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第二十一話 毒蛇の娘
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「お待ちください!アウレリオ様!ここは女性のお部屋です!どうか・・・」
身体のあちこちに血しぶきを浴び、通ったあとには血が滴っている。侍女は悲鳴を上げながら、アウレリオを押し留めようとしたが、恐ろしくて遠くから声をかけるだけで精一杯だった。
「どけ」
声は小さいが、誰の耳にもはっきりと聞こえた。邪魔をするな、触れれば斬る、と。
へなへなと座り込む侍女、ガクガクと震えて立ちすくむ者も。
だれもアウレリオを止められないまま、カリナの部屋のドアが開かれた。
「お兄様?」
窓際で、お人形たちと共に苦手な刺繍に取り組んでいたカリナは、驚いて立ち上がった。
アウレリオがこのように突然訪れたことは、今まで一度もない。しかも、頭から血をかぶったような状態で、頬についた血痕を拭った痕が余計に恐ろしい。
アウレリオは無言でつかつかとカリナに近づくと、突然カリナの頬を平手で張った。
容赦なく殴りつけた音が静まり返った部屋に響き、全員が凍りついた。
アウレリオの表情には何も浮かんでおらず、ただ、目だけが恐ろしいほど黒ずんでいる。その目をのぞきこんだら闇に引き込まれそうだ。
勢いよくカリナが床に倒れ込み、目に涙をいっぱいにためてアウレリオを見た。
アウレリオは無表情のまま、カリナを見下ろしている。
「な、なぜ・・・」
口の中に血の味がいっぱいに広がり、生まれて初めて経験する暴力に、恐ろしさでいっぱいになる。
いままで、自分が何をしても、無関心な態度を崩さなかった兄は、何をこんなに怒っているんだろう?しかも、女性を殴るなんて・・・
「リオの腕を折らせたな」
「え?」
「警備隊長が白状した」
「私?・・・私が?」
「とぼけるな」
アウレリオの瞳がますます黒さを増した。
「腕を折ってもお前にはやらん」
「な、何を・・・?」
カリナには本当に身に覚えがなかった。
怯えたお人形さんたちが身じろぎし、アウレリオの視線が動いた。
「持っているもので満足しろ。それができないのなら・・・」
「ちょっとお待ちになって!何のことですの?」
殴られたパニックから我にかえると、この状況が理不尽ではないかと思いはじめた。なぜ自分が突然殴られなければならないのかわからない。しかも、リオの腕を折らせた?
「私がリオを傷つけさせたと、そうおっしゃりたいの?」
アウレリオの無言は肯定だった。
「まさか!私は美しいものが好きなのよ?なぜリオを傷つけるの?」
アウレリオが軽く目を見開いた。その目に青が入り混じりはじめる。カリナの恐怖心も少しずつ落ち着いてきた。おそらく、これ以上殴られることはないだろう。
「そうか」アウレリオはそれだけ言うとドアに向かった。「殴られる痛みがわかればこれ以上無体なことはしないだろう」
捨て台詞を残し、部屋から去ると、全員が息を吐いた。
「なんだったのよ・・・」
未だ立ち直れず、床に崩れ落ちたままのカリナ。その腫れ上がった頬を見て、お人形さんたちはまた命を取り戻したかのように、慌てて世話を焼きはじめた。
**********************
アウレリオがマリアの部屋を訪れたとき、マリアは窓際でお茶を飲んでいた。
手元には刺繍や図案が散らばり、刺しかけの刺繍がソファーに置かれている。
先程のお人形さんたちがざわざわとしていたカリナの部屋とは違い、必要最低限の侍女しかいない。
壁際で控える数名の侍女は空気のように室内に溶け込んでいた。
「どうぞ、お兄様もお飲みになります?」
血まみれのアウレリオに眉一つ動かさず、マリアが微笑んだ。
(こいつか)
警備隊長が「たのまれた」と言ったとき、間違いなくカリナだと思ったが、かん違いだったらしい。腕を折ってリオを放逐させ、親切そうに拾ってやるつもりだったんだろう。
「毒蛇の娘はやはり毒蛇か」
「何をおっしゃりたいのかわかりませんけど。御用がないのなら・・・」
「用ならある。何のことだかわかっているはずだ」
「さあ?何のことだか・・・」
マリアはほほ笑みを浮かべたまま刺繍の図案を取り上げた。
「私、今日のうちにこの図案を進めてしまいたいんですの。ですから・・・」
「リオは殺されるところだった」
「まあ。それは穏やかではありませんわね」
「そう仕向けたのはお前だろう」
「まあ!」マリアは声を立てて笑った。「なぜ私がそんなことを?それに・・・」マリアは紅茶のカップを口に運んだ。「たかが、召使いじゃありませんか。お兄様が目の色を変えてこちらにいらっしゃるようなことじゃ、ございませんことよ?」
たしかに、それは一理ある。
身分の高いものにとって、召使いなど空気のようなものだ。しかもリオはアウレリオのカナリヤでいつ死んでもおかしくない、最下級の存在だった。
こういう相手には、頬を張っても効果がない。
「たしかに、そのとおりだな」
アウレリオはあえてマリアのソファーに腰を下ろした。
あちこちについた血が高価なソファーや調度に付着し、侍女が小さく息を飲んだ。
「お前、そろそろ修行に行ったほうがいいんじゃないか。親元を離れる時期だろう?」
貴族の令嬢は年頃になると、他家で教育を受けることが多い。身分が低ければ侍女になり、高ければもっと高い身分の夫人のもとで修行するか、修道院で過ごすこともある。ジョゼフィーヌは娘を溺愛しており、未だ二人の娘を手放していなかった。
「親戚筋の男爵家がある。お前はそこに行け」
「はあ?なんですって?なぜ、私が・・・」
「当主がやもめでな。女手を欲しがってるんだ。そこで女主人の代わりを務めれば、勉強になるだろう」
「ちょっと・・・」
「父上には私から話しておく。以上だ」
アウレリオは出された茶に手をつけずに立ち上がった。
「まってください。なぜ私が、そのようなところに・・・せめて公爵家にでも・・・」
「はっ!」アウレリオの片頬がゆがんだ。「毒蛇を公爵家に?まさか」
「私付きの子をお兄様が奪ったんじゃない!取り返そうとして何が悪いのよ!」
後ろでマリアが叫んでいたが、もうアウレリオの耳には入っていなかった。
*********************
(お礼)
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
あと、3話ぐらいで第一部終了です。
また、お祭り期間内に盛り上げるところに持っていけなかった・・・大反省中です・・・
第二部は恋愛要素が入ってきますので盛り上がってくるはず♡
♡もありがとうございました!
明日の読者様の健康を願っています\(^o^)/
身体のあちこちに血しぶきを浴び、通ったあとには血が滴っている。侍女は悲鳴を上げながら、アウレリオを押し留めようとしたが、恐ろしくて遠くから声をかけるだけで精一杯だった。
「どけ」
声は小さいが、誰の耳にもはっきりと聞こえた。邪魔をするな、触れれば斬る、と。
へなへなと座り込む侍女、ガクガクと震えて立ちすくむ者も。
だれもアウレリオを止められないまま、カリナの部屋のドアが開かれた。
「お兄様?」
窓際で、お人形たちと共に苦手な刺繍に取り組んでいたカリナは、驚いて立ち上がった。
アウレリオがこのように突然訪れたことは、今まで一度もない。しかも、頭から血をかぶったような状態で、頬についた血痕を拭った痕が余計に恐ろしい。
アウレリオは無言でつかつかとカリナに近づくと、突然カリナの頬を平手で張った。
容赦なく殴りつけた音が静まり返った部屋に響き、全員が凍りついた。
アウレリオの表情には何も浮かんでおらず、ただ、目だけが恐ろしいほど黒ずんでいる。その目をのぞきこんだら闇に引き込まれそうだ。
勢いよくカリナが床に倒れ込み、目に涙をいっぱいにためてアウレリオを見た。
アウレリオは無表情のまま、カリナを見下ろしている。
「な、なぜ・・・」
口の中に血の味がいっぱいに広がり、生まれて初めて経験する暴力に、恐ろしさでいっぱいになる。
いままで、自分が何をしても、無関心な態度を崩さなかった兄は、何をこんなに怒っているんだろう?しかも、女性を殴るなんて・・・
「リオの腕を折らせたな」
「え?」
「警備隊長が白状した」
「私?・・・私が?」
「とぼけるな」
アウレリオの瞳がますます黒さを増した。
「腕を折ってもお前にはやらん」
「な、何を・・・?」
カリナには本当に身に覚えがなかった。
怯えたお人形さんたちが身じろぎし、アウレリオの視線が動いた。
「持っているもので満足しろ。それができないのなら・・・」
「ちょっとお待ちになって!何のことですの?」
殴られたパニックから我にかえると、この状況が理不尽ではないかと思いはじめた。なぜ自分が突然殴られなければならないのかわからない。しかも、リオの腕を折らせた?
「私がリオを傷つけさせたと、そうおっしゃりたいの?」
アウレリオの無言は肯定だった。
「まさか!私は美しいものが好きなのよ?なぜリオを傷つけるの?」
アウレリオが軽く目を見開いた。その目に青が入り混じりはじめる。カリナの恐怖心も少しずつ落ち着いてきた。おそらく、これ以上殴られることはないだろう。
「そうか」アウレリオはそれだけ言うとドアに向かった。「殴られる痛みがわかればこれ以上無体なことはしないだろう」
捨て台詞を残し、部屋から去ると、全員が息を吐いた。
「なんだったのよ・・・」
未だ立ち直れず、床に崩れ落ちたままのカリナ。その腫れ上がった頬を見て、お人形さんたちはまた命を取り戻したかのように、慌てて世話を焼きはじめた。
**********************
アウレリオがマリアの部屋を訪れたとき、マリアは窓際でお茶を飲んでいた。
手元には刺繍や図案が散らばり、刺しかけの刺繍がソファーに置かれている。
先程のお人形さんたちがざわざわとしていたカリナの部屋とは違い、必要最低限の侍女しかいない。
壁際で控える数名の侍女は空気のように室内に溶け込んでいた。
「どうぞ、お兄様もお飲みになります?」
血まみれのアウレリオに眉一つ動かさず、マリアが微笑んだ。
(こいつか)
警備隊長が「たのまれた」と言ったとき、間違いなくカリナだと思ったが、かん違いだったらしい。腕を折ってリオを放逐させ、親切そうに拾ってやるつもりだったんだろう。
「毒蛇の娘はやはり毒蛇か」
「何をおっしゃりたいのかわかりませんけど。御用がないのなら・・・」
「用ならある。何のことだかわかっているはずだ」
「さあ?何のことだか・・・」
マリアはほほ笑みを浮かべたまま刺繍の図案を取り上げた。
「私、今日のうちにこの図案を進めてしまいたいんですの。ですから・・・」
「リオは殺されるところだった」
「まあ。それは穏やかではありませんわね」
「そう仕向けたのはお前だろう」
「まあ!」マリアは声を立てて笑った。「なぜ私がそんなことを?それに・・・」マリアは紅茶のカップを口に運んだ。「たかが、召使いじゃありませんか。お兄様が目の色を変えてこちらにいらっしゃるようなことじゃ、ございませんことよ?」
たしかに、それは一理ある。
身分の高いものにとって、召使いなど空気のようなものだ。しかもリオはアウレリオのカナリヤでいつ死んでもおかしくない、最下級の存在だった。
こういう相手には、頬を張っても効果がない。
「たしかに、そのとおりだな」
アウレリオはあえてマリアのソファーに腰を下ろした。
あちこちについた血が高価なソファーや調度に付着し、侍女が小さく息を飲んだ。
「お前、そろそろ修行に行ったほうがいいんじゃないか。親元を離れる時期だろう?」
貴族の令嬢は年頃になると、他家で教育を受けることが多い。身分が低ければ侍女になり、高ければもっと高い身分の夫人のもとで修行するか、修道院で過ごすこともある。ジョゼフィーヌは娘を溺愛しており、未だ二人の娘を手放していなかった。
「親戚筋の男爵家がある。お前はそこに行け」
「はあ?なんですって?なぜ、私が・・・」
「当主がやもめでな。女手を欲しがってるんだ。そこで女主人の代わりを務めれば、勉強になるだろう」
「ちょっと・・・」
「父上には私から話しておく。以上だ」
アウレリオは出された茶に手をつけずに立ち上がった。
「まってください。なぜ私が、そのようなところに・・・せめて公爵家にでも・・・」
「はっ!」アウレリオの片頬がゆがんだ。「毒蛇を公爵家に?まさか」
「私付きの子をお兄様が奪ったんじゃない!取り返そうとして何が悪いのよ!」
後ろでマリアが叫んでいたが、もうアウレリオの耳には入っていなかった。
*********************
(お礼)
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
あと、3話ぐらいで第一部終了です。
また、お祭り期間内に盛り上げるところに持っていけなかった・・・大反省中です・・・
第二部は恋愛要素が入ってきますので盛り上がってくるはず♡
♡もありがとうございました!
明日の読者様の健康を願っています\(^o^)/
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