5月の雨の、その先に

藍音

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第十八話 ラファエル

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昨日の掲載できなかった問題はバグだったみたいです。
だって、何故かハートをいただいているんです・・・
一瞬下書きを公表しちゃったのかと青くなりましたが、そうじゃなかったみたいです。???
でも、せっかくなので昨日バージョンから加筆しました。
お詫びはしおりが移動してから削除させていただきます。

今日はもう一話掲載、明日は所用により休載になります。
また明後日お会いしましょう。



*********************




頬をそめ、もじもじとたずねる姿は、とても伯爵家のご令息には見えない。
一応貴族らしい服装はしているが、髪はもじゃもじゃでクシが通った跡はなく、ほほはすすで汚れ、画板を小脇に抱え、薄汚れた袖口からは黒く汚れた指先がのぞいていた。
自信なさげにこちらの反応を待つ姿はまるで自分を見るようだ。

まさか、ほんとうにほめられたことがない・・・?

(ああ・・・)

リオは喉から手が出るほど、小さな称賛を求める気持ちがわかった。
ほんのすこし、ほんのすこしだけ認められれば、自分の存在が許されるというきもち。渇望。
自分だってそうだ。ものごころつくまで、怒鳴られ、殴られたことしかなかった。バカにされても、無視されても当たり前。自分は存在する価値すらない人間だと知っていたから。

『あんたのせいで・・・』
『あんたなんか産まなきゃよかった』

酒を飲めば、母親はそう言ってリオを殴る。機嫌が悪ければ、手近なものが飛んでくる。
飲まず食わずの生活で、ただその日をしのぐだけで必死だった。
もしかしたら、ラファエルもそうなのかもしれない。

ラファエルの母親という人は、ここにはいないと聞いた。
使用人たちは皆口をにごし、第二夫人の子どもたちはいつもラファエルをいじめ、バカにしている。アウレリオはまるで興味がない。もしかしたら、ラファエルもその日をすごすだけで精一杯なのかもしれない。

自分がアウレリオの命を守るために、毒見係をさせられていると知ったとき、怖いだけではなかった。
きちんと注意してくれる、その気持がうれしかった。
たった、それだけで、すくわれたのだ。

「俺は・・・絵のことはわかりません。でも、この絵は今まで見た中で、一番上手いと思いました」

ラファエルの顔がぱっと輝いた。

「この花びらなんて・・・」リオは散りかけの花びらを指さした。「まるで、いまにも動き出しそうだ。花びらが落ちそうです・・・風がふいてるのかなって・・・ちょっと触ったら、とれてしまいそうだ」

リオのほほに小さく笑みが浮かんだ。

「本物みたいですね」

ラファエルの顔が真っ赤に染まり、目に涙が浮かんだ。

「あ、あ、あ・・・ありがとう」

「あ、あの・・・ぼっちゃま。なんとなく言いづらかっただけで・・・俺もぼっちゃまの絵はすごいと思ってましたよ」ドンが慌てて口をはさんだ。「本当は焚き付けに使うのも申し訳ないと・・・」

ラファエルが薄く微笑んだ。

「いいんだよ。僕は妾腹だから、生活費も少ないし、紙だって、貴重品だからオロ兄様が気を効かせて届けてくださってるだけで・・・何度も描き直したものだから、使っていいんだよ。お前は、まるで興味がないと思っていたよ」
「すみません」ドンは頭をかいた。「リオみたいに上手くは言えませんけど」
「そう」

自信なさげだったラファエルは、急に地に足がついたように背筋を伸ばした。

「よければ、他の絵も見てってくれないかな」



ラファエルの部屋は、寝室、勉強部屋、控室という構造は同じだが、金や豪華なベルベットが多用されているアウレリオの部屋とは違い、不格好な木製のベッドや椅子が置かれているだけで、装飾品の類はほとんどない。
また、暖炉もいつ手入れがされたのかわからないほど、ほこりをかぶっていた。ドンによれば、煙突掃除の職人が入るのは、城の中でも最後だそうだ。

だが、勉強部屋に足を踏み入れると、世界が一変した。
足元から天井まで、どこもかしこも、絵、絵、絵。

城、城壁から見渡した野原、歩哨、花、木、メイドたちの後ろ姿・・・
どの絵からも人物の表情は読み取れないことに軽く違和感を覚える。
だが、木炭から生み出されたスケッチは、生き生きとして、今にも動き出しそうだ。

「うわ、すごい、すごい。うわーどんな手と目があったらこんなふうに描けるのかな」

土に棒で落書きした経験しかないリオからすると、部屋の中にあふれるスケッチはまるで魔法のように見えた。
城門を通る馬上の騎士たちの絵からは、蹄や馬具がガシャガシャとこすれる音まで聞こえてきそうだ。
しかも、一頭の馬は気が散っているらしく、騎士の指示に従っていない。

「この馬、今にも走り出しそう・・・」

つい手を伸ばし、慌てて引っ込める。

「手にとって見ていいんだよ!どうかな」

目の前の馬の張りのある筋肉はいまにも動き出しそうだし、城壁の上では兵士たちが何かを話している。
声が聞こえてきそうだ。いま、風景をそのまま切り取った、と言われれば、思わずうなずいてしまう。

「すごく上手なんですね。まるで生きているみたいです」
「ありがとう!うれしい!」

ラファエルはリオの手を両手で握りしめた。

「ぼく、本当に・・・ほんとうにうれしいんだ。良ければ、たまに絵を見に来てくれないかな」
「あの・・・俺でよければ」

とても断れない。
正餐の場で、いつも背中を丸め、息を殺しているラファエル。
妾腹とはいえ、伯爵家の令息の1人であるにもかかわらず、誰にも相手にされず、ただひたすら絵を描き続けている。ふけば飛ぶような召使いの褒め言葉にすがりつくようによろこぶとは。

「若様のお許しが出れば・・・それか、たまに届け物を頼まれたときにでも」
「うん、ありがとう!」

ラファエルは春の日差しのように穏やかに微笑んだ。

「なにかリクエストがあれば言ってほしいな。君の絵姿でも描こうか?人物はあまり得意じゃないんだけど・・・」
「いえいえ、そんな、俺ごときがおそれおおい」

リオは両手を振った。「そ、そろそろ戻らないと・・・長居してしまってすみませんでした」

「君を!兄上に頼めば、僕付きにしてもらうことはできるのかな?」

ラファエルがリオの袖口をつかんだ。

「ど、どうかな・・・?」
「いえ、それは・・・」

リオにとって、アウレリオは自分が存在する意味を与えてくれた恩人でもあった。

「すみません。俺はただの召使いなので」

ラファエルの手をそっとはずす。

「すみません」
「あ・・・ごめん。勝手なことを・・・」

ラファエルがうつむいた。

「俺は、もう行きます。失礼しました」

扉が閉まる音と同時に、ラファエルの声がかき消された。

「本当は、友だちになってって、言いたかったんだ」


**********************


(まずい!遅くなっちゃった)

ただ届け物をしただけだったのに、時間を食ってしまった。
急ぎ足でアウレリオの部屋に向かう。

「おい、リオ!アウレリオ様がお呼びだぞ!」
「はい!」

後ろから声をかけられ、反射的に返事をすると、この間、金を渡してきた騎士が、愛想笑いを浮かべて立っていた。

「こっちだ。先程からずっとお待ちなんだぞ」

そう言われては、行かないわけにはいかない。

「はい、今すぐに!」

リオは騎士の方にむかって駆け出した。




**********************


(お礼)
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
ハート♡もありがとうございます!

めっきり寒くなってきましたね。
温かいものを食べて、ゆっくり眠ってください。
明日は、なにか小さな親切に出会えますように、と願っています。






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