上 下
268 / 279
後日譚〜あれから〜

40 【マティアス】たったひとつ欲しいもの ※

しおりを挟む
一応念のため※つけときます。

********************


明け方まで、貫き続けられたリュカは、最後は哀願するようなすすり泣きとともに気を失ってしまった。

何度射精したのか数えることはやめてしまった。長年の禁欲のせいか歯止めがきかなかった。しかも、腕の中にいたのはリュカなのだ。

かつて、この部屋で同じように、夜通しリュカを抱いたことがあった。
だが、その時に何よりも欲しかったのはリュカの心だった。
いま、リュカは私を愛していると言う。嘘でもいい。体液でどろどろになった体を抱きしめると、笑いがこみ上げてきた。

何を笑っているのか自分でもわからない。だが、おかしくてたまらない。
リュカを起こさないように笑いをこらえ、また抱きしめる。
リネンでぬぐってやらなければ。そう思っても、手を離すことができない。
体の一部がどこか触れていないと。

体を離そうとして、やはり離せず、もう一度抱きしめる。
手の中にあるものだけで、十分だ。
リュカは私の時間がほしいと言った。
私は?
やはり、リュカそのものがほしい。
その思いを認めると、心が凪いだ。ああ、やはり、時が経っても変わらない。
愛する気持ちを捨て去ることは、結局できなかった。
だが、なんと甘美な敗北だろう。

それが最後の記憶で、やわらかな闇に落ちるように眠りについた。

朝の光がまぶたを差す。
しのつく雨と細く甲高い小鳥のさえずり。

湿度をまとった空気が部屋に入り込み、寒さにブルリと体を震わせる。

「起きた?」

ベッドに腰掛けたリュカが、私を見つめていた。
その瞳は、温かく輝いていた。

「よく眠ってたね。ベネディクトに聞いたよ。ずっとベッドですら寝なかったって。これからはそういうわけにはいかないからね?俺が側にいるんだから、俺が兄さんのせいでベッドで寝られなかったら大変だろ?毎日、きちんと食事を取って、ベッドで眠ってもらうからね」
「はは・・・そうか。それは夢のようだな」

皮肉ではない。本音だった。だが、リュカはそうは受けとめず、ぷうと頬をふくらませた。

「もう!本気で言ってるんだよ。俺は兄さんの時間をもらうって言ったでしょ!兄さんはなんでもくれるって言ったんだから、きちんと守ってよね」
「へえ」私はリュカの腰に手をのせた。私たちの体は、乾いてはいたが、昨夜の名残でカサカサしたものがあちこちについていた。だが、気にもとめずに抱き寄せる。
「だが、これからの私の時間の対価は?」
「対価?」
「それはそうだろう?何事にも対価は必要だ」
「え?だって兄さんが欲しいものはなんでもくれるって言ったんじゃないか。俺がねだったわけじゃない。でも、くれるっていうんならもらっておく」
ちゃっかりとしたリュカに笑いが漏れる。
年を重ねて世慣れたのか、昔のリュカだったらこんなことは言わなかっただろう。

「ま、でも、たしかに兄さんの残りの人生をもらうって意味だとは分からなかっただろうし?俺からも何かひとつだけ上げるよ」
「ほう」
「ひとつだけだから。兄さんは何でも持ってるでしょ。だから、よく考えて。パンを毎日焼いて貰う権利ってのもあるよ。焼き菓子だって気に入ってくれたし・・・今なら従僕の真似事だってできる」
「考えるまでもない。答えはひとつだ」
「・・・何?言ってみて」
「お前がほしい」
「俺?」
「お前の全部がほしい」

リュカはまじまじと私を見た。少しずつ、その頬に赤みが昇り、動揺したように目を泳がせた。

「もう、手に入れてるでしょ。気がついてなかったの?」
「うーん」

私はリュカの首筋に顔を埋め、ごしごしと鼻を押し当てた。

「確信がないってこと?」
「・・・ん」
どう言ったらいいんだろう。
首筋を甘噛みしながら言葉を考える。

「兄さん・・・俺は兄さんのものだよ。これまでもこれからも。ずっとそうだったんだよ。まだ信じられない?ねえ、俺の目を見て」

リュカが私の両頬に手を添え、顔をのぞき込んできた。

「大好きだよ、兄さん。約束する。もう絶対に裏切らない。だから、信じて」

私はその言葉に返事をすることができなかった。信じる、という言葉は今の私には重すぎた。いま、この瞬間はリュカは私を愛しているかもしれない。もしかしたら、明日も。だが、その後は?一年後は?未来を考えることなど到底できない。

「・・・時々、お前を殺してしまいたくなる。今だってそうだ。しあわせな時を止めてしまいたい。お前の喉笛を噛み切ってしまえば、お前は私だけのものになるのに。だが、私の欲よりもお前が大切なんだ。長いこと私の側にいたら、いつか殺してしまうかもしれない。それが恐ろしい」
「兄さん」
「でも、お前のぬくもりほど、私を癒やしてくれるものはない。このままずっとお前に溺れていられたら、とも思う」
「兄さん、いいよ」
「なにが?」
「俺のこと、殺していいよ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獣の幸福

嘉野六鴉
BL
異能を持つ一族に生まれた欠陥品の青年・キオは、王族の中でも立場の弱い第五王子・フレンの護衛として、この一年間仕えている。 今では互いを深く信頼し合っている主従の穏やかな毎日は、平和そのものだった。 自分を必要としてくれる少年に依存しかけていることを自覚しながらも、この日々がいつまでも続くことをキオは密かに願っていたが、ある日を境にフレンの様子が変わってしまう。 どうやら、キオが一族の当主にして自らの異母兄であるジルヴェストと、定期的に肉体関係を持っていることを感づかれてしまったらしく――。 愛されたい気持ちの強い不憫系な青年主人公(美人だが多少口が悪い)を巡る、鬼才年下王子(最初はワンコ系)と最強異母兄(無愛想クール)の国を巻き込んだ執着愛ファンタジーの予定です。 ※R18はサブタイトルに*マーク有(残酷描写は予告なし) ※シリアス寄り、(異母)兄×弟、3P(予定では終盤)にご注意 ※ムーンライトノベルズ様でも掲載中です

運命の選択が見えるのですが、どちらを選べば幸せになれますか? ~私の人生はバッドエンド率99.99%らしいです~

日之影ソラ
恋愛
第六王女として生を受けたアイリスには運命の選択肢が見える。選んだ選択肢で未来が大きく変わり、最悪の場合は死へ繋がってしまうのだが……彼女は何度も選択を間違え、死んではやり直してを繰り返していた。 女神様曰く、彼女の先祖が大罪を犯したせいで末代まで呪われてしまっているらしい。その呪いによって彼女の未来は、99.99%がバッドエンドに設定されていた。 婚約破棄、暗殺、病気、仲たがい。 あらゆる不幸が彼女を襲う。 果たしてアイリスは幸福な未来にたどり着けるのか? 選択肢を見る力を駆使して運命を切り開け!

転生したらいろんな意味で兄に可愛がられています~ヴァルハラで死合いましょう~

夢咲まゆ
BL
 ヴァルハラに集められたオーディンの眷属ーーエインヘリヤル。不老不死の彼らは、「死合い」という命懸けの戦闘を行い、自らの能力を高め合っていた。  新人戦士・アクセルは、憧れの兄・フレインに追いつくべく、必死に戦士ランキングを上げていく。  何度死んでも変わらない兄への恋慕。もっと自分を見て欲しい。いつか本気で「死合い」たい。  アクセルの想いは、果たしてフレインに届くのか……? ◎美麗表紙イラスト:ずーちゃ(@zuchaBC) ※北欧神話のヴァルハラを舞台にしています。 ※戦闘シーンの練習のために始めたので、流血が多めです。苦手な人はご注意!(流血シーンには※をつけてあります) ※あくまで創作なので、ガチの「北欧神話」ではありません。設定を都合よく解釈してる部分も多々あり。 ※細かいことは抜きに、純粋に創作として楽しんでくだされば幸いです。 ※こちらに転載するに際して、タイトルを少し変えました。

【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール
ホラー
愛しています愛しています 私はあなたを愛しています 恨みます呪います憎みます 私は あなたを 許さない

BLゲームのメンヘラオメガ令息に転生したら腹黒ドS王子に激重感情を向けられています

松原硝子
BL
小学校の給食調理員として働くアラサーの独身男、吉田有司。考案したメニューはどんな子どもの好き嫌いもなくしてしまうと評判の敏腕調理員だった。そんな彼の趣味は18禁BLのゲーム実況をすること。だがある日ユーツーブのチャンネルが垢バンされてしまい、泥酔した挙げ句に歩道橋から落下してしまう。 目が覚めた有司は死ぬ前に最後にクリアしたオメガバースの18禁BLゲーム『アルティメットラバー』の世界だという事に気がつく。 しかも、有司はゲームきっての悪役、攻略対象では一番人気の美形アルファ、ジェラルド王子の婚約者であるメンヘラオメガのユージン・ジェニングスに転生していた。 気に入らないことがあると自殺未遂を繰り返す彼は、ジェラルドにも嫌われている上に、ゲームのラストで主人公に壮絶な嫌がらせをしていたことがばれ、婚約破棄された上に島流しにされてしまうのだ。 だが転生時の年齢は14歳。断罪されるのは23歳のはず。せっかく大富豪の次男に転生したのに、断罪されるなんて絶対に嫌だ! 今度こそ好きに生ききりたい! 用意周到に婚約破棄の準備を進めるユージン。ジェラルド王子も婚約破棄に乗り気で、二人は着々と来るべき日に向けて準備を進めているはずだった。 だが、ジェラルド王子は突然、婚約破棄はしないでこのまま結婚すると言い出す。 王弟の息子であるウォルターや義弟のエドワードを巻き込んで、ユージンの人生を賭けた運命のとの戦いが始まる――!? 腹黒、執着強め美形王子(銀髪25歳)×前世は敏腕給食調理員だった恋愛至上主義のメンヘラ悪役令息(金髪23歳)のBL(の予定)です。

本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~

日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。 そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。 ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。 身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。 様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。 何があっても関係ありません! 私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます! 『本物の恋、見つけました』の続編です。 二章から読んでも楽しめるようになっています。

【完結】10引き裂かれた公爵令息への愛は永遠に、、、

華蓮
恋愛
ムールナイト公爵家のカンナとカウジライト公爵家のマロンは愛し合ってた。 小さい頃から気が合い、早いうちに婚約者になった。

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

処理中です...