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第十三話 兄の誘い

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「うまくやっているようじゃないか」

赤ら顔の兄が、ルシアナに近づいてきた。足元はふらつき、つんとするほど酒臭い。
ルシアナが顔をしかめても、知らん顔だ。

「さすが女だよな。体を使えばイチコロか。だが、最後の一線は越えるなよ」

いやらしい言葉に後ずさる。兄は酔い過ぎているらしい。

「まさか、お前、あいつに惚れたわけじゃないだろう?あんな田舎者。筋肉の塊みたいな身体をして・・・詩の一つも理解しないだろう」
「詩?」
家を取り潰されて、平民に落とされて・・・結婚相手に求めるのが、詩?
「お兄様、いまさら詩なんて・・・どうでもいいことですわ。読みたければご自分でお読みになればよろしいでしょう」
「おい、俺は本気で言ってるんだ。お前なら、なんとでもなる。その顔と体を使えば・・・なあ、俺と一緒に隣国に行こう」
「は?何を突然・・・」

驚いていると、ルシアナに手を伸ばし、両腕を強くつかまれた。

「まさかやらせてないよな?ちゃんと、処女を守ってるんだろう?そうじゃないと・・・」
「やめてください!」何から何まで下品な・・・こんな男が親族だなんて、ゾッとする。

ルシアナは兄の手から逃れようとしたが、爪がガッチリと食い込んでて逃れられない。

「おい、真面目に聞け。お前をほしいという方がいるんだよ。リエールのさる高貴な方だ。以前、王太子のパートナーとして国賓の対応をしたことがあっただろう?その時からお前に目を付けていたらしい」
「なにを・・・」
国賓の対応?リエールの?以前、建国を祝う大きな祝祭があり、国交のある国から来賓が訪れたことがあった。確かまだ12,3の子どもだったと思う。王太子のパートナーとして参加し、来賓に挨拶したり食事会に参加したりしたことがあったが・・・
リエールはこの辺境に接した隣国で、常に小競り合いをしている相手だ。その当時は今ほどは険悪な関係ではなかったが、今は・・・兄は外国に言ったと聞いていたが、リエールに行っていたんだろうか。
おぼろげな記憶を引っ張り出してみても、各国の代表は父親よりも年上だったはず・・・そういえば、どこかの国王がいやらしい目で見ていると、幼心に思った覚えがある。

「どういうおつもりですの?まさか・・・私を隣国に売り飛ばすためにこちらにいらっしゃったんですの?」
「おい、人聞きが悪いぞ。俺は兄としてお前にとって最良の方法を考えてやったんだ。まさか、あのケイレブ・コンラッドが本気でお前と結婚するとは思っていないだろう?」
「それは・・・」
「お前、俺があいつとの結婚を許可するために来たと?国王が許可してるのに、取り潰された家の次男になんの権限があるんだよ。俺がそんな間抜けだと思ってるのか?」
「・・・」
むしろ間抜けだったほうが良かった。
ルシアナは、少しずつこの辺境が好きになってきていた。王都のような派手さはないが、堅実で静かな暮らし。純朴な人々は、いつかはルシアナを受け入れてくれるかもしれないと淡い期待を抱き始めるほどに。

「おい、馬鹿な夢は見るな。お前がこの地で受け入れられるわけ無いだろ?お前は聖女の敵なんだよ。王家に対して反逆行為をしたアドランテ家の娘なんだ。いくら修道院で修行したって、恩赦を受けたって、お前がしたことは消えないんだ。目を覚ませ!」

横っ面を張り飛ばされたよりも、胸が痛い。涙がうるみ、唇が震えた。

「夢など・・・」
「ほだされるな!リエールに行って気に入られれば、一生贅沢ができるんだぞ!お前を連れていけば俺にだって爵位と領地を与えてくださると約束してくださったんだ!」
「お兄様・・・」

兄こそ、馬鹿な夢を見ている。
ルシアナがリエールの国王の愛人になれば、生涯を保障されると?
王には何人もの妃と息子がいたはずだ。跡取りを産むための愛人ではない。
単に、王が好色なだけ。
たった12歳のルシアナをいやらしい目で見ていた王が、ルシアナを手に入れたからといって満足するはずはない。数多い愛人のひとり。それに、いくら好色な王だって自分に興味のない愛人など、すぐに興味が薄れるだろう。
会わなくてもわかる。国王を愛することはない。なぜなら・・・

なぜなら・・・
なぜなら・・・

稲妻のように、ルシアナの心に衝撃が走った。

その理由を認めちゃだめ。
認めたら弱くなってしまう。

目の奥がチカチカと痛み、涙がこぼれそうになる。
泣きたくない。
涙なんて見せたくない。

「ルシアナ!!」

兄がルシアナの腕をつかんで、強く揺さぶった。

「いやよ!そんなに愛人になりたいのなら、お兄様がおなりになったら?」
「この、馬鹿が。目を覚ませ」

バシッ。
ルシアナの頬に鋭い痛みが走った。

「言うことを聞け!お前だっていい思いができるんだぞ!」
「いやっ!」
「この・・・」

オーブリーがルシアナの頬をもう一度殴ろうと手を振り上げたとき、ケイレブがオーブリーの腕をつかみ、捻り上げた。

「いたたたたたた」
「女性に手をあげるとは。騎士ではないとはいえ、男の風上にもおけん。どういうつもりだ」

ケイレブの瞳が金色に光った。
一方、腕を掴まれた兄は、あまりにも細く貧弱で、簡単に壊れてしまいそうだ。

「な、何をする無礼者」
「あ、あの、ランドール様、大丈夫ですから」

ケイレブはルシアナの頬に目を向け、次の瞬間、オーブリーを乱暴に壁に叩きつけた。

「いくら兄だろうと、当家の客人に対する暴力は許さん。今度同じことをしたら、腕一本どころか足まで折ってやる」冷たく言い放つと、ルシアナに向き返った。
「ルシアナ嬢、早く冷やしましょう。お気の毒に・・・」
言葉を言い終わらないうちにルシアナの膝裏に手を入れて軽々と体を抱き上げると、大股で部屋を移動した。
「いいな。次に同じことをしたら、100倍にして返してやる。歯の一本も残ると思うなよ」
捨て台詞をはくと、オーブリーは震え上がった。

横抱きで廊下を移動しながら、ルシアナは疑問に思った。
なぜタイミングよく現れたの?もしかして・・・

「あの、ランドール様。私をお探しだったのではありませんか?」
「ああ!そうでした。王家からの使者が訪れているのです。今は父が応対しておりますが・・・まずは手当を」
「手当よりも王家の使者をお待たせしては・・・」
「いいんです」

「若殿、いい加減にしてくださいよ」
呆れた声でケイレブの相棒の騎士ビルが割って入った。

「ルシアナ嬢、大変申し訳ありませんが、手当は客間でお受けになってください。王家からの使者がお待ちですので」
「おい、ビル」
「わかりました。ランドール様、王家からの使者をおまたせしてはなりません。参りましょう」
「でも、頬が・・・」
「私は赤くなりやすいんです。兄も本気で殴ったわけではないので、見た目ほど痛くないんですよ」

ルシアナはうそをついた。
本当は殴られた左頬は熱をもち、じんじんと痛みが広がっている。
そんなことよりも、腫れた頬を見られたくなかった。

左手で隠し、それでは隠しきれない気がして、右手をさらにその上に重ねた。

「お見苦しいものをお見せしてすみません・・・」

うつむいたルシアナを見たケイレブは猛烈に腹が立っていた。
あのまま気が済むまで殴りつけてやりたかった。

「さあ、若殿。お早く」

ビルの急かす声に舌打ちし、ルシアナを抱いたまま大股で客間まで向かった。

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