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第二十三話 拉致

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ケイレブが火事の知らせをうけ、駆け出していったあと。
廊下の片隅にひっそりと身をひそめていたジェフリーと従者たちが、ルシアナの眠る寝室に忍び込んだ。

「ルシアナ、ルシアナ、目を覚ませ」ジェフリーはぐっすりと眠るルシアナの肩を揺さぶった。
「・・・ん・・・」
「起きろ。起きるんだ。早くしないとあいつが戻ってきてしまう」
「あいつ・・・?」

あたたかい腕の中にいたと思ったのに。突然乱暴に揺さぶられ、ルシアナは驚いて目を覚ました。
目の前にいるのは4人の男たち。

「ひっ・・・?」

驚いて身を起こしヘッドボードに身を寄せる。
あのときの恐怖がフラッシュバックし、目の前がちかちかと光った。
目を瞬き夫を探しても、どこにもいない。
だが、唯一のなぐさめは、のどまで閉じる厚い部屋着を着ていたこと。ケイレブが情事のあと眠り込んでしまったルシアナの体を拭き、服を着せてくれていたらしい。

「な、なに・・・?」
「ルシアナ、逃げよう」
「え?なんですの?お兄様?なぜ、ここに」
「お前が無理やり結婚させられたことは分かっている。夕べは初夜が成立しなかったことも知っている。さあ、逃げよう」

ようやく頭がはっきりとしてきた。
目の前にいるジェフリーは、ルシアナとケイレブの結婚が成立していないと思い込み、一緒に逃げようと誘っているのだ。

「私は行きません」
「ルシアナ。お前は騙されているんだ。だが、時間がない。お前が悪いんだぞ?」

ジェフリーは従者たちに合図すると、ルシアナに猿ぐつわを噛ませ、手を足を縄で縛り付けた。

「さ、急げ!気づかれないうちに!」
「んーーーー!!!」

嫌だともがいても、男たちの力の前には手足を縛られたルシアナは無力だった。

(どうしよう、自分から逃げたと思われたら探してもらえない・・・なにか・・・なんとか・・・)

男たちの中で一番がっしりとした大男にじゃがいもの袋のように肩の上に縦に担ぎ上げられ、もがいているうちに扉の前まで来てしまった。別の男が扉を開けるため立ち止まった瞬間、大きくもがき、ルシアナの足が扉の近くにぶら下げられていたカンテラにあたり、カンテラはガラガラと大きな音を立てて床に落ちた。

「ちっ」大男が舌打ちすると、「ほうっておけ!」と別の男が鋭く指示を出した。
「大人しくしろ!」大男がルシアナの尻を叩くと、ジェフリーが大声で叱りつけた。
「使者殿、ここで声を出しては・・・」
落ち着いた感じの男がたしなめると、ジェフリーは舌打ちし、足を速めた。
とにかく、早く逃げないと、ケイレブ・コンラッドと直接対決して勝てる騎士はここにいない。
国中探しても勝てる騎士がいるかわからないほど強い相手に戦いを挑むほど愚かではなかった。

*******************

馬車に乱暴に放り込まれ、床に転がされた。

「すまないな、ルシアナ。城門を出るまではここで大人しくしていてくれ。いいな?」
「んーーー」いやよ!と叫んだはずなのに、もがく声しか出せない。

「国王陛下より急ぎ戻るよう連絡があった。城門を開けよ」
「はっ、ただいま」

門番の兵士が疑いもなく門をあけ、すんなりと通れてしまいそうだ。

(なんとかしないと・・・)

猿ぐつわだけでも外せないかと頬を床になすりつけ、すこしずつずらそうと試みる。ほんのわずかずつ猿ぐつわがずれ、ちょうど門を出るときに緩んだ。

「たすけて!」

ルシアナが叫ぶと、ジェフリーが目をむいてにらみつけた。

「なんですか?叫び声が聞こえたような・・・」

兵士が近づいて来る気配がする。

「た・・・!!!」

ジェフリーの大きな手がルシアナの口を塞いだ。

「静かにしろ。お前の首を折ることぐらいたやすい。いくら愛していても、殺すことはできるんだぞ」

耳元で低くささやかれ、ルシアナは黙りこくった。
ジェフリーは本気だ。これ以上騒いだら殺されてしまう。
生きて逃げなくては。
こくこくと頷くとジェフリーが手を放し、短剣をルシアナに向けた。

「気のせいだ。多分、車輪がきしんだんだろう」

馬車の外で誰かが兵士にこたえている。

「さあ、行かせてくれ。国王陛下は最近すっかり気短になられたのでな」

ジェフリーが馬車の中から鷹揚に言うと、兵士はおそれをなしたように後ずさった。
なすすべもなく、城が遠ざかっていく。
ここにはじめてきたときは、出ていきたくないと思う日が来るとも思わなかった。

(ランドール様・・・いえ、ケイレブ・・・どうか、私を見つけて)

短剣の切っ先を突きつけられ、今できることは願うことだけだった。

**********************

ケイレブが寝室に駆け戻ると、ベッドで眠っているはずのルシアナはいなかった。
ベッドは乱れたままでまだ整えられていない。
床にはルシアナのスリッパが散乱し、カンテラまで転がっていた。

「どこだ!」叫び声に反応はない。
せめて侍女はいないのか?見回すと、タライに湯を入れたテルマが、ちょうど廊下をこちらに歩いてきていたところだった。

「おい、いつからルシアナはいなかったんだ!」

テルマの両腕をつかむと、いきおいに押されたテルマはぽかんと口を開けた。

「いないんですか?」
ケイレブがうなずくと、テルマは勢いよく言い訳を言い始めた。

「だって、どうしろっていうんですか。いままで火事のせいでみんな出払っていたんです。私だって炊き出しの手伝いに行って、今戻ってきたところなんですよ。みんなが大変なときに、手伝いにも来ないでやっぱり悪女だなって・・・」

ケイレブはかっとなり、思わずテルマを突き飛ばした。タライに入れた湯がばしゃっと音を立ててこぼれた。

「主人を悪く言うとは・・・出ていけ」
「な・・・そんなつもりは・・・」

泣き出しそうなテルマの顔に、正気が戻る。
生意気なことを言っていても、ルシアナの身支度を手伝うために湯を運んできたのだ。

「・・・台所の手伝いにいけ」

のそのそと立ち上がったテルマの姿を見て、ふと思い出した。

「そういえば・・・ルシアナのロケットはどこだ」
「ロケット?さあ。お部屋じゃないんですか?ゆうべお世話したときには、装飾品のたぐいは・・・お邪魔にならないように外しましたから」

ルシアナがここに来たときから年代物のロケットを付けていた。小さいものだったが、見事な金細工がほどこされていたし、おそらく誰かの形見だろうと思っていた。中に誰の絵姿が入っているのか知りたくなくて、話に出したこともない。

だが、不安なときはロケットを握りしめるクセがあると気がついていた。あれは、ルシアナの唯一の財産だろう。

「ついてこい」

ルシアナの部屋にはいると、部屋の中は整然と片付けられていた。

「なにもないが」
「さいしょっからなにもありませんよ。荷物なんてなかった方なんですから。全財産を取り上げられちゃったんでしょう?服だって一枚しか持ってないですから」
「では、最初からこの状態か?なくなったものは?」
首をすくめるテルマを横目に、窓脇の飾り台の引き出しを開けると、金のロケットがしまわれていた。大切そうに鎖が絡まないように整えて入れられていた。
その横には小さな金袋が置かれている。

(ロケットがある・・・間違いない!)

「馬を出せ!俺の妻がさらわれた!犯人はおそらくジェフリー・グレイ!厩舎に火を付け、ルシアナをさらった。騎士たちは全員武装しろ!」


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