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第四幕〜終わりの始まり〜

206 【マティアス】晩餐

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湖のほとりでリュカを抱いた時、人の気配がした。
行為が始まれば夢中になってしまうリュカはまるで気がついていない。
だが、戦争の遺産とも言うべきか、背後に気を配ることはもはや習慣になっていた。

パキ

ちいさな枝が折れる音。続いて、誰かが息を飲んだ。
リュカを後ろから貫きながら、剣に手を置くと、その誰かは踵を返し、走り去っていった。

「誰かに見られたらどうするんだよ」

リュカの言葉に薄笑いが漏れた。もう、見られた。
だが、伝えても仕方がないことだ。むしろ、焦るリュカが可愛く思えた。

(私も相当毒されているな)

苦笑がもれた。安心させるために人払いしたと嘘を伝え、リュカを元いた部屋ではなく、塔に連れて行った。
かつて、リュカが療養していた場所だ。
いまは誰も使っておらず、リュカがここにいることを知るものはいない。
私だけが知っていればいい。

今までリュカが使っていた部屋は、ベネディクトとジャックには知られている。
だが、塔ならば・・・


******************

屋敷に戻ると、ベネディクトが心配そうな顔で私を探していた。

「閣下!どこにおいでだったのですか。やむにやまれず、例の部屋までお伺いしたんですよ!」
「ちょっと、散歩に出ていただけだ」
「旦那様・・・お分かりでしょう?今日の朝から昼までの予定は、旦那様がいらっしゃらなかったので中止になりました。旦那様にお会いするために、一週間もかけて王都まで旅をしてきた者との約束まですっぽかしたのですぞ」
「・・・それは悪かった。埋め合わせになにか・・・」
「もちろん、対応済みでございます。ですが、この後の予定がますますきつくなりました」
「分かった」

これが現実だ。
目の前には大量の仕事が待っていた。

「この後の予定は」
「30分後にお客様がお見えになります。身支度をされる間に決裁が必要な書類についてご説明いたします」
「わかった」
「あ、それから」ベネディクトが思い出したように言った。「奥様から、夕食をご一緒に、とお話がありました」
奥様、という言葉の響きに皮肉を感じたのは気のせいだろうか?
「面倒だな」
「左様で」
「・・・」
「ですが、公子様のことでお話があると」
「・・・そうか」
「夕食は7時でございます」
「わかった」
「それでは。歩きながら、新しい事業についてのご相談についてお耳に入れたいことが・・・」

一秒も無駄にせず、仕事に向かう。
これが私の毎日だった。


********************

カチャカチャとカトラリーと皿が触れ合う音が、響く。
久しぶりにイネスに会った。
今日は何の話があるというのか。
互いに顔を合わせても気詰まりなだけで、食事が不味くなる。
父と母のような関係にはなりたくないと、感情的な交わりを持たない相手と結婚を決めたはずだったのに。
いつのまにか、歴史は繰り返していた。

イネスはミラに嫉妬し、ちいさな嫌がらせを繰り返す。
メイドにまで事実無根の疑いをかけ怒鳴り、殴る。
最悪だった。
どこかに消えてくれればいいのだが・・・

「ところで」

肉料理の後、イネスが赤ワインを口に運びながら切り出した。

「私、そろそろ、このお屋敷をおいとましたいと考えておりますの」
「おいとま?」まさか。いま考えていたばかりだ。それは都合が良すぎとういうものでは・・・
「ええ。実は、実家の領地に保養地がございますのよ。もちろんご存知でしょうが」
「ああ、知っている。いい温泉がでると評判の保養地だが」
温泉はいいが、田舎だ。イネスがそんな生活に耐えられるとはとても思えなかった。

「私・・・すこし休養が必要だと思いますの。息子を産んでから、ますます旦那様にお会いする機会もなくなりましたし・・・そろそろよろしいのではと思いまして」
「あ、ああ。そうか。忙しくてすまなかったな。もちろん気の済むまで休んでくるといい」
「ありがとうございます」

イネスが自分から去ると言い出すとは。

「それで・・・息子のことですけど・・・」

まさか、息子を連れ去ろうとしているのか?であれば、保養など許すはずもない。

「私、このとおり体調が良くないものですから・・・息子を連れていけそうにはありませんの・・・どうか、お許しいただけますか?」
「あ、ああ・・・もちろん」

イネスは、私達の息子をかわいがっているわけではない。
乳母に預けたまま、たまに必要に応じて子煩悩な演技をしているだけだ。
だが、今はそんなことはどうでもいいだろう。

「デセールをお持ちしてもよろしいですか?」

私達が会話しているため、遠慮がちにベネディクトが声をかけてきた。

「もちろん。イネス、食事が終わったら書斎で話をしよう」
「はい、ありがとうございます」

私は、別人のようなイネスの態度に用心するべきだったのだ。だが、面倒な「妻」を厄介払いできると、すこし浮かれていたのだろう。もちろん、そのつけは自分で払う羽目になるのだが。




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