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後日譚〜あれから〜

26 【リュカ】リュカの部屋

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俺の一生をかけた決死の告白は、相手にもされず、あっけなく終わった。
もう少し・・・少しは、情があるかと思ってたのに。
かあちゃんへの義理で、俺を助けたって?
・・・

誰にも会いたくない、口も聞きたくない。
ただ、安全な殻の中に閉じこもっていたい。
見えない壁を自分の周りに作ったまま、王都行きの馬車に揺られ、そのまま一週間が過ぎた。

兄さんには、あれ以来会っていない。

王都の屋敷では、聞きたくなくても兄さんの情報が入ってくる。

公爵閣下は、体を苛めるように仕事ばかり。
毎日時間をかけて、領地と王都を行ったり来たりして、ほとんど寝る暇もない。
他の領主は、人を雇って仕事を任せているのに。
本人は優れた領主なのに、後継が育っていない。
もう何年も、まともに眠っていない。
愛妾のミラ様が亡くなってから、もっと酷くなった。
縁談はいくらでもあるが、御本人にその気がなさすぎる。
健康が心配だ。
戦争の英雄だから、超人にちがいない。

兄さんの噂なんか聞きたなかった。でも、たくさんの情報が入ってくると、心配になる。
兄さんだってただの「ひと」なのに。
そんなにたくさんの仕事と責任を抱え込んで、睡眠も食事もとらないって・・・体に良いわけない。
でも、兄さんが俺を嫌ってることがはっきりした今、できることはない。
なんて、無力なんだろう。

「なにかやることないかな」

役立たずの俺でも、せめて、宿代ぐらいの仕事を・・・と思って聞いてみても、屋敷の使用人たちは、笑顔で首を横に振るばかりだった。
ただ飯ぐらいにしては、贅沢な生活すぎる。

朝は執事が湯とリネンを持って起こしに来る。
いつもベッドはふかふかで、シーツはさらさら。
食事も豪華だし、湯はふんだんに使わせてもらえる。

ただ、服だけが、俺のサイズのものがないと申し訳
無さそうに言われた。
公爵邸についてすぐ、仕立て屋を呼んで作らせたが、とりあえずの平服を2着あつらえ、礼服や公爵家にふさわしい服ができるまでにはもう少し時間がかかるとのことだった。

「ベネディクト様に頼まれてますので!」と最高の笑顔を向けられると、何も言えなくなってしまう。
俺は、公爵家にとっても、兄さんにとってもいらない存在で、すぐにいなくなるんですよ。
そう思ったが、勢いに飲まれ、何も言えなかった。

(結構、がんばったんだけどな)

でも、兄さんをあんなに傷つけてしまったことを知ってしまっては、もう、目の前から消えるしかない。
潮時なんだ。
苦く痛い思いとともに、なぜか、心の奥には満足感があった。
あっさり振られた。むしろ憎まれていた。
それがわかっただけでもいい。
馬鹿みたいだと思われただろうけど、後悔はなかった。
何度も心のなかでつぶやき、夢の中で伝え、俺の支えになっていた言葉だけど、もう終わってしまった。
あきらめるべきだ。
でも、つらいなあ・・・

何もしないで部屋に居ると、考え込みすぎてしまうので、散歩にでかけることにした。
この公爵邸には、兄さんとの思い出がいっぱいある。もう二度と来ることはないだろう。
しっかり目に焼き付けておかないと。

(湖にでも行こうかな)

軽装のまま庭をあるきだすと、しばらくして急に雨が降ってきた。
雨宿りをする場所もなく、全身で雨を受け、下着までずぶ濡れだ。

「あー、やられたなー」
俺が苦笑いすると、リネンを持って駆け寄ってきたメイドが、困ったような笑顔を俺に向けた。
「実は、リュカ様のお洋服がまだできておりませんので・・・もう一着は今朝洗ってしまいました。急いで乾かしますので、本当に申し訳ないのですが、シーツにくるまって、お待ちいただいても?」
メイドは俺に叱られると思ったのか、小さくなっている。肩を丸め、叱責に耐えるようなその態度が気の毒になる。俺だって、修行中は何度も怒鳴られたり殴られたりしたから、気持ちはわかる。

「俺の服なら、部屋にあるから気にしないで。多分、処分していなければ、だけど」
「え?」

ぽかんとした顔のメイドを尻目に、かつて自分の部屋として使っていた部屋に向かう。
俺が公爵家に引き取られてからずっと使っていた部屋は、奥様の目につかないように、屋根裏部屋のすぐ下にあった。ほぼ、使用人扱いだ。新しいメイドには使用人部屋にしか見えないから、部屋があると伝えてもまさか、公爵家の次男の部屋だとは思われないだろうし。

「その、かつてお邪魔したときに服を置かせていただいたんだ」

片目をつぶってみせると、メイドは真っ赤になった。
狭い階段を昇り、俺の部屋の前に立つと、過去に戻ったような気分になる。
この家に引き取られてから、本当に色々なことがあった。
奥様に殴られて、何日も寝込んだこともあったし、毒を盛られたこともあった。
でも兄さんがいつも俺を助けてくれた。それができないときは俺のかわりに怒ってくれた。
過去への思いを押し留め、ドアノブに手をかけたが、しっかりと鍵がかかっていた。

「この部屋の鍵をあけて」
あわてて追いかけてきたメイドに言うと、メイドが困ったように口を開いた。
「あの、でも、このお部屋は・・・絶対に開けてはいけないと、厳しく言われております。私も入ったことがありません。旦那様かベネディクト様以外は・・・」
「ベネディクトがいないときは?」
「それは、ハウスメイドのルロア夫人が預かっていらっしゃると聞いていますけど・・・」
「借りてきてくれないかな」俺がにっこりと笑うと、メイドはまばたきをしてまた赤くなった。
「はい、わかりました」

メイドを待つ間、また、過去へと思いはさかのぼる。
よくおっかない奥様から隠れて、この部屋に閉じこもっていたな。
たまに兄さんが遊びに来てくれて、2人でお菓子を食べたりしたっけ。
兄さんの部屋とはぜんぜん違う小さな部屋でくっついていると、ドキドキしながらも安心した。
色鮮やか過ぎる思い出に、泣きそうになる。
早くここを去らなければ。



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