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第二話 きれいな子
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女の金切り声と同時に背中に鈍い痛みが走り、リオは跳ね起きた。
(まずい、寝過ごした・・・!!)
陽はとうに高く昇り、鳥たちのさえずりが空を舞っている。
世話になっている身の上なのに、水汲みにすらいかないと怒っているに違いない。
「あんた、一体何やってるのよ!」
「すみません!」
メイの怒鳴り声に、リオは床に額をすりつけた。
「すぐに水汲みに行ってきます!」
「はあ?」
拳を腰に置き、威嚇するように怒鳴っていたメイは気が抜けたような声を出した。
「水くみって・・・そんなの手伝いの子どもが行ってきたわよ。そうじゃなくて・・・あんた、なんで床で、しかも扉の前で寝てるのさ」
「え?」
「うちのベッドが気に入らなかったのかい?」
「そんなわけ無いです!」
リオは立ち上がって目を丸くした。
「俺、何も触ってないし、盗んでません。ポケットの中を見てもらってもいいです。全部出しますか?」
言い訳のつもりで行った瞬間、馬鹿なことを言ったと気づいた。
ポケットの中には昨日の日当でもらった銅貨が3枚入ったままだ。盗んだと疑われるかもしれない。
その他には、ニッキの小枝が一折。もう一つの日当のパンのかけらも入っている。あの騒ぎですっかり忘れていた。
「あの・・・」
リオがうつむくと、メイは何かを察したのか、リオの目の高さに腰をかがめた。
「あのさ、あたしが言ってんのはあんたがなにか盗んだってことじゃなくて・・・触ったってことでもなくて・・・なぜベッドで寝ないのか、ってことよ?」
メイは本当のことを言っているらしい。目の色は暖かく、リオに正直に話すようにとうながしていた。
「その・・・俺・・・ベッドで寝たことないから」
「まあっ!」
メイは息を飲み、昨日のジャンニよりも罪深い言葉を毒づいた。
「わかったよ。あんたに悪気はないってことが。うん、もちろんあんたは何も悪くない。ただ・・・ちょっと環境が悪かったんだ」
深いため息がひとつ。
「今日は川に行って体を洗っておいで。耳の後ろまでよく洗うんだよ?服や靴も息子たちが着なくなったのがあるから。父親に会うまでに身なりを整えたほうがいいよ」
「俺、なにか仕事を・・・」
「いいから。うちで預かったのにあんたに汚い身なりをさせてたら、あたしが恥をかくってもんだ。さあ、朝ご飯の前に体を洗ってきな」
メイはリオを無理やり部屋の外へ押し出すと、手の中に石鹸のかけらと清潔なリネンを握らせた。
「ほら!さっさと行ってきな」
軽く背中をたたかれ、リオは弾かれたように駆け出した。
*******************
生まれて初めて使う石鹸というものは、汚れが落ちるらしい。
(髪に指が通ったのは初めてだ・・・!!)
新鮮な驚きにうれしくなりながら、ごしごしと全身を洗うと、今まで感じたことがないほどスッキリした。
(耳の後ろまで・・・)
念入りに言われたとおりに洗う。
(メイが恥をかくって。意味はわからないけど、多分良くない意味なんだろう。きれいに洗わないと)
自分ではもう十分だと思うほどに洗い、こわごわとメイの家に戻ると、メイは驚いたように目を見張った。
今までリオのことは単なるやせぽっちの小さな汚れた子どもだと思っていたのに、髪はふわふわと栗色に輝き、榛色の目は大きく切れ長で唇はふっくらとピンク色に輝いている。
「あんた!きれいな子だったんだね。まあ、やっぱりあのアリサの子だから・・・アリサだって、若い頃は美人で有名だったんだよ。酒に溺れるまでは・・・」
最後の言葉はよく聞こえなかったが、生まれて初めて褒められて、リオの胸の奥がふわふわした。
どう反応したらいいのかわからず、もじもじと足元を見つめていると、頭に血が昇ってきた。
「あらまあ!この子ったら!真っ赤になるなんて!こんなにかわいい子どもらしいところがあるんじゃないか!」
メイは大声で笑うと、リオの肩をぽんとたたいた。
「あんたが川に行っている間に息子の古い服を出しておいたから。三人も着たからボロボロだけど、あんたの服よりマシだろ」
メイの言葉には、毒を吐いてもまるで悪気がないことがわかった。つい、顔がゆるんでしまう。
「なんだい、あんた、笑えたのかい?あらあら。これは・・・将来は女泣かせになりそうだねぇ」
カラカラと笑いながら、家の中に迎え入れる。
「さあ、着替えてきな。あんたが泊まった部屋のベッドの上においておいたから。今日からはそれを着な。あんたの服は私がもらうよ。それでいいね?」
リオはこくりとうなずき、大人しく部屋に向かった。その後姿を見て、メイはまたため息をついた。
(あの子の服はたきつけにもならないけど、そう言わないと受け取らないだろうからね・・・アリサときたら、まともに面倒を見てないことは知ってたけど、ここまでとは・・・うちにいる数日の間に、少し太らせてやりたいけど・・・)
そして、背中に手をあて、ぐっと上体をそらして伸びをした。
「しかしまあ、きれいな子だね。ちょっとこの辺では見たことがないよ。あの子の父親もまあ、整った顔はしてるけど、あそこまでじゃない。神様はあの子にまともな親は与えなかったけど、美しい顔を与えたってことか。それがあの子の人生に良く働くといいんだけど」
美しければいいというものではない。
特に、平民にとって、過分な美しさは不幸を招くものだ。現にアリサだって、美しすぎなければ、お人好しのおっとりとした娘に育ちどこかで平和に主婦をやっていただろうに。
メイは首を振った。
「そんなこと考えたって仕方ない!あたしはあたしにできることをするだけ。とにかくあの子にまともな食事とベッドを与えてやろう」
************************
朝食には昨日と同じ黒パンに豆のスープが出た。
あれは一夜だけのことではなかっんだ。
リオはおずおずとスプーンをスープボウルに入れてひとすくいの豆を頬張った。
(うわぁ・・・世の中にはこんなに美味いものがあるんだ・・・)
キラキラと目を輝かせて見上げると、厨房に立っているメイが大きくうなずいた。
(・・・・!!!)
猛烈な勢いで豆のスープをかきこむと、メイの笑い声が聞こえた。
「あんたの食べ方ときたら・・・まるで初めて食べたみたいじゃないか」
「・・・」
「ほら、これもお食べ。お前みたいな子どもには栄養が必要だよ」
そう行ってウインクすると目の前には、真ん中に黄色の小山が盛り上がった白い食べ物。
まじまじと見つめるリオをみてメイが呆れたように言った。
「もしかして、目玉焼きも知らないってのかい?冗談だろう?」
「・・・」
リオは目を丸くして、おずおずと首を小さく縦に振った。
「まぁ・・・」
メイの目に涙がうるんだ。
「たくさん、お食べ。しっかり噛んで食べるんだよ。パンはスープに浸して食べるもんだよ。ほらほら慌てないで」
ガツガツと手づかみで食べる姿を微笑ましく見ていると、扉が開いた。
「今帰ったぞ」村長の家に使いに行っていたジャンニだった。
「村長はリオを引き取るそうだ。葬式は3日後。そのままリオを連れて帰るそうだ。」
**********************
お読みいただきまして、ありがとうございました。
ハート♡を押してくださった方は重ねてありがとうございます。
このシステム、いいですね。ワクワクします!
更新頑張ります。そして気がついたBL臭の薄さ・・・しばらくお待ちください。
そのうち相手役が出てきます。一応念のため。BLです。
(まずい、寝過ごした・・・!!)
陽はとうに高く昇り、鳥たちのさえずりが空を舞っている。
世話になっている身の上なのに、水汲みにすらいかないと怒っているに違いない。
「あんた、一体何やってるのよ!」
「すみません!」
メイの怒鳴り声に、リオは床に額をすりつけた。
「すぐに水汲みに行ってきます!」
「はあ?」
拳を腰に置き、威嚇するように怒鳴っていたメイは気が抜けたような声を出した。
「水くみって・・・そんなの手伝いの子どもが行ってきたわよ。そうじゃなくて・・・あんた、なんで床で、しかも扉の前で寝てるのさ」
「え?」
「うちのベッドが気に入らなかったのかい?」
「そんなわけ無いです!」
リオは立ち上がって目を丸くした。
「俺、何も触ってないし、盗んでません。ポケットの中を見てもらってもいいです。全部出しますか?」
言い訳のつもりで行った瞬間、馬鹿なことを言ったと気づいた。
ポケットの中には昨日の日当でもらった銅貨が3枚入ったままだ。盗んだと疑われるかもしれない。
その他には、ニッキの小枝が一折。もう一つの日当のパンのかけらも入っている。あの騒ぎですっかり忘れていた。
「あの・・・」
リオがうつむくと、メイは何かを察したのか、リオの目の高さに腰をかがめた。
「あのさ、あたしが言ってんのはあんたがなにか盗んだってことじゃなくて・・・触ったってことでもなくて・・・なぜベッドで寝ないのか、ってことよ?」
メイは本当のことを言っているらしい。目の色は暖かく、リオに正直に話すようにとうながしていた。
「その・・・俺・・・ベッドで寝たことないから」
「まあっ!」
メイは息を飲み、昨日のジャンニよりも罪深い言葉を毒づいた。
「わかったよ。あんたに悪気はないってことが。うん、もちろんあんたは何も悪くない。ただ・・・ちょっと環境が悪かったんだ」
深いため息がひとつ。
「今日は川に行って体を洗っておいで。耳の後ろまでよく洗うんだよ?服や靴も息子たちが着なくなったのがあるから。父親に会うまでに身なりを整えたほうがいいよ」
「俺、なにか仕事を・・・」
「いいから。うちで預かったのにあんたに汚い身なりをさせてたら、あたしが恥をかくってもんだ。さあ、朝ご飯の前に体を洗ってきな」
メイはリオを無理やり部屋の外へ押し出すと、手の中に石鹸のかけらと清潔なリネンを握らせた。
「ほら!さっさと行ってきな」
軽く背中をたたかれ、リオは弾かれたように駆け出した。
*******************
生まれて初めて使う石鹸というものは、汚れが落ちるらしい。
(髪に指が通ったのは初めてだ・・・!!)
新鮮な驚きにうれしくなりながら、ごしごしと全身を洗うと、今まで感じたことがないほどスッキリした。
(耳の後ろまで・・・)
念入りに言われたとおりに洗う。
(メイが恥をかくって。意味はわからないけど、多分良くない意味なんだろう。きれいに洗わないと)
自分ではもう十分だと思うほどに洗い、こわごわとメイの家に戻ると、メイは驚いたように目を見張った。
今までリオのことは単なるやせぽっちの小さな汚れた子どもだと思っていたのに、髪はふわふわと栗色に輝き、榛色の目は大きく切れ長で唇はふっくらとピンク色に輝いている。
「あんた!きれいな子だったんだね。まあ、やっぱりあのアリサの子だから・・・アリサだって、若い頃は美人で有名だったんだよ。酒に溺れるまでは・・・」
最後の言葉はよく聞こえなかったが、生まれて初めて褒められて、リオの胸の奥がふわふわした。
どう反応したらいいのかわからず、もじもじと足元を見つめていると、頭に血が昇ってきた。
「あらまあ!この子ったら!真っ赤になるなんて!こんなにかわいい子どもらしいところがあるんじゃないか!」
メイは大声で笑うと、リオの肩をぽんとたたいた。
「あんたが川に行っている間に息子の古い服を出しておいたから。三人も着たからボロボロだけど、あんたの服よりマシだろ」
メイの言葉には、毒を吐いてもまるで悪気がないことがわかった。つい、顔がゆるんでしまう。
「なんだい、あんた、笑えたのかい?あらあら。これは・・・将来は女泣かせになりそうだねぇ」
カラカラと笑いながら、家の中に迎え入れる。
「さあ、着替えてきな。あんたが泊まった部屋のベッドの上においておいたから。今日からはそれを着な。あんたの服は私がもらうよ。それでいいね?」
リオはこくりとうなずき、大人しく部屋に向かった。その後姿を見て、メイはまたため息をついた。
(あの子の服はたきつけにもならないけど、そう言わないと受け取らないだろうからね・・・アリサときたら、まともに面倒を見てないことは知ってたけど、ここまでとは・・・うちにいる数日の間に、少し太らせてやりたいけど・・・)
そして、背中に手をあて、ぐっと上体をそらして伸びをした。
「しかしまあ、きれいな子だね。ちょっとこの辺では見たことがないよ。あの子の父親もまあ、整った顔はしてるけど、あそこまでじゃない。神様はあの子にまともな親は与えなかったけど、美しい顔を与えたってことか。それがあの子の人生に良く働くといいんだけど」
美しければいいというものではない。
特に、平民にとって、過分な美しさは不幸を招くものだ。現にアリサだって、美しすぎなければ、お人好しのおっとりとした娘に育ちどこかで平和に主婦をやっていただろうに。
メイは首を振った。
「そんなこと考えたって仕方ない!あたしはあたしにできることをするだけ。とにかくあの子にまともな食事とベッドを与えてやろう」
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朝食には昨日と同じ黒パンに豆のスープが出た。
あれは一夜だけのことではなかっんだ。
リオはおずおずとスプーンをスープボウルに入れてひとすくいの豆を頬張った。
(うわぁ・・・世の中にはこんなに美味いものがあるんだ・・・)
キラキラと目を輝かせて見上げると、厨房に立っているメイが大きくうなずいた。
(・・・・!!!)
猛烈な勢いで豆のスープをかきこむと、メイの笑い声が聞こえた。
「あんたの食べ方ときたら・・・まるで初めて食べたみたいじゃないか」
「・・・」
「ほら、これもお食べ。お前みたいな子どもには栄養が必要だよ」
そう行ってウインクすると目の前には、真ん中に黄色の小山が盛り上がった白い食べ物。
まじまじと見つめるリオをみてメイが呆れたように言った。
「もしかして、目玉焼きも知らないってのかい?冗談だろう?」
「・・・」
リオは目を丸くして、おずおずと首を小さく縦に振った。
「まぁ・・・」
メイの目に涙がうるんだ。
「たくさん、お食べ。しっかり噛んで食べるんだよ。パンはスープに浸して食べるもんだよ。ほらほら慌てないで」
ガツガツと手づかみで食べる姿を微笑ましく見ていると、扉が開いた。
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「村長はリオを引き取るそうだ。葬式は3日後。そのままリオを連れて帰るそうだ。」
**********************
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