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後日譚〜あれから〜

32 【マティアス】緩慢なる死と過去

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大きく心臓が鳴った。

自分を罰する必要などない。そう何度も自分に言い聞かせた。
だが、どうしても、罪が追いかけてくる。

「兄さんは自分に何をしているのか、分かってるの?そうして、自分を粗末にして、寿命を縮めようとしているんでしょ。自分の命を大切にしていない」
「うるさい」
私はリュカをにらみつけたが、リュカはまなじりを上げた。

「兄さん、頼むから、まともな生活をして。領主の仕事だって、もっと人に任せてよ。軍の仕事と宰相様の補佐までして、いつ寝るつもりなの。最初から分かってるでしょ。それはできないことだって。兄さんは大切な人なんだよ。兄さんがいなくなれば困る人はたくさんいる。もっと自分を大切にして」
「・・・」

父母を死に追いやったことは悔やんでいない。
あの2人を生かしておいたら、リュカがのんきにパン屋を営むことなど到底できなかった。
母が生きていれば、リュカが生き延びられたかさえわからないし、父はリュカを精神的に殺しただろう。
生かしてはおけない。
だが、ひとつだけ、後悔があるとしたら、アディを死に追いやったことだ。
アディには何一つ罪はなかった。
そして、その死は私とリュカの間に決定的な楔を打ち込んだ。
人の生死にかかることだ。無理はない。

だが、最愛のリュカを手放す、という犠牲を捧げても、罪が許されることはなかった。
ミラと我が子の死。
どれほど、領地を豊かにし、領民の生活に気を配ろうと、許される日は来ないのかもしれない。

リュカがひざまずいた。

「お願い。聞いて。俺は兄さんを愛している。ほんとうだよ。ずっと離れていた間も思い出さなかった日はない。俺が兄さんを苦しめたってもっと早く分かっていたら・・・もっと違う結果になったのかもしれないけど。でも、過去を悔やむより未来に生きたいんだ。ねえ、兄さん」

リュカが私の手に両手を重ねた。温かい体温が心を溶かす。だが・・・
手を放すべきだ。そう思っても、手を振り払うことはできなかった。

「ね?食事にしようか」リュカはわざと明るい声を上げ、かちゃかちゃと食器の音を立てながら準備をした。

口元にスプーンを寄せられ、スープを飲まされる。

「赤ちゃんみたいだね」

そう笑うリュカを遠くに感じる。
私は一体、お前をどうしたらいいんだろう。

「知ってるよ」リュカがつぶやいた。
「本気になれば、俺の意識を失わせることも、殺すことだってできるって。でも、もう少し待って。頼むから時間をちょうだい。それが俺の欲しい物だよ」

食事が終わると、リュカがベッドの横に並んで座った。

「きちんと食べたね」
「・・・」
「なんか、変な感じだね。こんなふうに兄さんと並んで座ったことなんてあったかな?この部屋にいたときは、いつも、戦っていたような気がする。そうじゃないときは、ヤッてたか」
自嘲気味な笑い声が響いた。

「・・・」
「ご機嫌斜めなのかな?じゃあ、俺の言いたいことだけ言っちゃおうかな?兄さん、愛しているよ。俺のこと信じてほしい。本気で言ってるんだよ?」

リュカの息が私の頬にかかった。
温かい感触と、懐かしさにどきりとする。

「勝手に話すよ。俺、ずっと子供の頃から兄さんのことが好きだった。多分、初めてこの屋敷に来たときから。俺には兄さんしかいなかった。それは信じてくれるかな?」

まあ、幼い頃は、そうだったかもしれない。
いつから私たちの関係は狂ってしまったんだろうか。どうして、取り返しがつかなくなってしまったんだろう。

「で、俺は兄さんを誰にもとられたくなかったし、ましてやイネスみたいな女と結婚させたくなかった。だって、あいつ、初めてあったときから俺に粉をかけてきてたんだ。俺があいつを好きだって勘違いしていたみたいだけど、俺は兄さんをとられないようにするために、その思い込みを利用したんだ」

リュカがごくりとつばを飲み込んだ。

「俺、それほど深く考えていなかった。ただ、兄さんをとられたくない一心で、イネスをたらしこんでやろうと思ったんだ。で、あいつの好きそうな言葉を書いて手紙を出した。簡単だったよ」

乾いた笑いが漏れる。

「ロマンス小説の主人公がいいそうなセリフとか?俺たちの関係が禁断の恋だとか、適当に話を盛れば、あいつはどんどん盛り上がっていった。公爵夫人になることはあきらめて、婚約を辞退してくれるんじゃないかと期待してたんだ。時間はかかったよ。ずいぶん長いことやりとりした。あいつからも酔っ払ったような手紙をたくさんもらったよ。俺は、それを好都合だと思ってたんだ。だって、兄さんと結婚したいといい出したら、その手紙を突きつければやめさせられると思ったんだ。そして、あいつは自分のことが欲しくて、俺がそういう振る舞いをするって思い込んでるって分かってたから」

大きなため息がひとつ。「クズだよな。分かってる。でも俺、どうしても兄さんをとられたくなかった」

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