルシアナはぴしゃりと言った。
「なんでいまさらそんなことをくだくだと。私はケイレブ・コンラッドの妻。ランドール伯夫人なんです。もうおやめください。今ならあなたを罪に問わないよう説得します。今すぐ私をあの方のところに返してください」
「だって、あいつは、聖女の忠実な騎士じゃないか!」
「だからなんだというんですか。聖女の騎士は誰も結婚していないんですか。あの方は、持参金がなくても、王家を敵に回しても結婚すると言ってくださいました。私に救いの手を差し伸べてくださる方は、ほかにいなかったんです。それだけでも結婚の理由には十分です」

毅然としたルシアナに、ジェフリーは今にも泣き出しそうな情けない顔になった。
「だが、あいつは・・・公爵邸を・・・」
「くれといっていただけるものではないでしょう。ふさわしいと思ったからいただけたのでは?公爵邸を褒美に受け取ったから、何だというんですか?お兄様。冷静になってください。王家はわたくしたちに財産を渡す気などないんです。お判りでしょう?廃鉱山を持参金に持たせて辺境に追いやったのですから。弟が男爵領を継がせていただいたんですよ?受けている情けに感謝して、これ以上の王家の顔をつぶすようなことはおやめください」
「だけど、私は・・・」
「お兄様だって、アドランテ家の縁者であるという理由で不利益を被ったわけではないでしょう?使者としてここまでいらしたんですから。ご出世なさったんじゃないですか。もうあきらめてください」

「私だって!私だって申し出た!お前を妻に迎えたいと!生涯聖女の目に触れないようにするから、どうか許してほしいと!」ジェフリーの握りこぶしの関節が白く浮き上がった。「だがあの狸・・・国王はまったく取り合ってくれなかった。私がお前を迎えたら大切にするとわかっていたからだ!お前に惨めな結婚をさせて、つらい思いをさせたいから、聖女の盾と結婚させたんだ」ジェフリーが髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。
「あいつが・・・お前を愛するわけがないだろう?いまは、お前をだまして辺境に留め置くために親切なふりをしているだけだ。騙されるな」

確信をもったジェフリーの言葉に、ルシアナはひるんだ。その一瞬の迷いに、ジェフリーはすかさずつけこんだ。

「ルシアナ。あいつはな。お前が修道院に行く前からずっと、お前を辺境に迎えたいと申し出ていたんだ。辺境に留めておけば、二度と大切な聖女に会うこともないからな!献身的な忠義への褒美として、公爵邸と王都付近の所領をもらったんだ。莫大な財産だ!わかっているんだろう?あいつの目当てはお前についてくる財産なんだ。それに、もしアドランテ家が復権を許されたら?お前を妻にしているあいつが国政でも権力を握ることになるんだ。知ってるだろう?コンラッド家は王家の下に所属しているわけじゃない。ただの同盟国家だ。コンラッド家とアドランテ家が手を組めば、国を乗っ取ることだってできるんだ。あいつは、野心家なんだよ」

脳がしんと冷えた。
国を乗っ取る・・・?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

身分が上だからと油断しているようですけど……

四季
恋愛
私の婚約者は、私を舐めきっていました。 とにかく、女遊びし過ぎです。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

愚者(バカ)は不要ですから、お好きになさって?

海野真珠
恋愛
「ついにアレは捨てられたか」嘲笑を隠さない言葉は、一体誰が発したのか。 「救いようがないな」救う気もないが、と漏れた本音。 「早く消えればよろしいのですわ」コレでやっと解放されるのですもの。 「女神の承認が下りたか」白銀に輝く光が降り注ぐ。

【完結】もしかして悪役令嬢とはわたくしのことでしょうか?

桃田みかん
恋愛
ナルトリア公爵の長女イザベルには五歳のフローラという可愛い妹がいる。 天使のように可愛らしいフローラはちょっぴりわがままな小悪魔でもあった。 そんなフローラが階段から落ちて怪我をしてから、少し性格が変わった。 「お姉様を悪役令嬢になんてさせません!」 イザベルにこう高らかに宣言したフローラに、戸惑うばかり。 フローラは天使なのか小悪魔なのか…

ヒロインでも悪役でもない…モブ?…でもなかった

callas
恋愛
 お互いが転生者のヒロインと悪役令嬢。ヒロインは悪役令嬢をざまぁしようと、悪役令嬢はヒロインを返り討ちにしようとした最終決戦の卒業パーティー。しかし、彼女は全てを持っていった…

処刑から始まる私の新しい人生~乙女ゲームのアフターストーリー~

キョウキョウ
恋愛
 前世の記憶を保持したまま新たな世界に生まれ変わった私は、とあるゲームのシナリオについて思い出していた。  そのゲームの内容と、今の自分が置かれている状況が驚くほどに一致している。そして私は思った。そのままゲームのシナリオと同じような人生を送れば、16年ほどで生涯を終えることになるかもしれない。  そう思った私は、シナリオ通りに進む人生を回避することを目的に必死で生きた。けれど、運命からは逃れられずに身に覚えのない罪を被せられて拘束されてしまう。下された判決は、死刑。  最後の手段として用意していた方法を使って、処刑される日に死を偽装した。それから、私は生まれ育った国に別れを告げて逃げた。新しい人生を送るために。 ※カクヨムにも投稿しています。

男爵令息と王子なら、どちらを選ぶ?

mios
恋愛
王家主催の夜会での王太子殿下の婚約破棄は、貴族だけでなく、平民からも注目を集めるものだった。 次期王妃と人気のあった公爵令嬢を差し置き、男爵令嬢がその地位に就くかもしれない。 周りは王太子殿下に次の相手と宣言された男爵令嬢が、本来の婚約者を選ぶか、王太子殿下の愛を受け入れるかに、興味津々だ。

存在感と取り柄のない私のことを必要ないと思っている人は、母だけではないはずです。でも、兄たちに大事にされているのに気づきませんでした

珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれた5人兄弟の真ん中に生まれたルクレツィア・オルランディ。彼女は、存在感と取り柄がないことが悩みの女の子だった。 そんなルクレツィアを必要ないと思っているのは母だけで、父と他の兄弟姉妹は全くそんなことを思っていないのを勘違いして、すれ違い続けることになるとは、誰も思いもしなかった。

処理中です...