上 下
154 / 279
第四幕〜終わりの始まり〜

153 【マティアス】父

しおりを挟む
父の書斎を訪れると、父は以前と変わらず、重厚なマホガニーの机の奥に座り、積み上げられた書類を読んでいた。
広大な公爵領は一人では管理できない。
そのため、領地ごとに領主を置き管理させている。父はその領主を束ねる大領主である。
毎日、あちこちから領地の改修の許可や、領民からの訴え、領地をまたぐトラブルや、税の軽減など次から次へと要望がある。
この全てをさばくのは容易ではない。戦地に赴く前は、私とベネディクトの二人で協力して領地を治めたこともあったが、寝る間もないほどの忙しさだった。
父は体調を回復し、大領主としての役目を果たしていると聞いていたが・・・

「来たか」書類から目を上げ、父が小さくうなずいた。
「お呼びいただき、馳せ参じました」

私が頭を下げると、父は近くに来るようにと鷹揚に手を振った。

「落ち着いたか」

私が帰還してから5日ほど経っていた。

「おかげをもちまして。これも父上の温情のたまものです」

私が頭を下げると、父は満足そうに笑った。

「よし。さて、お前が帰ってきて早々ではあるが、お前ももういい年だ。そろそろ跡取りを作らねばなるまい」
「はい」来たか。まあ、確かに、私も20歳をとうに越えている。子の一人や二人いて当然だ。

「聞くところによると、お前は戦地で遊ばなかったそうだな。少しはお前の弟を見習うといい。跡取りを残すのは仕事のうちだ。なんなら、女を囲ってもいい。とにかく早く子を作れ」
「はい」
「女を用意するか?」
帰ってきてから何度この台詞を聞いただろう。なぜ皆私に女を斡旋したがるのか。思わず苦笑いが浮かんだ。
「まあ、婚約者がおりますので」
「まさか、イネスに惚れていたのか?」
「まさかとは、どういう意味ですか?婚約者を愛しく思うのは当然でしょう?」
「へえ?」父は面白がっているように片眉を上げた。「お前は別の人間に惚れてると思っていたがな」

ずきっと胸を突く痛みが走った。何のつもりだ。
まさか、私が愛していると知って、リュカを汚したのか?
殺してやりたいほど腹が立つが、気づかれてはならない。
私は口角をあげ、笑顔を作り上げた。

「何のことですか?イネスへの愛情を疑われることがあったなど・・・私の不徳の致すところですね」
「まあいい。イネスを愛していると言うのならそれでいい。なるべく早く結婚しろ、そして跡取りを作れ。それができなければ、お前の後継はシモンだ」

思わず父を見る目が険しくなった。

「シモン?」
「ああ。あれはなかなか見どころがある。それに、一族の容姿をよく引き継いでいる」
「・・・」

父は私の帰還を阻んだ。私を殺そうとしていた。つまり、私の代わりになる人材を見つけたということだ。
シモンか。私の帰還を祝う宴で大きな声で私に話しかけた少年。まだ幼い。それに、公爵家の勉強を初めて日も浅い。まあいい。いつか力になってくれれば私とて心強い。

「そうですか。それを聞いて安心しました」

私の顔に笑いが広がると、父は困惑したようだ。まさかそんな反応が返ってくるとは思いもよらなかったらしい。

「人生何があるかわからないものです。シモンが後継者の勉強をしてくれているとはよろこばしいです。いくら急いでも私の子が力になってくれるまでには20年近くかかるはずですからね」
「あ、ああ、もちろん、そうだ」

父が慌てて言い、喉が詰まったように咳払いした。

「そ、それでだ。リュカのことだ」

どきりと心臓が大きな音をたてて跳ね上がった。

「はい」声は震えていなかったと思う。
「その、なんだ。私の助手として教育しようと思っているが・・・どう思う?」

は?父の助手?まさか。どれだけ厚顔なんだ。
リュカとて自分を犯した相手と働ける訳がない。
だが、思ってもないいい機会だ。

私は胸元から手紙を取り出した。

「そうですね。いいかもしれません。リュカは父上のことを慕っているようですから」
「なに?慕っている?」

父の声がうわずった。
父はずっと私達の関係を疑っていた。
私がリュカを愛していることも欲しがっていることも正確に見抜いていたはずだ。なぜなら私達は同類だったから。
裏を返せば、父の思いも私に筒抜けだった、ということだ。
父はアディの代わりとしてリュカを見つめていた。

いまでもアディとリュカの区別がついているのかは不明だが・・・リュカに執着しているのは分かっている。
残念ながら、わかりすぎるくらい分かってしまう。
愛と執着のはざまで、リュカが欲しくてたまらないんだろう。
男だとか、血の繋がりがあるからとか関係ない。
リュカがリュカだから、ただそれだけの理由で、惹かれているのでしょう?
にやりとゆるみそうになる口元をぐっと引き締める。

「手紙をね、預かったんですよ。正直大切な弟の未来を考えるとどうかとは思いましたが・・・でも、私はあの子には弱いんです。血を分けたかわいい弟ですからね・・・」

あえて強調するように何度も「弟」を連呼する。
父の頭の中では私はリュカのことを「弟」としか思っていないとインプットされたはずだ。
なぜなら、そのほうが自分にとって都合がいいから。

「ここに置きます」私は一通の封筒を父の机においた。白い封筒が昼の光を弾き、まるで光っているように見えた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。

山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。 お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。 サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。

全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話

みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。 数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品

4人の人類国王子は他種族に孕まされ花嫁となる

クズ惚れつ
BL
遥か未来、この世界には人類、獣類、爬虫類、鳥類、軟体類の5つの種族がいた。 人類は王族から国民までほとんどが、他種族に対し「低知能」だと差別思想を持っていた。 獣類、爬虫類、鳥類、軟体類のトップである4人の王は、人類の独占状態と差別的な態度に不満を抱いていた。そこで一つの恐ろしい計画を立てる。 人類の王子である4人の王の息子をそれぞれ誘拐し、王や王子、要人の花嫁として孕ませて、人類の血(中でも王族という優秀な血)を持った強い同族を増やし、ついでに跡取りを一気に失った人類も衰退させようという計画。 他種族の国に誘拐された王子たちは、孕まされ、花嫁とされてしまうのであった…。 ※淫語、♡喘ぎなどを含む過激エロです、R18には*つけます。 ※毎日18時投稿予定です ※一章ずつ書き終えてから投稿するので、間が空くかもです

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

社畜サラリーマンの優雅な性奴隷生活

BL
異世界トリップした先は、人間の数が異様に少なく絶滅寸前の世界でした。 草臥れた社畜サラリーマンが性奴隷としてご主人様に可愛がられたり嬲られたり虐められたりする日々の記録です。 露骨な性描写あるのでご注意ください。

3人の弟に逆らえない

ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。 主人公:高校2年生の瑠璃 長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。 次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。 三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい? 3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。 しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか? そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。 調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m

ひたむきな獣と飛べない鳥と

本穣藍菜
BL
【お前がこの世界にいなければ、俺はきっと死んでいた】 律は幼馴染みの龍司が大好きだが、知られたら嫌われると思いその気持ちを隠していた。 龍司は律にだけはどこまでも優しく、素顔を見せてくれていたので、それだけで十分だった。 ある日二人は突然異世界に飛ばされ、離ればなれになってしまう。 律はエリン国の繁栄のために召喚され、まれびととして寵愛されるが、同時に軟禁状態にされてしまう。なんとか龍司を探し出そうとするが、それもかなわない。 一方龍司は戦いの最中に身を置くことになったが、律を探し出すために血も肉も厭わず突き進む。 異世界で離ればなれになった二人の幼馴染みは、再び出会うことができるのか。

悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました! スパダリ(本人の希望)な従者と、ちっちゃくて可愛い悪役令息の、溺愛無双なお話です。 ハードな境遇も利用して元気にほのぼのコメディです! たぶん!(笑)

処理中です...