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第十六話 あの夜の真相
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体中が痛い、苦しいと訴えている。
肌に触れるものは空気でも痛かった。
ルシアナは庭先まで走り、植え込みの陰にうずくまった。
泣いているところを見られたくない。
「どうして・・・どうしてあんなことを言うの?」
これほど涙はでるものなのだ。とめどなくあふれつづけ、止まる気配すらない。
つらい、つらい、つらい・・・
あのとき、イエスと言える自分なら、どれほど幸せだったろう。
でも・・・知っているはずなのに、どうして?
まさか、プロポーズを受けた途端に嘲笑しようとした?いえ、そんな人じゃない。
深く息を吸い、呼吸を整える。
あの人は、不器用だし、女性の扱い方なんて何一つ知らない。
でも、今まで私をばかにするような目つきで見たことも、意地悪な言葉を投げかけられたこともない。
死んだ獣は投げつけられたけど。
あの夜。男たちに殴られ、純潔を奪われた夜。
考えまいとしても何度もその思いは繰り返し訪れ、ルシアナの心を責め苛んだ。
泣いても懇願してもあざ笑うばかりで、放してはもらえず、気を失い次に意識を取り戻したときには、すべてが変わっていた。体中に残る赤や紫のあざ、ところどころ切れた皮膚。時がたてば傷は治るけど、でも・・・もう、貴族の令嬢としての地位を取り戻すことはできない。
私の救い主。
どうして好きにならずにいられるっていうの?
「あーーーーーーー」
体の奥底から響く嘆きと、胸の痛みに押しつぶされそうだ。
かさりと落ち葉を踏む音が聞こえ、誰かが背中からふわりとルシアナを抱きしめた。
「ルシアナ、ルシアナ・・・なぜ泣く?俺を振ったのはあなたの方なのに、なぜそんなに悲しそうにひとりで泣いているんだ?」
「・・・」
ルシアナは泣きじゃくり、言葉が出なかった。
「俺が嫌いか?こんな遠くまでわざわざ来てくれたんだから、顔を見たくもないほど嫌いってわけじゃないんだろう?」
「き・・・きらいじゃ、ありません・・・」
涙がぼろぼろとこぼれ、言葉がうまく出てこない。
でも、いたわるような優しさに包まれ、心の痛みが少しだけ和らいだ気がする。
「財産はいらない。夫の権利を行使するのも、お前がいいと言ってくれるまで待つよ。だから、考え直してくれないか?」
耳元でささやくケイレブの声にまた涙がこぼれだした。
「だって・・・私が結婚できない理由はあなたがよく知っているでしょう?」
ルシアナが襲われた現場にケイレブはいたのだから、知らないはずはない。
ケイレブはひとつため息をついた。
「・・・この間のことはすまなかった。まさか、まさかあんな騒ぎになるとは・・・」
「この間のこと?」
ルシアナは振り返り、ケイレブと目を合わせた。
ケイレブは、ルシアナの泣き顔もなんて美しいんだろうと驚きをもって見つめた。
涙でまつ毛が光り、大きな目はうるんでいる。
柔らかいピンクの唇はふっくらとふるえていた。
「その・・・」ケイレブの視線がルシアナの胸元に落ちた。
ケイレブが魔獣の死骸を贈り物として持ってきたとき、ルシアナの胸が・・・
「いやっ!」
その時のことを思い出し、ルシアナは腕で胸を隠した。
「いやいや、そんなつもりじゃない!ただ、悪かったと。その・・・うまく言えないが、ただ冬を快適に過ごしてほしかっただけなんだが」
「魔獣の死骸で?」
「・・・いい毛皮が取れるんだ」
気づけば、ルシアナの涙は止まっていた。
死骸で冬を快適にとは、あまりにも突飛で・・・
小さなほほえみがこぼれた。
「お気持ちは、とてもうれしかったです」
「ん」
ケイレブはうつむいて、頭をかいた。
「俺は無骨だし、あなたのようなお嬢様の気に入るようなことはできないが、精一杯尽くすから。あなたがほしいのなら、辺境にいる魔獣を全部獲ってきてもいい。だから・・・」
急にルシアナは既視感を覚えた。
昔、公爵邸で飼っていた猫が、ネズミの死体を見せびらかすように見せていたことを・・・
「魔獣は、しばらく結構です。お気持ちだけで」
「では、どうしたら?」
ケイレブのヘイゼルの瞳に見つめられ、ルシアナは困り果てた。
あのことを私の口から言えというんだろうか。
「・・・あ・・・あの・・・」
喉奥からかすれた声がでた。自分の声とは思えないガラガラ声だ。
「あの夜・・・助けていただいた夜・・・なので、私にはもうあなたの妻になる権利がないんです」
「・・・」
ケイレブは目を見開きルシアナを見つめた。
「あーーーそうか・・・」
くしゃりと髪に手をいれ、しばらく考え込んでいたが、キュッと口元を引き結び、ルシアナの手を両手で包みこんだ。
「あのな。あの夜あんたを・・・その。だから、なんて言ったらいいのか。つまり、犯したと声高に自慢している男がいた。その場で斬り殺してやった。他にもいるのかと聞いたら、全員が首を振った。これからだった、と。死んだ男はただ自慢したくて嘘をついただけだと。もし、あんたを犯した男がいたら局部を切り取って口の中に突っ込んだ上に殺してやろうかと思ったが・・・医者に診せたがあんたは、そういう意味では無傷だと。ただ、相当ひどく殴られたし、頭も打っていたので当分安静にと釘を刺されたよ。男が怖いだろうし、面会もできないまま修道院に送られたので・・・あのとき、知らせてやらなくてすまなかった。話を広げる訳にもいかなかったし・・・ごめんな」
「え?じゃあ・・・」
「それに、俺は、あんたを襲った男たちのことは殺してやりたいほど腹が立ったが、あんたのことは悪く思っていない。あんたに落ち度があったわけじゃないだろう?」
ルシアナの目からまた涙があふれでた。
「ついでに、手引した牢番も殺しておいたから」
さらっと血なまぐさいことを言うケイレブに驚き、涙がとまった。
「あの・・・」
「俺にはあんたが必要だ。結婚してほしい」
「ああ・・・」ルシアナの瞳からぽろりと涙がこぼれる。「私でよければ・・・」
「では、決まりだ!」ケイレブはルシアナを抱き上げた。「すぐ結婚しよう。俺は領地に戻らなきゃいけないんでな」
「領地?」
「もちろん、俺の領地だ。ここは父の領地だからな」
「あ、ええ、そうですよね。もちろん」
ルシアナは食い気味なケイレブに戸惑った視線を返した。
「明日、出立だ。結婚はこれからでいいかな?」
*********************
ケイレブの報告に侯爵は大笑いし、マリアンヌ夫人は叫び声を上げた。
「今すぐ結婚するって・・・あなた正気なの?」
「俺は忙しいんですよ。すぐに領地に戻らないと。時間がかかりすぎて・・・」
「いい加減にしてちょうだい!ルシアナのことも考えてあげなさい!あなたはいいかもしれないけど、女にとって結婚は大切なことなのよ?衣装だって間に合うわけ無いでしょう」
「俺は別に服なんてどうでも・・・むしろない方が」
「きーーーっ!ケイレブ!!!」
母と息子の喧嘩を横目で見ながら侯爵がルシアナに尋ねた。
「それで?あなたは息子のプロポーズを受け入れたんですな」
「はい・・・申し訳ありません」
「なぜ謝る?息子の目つきを見れば、まあ、こうなるだろうとは思っていたが。まあ、いい。お前たち」
ケイレブとマリアンヌ夫人はピタリと口をとじ、侯爵を見た。
「結婚式は明日だ。マリアンヌ、衣装はお前がなんとかしてやれ。この話は終わりだ。使者殿、これでいいな?」
侯爵は、ケイレブとルシアナが睦まじく部屋に戻ってきたときから唇を噛んでいたジェフリーに水を向けた。
「王家の意志に従い、持参金なしの花嫁を受け入れるんだ。文句はあるまい」
そう言って侯爵が立ち上がると、ジェフリーは無言で頭を下げた。
「ああ、大変。衣装を探さないと。私の古い婚礼衣装が入るかしら?それとも・・・」
マリアンヌがルシアナの腕をつかみ、押し出すようにして部屋を出ようとした。
ケイレブに助けを求めるように見ても、笑って手を振っているだけ。
明日結婚?嘘でしょう?
肌に触れるものは空気でも痛かった。
ルシアナは庭先まで走り、植え込みの陰にうずくまった。
泣いているところを見られたくない。
「どうして・・・どうしてあんなことを言うの?」
これほど涙はでるものなのだ。とめどなくあふれつづけ、止まる気配すらない。
つらい、つらい、つらい・・・
あのとき、イエスと言える自分なら、どれほど幸せだったろう。
でも・・・知っているはずなのに、どうして?
まさか、プロポーズを受けた途端に嘲笑しようとした?いえ、そんな人じゃない。
深く息を吸い、呼吸を整える。
あの人は、不器用だし、女性の扱い方なんて何一つ知らない。
でも、今まで私をばかにするような目つきで見たことも、意地悪な言葉を投げかけられたこともない。
死んだ獣は投げつけられたけど。
あの夜。男たちに殴られ、純潔を奪われた夜。
考えまいとしても何度もその思いは繰り返し訪れ、ルシアナの心を責め苛んだ。
泣いても懇願してもあざ笑うばかりで、放してはもらえず、気を失い次に意識を取り戻したときには、すべてが変わっていた。体中に残る赤や紫のあざ、ところどころ切れた皮膚。時がたてば傷は治るけど、でも・・・もう、貴族の令嬢としての地位を取り戻すことはできない。
私の救い主。
どうして好きにならずにいられるっていうの?
「あーーーーーーー」
体の奥底から響く嘆きと、胸の痛みに押しつぶされそうだ。
かさりと落ち葉を踏む音が聞こえ、誰かが背中からふわりとルシアナを抱きしめた。
「ルシアナ、ルシアナ・・・なぜ泣く?俺を振ったのはあなたの方なのに、なぜそんなに悲しそうにひとりで泣いているんだ?」
「・・・」
ルシアナは泣きじゃくり、言葉が出なかった。
「俺が嫌いか?こんな遠くまでわざわざ来てくれたんだから、顔を見たくもないほど嫌いってわけじゃないんだろう?」
「き・・・きらいじゃ、ありません・・・」
涙がぼろぼろとこぼれ、言葉がうまく出てこない。
でも、いたわるような優しさに包まれ、心の痛みが少しだけ和らいだ気がする。
「財産はいらない。夫の権利を行使するのも、お前がいいと言ってくれるまで待つよ。だから、考え直してくれないか?」
耳元でささやくケイレブの声にまた涙がこぼれだした。
「だって・・・私が結婚できない理由はあなたがよく知っているでしょう?」
ルシアナが襲われた現場にケイレブはいたのだから、知らないはずはない。
ケイレブはひとつため息をついた。
「・・・この間のことはすまなかった。まさか、まさかあんな騒ぎになるとは・・・」
「この間のこと?」
ルシアナは振り返り、ケイレブと目を合わせた。
ケイレブは、ルシアナの泣き顔もなんて美しいんだろうと驚きをもって見つめた。
涙でまつ毛が光り、大きな目はうるんでいる。
柔らかいピンクの唇はふっくらとふるえていた。
「その・・・」ケイレブの視線がルシアナの胸元に落ちた。
ケイレブが魔獣の死骸を贈り物として持ってきたとき、ルシアナの胸が・・・
「いやっ!」
その時のことを思い出し、ルシアナは腕で胸を隠した。
「いやいや、そんなつもりじゃない!ただ、悪かったと。その・・・うまく言えないが、ただ冬を快適に過ごしてほしかっただけなんだが」
「魔獣の死骸で?」
「・・・いい毛皮が取れるんだ」
気づけば、ルシアナの涙は止まっていた。
死骸で冬を快適にとは、あまりにも突飛で・・・
小さなほほえみがこぼれた。
「お気持ちは、とてもうれしかったです」
「ん」
ケイレブはうつむいて、頭をかいた。
「俺は無骨だし、あなたのようなお嬢様の気に入るようなことはできないが、精一杯尽くすから。あなたがほしいのなら、辺境にいる魔獣を全部獲ってきてもいい。だから・・・」
急にルシアナは既視感を覚えた。
昔、公爵邸で飼っていた猫が、ネズミの死体を見せびらかすように見せていたことを・・・
「魔獣は、しばらく結構です。お気持ちだけで」
「では、どうしたら?」
ケイレブのヘイゼルの瞳に見つめられ、ルシアナは困り果てた。
あのことを私の口から言えというんだろうか。
「・・・あ・・・あの・・・」
喉奥からかすれた声がでた。自分の声とは思えないガラガラ声だ。
「あの夜・・・助けていただいた夜・・・なので、私にはもうあなたの妻になる権利がないんです」
「・・・」
ケイレブは目を見開きルシアナを見つめた。
「あーーーそうか・・・」
くしゃりと髪に手をいれ、しばらく考え込んでいたが、キュッと口元を引き結び、ルシアナの手を両手で包みこんだ。
「あのな。あの夜あんたを・・・その。だから、なんて言ったらいいのか。つまり、犯したと声高に自慢している男がいた。その場で斬り殺してやった。他にもいるのかと聞いたら、全員が首を振った。これからだった、と。死んだ男はただ自慢したくて嘘をついただけだと。もし、あんたを犯した男がいたら局部を切り取って口の中に突っ込んだ上に殺してやろうかと思ったが・・・医者に診せたがあんたは、そういう意味では無傷だと。ただ、相当ひどく殴られたし、頭も打っていたので当分安静にと釘を刺されたよ。男が怖いだろうし、面会もできないまま修道院に送られたので・・・あのとき、知らせてやらなくてすまなかった。話を広げる訳にもいかなかったし・・・ごめんな」
「え?じゃあ・・・」
「それに、俺は、あんたを襲った男たちのことは殺してやりたいほど腹が立ったが、あんたのことは悪く思っていない。あんたに落ち度があったわけじゃないだろう?」
ルシアナの目からまた涙があふれでた。
「ついでに、手引した牢番も殺しておいたから」
さらっと血なまぐさいことを言うケイレブに驚き、涙がとまった。
「あの・・・」
「俺にはあんたが必要だ。結婚してほしい」
「ああ・・・」ルシアナの瞳からぽろりと涙がこぼれる。「私でよければ・・・」
「では、決まりだ!」ケイレブはルシアナを抱き上げた。「すぐ結婚しよう。俺は領地に戻らなきゃいけないんでな」
「領地?」
「もちろん、俺の領地だ。ここは父の領地だからな」
「あ、ええ、そうですよね。もちろん」
ルシアナは食い気味なケイレブに戸惑った視線を返した。
「明日、出立だ。結婚はこれからでいいかな?」
*********************
ケイレブの報告に侯爵は大笑いし、マリアンヌ夫人は叫び声を上げた。
「今すぐ結婚するって・・・あなた正気なの?」
「俺は忙しいんですよ。すぐに領地に戻らないと。時間がかかりすぎて・・・」
「いい加減にしてちょうだい!ルシアナのことも考えてあげなさい!あなたはいいかもしれないけど、女にとって結婚は大切なことなのよ?衣装だって間に合うわけ無いでしょう」
「俺は別に服なんてどうでも・・・むしろない方が」
「きーーーっ!ケイレブ!!!」
母と息子の喧嘩を横目で見ながら侯爵がルシアナに尋ねた。
「それで?あなたは息子のプロポーズを受け入れたんですな」
「はい・・・申し訳ありません」
「なぜ謝る?息子の目つきを見れば、まあ、こうなるだろうとは思っていたが。まあ、いい。お前たち」
ケイレブとマリアンヌ夫人はピタリと口をとじ、侯爵を見た。
「結婚式は明日だ。マリアンヌ、衣装はお前がなんとかしてやれ。この話は終わりだ。使者殿、これでいいな?」
侯爵は、ケイレブとルシアナが睦まじく部屋に戻ってきたときから唇を噛んでいたジェフリーに水を向けた。
「王家の意志に従い、持参金なしの花嫁を受け入れるんだ。文句はあるまい」
そう言って侯爵が立ち上がると、ジェフリーは無言で頭を下げた。
「ああ、大変。衣装を探さないと。私の古い婚礼衣装が入るかしら?それとも・・・」
マリアンヌがルシアナの腕をつかみ、押し出すようにして部屋を出ようとした。
ケイレブに助けを求めるように見ても、笑って手を振っているだけ。
明日結婚?嘘でしょう?
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