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第二十四話 ジェフリーの説得
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灰色の城が見えなくなると、ジェフリーはようやく安心したらしく、短剣をさやに収めた。
いつ刺されるかもしれないと息を詰めていたルシアナも、ようやく呼吸が自由にできるようになった。
「ジェフ兄様、そろそろ縄を外してください」
本当は兄様などと呼ぶのも嫌なのだが、ここで機嫌を損ねたら本当に殺されてしまうかもしれない。
ルシアナはおもねるように笑いかけた。
「あ、ああ、すまない。あのケダモノからお前を救うため、必死だったんだよ。許してくれ」
きつく縛られた縄を短剣で切り落とすと、さっと血がめぐってくる。
ルシアナが手首をさすっていると、ジェフリーが気の毒そうに弱々しくほほえんだ。
「乱暴に扱ってすまなかった。だが、お前を救いたい一心だったんだ」
「・・・」
「あいつは、聖女のためにお前と結婚しようとしたんだ。そんな結婚、お前にさせるわけにはいかなかった。分かってくれるだろう?」
本当か嘘かはわからない。でも、聖女のために結婚した、と告げられると胸が痛む。
ルシアナの大きな目が潤んだ。
「大丈夫だ。ルシアナ。一緒に王都に帰ろう?まだ、間に合う。白い結婚を申し立てれば、結婚を無効にできる」
「・・・まさか」
「いや、本当だ。お前は知らないのかもしれないが・・・」
「でも、もう私はケイレブ様の妻です」
「本当の妻になっていなければ、婚姻の無効を申し立て・・・今何と言った?」
「私は、ケイレブ様の妻です」
ジェフリーは愕然とした。
「う、うそだろう?おまえは、言っている意味が・・・」
「分かっています。私は、正式な妻になったんです」
「嘘だ!」
「なぜ信じないんですか?あの方のベッドから私をさらったのに」
「嘘だ・・・そんな・・・オーブリーが・・・」
「お兄様が?」ルシアナの眉が上がった。ケイレブにろくでもないことを吹き込んだんだけでは飽き足らず、ジェフリーにまで・・・
「オーブリーが、あいつに眠り薬を盛ったから、起きてはいられないはずだと・・・」
「・・・」
昨夜、オーブリーはケイレブにルシアナが王太子と寝ていたと吹き込み、ケイレブは相当頭にきていた様子だった。あのときの彼の様子はいつもとは違っていた。
それに、仲直りをしたと思ったら、すぐに寝てしまった。
いくら疲れていたからといって、初夜の床で、あんなにすぐに眠れるものだろうか・・・
「お兄様が、ケイレブ様に薬を盛ったんですね」
すべてがふに落ちた。
「そうだろう?あいつは朝まで起きなかったんだろう?火事がおきたと知らせても、なかなか起きなかったじゃないか」
「それは・・・」
2人の秘め事を他人に話したくはない。でも、誤解している限り、ジェフリーは自分を王都に連れて行こうとするだろう。
「一度は眠りました。でも、目を覚ましたんです。そして・・・」
「やめろ!」
「いえ、やめません。私はあの方の妻です。ですから、白い結婚を申し立てることはできません」
「無理やりだったんだろう?恐ろしくて、抵抗できなかったんだろう?なんせ相手はあのケイレブ・コンラッドだ。辺境でいつも魔物と戦っているような大男相手では・・・」
「まぁ」ルシアナの頬は真っ赤に染まった。「無理やりじゃありません。むしろ、私から・・・」
首まで真っ赤に染まったルシアナをみて、ジェフリーは絶望的な気分になった。
幼い頃から恋い焦がれてきたルシアナ。
王太子のものだと諭され諦めたが、とうとうチャンスが巡ってきたと思ったのに。
「嘘だ、信じない。お前はそう思い込みたいんだろう?」
「いい加減にしてくださいな、お兄様」ルシアナはぴしゃりと言った。
「なんでいまさらそんなことをくだくだと。私はケイレブ・コンラッドの妻。ランドール伯夫人なんです。もうおやめください。今ならあなたを罪に問わないよう説得します。今すぐ私をあの方のところに返してください」
「だって、あいつは、聖女の忠実な騎士じゃないか!」
「だからなんだというんですか。聖女の騎士は誰も結婚していないんですか。あの方は、持参金がなくても、王家を敵に回しても結婚すると言ってくださいました。私に救いの手を差し伸べてくださる方は、ほかにいなかったんです。それだけでも結婚の理由には十分です」
毅然としたルシアナに、ジェフリーは今にも泣き出しそうな情けない顔になった。
「だが、あいつは・・・公爵邸を・・・」
「くれといっていただけるものではないでしょう。ふさわしいと思ったからいただけたのでは?公爵邸を褒美に受け取ったから、何だというんですか?お兄様。冷静になってください。王家はわたくしたちに財産を渡す気などないんです。お判りでしょう?廃鉱山を持参金に持たせて辺境に追いやったのですから。弟が男爵領を継がせていただいたんですよ?受けている情けに感謝して、これ以上の王家の顔をつぶすようなことはおやめください」
「だけど、私は・・・」
「お兄様だって、アドランテ家の縁者であるという理由で不利益を被ったわけではないでしょう?使者としてここまでいらしたんですから。ご出世なさったんじゃないですか。もうあきらめてください」
「私だって!私だって申し出た!お前を妻に迎えたいと!生涯聖女の目に触れないようにするから、どうか許してほしいと!」ジェフリーの握りこぶしの関節が白く浮き上がった。「だがあの狸・・・国王はまったく取り合ってくれなかった。私がお前を迎えたら大切にするとわかっていたからだ!お前に惨めな結婚をさせて、つらい思いをさせたいから、聖女の盾と結婚させたんだ」ジェフリーが髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。
「あいつが・・・お前を愛するわけがないだろう?いまは、お前をだまして辺境に留め置くために親切なふりをしているだけだ。騙されるな」
確信をもったジェフリーの言葉に、ルシアナはひるんだ。その一瞬の迷いに、ジェフリーはすかさずつけこんだ。
「ルシアナ。あいつはな。お前が修道院に行く前からずっと、お前を辺境に迎えたいと申し出ていたんだ。辺境に留めておけば、二度と大切な聖女に会うこともないからな!献身的な忠義への褒美として、公爵邸と王都付近の所領をもらったんだ。莫大な財産だ!わかっているんだろう?あいつの目当てはお前についてくる財産なんだ。それに、もしアドランテ家が復権を許されたら?お前を妻にしているあいつが国政でも権力を握ることになるんだ。知ってるだろう?コンラッド家は王家の下に所属しているわけじゃない。ただの同盟国家だ。コンラッド家とアドランテ家が手を組めば、国を乗っ取ることだってできるんだ。あいつは、野心家なんだよ」
脳がしんと冷えた。
国を乗っ取る・・・?
いつ刺されるかもしれないと息を詰めていたルシアナも、ようやく呼吸が自由にできるようになった。
「ジェフ兄様、そろそろ縄を外してください」
本当は兄様などと呼ぶのも嫌なのだが、ここで機嫌を損ねたら本当に殺されてしまうかもしれない。
ルシアナはおもねるように笑いかけた。
「あ、ああ、すまない。あのケダモノからお前を救うため、必死だったんだよ。許してくれ」
きつく縛られた縄を短剣で切り落とすと、さっと血がめぐってくる。
ルシアナが手首をさすっていると、ジェフリーが気の毒そうに弱々しくほほえんだ。
「乱暴に扱ってすまなかった。だが、お前を救いたい一心だったんだ」
「・・・」
「あいつは、聖女のためにお前と結婚しようとしたんだ。そんな結婚、お前にさせるわけにはいかなかった。分かってくれるだろう?」
本当か嘘かはわからない。でも、聖女のために結婚した、と告げられると胸が痛む。
ルシアナの大きな目が潤んだ。
「大丈夫だ。ルシアナ。一緒に王都に帰ろう?まだ、間に合う。白い結婚を申し立てれば、結婚を無効にできる」
「・・・まさか」
「いや、本当だ。お前は知らないのかもしれないが・・・」
「でも、もう私はケイレブ様の妻です」
「本当の妻になっていなければ、婚姻の無効を申し立て・・・今何と言った?」
「私は、ケイレブ様の妻です」
ジェフリーは愕然とした。
「う、うそだろう?おまえは、言っている意味が・・・」
「分かっています。私は、正式な妻になったんです」
「嘘だ!」
「なぜ信じないんですか?あの方のベッドから私をさらったのに」
「嘘だ・・・そんな・・・オーブリーが・・・」
「お兄様が?」ルシアナの眉が上がった。ケイレブにろくでもないことを吹き込んだんだけでは飽き足らず、ジェフリーにまで・・・
「オーブリーが、あいつに眠り薬を盛ったから、起きてはいられないはずだと・・・」
「・・・」
昨夜、オーブリーはケイレブにルシアナが王太子と寝ていたと吹き込み、ケイレブは相当頭にきていた様子だった。あのときの彼の様子はいつもとは違っていた。
それに、仲直りをしたと思ったら、すぐに寝てしまった。
いくら疲れていたからといって、初夜の床で、あんなにすぐに眠れるものだろうか・・・
「お兄様が、ケイレブ様に薬を盛ったんですね」
すべてがふに落ちた。
「そうだろう?あいつは朝まで起きなかったんだろう?火事がおきたと知らせても、なかなか起きなかったじゃないか」
「それは・・・」
2人の秘め事を他人に話したくはない。でも、誤解している限り、ジェフリーは自分を王都に連れて行こうとするだろう。
「一度は眠りました。でも、目を覚ましたんです。そして・・・」
「やめろ!」
「いえ、やめません。私はあの方の妻です。ですから、白い結婚を申し立てることはできません」
「無理やりだったんだろう?恐ろしくて、抵抗できなかったんだろう?なんせ相手はあのケイレブ・コンラッドだ。辺境でいつも魔物と戦っているような大男相手では・・・」
「まぁ」ルシアナの頬は真っ赤に染まった。「無理やりじゃありません。むしろ、私から・・・」
首まで真っ赤に染まったルシアナをみて、ジェフリーは絶望的な気分になった。
幼い頃から恋い焦がれてきたルシアナ。
王太子のものだと諭され諦めたが、とうとうチャンスが巡ってきたと思ったのに。
「嘘だ、信じない。お前はそう思い込みたいんだろう?」
「いい加減にしてくださいな、お兄様」ルシアナはぴしゃりと言った。
「なんでいまさらそんなことをくだくだと。私はケイレブ・コンラッドの妻。ランドール伯夫人なんです。もうおやめください。今ならあなたを罪に問わないよう説得します。今すぐ私をあの方のところに返してください」
「だって、あいつは、聖女の忠実な騎士じゃないか!」
「だからなんだというんですか。聖女の騎士は誰も結婚していないんですか。あの方は、持参金がなくても、王家を敵に回しても結婚すると言ってくださいました。私に救いの手を差し伸べてくださる方は、ほかにいなかったんです。それだけでも結婚の理由には十分です」
毅然としたルシアナに、ジェフリーは今にも泣き出しそうな情けない顔になった。
「だが、あいつは・・・公爵邸を・・・」
「くれといっていただけるものではないでしょう。ふさわしいと思ったからいただけたのでは?公爵邸を褒美に受け取ったから、何だというんですか?お兄様。冷静になってください。王家はわたくしたちに財産を渡す気などないんです。お判りでしょう?廃鉱山を持参金に持たせて辺境に追いやったのですから。弟が男爵領を継がせていただいたんですよ?受けている情けに感謝して、これ以上の王家の顔をつぶすようなことはおやめください」
「だけど、私は・・・」
「お兄様だって、アドランテ家の縁者であるという理由で不利益を被ったわけではないでしょう?使者としてここまでいらしたんですから。ご出世なさったんじゃないですか。もうあきらめてください」
「私だって!私だって申し出た!お前を妻に迎えたいと!生涯聖女の目に触れないようにするから、どうか許してほしいと!」ジェフリーの握りこぶしの関節が白く浮き上がった。「だがあの狸・・・国王はまったく取り合ってくれなかった。私がお前を迎えたら大切にするとわかっていたからだ!お前に惨めな結婚をさせて、つらい思いをさせたいから、聖女の盾と結婚させたんだ」ジェフリーが髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。
「あいつが・・・お前を愛するわけがないだろう?いまは、お前をだまして辺境に留め置くために親切なふりをしているだけだ。騙されるな」
確信をもったジェフリーの言葉に、ルシアナはひるんだ。その一瞬の迷いに、ジェフリーはすかさずつけこんだ。
「ルシアナ。あいつはな。お前が修道院に行く前からずっと、お前を辺境に迎えたいと申し出ていたんだ。辺境に留めておけば、二度と大切な聖女に会うこともないからな!献身的な忠義への褒美として、公爵邸と王都付近の所領をもらったんだ。莫大な財産だ!わかっているんだろう?あいつの目当てはお前についてくる財産なんだ。それに、もしアドランテ家が復権を許されたら?お前を妻にしているあいつが国政でも権力を握ることになるんだ。知ってるだろう?コンラッド家は王家の下に所属しているわけじゃない。ただの同盟国家だ。コンラッド家とアドランテ家が手を組めば、国を乗っ取ることだってできるんだ。あいつは、野心家なんだよ」
脳がしんと冷えた。
国を乗っ取る・・・?
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