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後日譚〜あれから〜

25 【リュカ】告白、そして。

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書斎に通されると、仕事中だった兄さんは不機嫌そうに顔を上げた。
紫檀の机の両袖には書類が積み上がり、ソファーの近くに置かれたワゴンの上には贅を凝らした食事が置かれているが、手をつけられた様子はなかった。

「なぜここが分かった。ベネディクトか」
俺を見つめる目が、薄青に変わる。兄さんが、癇癪を必死で押さえているのが分かった。
「俺が見つけました。だって簡単でしょ。護衛が2人もドアを守っている部屋なんてここしかないし」
むっとしたように俺を見つめた兄は諦めたように、ひとつ息をついた。
「言いたいことがあるなら言え。望みがあるなら聞こう。叶えられる願いなら聞いてやる」
「ありがとう。じゃ、安心して話せるよ。まず聞きたいんだけど、イネスとは離縁したの?」
「離縁は何年も前に成立している。それがなにか?もしかしてイネスと結婚したいと言いに来たのか」
「そんなこと言ってない。勝手に俺の言葉を深読みしないでよ。しかも、間違ってる」
「ではなにが言いたいんだ」
「兄さんはイネスを愛してるの」
「・・・なにが聞きたい」
「言葉通りだよ。兄さんはイネスを愛してるの?」
「・・・いや」
「そう、良かった」ベネディクトにはあんなことを言ったけど、相当緊張していたらしい。ほっとして膝から崩れそうだ。兄さんがイネスを愛しているって言ったら、どうしようかと心の底では思っていたと、今さら分かる。
「リュカ、一体何がしたいんだ。まだ仕事が残っているんだ。用がないなら・・・」
「用ならある!」

「俺はまだ兄さんに言ってないことがある。今度会えたら、絶対に言おうと思っていたことがある。それを言いに来た」
「恨み言なら聞き飽きた」
「そう・・・でも、俺の恨み言は聞いてないよね。今から言うから。よーく聞いて」
俺は、兄さんの目をじっと見つめた。どうか、受けとめて。
胸が、震える。

「俺は、兄さんを愛してる」
「は?」
「俺は兄さんを愛してるんだよ!」
「なにを・・・」
「俺は、今度会えたら絶対に兄さんに言いたいと思ってた。兄さんに焼菓子を贈ったのも、俺なりの告白のつもりだったんだ。全然通じなかったらしいけどね。何度でも言うよ。俺は兄さんを愛してる!愛してるんだ!!」

半ばやけくそ気味に大声で怒鳴ると、兄さんが立ち上がった。

「何のつもりだ」
「言葉通りだって!なんで深読みして間違えるの!!」
泣きそうだ。
一世一代の告白も、受け止めるどころか、誠意を疑われている。
「お前・・・」兄さんは頭を抱えた。俺だって、兄さんが手放しで喜んでくれるとは思っていなかったけど、でもそんな反応が来るとは、思っていなかった。ちょっと、ショックだ。ひるみそうになるが、頑張って持ちこたえる。
倒れそうな心を、今しか兄さんに会える時がない、という事実だけが支えてくれた。
本当のことを。
俺の心を伝える機会は、もう、二度と来ない。

「兄さん、俺、子供の頃からずっと兄さんを愛してた。兄さんを俺のものにしたくて・・・でも兄さんは俺のものにはなってくれない。だから、間違ったこともした。だけど、何年経ってもやっぱり、俺は兄さんが好きだ。他の誰にも同じ感情を抱いたことがない。これからもずっと愛している。だから、分かって」

兄さんは真っ青になって、右手に残っていたペンを、机に放り投げた。その現実感に、耐えられない、とでも言うように。顔は、痛みをこらえるようにゆがんでいた。

「やめろ。なぜそんなことを・・・」兄さんは大きくあえぎ、胸に手を置いた。
「そこまで、私を憎んでいるのか。イネスと離縁したから?お前が欲しかったイネスと結婚し、子を産ませたから恨んでいるのか。もう十分だ。王都に戻ったらイネスを呼び寄せ、お前と結婚させよう。だからもう、やめてくれ」
「なんで」
「領地ならある。イネスは贅沢な女だ。小さな領地では納得しないだろう。肥沃な領地に優秀な管理人をつけてやる。どうにかしてお前の身分も回復させよう。だから・・・」
「何言ってるの。なぜ通じないの?俺は、兄さんを愛してる・・・」
「やめろ!!もう、やめてくれ!これ以上苦しめるな。何も聞きたくない!」

兄さんは気力を失ったように、椅子に座り込み、髪をかきむしった。

「私が知らないとでも思っているのか。学園でお前がつかっていた部屋は、かつて私もつかっていた。秘密の扉の存在を知っていたのは、お前だけじゃない。私が何を目にしたか、聞きたいのか」

隠し扉に入っていたのは、俺とイネスが交わした手紙。
俺はイネスをたぶらかし、兄さんに気持ちが行かないようにするため、何年も手紙を交わしていた。
兄さんに書いた手紙は焼き捨てたけど、イネスから来た手紙は、結婚を妨害するために残しておいた。それをまさか兄さんに見られていたとは・・・

「あ、あれは違う・・・違うんだ」
「やめろ!言い訳は聞きたくない。何故あんなひどいことができたんだ!」

血を吐くような声で兄さんが叫んだ。

「むごすぎる。私が戦争で命のやり取りをしている間に、私の弟と婚約者が・・・しかも、何年も・・・手紙だけで何通あったんだ?私には一通も手紙をよこさなかったくせに」
「それは・・・」
「何度も期待した。ただの近況を尋ねる手紙だけでもと。配達を担当する兵士が来るたびに尋ねたから、しまいには私の顔を見るたび、申し訳無さそうに謝ってくるようになってしまった。明日死ぬかもしれない、そんな状況で、お前の手紙を待っていた私の気持ちなどわからないだろう。イネスとのやり取りで忙しかっただろうからな!」

バキッと音を立てて、兄さんが目の前にあったペンを二つに折った。
胸で息をして、必死で冷静になろうとしているのがわかる。

「私は、お前を守るためならどんなことでもした。自分の親でさえ手にかけた。それなのに、お前は、私を嘲笑っていたんだろう。実の弟を愛した私を愚かだと」
兄さんの目が真っ赤に染まった。
「自分でもわかっていたさ。あれ程の裏切りを目にしても、お前を思いきれなかった。愚かなことにな」
「兄さん、説明させて」
「聞きたくない」
「俺、間違いは犯したけど、兄さんを裏切ってない」
「出ていけ。お前は裏切り者だ」
「兄さん、お願い、話を聞いて」
「黙れ!」兄さんが手元にあった本を俺に投げつけた。本は俺の肩に当たり、床に落ちた。
「俺、出ていかない。兄さんが俺を愛していないって言うなら、出ていくけど」
「今さら・・・私がお前を愛していると思うのか?馬鹿が。お前を助けたのは、弟だからだ」
「それだけ?」
「アディには義理があるからな。さあ、分かったら出ていけ!殺されないうちにな!」
兄さんの手元から、また本が飛んできた。続けざまに飛んできた本の一冊が俺の額に当たり、血が流れた。
「今すぐ出ていけ!」
部屋を出る俺の背にも本が当たる。

俺の告白は、惨敗だった。
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