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第四幕〜終わりの始まり〜
167 【マティアス】爆弾発言
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優美な白い腰壁をめぐらせた客間で、硬い表情のイネスが出された茶に口もつけず、じっと座っていた。
いつもなら、令嬢らしく微笑みを浮かべながら、繊細なティーカップを口に運んでいるところだ。
「やあ、イネス」
私が軽く声をかけると、彼女は弾かれたようにたちあがり、そして目をそらした。
ふうん?なにかうしろめたいことでもあるらしい。
正直、こんなに感情をあらわにしたイネスに会うのは初めてだ。
互いに礼儀正しく「婚約者として」適切な距離感をもって付き合ってきたつもりだ。
政略結婚ならではの、過度の感情を持たない「適切な」距離。
それは私の婚約者として、私が最も要求する資質だった。
「マティアス」
イネスの顔は石膏のように白く硬かった。
「マティアス、私、お話があって」
「もちろん聞くよ。婚約者殿。昨日は葬儀に列席して疲れただろう?それなのに来てくれたのはよほど大切な話があったんだね?」
イネスの瞳が大きく見開かれ、そして突然涙があふれでた。
「ご、ごめんなさい、マティアス。私、本当はお見舞いを先に言うべきなのに・・・しかも戦地から帰ってきたばかりなのに・・・ごめんなさい。でも、もうこれ以上隠せない・・・」
「ふむ。どうしたんだ?」
少し口調が冷たくなってしまったかもしれない。
だが、「愛する婚約者殿」は隠しごとがあり、しかもそれを伝えたいらしい。それはあまり褒められたことじゃない。
「怒らないでほしいの。あなたはいつも私を愛してくれて・・・そんなあなたを私も愛しているの・・・いえ、愛していると思っていたの・・・でも、私、真実の愛に出会ってしまったの。ごめんなさい」
「ほう。それは本気で言っているのかな?」
「ごめんなさい・・・」
「ひとつ聞くが、君の父上はなんと仰っておられるんだ?」
「父は関係ないでしょう?」
何を馬鹿なことを。
政略結婚は家同士の結びつきだ。愛など・・・必要最小限の相性さえあえば十分だ。
「そうかな?」
「あ、あの・・・父にはあなたから話してもらえない?」
「なぜ私が」
「だって・・・その、あなた何も聞いていない?」
「何を?」
「私のこと」
「・・・あいにく聞いてないな。真実の愛とやらは、見えるように棚にでものせてあるのかい?誰が私に何を告げると?」
「告げ口じゃないの」
「へえ。じゃあなんだ?君と婚約して何年になる?社交界で私と君が婚約していることを知らない田舎者がいるのか?」
「マティアス・・・」
「イネス、いい加減にしなさい。結婚は遊びではない。家同士の大切な契約なんだよ。君の輿入れと同時に君の実家には持参金の倍額の貸付をすることがすでに決まっている。一昨年の水害で被害が出たせいで、資金繰りが悪化したと君の父上に頼まれてね。まあ、未来の父上のためにとご協力を申しでたのだが。その金がなければ、来年の小麦の種は手に入らないんじゃないのか?まさか勝手な理由で婚約解消して、違約金が発生することを知らないわけではないだろう?」
「だから、家同士ならいいでしょ!家が結びつけばいいんでしょ?それが政略結婚なんでしょ!」
イネスが苛立ったように声を荒らげた。苛立つ権利があるのは私の方だと思うが。
「いや、そうとばかりはいえないが・・・ということは、相手はまさかシモン?年下だが・・・」
「いい加減にしてよ!」
さきほどまで白かったイネスの顔に朱がさした。抑えきれない感情が渦をまき、小さくはじけた。
「シモンなわけ無いでしょ!まだ中等部よ?とぼけないで!私の相手は・・・」
「やめろ!」
客間の入り口には、リュカがいた。
あわてて身支度を整えたのか、髪は乱れ、タイがゆがんでいる。
「イネス、やめろ。兄さんには、俺が・・・」
「だって、もう待てないの」イネスの声は固い。
「いつになったら言ってくれるの?私、夕べお父様に言われたの。マティアスとの結婚を早めるって。そんなこと、できるはずない。あなたは誰よりもわかっているでしょう?」
「やめろ、やめてくれ!」
リュカの声は悲鳴のように空気を切り裂いた。
その声に交じる苦悩が目を覚ませと平手打ちした。まさか、イネスの相手は、リュカ?
そんなことあるはずない。リュカは先程まで私を受け入れ、甘く喘いでいたのに・・・
「やめないわ!」
イネスが両手を握りしめた。
「勇気を出してちょうだい、リュカ。これは試練なのよ」
イネスの手の関節が白く浮き出た。握りしめた手は震えている。
「私達愛し合ってるの。どうか、私達を許してちょうだい。そして見守って」
イネスは一体何を言い出したのか。ロマンス小説の読みすぎか、それとも気でもふれたのか?・・・そういえば、昔からリュカにちょっかいばかりかけていた。
本当はリュカのことが好きだったのか?好きになるのは勝手だが、リュカは私のものだ。
私がむっとして口を引き結ぶと、イネスは困ったようにリュカを見た。
入り口に立ちすくむリュカの顔は幽霊のように青ざめて見えた。
「マティアス、私との婚約は解消してください」
「リュカ」私は鋭くリュカを見た。「お前はどうなんだ」
「僕は・・・」リュカが目を閉じ、絶句した。
「マティアス。どうかわかって。リュカだってつらいのよ。あなたのことを慕っていたし・・・でも真実の愛には抵抗できないものなのよ。わかって」
「くだらない」思わず本音が漏れた。
「くらだないですって!真実の愛なのよ!?私のお腹には愛の結晶がいるんですから!」
「イネス、やめろ!」リュカのざらついた声が耳に刺さる。
「愛の・・・結晶?」
まさか・・・イネスは困ったような微笑みを浮かべ、白い手を自分の腹の上で広げた。
いつもなら、令嬢らしく微笑みを浮かべながら、繊細なティーカップを口に運んでいるところだ。
「やあ、イネス」
私が軽く声をかけると、彼女は弾かれたようにたちあがり、そして目をそらした。
ふうん?なにかうしろめたいことでもあるらしい。
正直、こんなに感情をあらわにしたイネスに会うのは初めてだ。
互いに礼儀正しく「婚約者として」適切な距離感をもって付き合ってきたつもりだ。
政略結婚ならではの、過度の感情を持たない「適切な」距離。
それは私の婚約者として、私が最も要求する資質だった。
「マティアス」
イネスの顔は石膏のように白く硬かった。
「マティアス、私、お話があって」
「もちろん聞くよ。婚約者殿。昨日は葬儀に列席して疲れただろう?それなのに来てくれたのはよほど大切な話があったんだね?」
イネスの瞳が大きく見開かれ、そして突然涙があふれでた。
「ご、ごめんなさい、マティアス。私、本当はお見舞いを先に言うべきなのに・・・しかも戦地から帰ってきたばかりなのに・・・ごめんなさい。でも、もうこれ以上隠せない・・・」
「ふむ。どうしたんだ?」
少し口調が冷たくなってしまったかもしれない。
だが、「愛する婚約者殿」は隠しごとがあり、しかもそれを伝えたいらしい。それはあまり褒められたことじゃない。
「怒らないでほしいの。あなたはいつも私を愛してくれて・・・そんなあなたを私も愛しているの・・・いえ、愛していると思っていたの・・・でも、私、真実の愛に出会ってしまったの。ごめんなさい」
「ほう。それは本気で言っているのかな?」
「ごめんなさい・・・」
「ひとつ聞くが、君の父上はなんと仰っておられるんだ?」
「父は関係ないでしょう?」
何を馬鹿なことを。
政略結婚は家同士の結びつきだ。愛など・・・必要最小限の相性さえあえば十分だ。
「そうかな?」
「あ、あの・・・父にはあなたから話してもらえない?」
「なぜ私が」
「だって・・・その、あなた何も聞いていない?」
「何を?」
「私のこと」
「・・・あいにく聞いてないな。真実の愛とやらは、見えるように棚にでものせてあるのかい?誰が私に何を告げると?」
「告げ口じゃないの」
「へえ。じゃあなんだ?君と婚約して何年になる?社交界で私と君が婚約していることを知らない田舎者がいるのか?」
「マティアス・・・」
「イネス、いい加減にしなさい。結婚は遊びではない。家同士の大切な契約なんだよ。君の輿入れと同時に君の実家には持参金の倍額の貸付をすることがすでに決まっている。一昨年の水害で被害が出たせいで、資金繰りが悪化したと君の父上に頼まれてね。まあ、未来の父上のためにとご協力を申しでたのだが。その金がなければ、来年の小麦の種は手に入らないんじゃないのか?まさか勝手な理由で婚約解消して、違約金が発生することを知らないわけではないだろう?」
「だから、家同士ならいいでしょ!家が結びつけばいいんでしょ?それが政略結婚なんでしょ!」
イネスが苛立ったように声を荒らげた。苛立つ権利があるのは私の方だと思うが。
「いや、そうとばかりはいえないが・・・ということは、相手はまさかシモン?年下だが・・・」
「いい加減にしてよ!」
さきほどまで白かったイネスの顔に朱がさした。抑えきれない感情が渦をまき、小さくはじけた。
「シモンなわけ無いでしょ!まだ中等部よ?とぼけないで!私の相手は・・・」
「やめろ!」
客間の入り口には、リュカがいた。
あわてて身支度を整えたのか、髪は乱れ、タイがゆがんでいる。
「イネス、やめろ。兄さんには、俺が・・・」
「だって、もう待てないの」イネスの声は固い。
「いつになったら言ってくれるの?私、夕べお父様に言われたの。マティアスとの結婚を早めるって。そんなこと、できるはずない。あなたは誰よりもわかっているでしょう?」
「やめろ、やめてくれ!」
リュカの声は悲鳴のように空気を切り裂いた。
その声に交じる苦悩が目を覚ませと平手打ちした。まさか、イネスの相手は、リュカ?
そんなことあるはずない。リュカは先程まで私を受け入れ、甘く喘いでいたのに・・・
「やめないわ!」
イネスが両手を握りしめた。
「勇気を出してちょうだい、リュカ。これは試練なのよ」
イネスの手の関節が白く浮き出た。握りしめた手は震えている。
「私達愛し合ってるの。どうか、私達を許してちょうだい。そして見守って」
イネスは一体何を言い出したのか。ロマンス小説の読みすぎか、それとも気でもふれたのか?・・・そういえば、昔からリュカにちょっかいばかりかけていた。
本当はリュカのことが好きだったのか?好きになるのは勝手だが、リュカは私のものだ。
私がむっとして口を引き結ぶと、イネスは困ったようにリュカを見た。
入り口に立ちすくむリュカの顔は幽霊のように青ざめて見えた。
「マティアス、私との婚約は解消してください」
「リュカ」私は鋭くリュカを見た。「お前はどうなんだ」
「僕は・・・」リュカが目を閉じ、絶句した。
「マティアス。どうかわかって。リュカだってつらいのよ。あなたのことを慕っていたし・・・でも真実の愛には抵抗できないものなのよ。わかって」
「くだらない」思わず本音が漏れた。
「くらだないですって!真実の愛なのよ!?私のお腹には愛の結晶がいるんですから!」
「イネス、やめろ!」リュカのざらついた声が耳に刺さる。
「愛の・・・結晶?」
まさか・・・イネスは困ったような微笑みを浮かべ、白い手を自分の腹の上で広げた。
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