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後日譚〜あれから〜
30 【マティアス】枷
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温かい布が頬に触れ、そっとぬぐっている。
もやが少しずつ晴れてくる。
「うーん」
うめき声とともに息を吐くと、足首にひやりと冷たい感触が触れた。ガシャリと金属が噛み合う音が、意識を呼び覚ます。
はっとあたりを見回すと、気まずそうな笑顔のリュカと目があった。
なぜ、ここに?
二度と会わないはずだったのに。
「リュカ」
ヤスリのように声がざらついている。
「ああ、兄さん」先ほどの気まずそうな笑顔をさっと消し、まるでいつもそうしているかのように口を開く。
「やっと目が覚めたんだね?今度は起きていられる?すごく疲れてたんだね。軽いハーブティーだったんだけど、倒れるように眠っちゃって、2日も寝込んでたんだよ?」
「何だと?」
軽いハーブティー?何のことだ?
だが、身体はここ数年間になかったほど軽い。寝すぎてしまったのか?
勢いよく体を起こすと、じゃらりと鎖の音がして足首が引っ張られた。
足元を見ると、足首を真っ黒な枷が食んでいる。
私に足かせ?
驚いてあたりを見回すと、そこは、リュカを長いこと監禁していた部屋だった。
リュカが公爵家を出てから、一度も足を踏み入れなかった、かつての大公が妻を閉じ込めていた部屋。
大公は、結局妻を縊り殺し、発狂した。監禁しても子を産ませても妻の心を手に入れることができなかったことが、彼を狂わせた。そして、私は自分の中に、同じ狂気の存在を感じていた。
ここは、恐ろしい場所であり・・・懐かしい場所だった。
「急に体を起こしたら、身体がびっくりするんじゃない?俺は逃げないからゆっくりとでいいから」
「何を言ってるんだ。寝過ごしたのか?今日は王太子殿下に同行して閲兵に・・・」
「ベネディクトが、兄さんが病気で寝込んでるって届け出たから問題ないんじゃない?」
「何を?問題だらけだ!」
「そう?むしろ、働きすぎだからしばらく休めって、王太子殿下からお言葉があったみたいだけど」
「王太子殿下が?」
リュカは大きくうなずくと、優しく微笑んだ。
「よく寝てたよ。兄さんの寝顔をこんなにじっくりと見たのは初めてだったから・・・」
「一体何が言いたい?」
「兄さんを愛しているってことかな」
「は?」
「兄さんを愛しているって、信じてもらえるまで言い続けることにした」
「何だと?」
「だって、兄さん、公爵家のものは何でもくれるって、ベネディクトに言ったんでしょ?」
「・・・」
うれしそうに微笑むリュカをみると、言葉が出てこなくなる。だが、リュカが私に与える影響力を侮ることはできない。
「出ていくんじゃないのか?金が必要ならベネディクトが用立てる。ほしいものは何でも持っていけ。さあ、悪ふざけはやめて、足かせを解け」
「悪ふざけじゃないよ、兄さん。意地悪言わないで。今も言ったよ?欲しい物をくれるって」
「ベネディクトに言え」
「うーん」リュカは首をかしげた。「だって、兄さんにしかくれることができないものだから」
「お前な。足かせなど外すのは容易だ。公爵を鎖に繋いで、無傷でいられると思っているのか」
「うん。大丈夫。俺には兄さんがついてるから」
「リュカ」
「だからね」リュカが私にぐっと顔を近づけた。「兄さんの時間をちょうだい。俺が公爵家でほしいのは、それだけ。金はいらないよ」
リュカは、自分の言葉がおかしかったのか笑い出した。
「あ、でもくれるならもらっておこうかな。俺、金のありがたみも今は知ってるんだ」
「十分なだけ金ならやるから、すぐに足かせを解け。仕事に行かなければ」
「うーん。なんか、兄さん、重い病にかかったみたい。だから、療養が必要だよね!」
話が通じない。
「いい加減にしろ」
体を起こすと、身体だけではなく頭もスッキリとしていた。ずっと私をおおっていた憂鬱も一時的かも知れないがなくなっていた。
「まあ、休息は必要だったようだ。お前が私にした無礼は不問にする。さあ、足かせを外せ」
「やっぱり手強いね。でも残念でした。俺はくじけないよ。だって俺、知ってるもん」
「何を」
リュカの顔に大きな笑みが広がった。
「兄さん、俺のことを愛しているんでしょ?俺、やっとわかったんだ」
まさか。気づかれたはずはない。再会してからずっと他人行儀な態度を取り続けたはずだし・・・時折その壁が崩れたことがあったとしても、確信にはほど遠いはずだ。
「・・・いい加減にしろ。私たちの道はとうの昔に分かれた。それは、お前がイネスに手を出したときに分かっていたはずだ」
「違うでしょ。兄さんをほんとうに苦しめたのは、そのことじゃなかったでしょ。今さらやっとわかったよ。まあ、確かに面白くはなかっただろうけど。だから、兄さん説明させて。分かってくれるまで、何度でも話すから。お願い」
「リュカ。お前なにか勘違いしているようだが、私は武人だぞ?素手でお前を殺すことだってできる」
「兄さんは、おっかないなあ」リュカが苦笑した。「今は殺さないでほしいな。俺の話を聞いて納得してくれるまでは待ってくれない?」
「リュカ」
「兄さんは俺を殺せないよ。だって、俺を愛してるから。そして、俺は兄さんを愛してる。説明するから、話をしよう。俺たち、素直に・・・正直に話そう」
もやが少しずつ晴れてくる。
「うーん」
うめき声とともに息を吐くと、足首にひやりと冷たい感触が触れた。ガシャリと金属が噛み合う音が、意識を呼び覚ます。
はっとあたりを見回すと、気まずそうな笑顔のリュカと目があった。
なぜ、ここに?
二度と会わないはずだったのに。
「リュカ」
ヤスリのように声がざらついている。
「ああ、兄さん」先ほどの気まずそうな笑顔をさっと消し、まるでいつもそうしているかのように口を開く。
「やっと目が覚めたんだね?今度は起きていられる?すごく疲れてたんだね。軽いハーブティーだったんだけど、倒れるように眠っちゃって、2日も寝込んでたんだよ?」
「何だと?」
軽いハーブティー?何のことだ?
だが、身体はここ数年間になかったほど軽い。寝すぎてしまったのか?
勢いよく体を起こすと、じゃらりと鎖の音がして足首が引っ張られた。
足元を見ると、足首を真っ黒な枷が食んでいる。
私に足かせ?
驚いてあたりを見回すと、そこは、リュカを長いこと監禁していた部屋だった。
リュカが公爵家を出てから、一度も足を踏み入れなかった、かつての大公が妻を閉じ込めていた部屋。
大公は、結局妻を縊り殺し、発狂した。監禁しても子を産ませても妻の心を手に入れることができなかったことが、彼を狂わせた。そして、私は自分の中に、同じ狂気の存在を感じていた。
ここは、恐ろしい場所であり・・・懐かしい場所だった。
「急に体を起こしたら、身体がびっくりするんじゃない?俺は逃げないからゆっくりとでいいから」
「何を言ってるんだ。寝過ごしたのか?今日は王太子殿下に同行して閲兵に・・・」
「ベネディクトが、兄さんが病気で寝込んでるって届け出たから問題ないんじゃない?」
「何を?問題だらけだ!」
「そう?むしろ、働きすぎだからしばらく休めって、王太子殿下からお言葉があったみたいだけど」
「王太子殿下が?」
リュカは大きくうなずくと、優しく微笑んだ。
「よく寝てたよ。兄さんの寝顔をこんなにじっくりと見たのは初めてだったから・・・」
「一体何が言いたい?」
「兄さんを愛しているってことかな」
「は?」
「兄さんを愛しているって、信じてもらえるまで言い続けることにした」
「何だと?」
「だって、兄さん、公爵家のものは何でもくれるって、ベネディクトに言ったんでしょ?」
「・・・」
うれしそうに微笑むリュカをみると、言葉が出てこなくなる。だが、リュカが私に与える影響力を侮ることはできない。
「出ていくんじゃないのか?金が必要ならベネディクトが用立てる。ほしいものは何でも持っていけ。さあ、悪ふざけはやめて、足かせを解け」
「悪ふざけじゃないよ、兄さん。意地悪言わないで。今も言ったよ?欲しい物をくれるって」
「ベネディクトに言え」
「うーん」リュカは首をかしげた。「だって、兄さんにしかくれることができないものだから」
「お前な。足かせなど外すのは容易だ。公爵を鎖に繋いで、無傷でいられると思っているのか」
「うん。大丈夫。俺には兄さんがついてるから」
「リュカ」
「だからね」リュカが私にぐっと顔を近づけた。「兄さんの時間をちょうだい。俺が公爵家でほしいのは、それだけ。金はいらないよ」
リュカは、自分の言葉がおかしかったのか笑い出した。
「あ、でもくれるならもらっておこうかな。俺、金のありがたみも今は知ってるんだ」
「十分なだけ金ならやるから、すぐに足かせを解け。仕事に行かなければ」
「うーん。なんか、兄さん、重い病にかかったみたい。だから、療養が必要だよね!」
話が通じない。
「いい加減にしろ」
体を起こすと、身体だけではなく頭もスッキリとしていた。ずっと私をおおっていた憂鬱も一時的かも知れないがなくなっていた。
「まあ、休息は必要だったようだ。お前が私にした無礼は不問にする。さあ、足かせを外せ」
「やっぱり手強いね。でも残念でした。俺はくじけないよ。だって俺、知ってるもん」
「何を」
リュカの顔に大きな笑みが広がった。
「兄さん、俺のことを愛しているんでしょ?俺、やっとわかったんだ」
まさか。気づかれたはずはない。再会してからずっと他人行儀な態度を取り続けたはずだし・・・時折その壁が崩れたことがあったとしても、確信にはほど遠いはずだ。
「・・・いい加減にしろ。私たちの道はとうの昔に分かれた。それは、お前がイネスに手を出したときに分かっていたはずだ」
「違うでしょ。兄さんをほんとうに苦しめたのは、そのことじゃなかったでしょ。今さらやっとわかったよ。まあ、確かに面白くはなかっただろうけど。だから、兄さん説明させて。分かってくれるまで、何度でも話すから。お願い」
「リュカ。お前なにか勘違いしているようだが、私は武人だぞ?素手でお前を殺すことだってできる」
「兄さんは、おっかないなあ」リュカが苦笑した。「今は殺さないでほしいな。俺の話を聞いて納得してくれるまでは待ってくれない?」
「リュカ」
「兄さんは俺を殺せないよ。だって、俺を愛してるから。そして、俺は兄さんを愛してる。説明するから、話をしよう。俺たち、素直に・・・正直に話そう」
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