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後日譚〜あれから〜

3 【マティアス】7年後

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人の気配を感じたと同時に、ドレープが引かれ、朝方の青い光が目を刺した。
大きく開けられた窓からは新鮮な空気と鳥の鳴き声が流れ込んでくる。
いつの間にか、書斎のソファーで眠りこんでしまっていたらしい。
肩と首の軽い痛みと疲れの取れきらない体が重い。
ほんの少し、横になろうと思っただけなのに。
床には、読んでいたはずの書類が散らばっていた。

「おはようございます。旦那様」
うやうやしいベネディクトの声にぼんやりと目を開ける。
(また、あさが来た)

いつからかはっきりと覚えていないが、新しい朝の気配を感じて心が浮き立つことはもうなくなっていた。
昨日と同じ、単調だが忙しい灰色の一日に過ぎない。
重い責任と多すぎる仕事。
ただ私が生まれながらに定められた運命を粛々とたどるだけの日々。

(まあ、子供だけは着実に成長するものだがな。このまま、こうして少しずつ老いていくのだろう)

はっきりしない思考を繰り返しながら、洗顔し、ベネディクトが差し出すリネンを受け取った。
私がろくに眠らなくなってから、ベネディクトは朝の世話係の仕事を自分でするようになっている。もう数年・・・そう、あれからだ。
今日も、いつものようにいそいそと洗面鉢に少しぬるめの水を満たしながら、私の体調を確認している。
心配と少しばかりの非難が混じった視線に、思わず言い訳が口をついた。

「ほんの少しのはずだったんだが、いつの間にか、眠ってしまっていたようだ」

そう言いながら、髪を整えるふりをして、頭皮を指圧するように押す。

「旦那様・・・またそのようなことを・・・ほぼ毎晩ではございませんか。お体を壊してしまいます」
「眠るつもりはなかったのだ」
「せめてベッドでお休みください。書斎の簡易なベッドでも、このソファーよりはましでございます。」
「朝から小言はよい。水を」

一杯の水を差し出され、ごくごくと飲み干すと、だいぶ目が覚めてきた。
ここ数年は疲労のため朝一番の紅茶は身体が受け付けなくなっていた。
ベネディクトの言うことはもっともだ。
この前寝室で眠ったのがいつだか思い出せない。
ただ、どうせ独り寝ならばと楽な方に流れてしまっているのは事実だ。

一人の寝室が嫌なわけじゃない。
相手がほしければ目くばせひとつで、どんな相手でも送り込まれてくるだろう。
だが、一瞬の肉欲の解消のために誰かと関わり合うのはごめんだった。
高級娼婦ならばお相手がかなうのでは?と一度送り込まれて来たこともあった。だが、延長分の料金もはらうと告げるとよろこんで帰ってくれた。
むしろ疲れるだけだった。

すでにイネスとは離縁が成立している。しばらくは新しい相手を娶るようにとうるさく督促されていたが、すでに後継者は確保していたため、のらりくらりと交わしているうちに、縁談も来なくなった。

リュカを失ったあと、関わりを持ったのはミラだけだ。
約束したとおり私はミラを裏切らず、ミラも子を3人も身ごもってくれた。
だが、イネスとの離縁が成立した翌年、腹にいた子供とともにあっけなく亡くなってしまった。

転ぶはずはない場所だった。ただの平らな通路を歩いていただけだったのに。
侍女もついていたし、誰もが気を配っていた。それでも、ミラは死んでしまった。

健康な妊娠生活のためにと、毎日日課にしていた庭の散歩の途中、にわか雨にあった。
腹の子になにかあってはいけないと慌てたのかもしれない。戻る途中の道で転び、まだ生まれてくるまでには3月もあったのに突然産気づいた。

知らせを受け、急いで駆けつけたとき、屋敷は恐ろしいほどの静けさに包まれていた。
息苦しいほどの重い空気のなか私を迎えたのは、真っ青な顔をした医師と産婆で、突然のことでなすすべがなかったと、地べたに額を擦りつけて謝った。

呆然とした私の胸に生きられなかった赤子が預けられたが、3人目の子はあまりにも・・・小さかった。

「姫君でした」
真っ白なリネンにくるまれた小さな小さな赤子は現実のものとは思えないほど軽かった。

「ミラ?」
ベッドの上にいるミラに声をかけても返ってこない。
リュカを失ってから、いつしか親しい友人のようになった私の愛人は、まるで眠っているようにしか見えない。

2人の死顔を見て、はっきりとわかった。

(ミラと子が、私の罰をかぶったのだ)

いまだ、アディの亡霊からは逃れられない。
妊婦のみならず子供までも亡霊に奪い去られてしまった。

(殺すのなら、私を殺せばいいものを・・・)




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