上 下
229 / 279
後日譚〜あれから〜

1 【リュカ】あれから

しおりを挟む
ドアベルが大きく、まるで教会の鐘の音のように鳴り響く。
大音響は狭い売り場から俺がいる厨房までいきおいよく流れ込み、俺はそれを合図に売り場に駆けこんだ。

「いらっしゃいませ!!」
大声であいさつすると、何事かと目を丸くした常連のトリーとレオンがぽかんと口を開けた。

「あ、ああ、こんにちは。元気いいわね」

トリーは近所に住む騎士の奥さんで、先週、孫が生まれたとうれしそうに話していたばかりだ。
驚きながらも優しく微笑んでくれるトリーを必要以上の熱をこめて迎えてしまったと、照れくさくなる。

「いや、その。お孫さんの様子はどうなか・・・と」
「まあ!覚えていてくれたのね!」
「もちろんですよ。アメリアの様子はどうですか?」
「そう!それでいま相談しようと思ったところだったのよ!」

アメリアは、トリーの先週孫を産んだばかりの娘だ。
水を向けると、トリーの頭は生まれたばかりの孫と娘のことでまた一杯になった。

「それがね、赤ん坊を産んでからアメリアの体調が戻らなくて・・・普通だったらとっくに元気になってもいいころなのに、全然食欲もなくて・・・お乳もでなくて困ってるのよ。しかたがないから、お姑さんが近所でもらい乳をしてくれてるんだけど、いつまでもってわけにはいかないし・・・それで、こんな時だから白いパンを差し入れたらどうかと思ってね」
「白いパン?」
「贅沢すぎるかしら?でも、こんな時だからいいでしょう?」
「そ、そうですね。体調が悪いときには食べられるものを食べないと・・・」
「そうなのよ。だから、白いパンをいただけない?」

トリーは我が意を得たりとほっとしたように笑う。
でも、俺は困り果てて頭をさげた。

「すみません、白いパンを焼くための粉はあまり量がないんです。ほら、俺たちはたいてい黒いパンを食べているでしょう?お祭りのときにしか白いパンは食べないから、もともと街の粉屋はそんなに白い粉をひかないし・・・」

それに、もう今月は2回も追加で引いてもらって嫌な顔をされたばかりだ。

「えっ?材料がないってこと?」
「そうなんです。すみません。」俺はもう一度頭を下げた。「少し時間をもらって、ギルドから白いパンの材料を回してもらえないか、聞いてみることもできますけど・・・でも、お急ぎなら他のパン屋に当たってもらったほうがいいかもしれません」
「・・・そう。それじゃ仕方がないわね」トリーはため息をついた。「他を当たってみるわ。娘はここのパンが好きだから・・・と思ったけど」
「本当に申し訳ないです」
「いいわ。気にしないで」

トリーはにこりともせずに手を降ると、店から出ていった。
ドアベルがちりんちりんとむなしく音を立てた。

「アメリア、大丈夫かな」レオンがポツリとつぶやいた。
「・・・うん」

俺は小さな声で返事をすると、そのまま厨房に戻り、濡れ布巾を剥がし、パン種を優しくさすった。あれだけあわてて出ていったのに、パン種に乾燥防止の濡れた布巾をかけることは忘れなかったらしい。

(俺、パン屋なのに・・・産後の肥立ちが悪いお客さんに特別なパンを用意することができないなんて・・・なにかできることはないかな。せめて・・・)

俺は引き出しの中から焼菓子を引っ張り出した。
以前、ナッツを使わないサクサククッキーをつくるためにレオンに試食させてから、すっかりお気に入りになった焼き菓子のストックならたくさん作ってあった。それをきれいな布に包むと厨房を飛び出した。走れば、まだトリーに追いつけるかもしれない。街にはあと2~3軒のパン屋があるが、一番近い店だろうと当たりをつけると、すぐにトリーの丸い背中が見えた。

「トリー!」
「リュカ?どうしたの?」

驚いた顔のトリーの手元に焼菓子の包みを押し付ける。

「これ・・・アメリアに。日持ちがする菓子なので、なんかの足しにはなるんじゃないかと。良ければ、俺からのお見舞いです」
「まあ、リュカ」
「今日はご要望にこたえられなくてすみませんでした。アメリアが元気になることを俺も祈っておきます」
「ありがとう、リュカ。さっきは嫌な態度を取ってごめんなさいね」トリーの顔がくしゃりとゆがんだ。「娘が心配で・・・」
「嫌な態度なんて取ってませんよ。俺の方こそ、役に立てなくてすみません。白いパンを買ってくれるお客さんがいてね。俺の分は使い切っちゃったんで・・・本当にすみませんでした」
「いいのよ。ありがとう。きっとあんたの焼き菓子ならアメリアもよろこぶに違いないわ。ありがとね」

互いに笑顔で別れ、少しだけ心が軽くなったが、まだ問題は残っていた。

(もう、白いパンを焼ける粉がないんだよな・・・どうしよう)

俺はとぼとぼと厨房に戻り、またパン種をこねはじめた。
窓から外をながめると、どんよりとした雲が空をおおっていた。まるで、俺のきもちみたいに。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獣の幸福

嘉野六鴉
BL
異能を持つ一族に生まれた欠陥品の青年・キオは、王族の中でも立場の弱い第五王子・フレンの護衛として、この一年間仕えている。 今では互いを深く信頼し合っている主従の穏やかな毎日は、平和そのものだった。 自分を必要としてくれる少年に依存しかけていることを自覚しながらも、この日々がいつまでも続くことをキオは密かに願っていたが、ある日を境にフレンの様子が変わってしまう。 どうやら、キオが一族の当主にして自らの異母兄であるジルヴェストと、定期的に肉体関係を持っていることを感づかれてしまったらしく――。 愛されたい気持ちの強い不憫系な青年主人公(美人だが多少口が悪い)を巡る、鬼才年下王子(最初はワンコ系)と最強異母兄(無愛想クール)の国を巻き込んだ執着愛ファンタジーの予定です。 ※R18はサブタイトルに*マーク有(残酷描写は予告なし) ※シリアス寄り、(異母)兄×弟、3P(予定では終盤)にご注意 ※ムーンライトノベルズ様でも掲載中です

運命の選択が見えるのですが、どちらを選べば幸せになれますか? ~私の人生はバッドエンド率99.99%らしいです~

日之影ソラ
恋愛
第六王女として生を受けたアイリスには運命の選択肢が見える。選んだ選択肢で未来が大きく変わり、最悪の場合は死へ繋がってしまうのだが……彼女は何度も選択を間違え、死んではやり直してを繰り返していた。 女神様曰く、彼女の先祖が大罪を犯したせいで末代まで呪われてしまっているらしい。その呪いによって彼女の未来は、99.99%がバッドエンドに設定されていた。 婚約破棄、暗殺、病気、仲たがい。 あらゆる不幸が彼女を襲う。 果たしてアイリスは幸福な未来にたどり着けるのか? 選択肢を見る力を駆使して運命を切り開け!

転生したらいろんな意味で兄に可愛がられています~ヴァルハラで死合いましょう~

夢咲まゆ
BL
 ヴァルハラに集められたオーディンの眷属ーーエインヘリヤル。不老不死の彼らは、「死合い」という命懸けの戦闘を行い、自らの能力を高め合っていた。  新人戦士・アクセルは、憧れの兄・フレインに追いつくべく、必死に戦士ランキングを上げていく。  何度死んでも変わらない兄への恋慕。もっと自分を見て欲しい。いつか本気で「死合い」たい。  アクセルの想いは、果たしてフレインに届くのか……? ◎美麗表紙イラスト:ずーちゃ(@zuchaBC) ※北欧神話のヴァルハラを舞台にしています。 ※戦闘シーンの練習のために始めたので、流血が多めです。苦手な人はご注意!(流血シーンには※をつけてあります) ※あくまで創作なので、ガチの「北欧神話」ではありません。設定を都合よく解釈してる部分も多々あり。 ※細かいことは抜きに、純粋に創作として楽しんでくだされば幸いです。 ※こちらに転載するに際して、タイトルを少し変えました。

【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール
ホラー
愛しています愛しています 私はあなたを愛しています 恨みます呪います憎みます 私は あなたを 許さない

BLゲームのメンヘラオメガ令息に転生したら腹黒ドS王子に激重感情を向けられています

松原硝子
BL
小学校の給食調理員として働くアラサーの独身男、吉田有司。考案したメニューはどんな子どもの好き嫌いもなくしてしまうと評判の敏腕調理員だった。そんな彼の趣味は18禁BLのゲーム実況をすること。だがある日ユーツーブのチャンネルが垢バンされてしまい、泥酔した挙げ句に歩道橋から落下してしまう。 目が覚めた有司は死ぬ前に最後にクリアしたオメガバースの18禁BLゲーム『アルティメットラバー』の世界だという事に気がつく。 しかも、有司はゲームきっての悪役、攻略対象では一番人気の美形アルファ、ジェラルド王子の婚約者であるメンヘラオメガのユージン・ジェニングスに転生していた。 気に入らないことがあると自殺未遂を繰り返す彼は、ジェラルドにも嫌われている上に、ゲームのラストで主人公に壮絶な嫌がらせをしていたことがばれ、婚約破棄された上に島流しにされてしまうのだ。 だが転生時の年齢は14歳。断罪されるのは23歳のはず。せっかく大富豪の次男に転生したのに、断罪されるなんて絶対に嫌だ! 今度こそ好きに生ききりたい! 用意周到に婚約破棄の準備を進めるユージン。ジェラルド王子も婚約破棄に乗り気で、二人は着々と来るべき日に向けて準備を進めているはずだった。 だが、ジェラルド王子は突然、婚約破棄はしないでこのまま結婚すると言い出す。 王弟の息子であるウォルターや義弟のエドワードを巻き込んで、ユージンの人生を賭けた運命のとの戦いが始まる――!? 腹黒、執着強め美形王子(銀髪25歳)×前世は敏腕給食調理員だった恋愛至上主義のメンヘラ悪役令息(金髪23歳)のBL(の予定)です。

本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~

日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。 そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。 ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。 身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。 様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。 何があっても関係ありません! 私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます! 『本物の恋、見つけました』の続編です。 二章から読んでも楽しめるようになっています。

【完結】10引き裂かれた公爵令息への愛は永遠に、、、

華蓮
恋愛
ムールナイト公爵家のカンナとカウジライト公爵家のマロンは愛し合ってた。 小さい頃から気が合い、早いうちに婚約者になった。

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

処理中です...