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第四幕〜終わりの始まり〜

169 【リュカ】ジュスタンの弟

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自業自得だ。
いまさら兄さんを愛しているなどと、どの面下げて言える?
正直、あそこまで兄さんが怒るとは思わなかった。

イネスの裏切りを知れば、少し怒り、数時間たてば「縁がなかったな」と笑って婚約を解消すると思っていた。
そうなると信じ込んでいた。
いや、そう思いたかった。

悲しませる気はなかった。
ただ、未来の不幸を避けたかった。それだけなのに・・・

すべて都合のいい言い訳だ。
どこかで冷静な自分が冷たく告げる。

「お前は兄さんとイネスの仲を知っていただろう?」
「兄さんに目がいかないように、イネスの気持ちを奪ってやろうと思っただろう?」
「イネスと寝ただろう?」

自分にとってはそれほどの重要な出来事だとは思っていなかった。
女と寝ることは大したことじゃない。兄さんとあいつの結婚を阻止するためには、処女でなくなってもらう必要があっただけ。
まさか妊娠したなんて・・・

「ぼっちゃま、到着いたしました」

はっと気がつくと、公爵家の馬車に揺られ、寮に到着したところだった。
寮の部屋のドアを力なく開けると、イヴァンが驚いたように振り返った。

「リュカ?もう帰ってきて大丈夫なのか?ご実家は・・・」
「ああ、ありがとう。心配をかけたな。俺がいなくても公爵家はまわってるから」

俺がぼそっと言うと、「まあそれはそうか」と納得したような声が返ってきた。

「あのさ、あの子、来たぞ?」
「あの子?」
「黒髪のかわいい子」

ピンときた。

「ミラ?」

すっかり忘れていた。兄さんがいない間、オレの心に入り込んだ唯一の存在。
俺のミラ。いや、もう俺のミラじゃない。
俺の動揺に気づかず、イヴァンは陽気にしゃべりつづけている。

「なんか不思議な魅力がある子だな。もしかして付き合ってるとか?」
「ちがう・・・そう・・・ちがう・・・」
「どっちだよ」
「あの子は・・・ちがう。そんな風に扱っていい子じゃないんだ」

ミラ。かわいいミラ。たいせつなミラ。
大切だからこそ、別れを告げないと。
恋人になってくれってミラに伝えた日はもう大昔に思える。
あの時の気持には嘘はなかった。
でも、兄さんが帰ってきたらもうだめだ。
一瞬で引き戻される。
ミラが泣いても、すべてを失っても、俺は兄さんの姿を一目見たら、どこであろうと裸足で駆け寄るだろう。
それに・・・

「あの子、心配してたぞ?公爵閣下が亡くなっても身分違いで弔問に行けないからって」
「・・・そうか」

きっとミラにもおじさんにも心配をかけたにちがいない。

「後で行ってくるよ」

とんとん。

俺の声とノックの音が重なった。

「リュカ様?」舎監が顔を出した。
「家庭教師のジュスタンさんのご家族という方がお見えになっていますが」
「ジュスタンの家族が?」


********************************************

階下に降りていくと、みすぼらしい身なりの青年がソワソワと辺りを見回しながら俺を待っていた。
彼のズボンにはツギが当てられている。平民であれば当たり前だが、この貴族の師弟が集う学び舎では随分とカネに困っているように見えてしまう。

「こ、こんにちは」

気の良さそうな青年は、手に持った帽子を固く握りしめ、引きつった笑みを浮かべた。その顔を見たら冷たくあしらうことなどできそうにない。

「俺は、いや、ぼくはその・・・ランベール公爵家でお世話になっているジュスタンの弟です。兄がしばらく家に戻っていないので、こちらに伺えばなにかわかるかなと思いまして・・・」
「戻っていない?」
「はい」

ジュスタンと最後に会ったのは、兄の帰還の日だった。かれこれ一月ほどになるのか・・・閣下が亡くなったり、葬式があったりと次から次に何かが起こり、すっかりジュスタンのことは忘れていた。むしろ思い出したくもなかった。

「そういえばずっと会ってないな」
「いつからですか?」

青年は勢い込んで質問した。

「あれは・・・王太子殿下の帰還の日、戦勝パレードの日だった。あなたは王太子殿下を見に行ったの?」

俺が微笑むと、青年は少年のように照れくさそうに笑い、「もちろん」と答えた。

「弟のことで報告があると訪ねてきたが、少しいて帰った・・・それだけしか役に立てそうにない」
「・・・」
青年は黙って俺の顔を見ていたが、慎重に口を開いた。
「兄は・・・その、兄は変人ですが・・・母のことは愛していて、心配していたんです。いま病気なんで。それで、その、兄はあなたになにかしませんでしたか?」
「え?」胸がどきんといやな音を立てた。
「兄さんは少し特殊は趣味をもっていまして、特にあなたのように美しい少年には目がないんです。ご存知でしたか?」
ほんの僅かな、一秒にも満たない俺の迷いを青年は敏感に感じとった。

「やはり・・・なにかご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「いや・・・その・・・そんなことはなかった。もう、帰ってくれないか。これ以上話すことはないから」

誰が聞いてもあやしい答えに青年が納得したわけがない。
だが、これ以上は無理だとおもったのか、青年は無言で頭を下げ、帰っていった。

あの、見ず知らずの青年にも俺とジュスタンの情事は知られていた?
イネスの妊娠、兄の怒り、そしてジュスタンの弟に情事がばれたこと・・・俺は思わず胸を押さえた。足元が揺れているような気がする。

「大丈夫か?」

イヴァンの声がやけに遠くにきこえたが、もう立っていられそうになかった。
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