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第四幕〜終わりの始まり〜
202 【マティアス】リュカの思い
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「その、リュカはあなたに手紙を書いていました。戦地にいるあなたには渡せない手紙です。どうぞ」
差し出された手紙を取るのは、ためらわれた。この女の目的は何だ?金か?それとも・・・
「なぜ、それをあなたが?」
「えっと、親友だから」
「リュカに女性の親友がいたとは聞いていたが、君のことか?」
「あなたが領地に追い払った身分の低い生徒のことなんて、覚えてすらいないんでしょう?」
ネルは私をにらみつけた。なるほど、最初に会ったときにきつい目つきだと思ったのはそういうことか。
「リュカと私は親友です。それには理由があるんです。座って話しても?」
私がうなずくと、ネルはソファーに崩れるように座り込んだ。
最初の緊張がとけたのか、まとっていた空気がゆるむ。よく見れば、頬がやつれていた。
「すみません。先週まで流感で寝込んでいたものですから。体力が戻ってなくて・・・実はいま交代するように、姉夫婦が流感で寝込んでいるんです。乳母もバタバタと倒れて・・・それで、今日は子連れでお伺いしたんです。失礼だったらもうしわけありません」
「いや、事情は分かった」私が手を振ると、ネルは安心したように小さく微笑んだ。
「リュカと親友になったのは、ふたりとも叶わない人を愛していたからです。リュカが誰を愛していたのかは、手紙に書いてありますから。私の口から言うことでもないと思いますし」
ネルが震える手で差し出しているのは、リュカから私への手紙?
そんなものがあるのか?もしや・・・いや、おそらく、イネスとの結婚の許可を求める手紙だろう。
読みたくはない。それを読めばイネスとリュカの関係を思い知らされることになる。
だが、私は手を伸ばし、封を切った。
「兄さん、元気にしていますか?便りがなくて心配です。きっと兄さんのことだから難なくこなしているのかもしれません。でも、やっぱり心配です。戦地で兄さんの近くに爆弾が落ちたり、銃が暴発したり、危険なことが起こるかもしれない。そんなことを考えるだけで眠れなくなります。早く無事に帰ってきてほしい。それだけが僕の願いです」
さっと冒頭に目を走らせると、リュカが私を気遣う言葉が連ねてあった。
「リュカは、手紙を出すことであなたに迷惑がかかってはいけないと言っていました。検閲があるから、リュカの心を見られてしまったら、男色の噂がたつかもしれないと恐れていました」
とくんと心臓がはね、ネルの声に目を上げた。
「毎日のようにあなたに手紙を書き、どこかにしまっていたんです。一度も見せてくれなかったけど、話す言葉からあなたにどんな内容の手紙を書いたのかは察しがつきました。あなたが帰ってくると決まった時、リュカは全部手紙を焼き捨てたんです。あなたは結婚が決まっているし、公爵家のために結婚しなければならない。それが分かっていたから、身を引いたんですよ」
「身を・・・引いた?」私の声は妙にざらついていた。
「だって、あなたは公爵家のために子を作らければならない。そしてリュカにはそれを叶えることはできない。であればそばにはいられないと、言っていました。あなたと妻になる人の姿をそばで見たくなかったんです。当然でしょ?あなたが私にしたことです」
ネルの目から涙があふれた。
そんなこととはわかるはずもない。それで何が変わったわけでもない。表情には何も出ていないとは思うが、居心地は悪かった。
「愛する人が、結婚して幸せそうに暮らす姿をそばで眺めるなんて。そして何食わぬ顔で笑っていなければならないんですよ?私は・・・今ではそばにいられてよかったと思っています。姉が・・・姉が幸せでいてくれるのなら、私はそれで・・・」
大粒の涙を流したネルはしばらく泣きじゃくり、私はなすすべもなく、その姿を見つめていた。
ネルは手元のハンカチで顔を拭い、気を取り直したように話しはじめた。
「この間、イヴァンと会いました。はっきりとはいいませんでしたから、詳細はわかりません。でも、なにかがひっかりました。なので、今日、勇気を出してご訪問してみました。
リュカが亡くなった時、私は家の都合でお葬式にすらいけませんでした。ですから、この機会に弔問することにしました。リュカの秘密をあなたに渡してもいいんじゃないかなと。この手紙は、全部焼き捨てる前にリュカが私に預けたものです。多分、一通ぐらいこの世にあってもいいんじゃないかと思ったんでしょう。私もリュカに手紙を預けていたんです」
あの、イネスからの大量の手紙の中にネルの手紙も混じっていたんだろう。
見るに耐えず焼き捨ててしまったが。
「そうか・・・すまない」
「イネスは、ずっとリュカを狙ってました。多分彼女には彼女なりの理由があったのかもしれない。でも、リュカはそんなイネスがあなたと結婚することは、我慢出来ないと言っていました。結局、イネスと結婚されたんですよね」
まるで責められているように感じる。
「仕方のないことだと分かっていました。でもやっぱり、リュカの気持ちを考えると、辛かっただろうなと思います。ぶち壊してやりたいと思っていたようですから」
「イネスとリュカは恋人同士だったからな」
「イネスと?」ネルの鼻にシワが寄った。「まあ、奥様のことを悪くは言えませんが・・・ちがうと思いますよ?」
「ちがう?」
「だって、リュカはずっとあなたのことばかり目で追ってたし、イネスのことは迷惑そうにしていました。私もイネスに嫉妬されて苦労しましたよ。そんな関係じゃないのにね」
「では・・・なぜ・・・」
「詳しいことはわかりません。いくら親友だって全部話すわけじゃないですから。でも、イネスに恋をしたことはないと断言できます」
「・・・なんてことだ」
私は頭を抱えて座り込んだ。
差し出された手紙を取るのは、ためらわれた。この女の目的は何だ?金か?それとも・・・
「なぜ、それをあなたが?」
「えっと、親友だから」
「リュカに女性の親友がいたとは聞いていたが、君のことか?」
「あなたが領地に追い払った身分の低い生徒のことなんて、覚えてすらいないんでしょう?」
ネルは私をにらみつけた。なるほど、最初に会ったときにきつい目つきだと思ったのはそういうことか。
「リュカと私は親友です。それには理由があるんです。座って話しても?」
私がうなずくと、ネルはソファーに崩れるように座り込んだ。
最初の緊張がとけたのか、まとっていた空気がゆるむ。よく見れば、頬がやつれていた。
「すみません。先週まで流感で寝込んでいたものですから。体力が戻ってなくて・・・実はいま交代するように、姉夫婦が流感で寝込んでいるんです。乳母もバタバタと倒れて・・・それで、今日は子連れでお伺いしたんです。失礼だったらもうしわけありません」
「いや、事情は分かった」私が手を振ると、ネルは安心したように小さく微笑んだ。
「リュカと親友になったのは、ふたりとも叶わない人を愛していたからです。リュカが誰を愛していたのかは、手紙に書いてありますから。私の口から言うことでもないと思いますし」
ネルが震える手で差し出しているのは、リュカから私への手紙?
そんなものがあるのか?もしや・・・いや、おそらく、イネスとの結婚の許可を求める手紙だろう。
読みたくはない。それを読めばイネスとリュカの関係を思い知らされることになる。
だが、私は手を伸ばし、封を切った。
「兄さん、元気にしていますか?便りがなくて心配です。きっと兄さんのことだから難なくこなしているのかもしれません。でも、やっぱり心配です。戦地で兄さんの近くに爆弾が落ちたり、銃が暴発したり、危険なことが起こるかもしれない。そんなことを考えるだけで眠れなくなります。早く無事に帰ってきてほしい。それだけが僕の願いです」
さっと冒頭に目を走らせると、リュカが私を気遣う言葉が連ねてあった。
「リュカは、手紙を出すことであなたに迷惑がかかってはいけないと言っていました。検閲があるから、リュカの心を見られてしまったら、男色の噂がたつかもしれないと恐れていました」
とくんと心臓がはね、ネルの声に目を上げた。
「毎日のようにあなたに手紙を書き、どこかにしまっていたんです。一度も見せてくれなかったけど、話す言葉からあなたにどんな内容の手紙を書いたのかは察しがつきました。あなたが帰ってくると決まった時、リュカは全部手紙を焼き捨てたんです。あなたは結婚が決まっているし、公爵家のために結婚しなければならない。それが分かっていたから、身を引いたんですよ」
「身を・・・引いた?」私の声は妙にざらついていた。
「だって、あなたは公爵家のために子を作らければならない。そしてリュカにはそれを叶えることはできない。であればそばにはいられないと、言っていました。あなたと妻になる人の姿をそばで見たくなかったんです。当然でしょ?あなたが私にしたことです」
ネルの目から涙があふれた。
そんなこととはわかるはずもない。それで何が変わったわけでもない。表情には何も出ていないとは思うが、居心地は悪かった。
「愛する人が、結婚して幸せそうに暮らす姿をそばで眺めるなんて。そして何食わぬ顔で笑っていなければならないんですよ?私は・・・今ではそばにいられてよかったと思っています。姉が・・・姉が幸せでいてくれるのなら、私はそれで・・・」
大粒の涙を流したネルはしばらく泣きじゃくり、私はなすすべもなく、その姿を見つめていた。
ネルは手元のハンカチで顔を拭い、気を取り直したように話しはじめた。
「この間、イヴァンと会いました。はっきりとはいいませんでしたから、詳細はわかりません。でも、なにかがひっかりました。なので、今日、勇気を出してご訪問してみました。
リュカが亡くなった時、私は家の都合でお葬式にすらいけませんでした。ですから、この機会に弔問することにしました。リュカの秘密をあなたに渡してもいいんじゃないかなと。この手紙は、全部焼き捨てる前にリュカが私に預けたものです。多分、一通ぐらいこの世にあってもいいんじゃないかと思ったんでしょう。私もリュカに手紙を預けていたんです」
あの、イネスからの大量の手紙の中にネルの手紙も混じっていたんだろう。
見るに耐えず焼き捨ててしまったが。
「そうか・・・すまない」
「イネスは、ずっとリュカを狙ってました。多分彼女には彼女なりの理由があったのかもしれない。でも、リュカはそんなイネスがあなたと結婚することは、我慢出来ないと言っていました。結局、イネスと結婚されたんですよね」
まるで責められているように感じる。
「仕方のないことだと分かっていました。でもやっぱり、リュカの気持ちを考えると、辛かっただろうなと思います。ぶち壊してやりたいと思っていたようですから」
「イネスとリュカは恋人同士だったからな」
「イネスと?」ネルの鼻にシワが寄った。「まあ、奥様のことを悪くは言えませんが・・・ちがうと思いますよ?」
「ちがう?」
「だって、リュカはずっとあなたのことばかり目で追ってたし、イネスのことは迷惑そうにしていました。私もイネスに嫉妬されて苦労しましたよ。そんな関係じゃないのにね」
「では・・・なぜ・・・」
「詳しいことはわかりません。いくら親友だって全部話すわけじゃないですから。でも、イネスに恋をしたことはないと断言できます」
「・・・なんてことだ」
私は頭を抱えて座り込んだ。
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