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第三幕〜空白の5年間 リュカ〜
123 【リュカ】まさか、こんなところで…
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「え・・・?」
突然の言葉に、なにを言われたのか理解できず、呆然と見返すと、おじさんとミラが気遣うように俺たちを見た。
「ミラ、店番を頼めるかい?」
おじさんは白いエプロンを外し、俺とヒューゴを店の奥へと続くドアへうながした。
店の奥にある小さな部屋には、木のテーブルと椅子しかない場所に通された。
「悪いね、こんなところで」
「いえ」
俺が椅子に腰掛けると、おじさんとヒューゴはテーブルの向かい側に並んで座った。
「俺のことを探していたんでしょう?」
ヒューゴが口火を切った。
「あんた・・・いや、あなたが医者の見習い・・・あの、母の出産に立ち会った医者の見習い、なんですか?」
「そうです」
まさか、あんなに探してこんなところで偶然に会うとは思いもよらなかった。
「いまさら、なんで、とはおもったけど、あなたが俺のことを探していると、知らせてくれた人はいたんですよ。とはいえ、名乗り出るほどの勇気はありませんでした。あなたの父上に見つかったら命はありませんから。あなたのお母上の出産での事故は俺たちには責任はありません。でも、あの方にはどうしても理解ができないんですよ。俺は、俺の師匠があなたの父上に残酷に殺される姿をずっと見せられましたから・・・」
ヒューゴの顔色が目に見えて悪くなった。
「ヒュー」
おじさんがヒューに寄り添い、手を握った。
「リュカ、わかってくれ。姉さんは事故だったんだ。お産で亡くなる人は多い。それは姉さんだけじゃないんだ。公爵様はどうしてもそれが理解できない。いや、理解したくないのか、ずっと犯人探しをしているが・・・5人目の子を生んだときにも危なかったんだ。本当は6人目を作ってはいけなかったことは、公爵様だってご存知のはずだったんだよ」
「あの、俺はヒューゴさんを責めるために探してたわけじゃないです。それに、閣下・・・いえ、父上に告げ口をする気もありません。ただ、知りたくて。母はなぜ亡くなったのか。あの日何があったのか知りたかったんです」
「本当に?」
おじさんが目を細めた。俺からヒューゴを守ろうとしているのだろう。
「ほんとうです!閣下が兄上を嫌っているから、その理由を見つけたかっただけなんです」
「それは・・・見当もつかないよ」おじさんとヒューゴが目を見合わせた。
「俺にも、わかりません。ただ、あなたは、あの方のお子さんだから知る権利はあるかと思います。俺が知っていることしかお話できませんが」
ヒューゴが俺に体を向けた。
「とはいっても、お話できることはほとんどないんですよ。俺は見習いでしたし、手伝いではいっていただけで。あの日、奥様が産気づいたって先生に知らせが入りました。奥様のお産が難しいことになるのはわかっていましたから、俺達は急いで駆けつけました。奥様は落ち着いていらっしゃって、周りの俺達のほうが泡を食ってた感じで」
目に浮かぶ。母はあの調子でのんびりと応対したのだろう。「大丈夫よ、何度も産んでるんだから」そう言って笑ったことだろう。
「何も特別なことはない、普通の出産でした。あの日は、閣下に命じられて俺たち医者のほか、産婆も立ち会ってましたし。手伝いの女の人も随分とお湯をたくさん用意してくれていて、準備は整っていたんです。もちろん、陣痛はありましたが、奥様は気丈に耐えてらっしゃいましたし、無事に男の子をお産みになったんです。ところが、産んだ途端に、奥様は意識が遠のいたようで、「何も見えない」そうおっしゃったんです。
次の瞬間には、大量に出血され、そのまま・・・それが、あの日起こったことでした」
「そうでしたか。母はなにか言い残しましたか?」
「旦那様、とだけ」
「・・・そうでしたか」
俺は一体何を求めていたんだろう。
この人に母がなくなったときの話を聞いても、何がわかるわけでもなかった。
ただ、母はやはり父を愛していたのだと、うすら寒い思いになっただけだ。
「ただ、公爵様は、理由を求めていました。先生を何度も拷問しながら、どんな手を使って奥様を殺したんだと攻め立てました。否定しても否定しても信じてもらえず・・・最後には少し軟化して、妊婦を殺すための薬を教えれば無罪放免にしてやると言われましたが・・・」
「妊婦を殺す薬なんてあるんですか?」
「妊婦だけを殺す薬なんてあるわけないです。奥様のような方に、出産のときにリスクが有る薬を処方する医者も薬師もいません。それだけは断言できます。正直、女の人が死ぬ原因で一番多いのは出産の事故ですから。俺たちだって用心してかかるんです。ただ、体質もあるし、わからないんです。残念だけど亡くなってしまう方はどうしてもいますから」
「それなのになぜ?」
ヒューゴは用心深そうな目つきになった。
「旦那様は、奥様に誰かが薬を盛ったと考えていたようです。むしろ自分が子堕ろしの薬を飲ませようとした、とも聞いてますしね。でも、何度でも言いますが、妊婦にそんな危険がある薬は売りません。それは絶対です!」
蒼白になったヒューゴの顔には、右側に大きな引き攣れの痕が残っていた。
それはおそらく、拷問のあとなのだろう。
「はは、気づきますよね。公爵様は、悪魔の化身だと思いましたよ。先生を拷問して、何度も何度も問い詰めたんです。指先を潰したり、指を引き抜いたり・・・最期、先生だった肉の欠片になった姿にはいまでもうなされます。本当に恐ろしい方です・・・先生は俺は何も知らないからとかばってくださったので、俺は殺されずにすんだんです。でも、二度と医者としてやっていけると思うなと脅されましたし・・・俺だって、恐ろしくて医者になる夢は諦めました。ボロボロになってさまよっているところを、偶然ここの先生に救ってもらって・・・まあ、今にいたるってとこです」
突然の言葉に、なにを言われたのか理解できず、呆然と見返すと、おじさんとミラが気遣うように俺たちを見た。
「ミラ、店番を頼めるかい?」
おじさんは白いエプロンを外し、俺とヒューゴを店の奥へと続くドアへうながした。
店の奥にある小さな部屋には、木のテーブルと椅子しかない場所に通された。
「悪いね、こんなところで」
「いえ」
俺が椅子に腰掛けると、おじさんとヒューゴはテーブルの向かい側に並んで座った。
「俺のことを探していたんでしょう?」
ヒューゴが口火を切った。
「あんた・・・いや、あなたが医者の見習い・・・あの、母の出産に立ち会った医者の見習い、なんですか?」
「そうです」
まさか、あんなに探してこんなところで偶然に会うとは思いもよらなかった。
「いまさら、なんで、とはおもったけど、あなたが俺のことを探していると、知らせてくれた人はいたんですよ。とはいえ、名乗り出るほどの勇気はありませんでした。あなたの父上に見つかったら命はありませんから。あなたのお母上の出産での事故は俺たちには責任はありません。でも、あの方にはどうしても理解ができないんですよ。俺は、俺の師匠があなたの父上に残酷に殺される姿をずっと見せられましたから・・・」
ヒューゴの顔色が目に見えて悪くなった。
「ヒュー」
おじさんがヒューに寄り添い、手を握った。
「リュカ、わかってくれ。姉さんは事故だったんだ。お産で亡くなる人は多い。それは姉さんだけじゃないんだ。公爵様はどうしてもそれが理解できない。いや、理解したくないのか、ずっと犯人探しをしているが・・・5人目の子を生んだときにも危なかったんだ。本当は6人目を作ってはいけなかったことは、公爵様だってご存知のはずだったんだよ」
「あの、俺はヒューゴさんを責めるために探してたわけじゃないです。それに、閣下・・・いえ、父上に告げ口をする気もありません。ただ、知りたくて。母はなぜ亡くなったのか。あの日何があったのか知りたかったんです」
「本当に?」
おじさんが目を細めた。俺からヒューゴを守ろうとしているのだろう。
「ほんとうです!閣下が兄上を嫌っているから、その理由を見つけたかっただけなんです」
「それは・・・見当もつかないよ」おじさんとヒューゴが目を見合わせた。
「俺にも、わかりません。ただ、あなたは、あの方のお子さんだから知る権利はあるかと思います。俺が知っていることしかお話できませんが」
ヒューゴが俺に体を向けた。
「とはいっても、お話できることはほとんどないんですよ。俺は見習いでしたし、手伝いではいっていただけで。あの日、奥様が産気づいたって先生に知らせが入りました。奥様のお産が難しいことになるのはわかっていましたから、俺達は急いで駆けつけました。奥様は落ち着いていらっしゃって、周りの俺達のほうが泡を食ってた感じで」
目に浮かぶ。母はあの調子でのんびりと応対したのだろう。「大丈夫よ、何度も産んでるんだから」そう言って笑ったことだろう。
「何も特別なことはない、普通の出産でした。あの日は、閣下に命じられて俺たち医者のほか、産婆も立ち会ってましたし。手伝いの女の人も随分とお湯をたくさん用意してくれていて、準備は整っていたんです。もちろん、陣痛はありましたが、奥様は気丈に耐えてらっしゃいましたし、無事に男の子をお産みになったんです。ところが、産んだ途端に、奥様は意識が遠のいたようで、「何も見えない」そうおっしゃったんです。
次の瞬間には、大量に出血され、そのまま・・・それが、あの日起こったことでした」
「そうでしたか。母はなにか言い残しましたか?」
「旦那様、とだけ」
「・・・そうでしたか」
俺は一体何を求めていたんだろう。
この人に母がなくなったときの話を聞いても、何がわかるわけでもなかった。
ただ、母はやはり父を愛していたのだと、うすら寒い思いになっただけだ。
「ただ、公爵様は、理由を求めていました。先生を何度も拷問しながら、どんな手を使って奥様を殺したんだと攻め立てました。否定しても否定しても信じてもらえず・・・最後には少し軟化して、妊婦を殺すための薬を教えれば無罪放免にしてやると言われましたが・・・」
「妊婦を殺す薬なんてあるんですか?」
「妊婦だけを殺す薬なんてあるわけないです。奥様のような方に、出産のときにリスクが有る薬を処方する医者も薬師もいません。それだけは断言できます。正直、女の人が死ぬ原因で一番多いのは出産の事故ですから。俺たちだって用心してかかるんです。ただ、体質もあるし、わからないんです。残念だけど亡くなってしまう方はどうしてもいますから」
「それなのになぜ?」
ヒューゴは用心深そうな目つきになった。
「旦那様は、奥様に誰かが薬を盛ったと考えていたようです。むしろ自分が子堕ろしの薬を飲ませようとした、とも聞いてますしね。でも、何度でも言いますが、妊婦にそんな危険がある薬は売りません。それは絶対です!」
蒼白になったヒューゴの顔には、右側に大きな引き攣れの痕が残っていた。
それはおそらく、拷問のあとなのだろう。
「はは、気づきますよね。公爵様は、悪魔の化身だと思いましたよ。先生を拷問して、何度も何度も問い詰めたんです。指先を潰したり、指を引き抜いたり・・・最期、先生だった肉の欠片になった姿にはいまでもうなされます。本当に恐ろしい方です・・・先生は俺は何も知らないからとかばってくださったので、俺は殺されずにすんだんです。でも、二度と医者としてやっていけると思うなと脅されましたし・・・俺だって、恐ろしくて医者になる夢は諦めました。ボロボロになってさまよっているところを、偶然ここの先生に救ってもらって・・・まあ、今にいたるってとこです」
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