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後日譚〜あれから〜

28 【リュカ】雨が、降る。

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なんとか引き出しを開けなくちゃいけない。
絶対ここだと確信があった。

あの時の兄さんの態度。
もし、兄さんの気持ちが変わっていないのなら、絶対にここに入っているはず。
鍵がかかっている事実が、俺に確信を与えた。

机の上にあるペーパーナイフを手に取ると、自分の手が震えているのがわかる。
心だけじゃない、体中がぶるぶると震えている。
もし、なかったら?俺の勘違いだったら?

怖い。
怖い。
怖い。

でも・・・もう、俺は兄さんを失った。
店もなければ、レオンもいない。
失うものなんて何もない。
そう思うと、すっと心が落ちついた。やるしかない。

豪奢なレリーフが施された銀のペーパーナイフを引き差しに差し入れる。

どうかお願い。
祈るような気持ちでペーパーナイフを差し入れると、ガッチリとしたかんぬきはびくともしない。
頼むから!と勢いよくペーパーナイフを押すと、高価な銀製のペーパーナイフはぽきりと折れた。

(うわ、ごめんなさい)

でも、やめられない。
他に役に立ちそうなものはないかと見回すと、壁に飾られた剣が目に入った。宝石が象嵌された高価な剣が2本、斜め十字に飾られ、その上に短剣が配置されている。
兄さんの短剣なら、質がいいはずだ。きっと硬いだろう。
俺は迷わず短剣を取り出し、もう一度引き出しの隙間に入れた。ガツガツとかんぬきを押し続ける。

(開け、開け、開け)

「開け!!」

自分の大声におどろくと同時に、かちゃりとかんぬきが外れた。

(よしっ!)

小さく拳を握り、よくやったと自分を褒める。
高価なマホガニーが削れたことは、この際無視だ。

でも、怖い。
何もなかったら?
いや、ここまで来たんだから、やるしかない。
胸は震え、息ができない。目の前がぐらぐらとゆがんで見える。

あるかもしれない。だから、開け!

一気に引き出しを引っ張り出すと、そこにあったのは、勲章と印章付きの指輪。
どきん!と大きく胸が鳴る。
勘違い?いや、まだ、ほかにもある。

大きく息を吐き、冷静になるように自分に言い聞かせる。

(この箱は・・・?)

引き出しの奥に隠すように入れられた小さな箱。
黒檀に象牙とベリドットが美しく象嵌された箱。この色合いは、まさか・・・
胸が勢いよく跳ね上がり、期待してしまいそうになる。

落ち着け、俺。
期待するな。
期待するな。
期待するな。

何度も自分に言い聞かせながら、震える指で小さな箱を取り出し、蓋を開けた。

ハンカチに包まれた黒い髪。
子どもが作った不格好な釣り針。
手紙が、二通。

涙がぼろっとこぼれた。
ああ、兄さん、兄さん、兄さん・・・

一通は、あの最後の日に、兄が俺に見せた、俺が子どものときに書いた手紙。黄色く変色し時の流れを感じるが、丁寧に扱われていたらしく、ほとんど昔のままだ。
そして、もう一通は、俺がネルに預けた手紙だった。兄さんにあてたラブレター。
俺の気持ちなんて、お見通しだったってこと?
いや・・・違う。

兄さんの叫びが耳の奥に響き渡った。

『なぜ、あんなひどいことができたんだ!』

まるで、血を流しているような、苦悩に満ちた兄さんの声。
俺の思いを知って無視するとか、そんなレベルの話じゃない。
兄さんは、苦しんでいた。

『むごすぎる』

たった一通の手紙や、一度の告白では解消できないほどの傷を兄さんに与えた。
俺は、相変わらず弱い。簡単にあきらめ、この屋敷から出ていこうとしていた。
兄さんに与えた深い傷を、ほんとうの意味で理解していなかった。

『お前を守るためならどんなことでもした。自分の親でさえ手にかけた』

気づいてた。
兄さんが俺を守るために、何をしていたのか、俺は知っていたはずだ。
それなのに。

『実の弟を愛した私を愚かだと』

ガンガンと耳の奥に血が流れ、汗が吹き出してくる。
俺は、なんてことをしてしまったんだ。

兄さんが戦地で命のやり取りをしている間に、イネスと何年間も手紙のやり取りを続けた。
俺はイネスをたぶらかして兄さんに目が行かないようにしたかった。
でも、俺とイネスが愛し合っていると、思ったんだ。
あまりに俺の思いからかけ離れていたから気づかなかったけど、冷静に考えればそうとらえるのが普通なんだろう。
イヴァンもいつも俺を注意していた。

兄さんの怒りは、裏切られた悲しみの裏返しだ。
だから、裏切り者じゃないという俺の言葉に、過敏なまでに反応していた。
忘れたい辛さを思い出させてしまう言葉だったからだ。

なぜイネスと結婚したのかはわからない。
でも、イネスを愛していたのなら離縁しなかったはずだ。
愛してるのは、イネスじゃない。
そうでしょう?

気がつくと、降り出した雨は勢いを増し、ガラス戸を激しく叩いていた。
ざあっと降り落ちる雨が、まるで兄さんの愛のように思える。



雨が、降る。


静かに時を刻みながら。
包み込むように。

雨はしっとりとした空気に姿を変え、体中を柔らかく包みながら、俺を癒やす。
なくてはならないもの。
兄さん、兄さん、兄さん。

あの頃の俺は、何故、閉じ込められたのか分からなかった。
監禁され、腹立たしく思っていた。
いつも意地ばかりはって、兄さんをばかにするようなことも言った。
きちんと話し合うべきだったのに。

互いを大切に思っていること、愛していることを伝わるまで言い続けるべきだった。
ちっぽけなプライドや過去に囚われて、未来を失うのは愚かなことだ。

答えは目の前にあったのに。
なぜ気づかなかったんだろう。
意地が、嫉妬が、俺の目を見えなくした。

俺は、もしまた会えたら、必ず愛していると伝えたいと思っていたじゃないか。
それがはじまりだったのに。
それこそが、いちばん大切なことだったのに。

あれほど兄さんは愛してくれていたのに。
兄さんの愛を信じることができなかった。
そんなはずはないと思いこんでいたから。

いつだって兄さんは俺を守ってくれた。
自分を捨ててでも、愛してくれていた。
全部、目の前にあったのに。

ルイスを殺したのは、奥様の手先だったからだ。
閣下を殺したのは、俺に暴力を振るったから。あれだけ気を付けろと何度もくり返していたんだ。閣下が俺を見る目に何かを察してたんだろう。
ただ、母を死に追いやったこと、それだけは兄さんは後悔していた。
俺が、兄さんから離れようとしたから。
兄さんは、俺を失いたくなかったんだ。
それは、間違いだ。してはならないことだった。
でも・・・俺も、間違いを犯す。
許したい。
兄さんを許し、俺のことを許してほしい。
そして、新しい未来を迎えたい。

降り出した雨は、速度を上げ、今まで心を曇らせていた意地や嫉妬、そしてコンプレックスを洗い流していく。

兄さん、ごめん。
兄さん、ごめん。
兄さん、ごめん。

愛しているってもっと早く伝えるべきだった。
正直になるべきだった。
愛しているから他の女を抱かないでほしいって、きちんと伝えるべきだった。

どれだけ遊んでも、心の奥が満たされることはなく。
ただ、ほんの一瞬、寂しさをわすれたになっただけ。
やけになっても、自分を傷つけるだけだった。素直にならなければ、失ってしまうのに。

きっと、これは最後のチャンスだ。

俺はずっと、兄さんと兄弟に生まれたことを、どこか恨んでいたように思う。
他人なら良かったのにって。
でも、与えられたものに感謝しよう。

俺は二度と、兄さんを手放さない。
自分から投げ出すことはしない。

今度は、俺の番だ。


*********************

BL大賞期間中、お読みいただいた方、ありがとうございました。
もうちょっと先に進めるはずだったんですが、うまくいきませんでした。
ラストスパートも頑張ったんですけど、終わってません。
でも、もうちょっとです。
このあと、視点が変わります。

そして、私事ですが、じつは大賞最終日の今日、息子が高熱をだしています。
(それで今日の公開も遅れてしまいました)
ちょっと更新が不安定になる予感・・・
このあと、ノンストップでラストまで突っ走る予定ですが、突然更新がとまったらその辺の事情かなと察してください笑!

連載が終わったら、今度こそ作品解説を書く予定です!!

ぜひ、最後までお付き合いください!!
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