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第四幕〜終わりの始まり〜
208 【マティアス】弱点
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「何の話かな。私が男色などと・・・」
急な息苦しさに襲われたが、幼い頃から培った鉄の自制心で表情には出さなかった。まるで天気の話をしているようにしか見えないはずだ。
「そうね。にわかには信じられないかもしれない。私だってこの目で見ていなければ、信じなかったでしょうよ」
「まあ、それに、万一私が男色だとしても?何の問題がある?すでに跡取りはいる。役目は果たした」
「・・・そう。開き直るのね」イネスは私をにらみつけた。「汚らわしい・・・男色家。自分の欲を満たすために私からリュカを奪ったのね。なんてきたならしい・・・」
「婚約中に他の男と寝たお前に言われたくないね」
「なんですって」
「少なくとも、婚約中はほかの誰とも寝なかった。軍に娼婦が訪問したときも、私は留守番を担当していたよ。皆が知っている話だ。非難されるのはどちらかな?」
「まあ!」イネスは歯噛みした。「じゃあ、私のせいだって言うの!?」
「さあな」
私は立ち上がり、イネスに退出を促した。
「この後も仕事があるのでね。君は保養所に行くのだろう?荷造りがあるんじゃないのか?」
「もちろん出ていくわ!あなたとなんてもう一日たりとも同じ屋根の下で過ごしたくない。でも、ひとりでは出ていかないわ!」
「なんだと!息子は置いていくと言っただろう!」
「息子なんていらない!あなたにそっくりな息子なんて、けがらわしい!顔も見たくないわ!」
では、誰と?私が眉をひそめると、イネスがほくそ笑むように笑った。
「マティアス、あなた体調は大丈夫なの?」
「体調?」先程から息が苦しい。だが、それは、イネスにリュカとのセックスを見られたから・・・
「あなた、強すぎるのよ。だから、こういう手を使うしかなかった」
「ぐはっ!!」
喉を真綿でしめつけられるようなこの感覚。
喉元からヒューヒューと音が漏れた。耳の奥がかきむしりたくなるほど痛痒い。
全身にかゆみが広がり、何が起こっているのか自覚した。
「お前・・・」私はイネスをにらみつけたが、自分でもそれは弱々しく、女であるイネスにすら敵わないほどのちからしか出せないとわかっていた。
「リュカを返して!リュカを返してくれないと、どうなるか分からないわよ!」
「は・・・はぁ・・・」息が出来ない。藁のように細くなった喉からかろうじて酸素を取り込み、なんとか呼吸が出来ている状態だ。「な・・・なにに・・・」
「デセールの添え物の焼菓子にも、コーヒーにも、焼菓子にも全部よ!少しずつ混ぜてやった!気づかなかったでしょう?あなたの弱点が、小さなナッツだなんて笑っちゃう!鋼鉄みたいに強いあなたの弱点が、ナッツだなんてね!!」
イネスの高笑いが遠くに聞こえる。耳も聞こえづらくなってきたらしい。
私はフラフラと洗面所に向かい、喉の奥に指を突っ込んだ。
イネスの話によれば、今食べたばかりだ。であれば・・・
朦朧とした頭で上手く判断が出来ない。だが、このままでは命に関わるとわかっていた。息苦しさはつのり、喉の奥で息が逆流する。
「リュカはどこ?」
後ろでイネスが叫んでいる。だが、別の世界の出来事のように、モヤがかかっていた。
「リュカ・・・リュカは・・・」
リュカの居場所は誰も知らない。だが、死んでもイネスには教えるものか。
私は自分の胃を殴りつけた。一度ではただ痛いだけだった。二度、三度と繰り返し、ようやくドロドロとした胃の内容物が身体から出た。
でも、まだ苦しい。
「ベネディクトを呼べ・・・ジャック・・・」
弱々しい私の声を聞き取ったのか、勢いよく書斎の扉が開いた。
「中佐!!」ジャックが私に駆け寄った。「どうなさったのです!中佐!何があったのです!」
私の喉からはヒューヒューと音がもれるばかりで、話すことすらできなくなっていた。
震える指でイネスを指さすと、ジャックはすべてを悟ったらしい。
「失礼」
小声でつぶやくと、イネスを後ろ手に素早く拘束した。軍仕込みの早業に、令嬢のイネスなどひとたまりもない。
「放しなさい!放しなさいよ!私を誰だと!!」
イネスが暴れたが、ジャックがイネスを縄で縛り床に転がし、大声で叫んだ。
「誰か!早く医者を!ベネディクト様を呼べ!!」
にわかにドアの外が騒がしくなる。誰かが大声をあげ、何人もの使用人が走る音が聞こえた。
でも、もう指一本動かすのも億劫だった。
イネスの言うとおりだ。どれだけ鍛え上げても、一粒のナッツに勝てない。
息が詰まる。
そして、目の前が、真っ暗になった。
急な息苦しさに襲われたが、幼い頃から培った鉄の自制心で表情には出さなかった。まるで天気の話をしているようにしか見えないはずだ。
「そうね。にわかには信じられないかもしれない。私だってこの目で見ていなければ、信じなかったでしょうよ」
「まあ、それに、万一私が男色だとしても?何の問題がある?すでに跡取りはいる。役目は果たした」
「・・・そう。開き直るのね」イネスは私をにらみつけた。「汚らわしい・・・男色家。自分の欲を満たすために私からリュカを奪ったのね。なんてきたならしい・・・」
「婚約中に他の男と寝たお前に言われたくないね」
「なんですって」
「少なくとも、婚約中はほかの誰とも寝なかった。軍に娼婦が訪問したときも、私は留守番を担当していたよ。皆が知っている話だ。非難されるのはどちらかな?」
「まあ!」イネスは歯噛みした。「じゃあ、私のせいだって言うの!?」
「さあな」
私は立ち上がり、イネスに退出を促した。
「この後も仕事があるのでね。君は保養所に行くのだろう?荷造りがあるんじゃないのか?」
「もちろん出ていくわ!あなたとなんてもう一日たりとも同じ屋根の下で過ごしたくない。でも、ひとりでは出ていかないわ!」
「なんだと!息子は置いていくと言っただろう!」
「息子なんていらない!あなたにそっくりな息子なんて、けがらわしい!顔も見たくないわ!」
では、誰と?私が眉をひそめると、イネスがほくそ笑むように笑った。
「マティアス、あなた体調は大丈夫なの?」
「体調?」先程から息が苦しい。だが、それは、イネスにリュカとのセックスを見られたから・・・
「あなた、強すぎるのよ。だから、こういう手を使うしかなかった」
「ぐはっ!!」
喉を真綿でしめつけられるようなこの感覚。
喉元からヒューヒューと音が漏れた。耳の奥がかきむしりたくなるほど痛痒い。
全身にかゆみが広がり、何が起こっているのか自覚した。
「お前・・・」私はイネスをにらみつけたが、自分でもそれは弱々しく、女であるイネスにすら敵わないほどのちからしか出せないとわかっていた。
「リュカを返して!リュカを返してくれないと、どうなるか分からないわよ!」
「は・・・はぁ・・・」息が出来ない。藁のように細くなった喉からかろうじて酸素を取り込み、なんとか呼吸が出来ている状態だ。「な・・・なにに・・・」
「デセールの添え物の焼菓子にも、コーヒーにも、焼菓子にも全部よ!少しずつ混ぜてやった!気づかなかったでしょう?あなたの弱点が、小さなナッツだなんて笑っちゃう!鋼鉄みたいに強いあなたの弱点が、ナッツだなんてね!!」
イネスの高笑いが遠くに聞こえる。耳も聞こえづらくなってきたらしい。
私はフラフラと洗面所に向かい、喉の奥に指を突っ込んだ。
イネスの話によれば、今食べたばかりだ。であれば・・・
朦朧とした頭で上手く判断が出来ない。だが、このままでは命に関わるとわかっていた。息苦しさはつのり、喉の奥で息が逆流する。
「リュカはどこ?」
後ろでイネスが叫んでいる。だが、別の世界の出来事のように、モヤがかかっていた。
「リュカ・・・リュカは・・・」
リュカの居場所は誰も知らない。だが、死んでもイネスには教えるものか。
私は自分の胃を殴りつけた。一度ではただ痛いだけだった。二度、三度と繰り返し、ようやくドロドロとした胃の内容物が身体から出た。
でも、まだ苦しい。
「ベネディクトを呼べ・・・ジャック・・・」
弱々しい私の声を聞き取ったのか、勢いよく書斎の扉が開いた。
「中佐!!」ジャックが私に駆け寄った。「どうなさったのです!中佐!何があったのです!」
私の喉からはヒューヒューと音がもれるばかりで、話すことすらできなくなっていた。
震える指でイネスを指さすと、ジャックはすべてを悟ったらしい。
「失礼」
小声でつぶやくと、イネスを後ろ手に素早く拘束した。軍仕込みの早業に、令嬢のイネスなどひとたまりもない。
「放しなさい!放しなさいよ!私を誰だと!!」
イネスが暴れたが、ジャックがイネスを縄で縛り床に転がし、大声で叫んだ。
「誰か!早く医者を!ベネディクト様を呼べ!!」
にわかにドアの外が騒がしくなる。誰かが大声をあげ、何人もの使用人が走る音が聞こえた。
でも、もう指一本動かすのも億劫だった。
イネスの言うとおりだ。どれだけ鍛え上げても、一粒のナッツに勝てない。
息が詰まる。
そして、目の前が、真っ暗になった。
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