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後日譚〜あれから〜
27 【リュカ】昔のまま
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もう、傷も治ったし、服を何枚かみつくろって、公爵邸を出よう。
せっかく貯めていた金貨も、どっかに行っちゃったけど、自分の面倒ぐらいはみられるだろう。
どっかのパン屋に下働きで雇ってもらえるだろうし、ギルドに所属できれば、当座の金が借りられるかも知れないし。
「はぁ、はぁ」
荒い息で我に返った。
太ったハウスメイドのルロア夫人が、ガチャガチャと鍵束を鳴らしながら階段を上がってきていた。
ここまで来ることはめったにないらしく、息をきらしている。
「本当は、はぁ、ベネディクト様がいないと・・・はぁ・・・内緒にしてくださいね。公爵家のゆかりの方だと聞いてますので、特別なんですから」胸を大きく上下させ、汗だくになりながら、鍵穴に鍵を差し込む。
「はは、わかりました。すみません」
ガチャリと鍵が落ちる音がして、扉が開いた。
まるで、時が止まったような、昔と変わらない部屋。
色々な感情が一気にこみ上げてきたが、それを抑えて部屋に入り、クローゼットから何枚か着替えを取り出した。
「ついでに着替えていくから。ちょっと待ってて、濡れたものを持って行ってくれるかな」
「わかりました。鍵は・・・?」
「俺が閉めて、ルロア夫人に届けるよ」
「はい、ありがとうございます」
洗面所で濡れた衣類を脱ぎ捨て、リネンで髪を拭く。そのまま、乾いた衣服に着替えて鏡をのぞき込むと、昔よりもずいぶん成長した俺がこちらを見つめていた。
「髪がぐしゃぐしゃだな」
苦笑しながら、櫛を通す。
そこまでして、俺は初めて気がついた。
今までの全部の動きが、昔のままだってこと。
服も、リネンも、櫛の位置さえ変わっていない。
それどころか、部屋のどこにもチリ一つ落ちていない。
掃除が行き届いているし・・・まるで、部屋の主がまだ使っている部屋みたいだ。
おかしい。ほんとうだったら、ホコリだらけになっていてもおかしくない。
物置にしているかと思っていたのに、俺がいたときのまま・・・
よく見れば、櫛に通っているのは、昔の俺の髪の毛?
どきんと心臓が大きな音を立てて、跳ね上がった。
まさか・・・
「ねえ、君」俺はメイドに話しかけた。「この部屋って、旦那様かベネディクト様しか入れないって言った?」
「はい」
「なんで?だって、こんな屋根裏に近い小さな部屋・・・」
「理由はわかりませんが・・・時折、旦那様がこの部屋でお過ごしになると聞いています。ただ、お静かに座ってらっしゃるそうですが・・・」
心臓が、またどきんと大きな音を立てた。
「へえ、そう・・・そうなんだ」
閣下は、自分が死ぬまで母の家をそのまま残していた。
わざわざ、そのために人まで雇って、髪の毛一筋さえ、そのままに残させていた。
その理由は・・・
鼓動は早鐘のように大きくなっていく。
どきんどきんと大きな音が耳の奥で鳴り響き、目の前がぐらぐらと揺れる。
期待と喜びが湧き上がり、理性が必死でそれを押さえつけようとした。
期待するな、期待するな、期待するな。
でも、無理だ。
「悪いね!鍵はルロワ夫人に返しておいて!」
俺は部屋から飛び出した。
兄さん、ねえ、兄さん。なぜ部屋を元のとおりに残しておいたの?
ねえ、なんで?
俺が憎いなら、あんな部屋潰しちゃえばよかったじゃないか。
服だって長持に放り込んでおけばいいのに。
まるで、部屋の持ち主がまだ居るみたいな、そんな環境にしておいたのはなぜ?
階段を勢いよく駆け下り、兄の書斎に向かう。
最後に会った時のことを思い出すと、心がぎゅっと縮こまる。
でも、迷っちゃだめだ。
兄さんの書斎に入ろうとすると、使用人に止められた。
「書斎に入れてくれ!どうしても入らなきゃいけない用事があるんだ・・・公爵閣下のご命令だぞ!」
多少の嘘は仕方ない。
顔をひきつらせ俺を通した使用人を押しのけて書斎に入ると、窓の外では、また雨が降り出した。
兄さんはあのとき、なんて言った?
『戦地にいるときも一通も手紙をもらえなかったのでね』
そりゃ、イネスとあんなにたくさん手紙のやり取りをしてたって知ったら、腹が立つよな?
『これしかないんだ・・・お前からもらったものは』
一番上の引き出しから取り出された、しみ一つない手紙。
俺が書いた、唯一の、兄さんに渡った手紙。
もし、まだ持っていてくれたら・・・
俺は兄さんの机の一番上の引き出しに手を掛けたが、鍵がかかっていて、取り出すことができない。
『わたしなりに大切にしていたんだよ』
どうしても、見たい。いま見ないと、だめだ。
もし、手紙が残っていたら。
ねえ、兄さん。そういうことでしょう?
兄さんが、俺を愛してるってことでしょう?
兄弟ってだけじゃなく、俺が愛しているのと同じ意味で、愛してくれているって考えて、いいんでしょう?
ねえ、兄さん、教えて。
答えを、教えてくれよ。
せっかく貯めていた金貨も、どっかに行っちゃったけど、自分の面倒ぐらいはみられるだろう。
どっかのパン屋に下働きで雇ってもらえるだろうし、ギルドに所属できれば、当座の金が借りられるかも知れないし。
「はぁ、はぁ」
荒い息で我に返った。
太ったハウスメイドのルロア夫人が、ガチャガチャと鍵束を鳴らしながら階段を上がってきていた。
ここまで来ることはめったにないらしく、息をきらしている。
「本当は、はぁ、ベネディクト様がいないと・・・はぁ・・・内緒にしてくださいね。公爵家のゆかりの方だと聞いてますので、特別なんですから」胸を大きく上下させ、汗だくになりながら、鍵穴に鍵を差し込む。
「はは、わかりました。すみません」
ガチャリと鍵が落ちる音がして、扉が開いた。
まるで、時が止まったような、昔と変わらない部屋。
色々な感情が一気にこみ上げてきたが、それを抑えて部屋に入り、クローゼットから何枚か着替えを取り出した。
「ついでに着替えていくから。ちょっと待ってて、濡れたものを持って行ってくれるかな」
「わかりました。鍵は・・・?」
「俺が閉めて、ルロア夫人に届けるよ」
「はい、ありがとうございます」
洗面所で濡れた衣類を脱ぎ捨て、リネンで髪を拭く。そのまま、乾いた衣服に着替えて鏡をのぞき込むと、昔よりもずいぶん成長した俺がこちらを見つめていた。
「髪がぐしゃぐしゃだな」
苦笑しながら、櫛を通す。
そこまでして、俺は初めて気がついた。
今までの全部の動きが、昔のままだってこと。
服も、リネンも、櫛の位置さえ変わっていない。
それどころか、部屋のどこにもチリ一つ落ちていない。
掃除が行き届いているし・・・まるで、部屋の主がまだ使っている部屋みたいだ。
おかしい。ほんとうだったら、ホコリだらけになっていてもおかしくない。
物置にしているかと思っていたのに、俺がいたときのまま・・・
よく見れば、櫛に通っているのは、昔の俺の髪の毛?
どきんと心臓が大きな音を立てて、跳ね上がった。
まさか・・・
「ねえ、君」俺はメイドに話しかけた。「この部屋って、旦那様かベネディクト様しか入れないって言った?」
「はい」
「なんで?だって、こんな屋根裏に近い小さな部屋・・・」
「理由はわかりませんが・・・時折、旦那様がこの部屋でお過ごしになると聞いています。ただ、お静かに座ってらっしゃるそうですが・・・」
心臓が、またどきんと大きな音を立てた。
「へえ、そう・・・そうなんだ」
閣下は、自分が死ぬまで母の家をそのまま残していた。
わざわざ、そのために人まで雇って、髪の毛一筋さえ、そのままに残させていた。
その理由は・・・
鼓動は早鐘のように大きくなっていく。
どきんどきんと大きな音が耳の奥で鳴り響き、目の前がぐらぐらと揺れる。
期待と喜びが湧き上がり、理性が必死でそれを押さえつけようとした。
期待するな、期待するな、期待するな。
でも、無理だ。
「悪いね!鍵はルロワ夫人に返しておいて!」
俺は部屋から飛び出した。
兄さん、ねえ、兄さん。なぜ部屋を元のとおりに残しておいたの?
ねえ、なんで?
俺が憎いなら、あんな部屋潰しちゃえばよかったじゃないか。
服だって長持に放り込んでおけばいいのに。
まるで、部屋の持ち主がまだ居るみたいな、そんな環境にしておいたのはなぜ?
階段を勢いよく駆け下り、兄の書斎に向かう。
最後に会った時のことを思い出すと、心がぎゅっと縮こまる。
でも、迷っちゃだめだ。
兄さんの書斎に入ろうとすると、使用人に止められた。
「書斎に入れてくれ!どうしても入らなきゃいけない用事があるんだ・・・公爵閣下のご命令だぞ!」
多少の嘘は仕方ない。
顔をひきつらせ俺を通した使用人を押しのけて書斎に入ると、窓の外では、また雨が降り出した。
兄さんはあのとき、なんて言った?
『戦地にいるときも一通も手紙をもらえなかったのでね』
そりゃ、イネスとあんなにたくさん手紙のやり取りをしてたって知ったら、腹が立つよな?
『これしかないんだ・・・お前からもらったものは』
一番上の引き出しから取り出された、しみ一つない手紙。
俺が書いた、唯一の、兄さんに渡った手紙。
もし、まだ持っていてくれたら・・・
俺は兄さんの机の一番上の引き出しに手を掛けたが、鍵がかかっていて、取り出すことができない。
『わたしなりに大切にしていたんだよ』
どうしても、見たい。いま見ないと、だめだ。
もし、手紙が残っていたら。
ねえ、兄さん。そういうことでしょう?
兄さんが、俺を愛してるってことでしょう?
兄弟ってだけじゃなく、俺が愛しているのと同じ意味で、愛してくれているって考えて、いいんでしょう?
ねえ、兄さん、教えて。
答えを、教えてくれよ。
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