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後日譚〜あれから〜
37 【マティアス】ゆるし
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「リュカ」そっと頭をなで、名を呼ぶ。リュカは耐えられないと言うように、よじれた悲鳴を上げ、泣きじゃくった。
「リュカ・・・泣くな」
泣き続けていたリュカは、驚いたように息をつまらせ、そして、また泣き出した。
まるで子どものようだ。
「お前が泣くと、胸が痛いんだよ。なあ?」
そう言いながら、絹のような黒髪をなで、そっと唇を寄せる。
「に、逃げられるんじゃないか・・・」
リュカがしゃくり上げた。
「な、なんだよ・・・いままで、わざと捕まったふりしてたのかよ・・・」
「まあ、それは・・・」
「お、おれ・・・俺のことなんて・・・」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったリュカの顔が、妙に愛しく見える。
なだめるようにまた髪をなでると、指に刺さる鱗のような痛みがぽろぽろと剥がれ落ちていく。
いとしい、リュカ。
どうしようもないほど、いとしい、リュカ。
胸が愛しさであふれ、なぜ今まで心を閉ざしていられたのか、不思議でならない。
だが、恐ろしくもある。
心の奥底に隠れている傷つきやすい場所を開け放して、また裏切られたら?
同時に、灰色の日々に逆戻りするのか?と反論する声も聞こえてくる。
正解は、ない。
どちらが正しいのか、分からない。
どの道を選んでも、それが正しかったのか、決めるのは自分だ。
いま、ひとつだけ分かっているのは、互いを許す道を選ぶ方が、たとえまた裏切られる未来が来たとしても、よほどいいということだけ。
少なくとも、短い期間であろうと、しあわせな記憶を持つことができる。
命尽きる時、この選択をしてよかったと思えるに違いない。
「リュカ、リュカ、リュカ」
その名しか出てこない。
何を話せばいいのか、何を伝えるべきなのか。
言葉が見つからない。
どうして、言葉はいざという時、いつも無力なんだろう。
私は、リュカの頬を伝う涙にそっと口づけた。
「ひぁ?」
リュカののどから、変なスイッチが入ったように声が漏れ、思わず笑ってしまう。
こんなふうに笑うのは、何年ぶりかわからないほど、久しぶりのことだった。
「ほら、いい加減に泣きやめ。お前だっておとなになったんだろう?」
「そ、そうだよ!泣きたくなんかない。兄さんが、兄さんが、あんまりにもわからず屋だから・・・」
リュカの両目から、また大粒の涙がぼろっとこぼれだした。
「ははは」
笑うたび、心の奥に凝り固まっていた冷たい何かが、消えてくのが分かる。
ずっと、長いこと、心が凍りついたままだった。
自分では分からなかった。いま、長い隔てを経て、ようやく心が安らぐ感覚を思い出す。
そして、ふたりでともにある時、どれほどしあわせだったのか。
ベッドサイドの引き出しからリネンを取り出し、リュカの頬を拭う。
「ごめんな、リュカ。お前ばかりに勇気を出してもらって、私が悪かった。お前だけが悪いんじゃない。互いに過ちを犯した。そして、その罪を償うため、懸命に生きた。長い時間もたった。そろそろ、私たちはお互いと自分を許してやろう」
「兄さん・・・」
リュカが頭を上げ、涙に濡れた大きな若草色の瞳と私の目が合った。
「美しいな」
考えるまもなく言葉が飛び出し、リュカの唇にそっと唇を寄せた。
柔らかく温かい唇が、口づけを受け入れるように開く。
ああ、長かった。
やっと、帰ってきた。
まるで異国をさまよっていた旅人が、放浪の末、家にたどり着いたように。
リュカの唇と私の唇が触れ合った瞬間、びりびりと電流が走り、気がついた。
ここに、いるべきだった。
私は、ここに、いるべきだったのだ。
柔らかいが芯のある唇が、口の中に忍び込み、いたずらにあちこちを味わっている。
その舌を捉えるようにからめとると、体中に快感が走った。
奥に入り込みたい。そう思う強さと同じほどの強さで、リュカを味わいたかった。
唇を離し、リュカの額から頬、あご、のどへと舌をはわせる。
リュカは不満そうなうめき声を漏らす。
喉の奥で笑いながら、両手でリュカの体を味わうようになでる。
頬、首筋、肩、胸、脇腹・・・
リュカの頬には、次第に赤みが差し、うわずった声を上げはじめた。
体中の細胞が息を吹き返したように動き始める。
こんなふうだったか?ずっと、世界は、こんなふうだったか?
長いこと、灰色のまま過ぎてきた時間は、急に花が咲いたようにいきいきと動き出した。
リュカを抱きたい。
なかを感じ、いのちと鼓動を感じたい。
私はうめき声を上げ、リュカを体から引き離した。
「兄さん?」
リュカのささやき声を背に、足に手を伸ばし、ジャックが仕掛けておいた縛めを解いた。
そういえば足かせもはめられていた。これは鍵がなければ・・・
「鍵は?」
「え?」
「足かせの鍵は?」
「あ、ああ」
リュカが震える手で、首から下げていた紐の先につけた足かせの鍵を差し出した。
ガシャリと床に枷が落ちる音と同時に、リュカにのしかかる。
まるで腹を空かせた肉食獣が、獲物に飛びかかるように。
だが、その時の私は、飢えた獣そのものだった。
「リュカ・・・泣くな」
泣き続けていたリュカは、驚いたように息をつまらせ、そして、また泣き出した。
まるで子どものようだ。
「お前が泣くと、胸が痛いんだよ。なあ?」
そう言いながら、絹のような黒髪をなで、そっと唇を寄せる。
「に、逃げられるんじゃないか・・・」
リュカがしゃくり上げた。
「な、なんだよ・・・いままで、わざと捕まったふりしてたのかよ・・・」
「まあ、それは・・・」
「お、おれ・・・俺のことなんて・・・」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったリュカの顔が、妙に愛しく見える。
なだめるようにまた髪をなでると、指に刺さる鱗のような痛みがぽろぽろと剥がれ落ちていく。
いとしい、リュカ。
どうしようもないほど、いとしい、リュカ。
胸が愛しさであふれ、なぜ今まで心を閉ざしていられたのか、不思議でならない。
だが、恐ろしくもある。
心の奥底に隠れている傷つきやすい場所を開け放して、また裏切られたら?
同時に、灰色の日々に逆戻りするのか?と反論する声も聞こえてくる。
正解は、ない。
どちらが正しいのか、分からない。
どの道を選んでも、それが正しかったのか、決めるのは自分だ。
いま、ひとつだけ分かっているのは、互いを許す道を選ぶ方が、たとえまた裏切られる未来が来たとしても、よほどいいということだけ。
少なくとも、短い期間であろうと、しあわせな記憶を持つことができる。
命尽きる時、この選択をしてよかったと思えるに違いない。
「リュカ、リュカ、リュカ」
その名しか出てこない。
何を話せばいいのか、何を伝えるべきなのか。
言葉が見つからない。
どうして、言葉はいざという時、いつも無力なんだろう。
私は、リュカの頬を伝う涙にそっと口づけた。
「ひぁ?」
リュカののどから、変なスイッチが入ったように声が漏れ、思わず笑ってしまう。
こんなふうに笑うのは、何年ぶりかわからないほど、久しぶりのことだった。
「ほら、いい加減に泣きやめ。お前だっておとなになったんだろう?」
「そ、そうだよ!泣きたくなんかない。兄さんが、兄さんが、あんまりにもわからず屋だから・・・」
リュカの両目から、また大粒の涙がぼろっとこぼれだした。
「ははは」
笑うたび、心の奥に凝り固まっていた冷たい何かが、消えてくのが分かる。
ずっと、長いこと、心が凍りついたままだった。
自分では分からなかった。いま、長い隔てを経て、ようやく心が安らぐ感覚を思い出す。
そして、ふたりでともにある時、どれほどしあわせだったのか。
ベッドサイドの引き出しからリネンを取り出し、リュカの頬を拭う。
「ごめんな、リュカ。お前ばかりに勇気を出してもらって、私が悪かった。お前だけが悪いんじゃない。互いに過ちを犯した。そして、その罪を償うため、懸命に生きた。長い時間もたった。そろそろ、私たちはお互いと自分を許してやろう」
「兄さん・・・」
リュカが頭を上げ、涙に濡れた大きな若草色の瞳と私の目が合った。
「美しいな」
考えるまもなく言葉が飛び出し、リュカの唇にそっと唇を寄せた。
柔らかく温かい唇が、口づけを受け入れるように開く。
ああ、長かった。
やっと、帰ってきた。
まるで異国をさまよっていた旅人が、放浪の末、家にたどり着いたように。
リュカの唇と私の唇が触れ合った瞬間、びりびりと電流が走り、気がついた。
ここに、いるべきだった。
私は、ここに、いるべきだったのだ。
柔らかいが芯のある唇が、口の中に忍び込み、いたずらにあちこちを味わっている。
その舌を捉えるようにからめとると、体中に快感が走った。
奥に入り込みたい。そう思う強さと同じほどの強さで、リュカを味わいたかった。
唇を離し、リュカの額から頬、あご、のどへと舌をはわせる。
リュカは不満そうなうめき声を漏らす。
喉の奥で笑いながら、両手でリュカの体を味わうようになでる。
頬、首筋、肩、胸、脇腹・・・
リュカの頬には、次第に赤みが差し、うわずった声を上げはじめた。
体中の細胞が息を吹き返したように動き始める。
こんなふうだったか?ずっと、世界は、こんなふうだったか?
長いこと、灰色のまま過ぎてきた時間は、急に花が咲いたようにいきいきと動き出した。
リュカを抱きたい。
なかを感じ、いのちと鼓動を感じたい。
私はうめき声を上げ、リュカを体から引き離した。
「兄さん?」
リュカのささやき声を背に、足に手を伸ばし、ジャックが仕掛けておいた縛めを解いた。
そういえば足かせもはめられていた。これは鍵がなければ・・・
「鍵は?」
「え?」
「足かせの鍵は?」
「あ、ああ」
リュカが震える手で、首から下げていた紐の先につけた足かせの鍵を差し出した。
ガシャリと床に枷が落ちる音と同時に、リュカにのしかかる。
まるで腹を空かせた肉食獣が、獲物に飛びかかるように。
だが、その時の私は、飢えた獣そのものだった。
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