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12 保護者会
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その日は、授業は全て中止になり、生徒たちは全員強制的に下校させられた。
夜、保護者会からお母さんが帰ってきた。
「お母さん、カズコちゃんは」
玄関で靴を脱ぐお母さんに飛びつくようにして事情を聞く。
お母さんは力なく首を振った。
「居間で」
全部は言わないお母さんの言葉が、精神的な疲労を物語っていた。
お母さんは疲れた足取りでキッチンに向かい、冷蔵庫からペットボトルを取り出してガラスのコップにウーロン茶を注ぐと、一気に飲み干した。
深いため息が一つ。顔を上げると私と目があった。
目で促され、リビングのソファーに座ると、お母さんは、もうひとつため息をついた。
「あんたと同い年の子がねぇ・・・」
そう言って頭をかかえたお母さんの顔は10も年を取ったように見えた。
ほつれた髪を蛍光灯が黄色く照らす。
「亡くなったわ。即死だったって。和泉さん・・・カズコちゃんはね。前から不安定だったみたい。なんでも、お姉さんのお友達が学校でいなくなったって信じていたみたいなのよ」
「学校でいなくなった?」
「それがね、保護者からの質問でも出たんだけど、そこのところはよくわからないの。でも、まあ、カズコちゃんはそう信じ込んでいて、かなり学校に不信感を持っていたらしいの。あと、学校の七不思議を知ったら死んじゃうって思い込んでいたみたいで。昨日、家に帰ってきて、七不思議の7つ目を知っちゃったっておびえていたらしいんだけど、あんた知ってる?」
私は目顔でうなずいた。
「そう」
「あの・・・男子が学校の七不思議の話しようって言って、昼休みに話していたんだけど、それを聞いていたカズコちゃんが大声を出して飛び出していったんだ。5時間目にも出ないで帰っちゃったみたい」
「ああ・・・まあ、そんな話もするわよね。中学生だもの。あんたも話に入ってたの?」
「・・・うん」
「まあ、いいわ。別にそんな話は普通でしょう。知らなかったのなら気を使うわけもないし。ただ、その話を聞いたカズコちゃんは相当まいっちゃって、昨日はもう学校に行かないって言い張ったらしいのよ。でも今朝になったら、知らせたい人がいるからって、学校に行ったんだって」
「知らせたい人・・・?」背中にぞくりと悪寒が走った。
「なんでも、学校に狙われている子がいるから、行かなくちゃいけないって言ってたらしいんだけど。意味がわからないわよね?」
「・・・う、うん・・・」
背中のゾクゾクはもう止まらない。カズコちゃんはこう言った「ずっと待ってた」って。
私のことを「ずっと待ってた」って。
それって、私に何か伝えたかったってことだよね。
あの子、私が体育倉庫に入ったこと、知ってたような口ぶりだった。
なんで?
友達でもなければ接点もない。口をきいたのも昨日がはじめてだった。
それなのに、私のことをなんで待ってたの?
「お友達が突然亡くなったってショックだよね。スクールカウンセラーの先生もきてくれるようにたのんだらしいの。しばらく休んでもいいって。どうする?」
「・・・うん・・・」
「休むことがいいとは限らないし、どうしようか。一晩寝てからかんがえてもいいし」
「お母さん、私、カズコちゃんが落ちていくときに目があったの」
「あんた・・・」お母さんは息をのんだ。「大丈夫?」
「・・・わからない。正直、現実感がなさすぎて、なにもわからない。でもこわくてたまらない。死んじゃうなんて、こわすぎる。まだ中学生なのに」
お母さんは私をぎゅっとだきしめた。
お母さんの体は温かかったけど、私の背にまわした手は震えていた。まるで、途方にくれているように。
「おかあさんがいるから」
そう言ってくれたけど、もう小さな赤ちゃんじゃない。
お母さんはどこまで私を守れるんだろう。
学校の七不思議とか、不気味な体育倉庫ってのは親がはいれる場所なのかな。
私は2日学校を休んだ。
学校のことをかんがえるとひどい頭痛がして、体が拒否していた。
3日目には回復したので、また、自転車をキーキー鳴らしながら学校に行った。
カズコちゃんが落ちたところは、きれいに洗い流されて、もうどこだかわからなくなっていた。
教室に入ると、カズコちゃんの机の上には、白い菊が入った花びんが置かれていた。
この間まで、活発に笑い転げていたクラスメイトも皆神妙な顔をしている。
きっと私以外の人もみんな思っただろう。
「あんなにこわがるのなら、こわい話なんてしなきゃよかった」
「よく知らない人のままだった。もっとなかよくなる努力をすべきだった」
でも、もうどうしようもない。
暗い思いをかかえたまま、席についてカズコちゃんの席をながめていると、始業寸前に誰かがそこにすわった。
花が置いてある机に座るなんて、と息を飲むと、ゆっくりとその誰かがふりかえった。
それは、頭が半分崩れ、腕は変な方向に曲がったカズコちゃんだった。
夜、保護者会からお母さんが帰ってきた。
「お母さん、カズコちゃんは」
玄関で靴を脱ぐお母さんに飛びつくようにして事情を聞く。
お母さんは力なく首を振った。
「居間で」
全部は言わないお母さんの言葉が、精神的な疲労を物語っていた。
お母さんは疲れた足取りでキッチンに向かい、冷蔵庫からペットボトルを取り出してガラスのコップにウーロン茶を注ぐと、一気に飲み干した。
深いため息が一つ。顔を上げると私と目があった。
目で促され、リビングのソファーに座ると、お母さんは、もうひとつため息をついた。
「あんたと同い年の子がねぇ・・・」
そう言って頭をかかえたお母さんの顔は10も年を取ったように見えた。
ほつれた髪を蛍光灯が黄色く照らす。
「亡くなったわ。即死だったって。和泉さん・・・カズコちゃんはね。前から不安定だったみたい。なんでも、お姉さんのお友達が学校でいなくなったって信じていたみたいなのよ」
「学校でいなくなった?」
「それがね、保護者からの質問でも出たんだけど、そこのところはよくわからないの。でも、まあ、カズコちゃんはそう信じ込んでいて、かなり学校に不信感を持っていたらしいの。あと、学校の七不思議を知ったら死んじゃうって思い込んでいたみたいで。昨日、家に帰ってきて、七不思議の7つ目を知っちゃったっておびえていたらしいんだけど、あんた知ってる?」
私は目顔でうなずいた。
「そう」
「あの・・・男子が学校の七不思議の話しようって言って、昼休みに話していたんだけど、それを聞いていたカズコちゃんが大声を出して飛び出していったんだ。5時間目にも出ないで帰っちゃったみたい」
「ああ・・・まあ、そんな話もするわよね。中学生だもの。あんたも話に入ってたの?」
「・・・うん」
「まあ、いいわ。別にそんな話は普通でしょう。知らなかったのなら気を使うわけもないし。ただ、その話を聞いたカズコちゃんは相当まいっちゃって、昨日はもう学校に行かないって言い張ったらしいのよ。でも今朝になったら、知らせたい人がいるからって、学校に行ったんだって」
「知らせたい人・・・?」背中にぞくりと悪寒が走った。
「なんでも、学校に狙われている子がいるから、行かなくちゃいけないって言ってたらしいんだけど。意味がわからないわよね?」
「・・・う、うん・・・」
背中のゾクゾクはもう止まらない。カズコちゃんはこう言った「ずっと待ってた」って。
私のことを「ずっと待ってた」って。
それって、私に何か伝えたかったってことだよね。
あの子、私が体育倉庫に入ったこと、知ってたような口ぶりだった。
なんで?
友達でもなければ接点もない。口をきいたのも昨日がはじめてだった。
それなのに、私のことをなんで待ってたの?
「お友達が突然亡くなったってショックだよね。スクールカウンセラーの先生もきてくれるようにたのんだらしいの。しばらく休んでもいいって。どうする?」
「・・・うん・・・」
「休むことがいいとは限らないし、どうしようか。一晩寝てからかんがえてもいいし」
「お母さん、私、カズコちゃんが落ちていくときに目があったの」
「あんた・・・」お母さんは息をのんだ。「大丈夫?」
「・・・わからない。正直、現実感がなさすぎて、なにもわからない。でもこわくてたまらない。死んじゃうなんて、こわすぎる。まだ中学生なのに」
お母さんは私をぎゅっとだきしめた。
お母さんの体は温かかったけど、私の背にまわした手は震えていた。まるで、途方にくれているように。
「おかあさんがいるから」
そう言ってくれたけど、もう小さな赤ちゃんじゃない。
お母さんはどこまで私を守れるんだろう。
学校の七不思議とか、不気味な体育倉庫ってのは親がはいれる場所なのかな。
私は2日学校を休んだ。
学校のことをかんがえるとひどい頭痛がして、体が拒否していた。
3日目には回復したので、また、自転車をキーキー鳴らしながら学校に行った。
カズコちゃんが落ちたところは、きれいに洗い流されて、もうどこだかわからなくなっていた。
教室に入ると、カズコちゃんの机の上には、白い菊が入った花びんが置かれていた。
この間まで、活発に笑い転げていたクラスメイトも皆神妙な顔をしている。
きっと私以外の人もみんな思っただろう。
「あんなにこわがるのなら、こわい話なんてしなきゃよかった」
「よく知らない人のままだった。もっとなかよくなる努力をすべきだった」
でも、もうどうしようもない。
暗い思いをかかえたまま、席についてカズコちゃんの席をながめていると、始業寸前に誰かがそこにすわった。
花が置いてある机に座るなんて、と息を飲むと、ゆっくりとその誰かがふりかえった。
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