219 / 279
第四幕〜終わりの始まり〜
218 【リュカ】本当の望み
しおりを挟む
厚い扉が閉まり、兄さんは俺を自分の人生から、あっさりと追い出した。
俺は今までずっと公爵家から出ていきたかった。
でも、それが兄さんから離れる結末になるってことを、本当には理解していなかったように思う。
じゃあ、どうなると思っていたんだ?
自分に問いかけても答えは出ない。
単なる邪魔者でしかない俺。
兄さんが生まれながらに背負わされている大きな責任。
どこをどうしても釣り合わない。
しかも、俺は子を産んでやれるわけでもなし・・・いや、そもそも弟だし。
でも、ただの補佐役として兄さんのそばにいて、妻や愛人の存在に耐えるには、兄さんを愛しすぎていた。
それなのに。
未練たらしく、ドアの前で兄さんが追いかけてきてくれるのを待つ。
兄さんのドアを守る騎士が怪訝な顔で俺をじろじろと見た。
薄ら笑いを浮かべて誤魔化しても、にこりともしない強面に思わず視線をそらす。
(そうか、兄さんは本気で男妾を厄介払いしたかったんだ)
それに気がついた時、ずきりと胸が痛み、涙がにじんだ。
俺は、バカだ。
分かっていたけど、やっぱり、バカだ。
兄さんを追い詰めて、俺を追い出させる理由を与えるなんて。
本当はそばにいたかったくせに。
でも、兄さんが母ちゃんが死ぬ原因を作ったってことを知ったいま、いままでと同じ関係でいられるわけもなかった。
でも・・・
未練たらしく、扉に握った拳と額を押し当て中の様子を伺う。
耳をすますと、これほどつらく悲しい声があるのかと思うほど苦しげな、押し殺したようなうめき声が聞こえてきた。
そばに駆け戻り、抱きしめたい。
なぜ?どうして?
男妾を厄介払いしてせいせいしたんじゃないのか?
なぜ、そんなに苦しそうにしているの?
・・・ああ。
兄さんは、俺を自分から逃したんだ。
互いにどうしようもないほどの執着を経て、辿り着く先はどこにもない。
俺たちが兄弟じゃなかったら?男同士じゃなかったら?
どうにかなったのか?
わからない。
でも、そんなことを考えても現実は変わらない。
だけど、いま、俺たちがたどり着いたここが現実なんだ。
強大な公爵家そのものである兄はあまりにも大きな責任を負っていて、逃げることは許されない。
だが、俺を逃がすことはできる。
それが、兄さんの望みだったんだ。
兄さんは、俺を愛してはいなかったかもしれないが、失って悲しむ程度は情があったと思ってもいいのかな。
涙がぼろぼろとこぼれ、床を濡らした。
兄さん、俺、兄さんのことめちゃくちゃ好き。
他の誰よりも好き。
一生愛してる。
でも、俺、行くよ。
それが、兄さんの望みだから。
まだ、兄の苦しげな声が聞こえてくる。
ああ、兄さん。あんたが呼んでくれれば俺は足に羽が生えたように素早く戻るよ。
だが、だめだ。行かなくては。
ここはもう俺の家ではない。
いや、最初から俺の家ではなかった。
俺は、顔を上げた。
大した人間じゃないし、大それたことは出来ない。
でも、俺、必死で生きるよ。
兄さんが弟として誇りに思えるように。
少なくとも恥ずかしくはない人間だと思ってもらえるように。
それが、俺の愛情だから。
頬を濡らした涙を右手でゴシゴシとこする。
騎士が気の毒に思ったのか、どこからか出したリネンを差し出してくれた。
「ありがとう」
礼を言って顔を拭うと、玄関に向かった。
ここに初めてきたのは、いくつの時だったっけ?ずいぶん幼かった。そう、7歳の時だ。長い時間が経った。その時からずっと兄さんは俺の真ん中にいた。そして、これからも真ん中に居続けるだろう。
二度と会えない。
俺と兄さんの本当の距離。それは、あの凱旋パレードの時に思い知らされていた。
信じられないほど大勢の人並みの中、豆粒のように小さく見えたきらめく存在。
(星か・・・)
急にネルのことを思い出した。
(ネル、お前の言うとおりだ。やっぱり、兄さんは星だったよ)
階段を降りると、踊り場の窓から、女が赤子の世話をしている姿が見えた。
おそらく、乳母とイネスの産んだ子だろう。
どきりと胸が鳴る。まさか・・・
赤子が大声で泣き、乳母が赤子を抱き上げ、体をやさしく揺すると、いやいやと首を振った赤子の首から帽子が落ち、はっきりと顔が見えた。
(なんだ・・・)
ほっと息が漏れた。
(兄さんの子じゃないか)
誰が見ても、赤子は兄さんの胤だった。
(よかった。だけど俺はますます用済みだな)
まだ、傷つくことができる。兄がイネスとの間に子を作ったという事実は、ナイフを胸に突き立てたような痛みと俺の子じゃなくてよかったという安堵を同時にもたらした。
もう、なにも俺を公爵家に留めるものはなかった。
階段を降りると、玄関ホールではベネディクトが気遣わしげにウロウロと歩き回っていた。
俺たちがなにを話していたのか、察していたんだろう。
俺の姿を認めると、初めて冷静さを崩して駆け寄ってきた。
「リュカ様、どうかマティアス様を許して差し上げてください、どうか、御心を広く・・・」
正直、そうしたかった。
兄の罪を明らかにして、どう贖罪するのかはともかく、正直に言ってくれれば何かが変わると思っていた。
だが、何も変わらなかった。
兄は、それを望まなかった。
「許すことなんてありませんよ」
俺は今までずっと公爵家から出ていきたかった。
でも、それが兄さんから離れる結末になるってことを、本当には理解していなかったように思う。
じゃあ、どうなると思っていたんだ?
自分に問いかけても答えは出ない。
単なる邪魔者でしかない俺。
兄さんが生まれながらに背負わされている大きな責任。
どこをどうしても釣り合わない。
しかも、俺は子を産んでやれるわけでもなし・・・いや、そもそも弟だし。
でも、ただの補佐役として兄さんのそばにいて、妻や愛人の存在に耐えるには、兄さんを愛しすぎていた。
それなのに。
未練たらしく、ドアの前で兄さんが追いかけてきてくれるのを待つ。
兄さんのドアを守る騎士が怪訝な顔で俺をじろじろと見た。
薄ら笑いを浮かべて誤魔化しても、にこりともしない強面に思わず視線をそらす。
(そうか、兄さんは本気で男妾を厄介払いしたかったんだ)
それに気がついた時、ずきりと胸が痛み、涙がにじんだ。
俺は、バカだ。
分かっていたけど、やっぱり、バカだ。
兄さんを追い詰めて、俺を追い出させる理由を与えるなんて。
本当はそばにいたかったくせに。
でも、兄さんが母ちゃんが死ぬ原因を作ったってことを知ったいま、いままでと同じ関係でいられるわけもなかった。
でも・・・
未練たらしく、扉に握った拳と額を押し当て中の様子を伺う。
耳をすますと、これほどつらく悲しい声があるのかと思うほど苦しげな、押し殺したようなうめき声が聞こえてきた。
そばに駆け戻り、抱きしめたい。
なぜ?どうして?
男妾を厄介払いしてせいせいしたんじゃないのか?
なぜ、そんなに苦しそうにしているの?
・・・ああ。
兄さんは、俺を自分から逃したんだ。
互いにどうしようもないほどの執着を経て、辿り着く先はどこにもない。
俺たちが兄弟じゃなかったら?男同士じゃなかったら?
どうにかなったのか?
わからない。
でも、そんなことを考えても現実は変わらない。
だけど、いま、俺たちがたどり着いたここが現実なんだ。
強大な公爵家そのものである兄はあまりにも大きな責任を負っていて、逃げることは許されない。
だが、俺を逃がすことはできる。
それが、兄さんの望みだったんだ。
兄さんは、俺を愛してはいなかったかもしれないが、失って悲しむ程度は情があったと思ってもいいのかな。
涙がぼろぼろとこぼれ、床を濡らした。
兄さん、俺、兄さんのことめちゃくちゃ好き。
他の誰よりも好き。
一生愛してる。
でも、俺、行くよ。
それが、兄さんの望みだから。
まだ、兄の苦しげな声が聞こえてくる。
ああ、兄さん。あんたが呼んでくれれば俺は足に羽が生えたように素早く戻るよ。
だが、だめだ。行かなくては。
ここはもう俺の家ではない。
いや、最初から俺の家ではなかった。
俺は、顔を上げた。
大した人間じゃないし、大それたことは出来ない。
でも、俺、必死で生きるよ。
兄さんが弟として誇りに思えるように。
少なくとも恥ずかしくはない人間だと思ってもらえるように。
それが、俺の愛情だから。
頬を濡らした涙を右手でゴシゴシとこする。
騎士が気の毒に思ったのか、どこからか出したリネンを差し出してくれた。
「ありがとう」
礼を言って顔を拭うと、玄関に向かった。
ここに初めてきたのは、いくつの時だったっけ?ずいぶん幼かった。そう、7歳の時だ。長い時間が経った。その時からずっと兄さんは俺の真ん中にいた。そして、これからも真ん中に居続けるだろう。
二度と会えない。
俺と兄さんの本当の距離。それは、あの凱旋パレードの時に思い知らされていた。
信じられないほど大勢の人並みの中、豆粒のように小さく見えたきらめく存在。
(星か・・・)
急にネルのことを思い出した。
(ネル、お前の言うとおりだ。やっぱり、兄さんは星だったよ)
階段を降りると、踊り場の窓から、女が赤子の世話をしている姿が見えた。
おそらく、乳母とイネスの産んだ子だろう。
どきりと胸が鳴る。まさか・・・
赤子が大声で泣き、乳母が赤子を抱き上げ、体をやさしく揺すると、いやいやと首を振った赤子の首から帽子が落ち、はっきりと顔が見えた。
(なんだ・・・)
ほっと息が漏れた。
(兄さんの子じゃないか)
誰が見ても、赤子は兄さんの胤だった。
(よかった。だけど俺はますます用済みだな)
まだ、傷つくことができる。兄がイネスとの間に子を作ったという事実は、ナイフを胸に突き立てたような痛みと俺の子じゃなくてよかったという安堵を同時にもたらした。
もう、なにも俺を公爵家に留めるものはなかった。
階段を降りると、玄関ホールではベネディクトが気遣わしげにウロウロと歩き回っていた。
俺たちがなにを話していたのか、察していたんだろう。
俺の姿を認めると、初めて冷静さを崩して駆け寄ってきた。
「リュカ様、どうかマティアス様を許して差し上げてください、どうか、御心を広く・・・」
正直、そうしたかった。
兄の罪を明らかにして、どう贖罪するのかはともかく、正直に言ってくれれば何かが変わると思っていた。
だが、何も変わらなかった。
兄は、それを望まなかった。
「許すことなんてありませんよ」
0
お気に入りに追加
224
あなたにおすすめの小説
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
Tally marks
あこ
BL
五回目の浮気を目撃したら別れる。
カイトが巽に宣言をしたその五回目が、とうとうやってきた。
「関心が無くなりました。別れます。さよなら」
✔︎ 攻めは体格良くて男前(コワモテ気味)の自己中浮気野郎。
✔︎ 受けはのんびりした話し方の美人も裸足で逃げる(かもしれない)長身美人。
✔︎ 本編中は『大学生×高校生』です。
✔︎ 受けのお姉ちゃんは超イケメンで強い(物理)、そして姉と婚約している彼氏は爽やか好青年。
✔︎ 『彼者誰時に溺れる』とリンクしています(あちらを読んでいなくても全く問題はありません)
🔺ATTENTION🔺
このお話は『浮気野郎を後悔させまくってボコボコにする予定』で書き始めたにも関わらず『どうしてか元サヤ』になってしまった連載です。
そして浮気野郎は元サヤ後、受け溺愛ヘタレ野郎に進化します。
そこだけ本当、ご留意ください。
また、タグにはない設定もあります。ごめんなさい。(10個しかタグが作れない…せめてあと2個作らせて欲しい)
➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
➡︎ 『番外編:本編完結後』に区分されている小説については、完結後設定の番外編が小説の『更新順』に入っています。『時系列順』になっていません。
➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。
個人サイトでの連載開始は2016年7月です。
これを加筆修正しながら更新していきます。
ですので、作中に古いものが登場する事が多々あります。
Please,Call My Name
叶けい
BL
アイドルグループ『star.b』最年長メンバーの桐谷大知はある日、同じグループのメンバーである櫻井悠貴の幼なじみの青年・雪村眞白と知り合う。眞白には難聴のハンディがあった。
何度も会ううちに、眞白に惹かれていく大知。
しかし、かつてアイドルに憧れた過去を持つ眞白の胸中は複雑だった。
大知の優しさに触れるうち、傷ついて頑なになっていた眞白の気持ちも少しずつ解けていく。
眞白もまた大知への想いを募らせるようになるが、素直に気持ちを伝えられない。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺
toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染)
※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。
pixivでも同タイトルで投稿しています。
https://www.pixiv.net/users/3179376
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/98346398
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
僕の兄は◯◯です。
山猫
BL
容姿端麗、才色兼備で周囲に愛される兄と、両親に出来損ない扱いされ、疫病除けだと存在を消された弟。
兄の監視役兼影のお守りとして両親に無理やり決定づけられた有名男子校でも、異性同性関係なく堕としていく兄を遠目から見守って(鼻ほじりながら)いた弟に、急な転機が。
「僕の弟を知らないか?」
「はい?」
これは王道BL街道を爆走中の兄を躱しつつ、時には巻き込まれ、時にはシリアス(?)になる弟の観察ストーリーである。
文章力ゼロの思いつきで更新しまくっているので、誤字脱字多し。広い心で閲覧推奨。
ちゃんとした小説を望まれる方は辞めた方が良いかも。
ちょっとした笑い、息抜きにBLを好む方向けです!
ーーーーーーーー✂︎
この作品は以前、エブリスタで連載していたものです。エブリスタの投稿システムに慣れることが出来ず、此方に移行しました。
今後、こちらで更新再開致しますのでエブリスタで見たことあるよ!って方は、今後ともよろしくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる