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第四幕〜終わりの始まり〜
210 【リュカ】幻灯機
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人は死ぬ前に走馬灯を見ると言う。
ほんとうかウソかはわからない。だって実際に経験した人間はみんな死んでいるからな。
俺はもう死ぬのかもしれない。
幻灯機で映し出す残照のように、極彩色なのに少しセピアがかった兄と過ごした日々が、ぐるぐると繰り返し頭の中をまわり続けた。
あんなに楽しかったのに。
優しかった兄。大好きだった。この世界で、誰よりも大切な人だった。兄も俺を大切にしてくれていた。
いつからだろう。いつからこうなった?
今は二人の間にあったかけがえのないなにかは腐り落ち、腐臭を放っている。
肉欲だけでは、十分じゃない。
それに、俺以外と欲を満たす兄・・・苦しみに押しつぶされそうだ。すべてを破壊し、壊してしまいたい。
もう、耐えたくない。
ああ、でも、何よりも、のどがかわいた・・・
本当は気づいてた。
気づいていながら、兄さんから離れることが出来なかったんだ。
どうしても、兄さんを愛することをやめられない。
兄さんには女もいるし、俺の身体を使って欲を満たすだけ。
俺の気持ちを知って「愛しているよ」と睦言を口にする。
大嘘だ。
それなのに。
次に離れたら、もうどうしたらいいのかわからない。
二度は、耐えられない。
もう、これで楽になれる。
これでいいんだ。
目の前を駆け抜ける走馬灯は、速度を増し、よく見えなくなった。
俺と兄さん。奥様はおっかなかったけど、でもそれ以上に兄さんと一緒に入られる日々がうれしくて。
甘い口づけ、柔らかな体温。
どれも、捨てられない。大切な思い出。
兄さん。
愛してたんだ。
のどがかわいた。かわきすぎて、痛い。
空気からでも水を取り入れようと大きく口を開くと、もっとつらくなった。
唇は裂け、のどがひりついた。
兄さん、助けて。
でももう俺のこと見捨てたのなら、絶対に助けないで。俺に飽きたなら、そう言わなくてもいいよ。
俺を、このまま殺してくれ。
そして、どうか、俺のことを憎んでもいい。
忘れないで。
*******************
唇に水を落とされ、目が覚めた。
がばっと起き上がり、コップをひったくってむさぼるように飲む。
「リュカ様、だめです。ゆっくり飲まないと」
慌てた女が声を上げると同時に、胃が悲鳴を上げ、腹の奥から水が吹き出した。
俺の身体は、水を受け入れることすら出来ないらしい。
「ほら、何日も絶食なさったのですから、ゆっくりと・・・」
なだめるような女の声。気がつけば、俺は生きながらえたようだ。
「そうか、俺、死ななかったんだ・・・」
ポツリとつぶやくと、女がぎょっとしたように俺を見た。
「なんてことを仰るんですか。閣下に伺いましたよ。リュカ様は身を隠さなければならないほどの被害にあっていたので、死んだことにしていただけだって。モテすぎるのも考えものですね」
「そう」
・・・そうなってるんだ、今度は。
生きていたり、死んでいたり、忙しい。だけど俺を生かすためには、「死んだふり」をしていた、ってことにしたんだな。いくら兄さんでも、「生きている俺」を隠しきれないか。
「兄さん・・・いや、閣下は?」かつて「父」を指していた言葉で兄を呼ぶのは、不思議な感じがした。
「毎日お見舞いに来られていたんですよ。それはそれは心配されて。リュカ様が水をご自分で飲めるようになったと聞けばお喜びになりますよ」
「へえ」
そうかな。兄はがっかりするんじゃないかな。きっと俺のこと厄介払いしたかったんだろうし。生意気すぎる奴隷にきつくお灸をすえたってところか。
それなのに、俺と来たら、死にかかっても兄さんが頭から離れない。
自分でも呆れるのに、どうにも出来なくて腹が立つ。
「もうすこし水を飲んで、少し休む」
「はい、もちろんですとも」メイドは、今度は一気に飲まれないように、コップに三分の一程度の水を渡してきた。
ぬるい水は、喉の奥を伝い、全身にいきわたる。どうやら、生き延びたらしい。
ほっとすると、泥のような眠りに引きずり込まれ、また何もわからなくなった。
********************
蝋燭の灯りの下、目を覚ますと兄がベッドの脇に座っていた。
兄のまぶたはむくみ、腫れていた。体のあちこちに引っ掻いたような痕があり、体調が良くないらしい。幼い頃、食べてはいけないものを食べると、よくこうなっていた。
「調子はどうだ」
「おかげさまで。どうやら死ななかったらしい。厄介払いできなくて悪かったね。アンタこそ、体調が悪いんじゃないのか」
弱りきっているはずなのに、憎まれ口が飛び出した。
兄から追い払われる未来を考えると、どうしても、俺から先に攻撃を仕掛けたい。
ちっぽけな俺のプライドだった。
「リュカ」
諭すように言う兄は、肩を落とし、立ち上がった。
「私がそばにいては、治るものも治らないか。しばらく来ないから、ゆっくり静養しなさい」
行かないで、と言えればいいのに。
俺は唇を噛んでうつ向いた。
もう、自分の感情がコントロールできない。ただ、兄に甘え、わがままをぶつけていることは自分でもわかった。そんなことしたら見捨てられるのに。
「せいせいするよ」
口から出たのはやっぱり憎まれ口だった。
俺は表情を見られないように上掛けを被り、兄に背中を向けた。
*************************************
【ここからは、作者コメントです】
すみません!ストックが切れました!この夏はどうもキッツいです。2回も夏バテで体調を崩しました。
なんとか毎日更新できるように頑張りますが、しばらく不安定かも・・・すみません。
ほんとうかウソかはわからない。だって実際に経験した人間はみんな死んでいるからな。
俺はもう死ぬのかもしれない。
幻灯機で映し出す残照のように、極彩色なのに少しセピアがかった兄と過ごした日々が、ぐるぐると繰り返し頭の中をまわり続けた。
あんなに楽しかったのに。
優しかった兄。大好きだった。この世界で、誰よりも大切な人だった。兄も俺を大切にしてくれていた。
いつからだろう。いつからこうなった?
今は二人の間にあったかけがえのないなにかは腐り落ち、腐臭を放っている。
肉欲だけでは、十分じゃない。
それに、俺以外と欲を満たす兄・・・苦しみに押しつぶされそうだ。すべてを破壊し、壊してしまいたい。
もう、耐えたくない。
ああ、でも、何よりも、のどがかわいた・・・
本当は気づいてた。
気づいていながら、兄さんから離れることが出来なかったんだ。
どうしても、兄さんを愛することをやめられない。
兄さんには女もいるし、俺の身体を使って欲を満たすだけ。
俺の気持ちを知って「愛しているよ」と睦言を口にする。
大嘘だ。
それなのに。
次に離れたら、もうどうしたらいいのかわからない。
二度は、耐えられない。
もう、これで楽になれる。
これでいいんだ。
目の前を駆け抜ける走馬灯は、速度を増し、よく見えなくなった。
俺と兄さん。奥様はおっかなかったけど、でもそれ以上に兄さんと一緒に入られる日々がうれしくて。
甘い口づけ、柔らかな体温。
どれも、捨てられない。大切な思い出。
兄さん。
愛してたんだ。
のどがかわいた。かわきすぎて、痛い。
空気からでも水を取り入れようと大きく口を開くと、もっとつらくなった。
唇は裂け、のどがひりついた。
兄さん、助けて。
でももう俺のこと見捨てたのなら、絶対に助けないで。俺に飽きたなら、そう言わなくてもいいよ。
俺を、このまま殺してくれ。
そして、どうか、俺のことを憎んでもいい。
忘れないで。
*******************
唇に水を落とされ、目が覚めた。
がばっと起き上がり、コップをひったくってむさぼるように飲む。
「リュカ様、だめです。ゆっくり飲まないと」
慌てた女が声を上げると同時に、胃が悲鳴を上げ、腹の奥から水が吹き出した。
俺の身体は、水を受け入れることすら出来ないらしい。
「ほら、何日も絶食なさったのですから、ゆっくりと・・・」
なだめるような女の声。気がつけば、俺は生きながらえたようだ。
「そうか、俺、死ななかったんだ・・・」
ポツリとつぶやくと、女がぎょっとしたように俺を見た。
「なんてことを仰るんですか。閣下に伺いましたよ。リュカ様は身を隠さなければならないほどの被害にあっていたので、死んだことにしていただけだって。モテすぎるのも考えものですね」
「そう」
・・・そうなってるんだ、今度は。
生きていたり、死んでいたり、忙しい。だけど俺を生かすためには、「死んだふり」をしていた、ってことにしたんだな。いくら兄さんでも、「生きている俺」を隠しきれないか。
「兄さん・・・いや、閣下は?」かつて「父」を指していた言葉で兄を呼ぶのは、不思議な感じがした。
「毎日お見舞いに来られていたんですよ。それはそれは心配されて。リュカ様が水をご自分で飲めるようになったと聞けばお喜びになりますよ」
「へえ」
そうかな。兄はがっかりするんじゃないかな。きっと俺のこと厄介払いしたかったんだろうし。生意気すぎる奴隷にきつくお灸をすえたってところか。
それなのに、俺と来たら、死にかかっても兄さんが頭から離れない。
自分でも呆れるのに、どうにも出来なくて腹が立つ。
「もうすこし水を飲んで、少し休む」
「はい、もちろんですとも」メイドは、今度は一気に飲まれないように、コップに三分の一程度の水を渡してきた。
ぬるい水は、喉の奥を伝い、全身にいきわたる。どうやら、生き延びたらしい。
ほっとすると、泥のような眠りに引きずり込まれ、また何もわからなくなった。
********************
蝋燭の灯りの下、目を覚ますと兄がベッドの脇に座っていた。
兄のまぶたはむくみ、腫れていた。体のあちこちに引っ掻いたような痕があり、体調が良くないらしい。幼い頃、食べてはいけないものを食べると、よくこうなっていた。
「調子はどうだ」
「おかげさまで。どうやら死ななかったらしい。厄介払いできなくて悪かったね。アンタこそ、体調が悪いんじゃないのか」
弱りきっているはずなのに、憎まれ口が飛び出した。
兄から追い払われる未来を考えると、どうしても、俺から先に攻撃を仕掛けたい。
ちっぽけな俺のプライドだった。
「リュカ」
諭すように言う兄は、肩を落とし、立ち上がった。
「私がそばにいては、治るものも治らないか。しばらく来ないから、ゆっくり静養しなさい」
行かないで、と言えればいいのに。
俺は唇を噛んでうつ向いた。
もう、自分の感情がコントロールできない。ただ、兄に甘え、わがままをぶつけていることは自分でもわかった。そんなことしたら見捨てられるのに。
「せいせいするよ」
口から出たのはやっぱり憎まれ口だった。
俺は表情を見られないように上掛けを被り、兄に背中を向けた。
*************************************
【ここからは、作者コメントです】
すみません!ストックが切れました!この夏はどうもキッツいです。2回も夏バテで体調を崩しました。
なんとか毎日更新できるように頑張りますが、しばらく不安定かも・・・すみません。
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