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第三幕〜空白の5年間 リュカ〜

113 【リュカ】夜の当番

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うつらうつらと夢と現実の境目をただよい続け、また夜が来た。
日が落ち、外が暗くなると、蜜蝋のろうそくが灯された。
静かに、炎がゆらめく。

ぼんやりとその朱色のゆらぎを見つめていると静かにとびらがひらき、すべるように女がひとり入ってきた。
焦点があわない。幻かもしれない。女が体を動かすと、白い服がロウソクのあかりをうけ、優雅に羽を揺らす蛾のようにみえた。

「リュカ」そっと呼びかける声。目が覚め、声の主を見た。
「・・・ネル?」

「私が夜の当番なの」ネルはささやくような声で言った。
「なんでネルが」
「忘れたの?あんたが呼んだのに」
「俺が?」
「うわごとで私の名前を呼んだんだって。助けてくれって」
「そんな」まさか。俺より小さなネルに助けを求めたなんて、嘘だろう?

「光栄よ。友達だもの。困った時は助け合わないと」
ネルが温かい目で俺を見た。
夢か幻かはわからない。あの時、俺をなだめた優しい声の主はネルだったのか。

「悪い」
「ううん、いいの。ふふっ。ひとつ貸しよ?」
「もちろん!」
「冗談に決まってるじゃない。友達の力になれればうれしい」
「ありがとう」
「どういたしまして」

ネルはにっこりと笑うと、ベッドの脇に置かれたソファーに腰掛けた。

「後で驚かないように一応言っておくけど」ネルはいたずらっぽく笑った。
「私、あんたの恋人ってことになってるから」
「え?」
「だって、あんたこの屋敷中の女のひとに手をつけたでしょ?あんたの世話がしたいって争奪戦みたいになって大変だったのよ。まあ、あんたもそれどころじゃないから私が恋人ってことにしたってわけ。その場をおさめるために家令さんが苦し紛れについた嘘だったんだけど、まあいっかってなったのよ。私も協力したかったしね」

ネルと話をしようと、体を起こすと、後ろ穴に鋭い痛みが走った。
思わず顔をしかめる。

「大丈夫?」

ネルが心配そうに俺に手を伸ばしたが、小さく息を飲むと慌てて視線をそらした。

(知ってるんだ)

そりゃそうか。俺の看病をしてくれてたんだから、知ってるはずだ。でも、知られたくなかったな。

「俺、実の父親にヤられたんだ。知ってるんだろ?」

どうとでもなれと、俺はネルに言葉をぶつけた。
ネルは目を見開き、息を飲んだ。

「リュカ」やっと、言葉を返すと、困ったように視線をさまよわせた。「言わなくてもいいのよ?私は、そばで休んでいるだけだから。あなたがうなされている時にちょっとお世話するだけ。実はほとんど寝ちゃってるのよ。だから、気にしないで。何も言わなくても・・・」

「いや、聞いてくれ」俺はネルの言葉をさえぎった。「不快なことを聞かせてごめん。でも、聞いてくれ。そして、できれば、この部屋から一歩出たら、全部忘れてほしい」

ネルはじっと俺の顔を見た。戸惑い、心配、おそれ。色々な感情がネルの上を流れた。
時間にしてどれくらいだったろう。
すごく長かったような、短かったような気がする。
気まずく、気遣わしげなその時間の終わりに、ネルは大きく息を吐いた。

「わかったわ。聞かせて。そして、明日目が覚めたら全部忘れるって約束する。聞いても聞かなくてもあんたと私の友情には何にも変わりはないってことも。言いたくないことは言わなくていい。でも話したいなら話して」

「ん、ありがとう」

苦しみと後悔は、俺の中で逃げ場を求めて荒れ狂っている。
ネルならきっと俺を助けてくれる。聞いてくれるだけでいい、それだけで、きっと、俺のズタズタになった魂は救われるだろう。

「どこまで知ってるんだ?」
「何も」ネルは肩をすくめた。「私が呼ばれたのは、あんたが寝言で私にたすけてくれって言ったから。家令さんに呼ばれて来たのよ。そうしたら、メイドさんたちがあんたの世話を誰がするんだって大もめ。ほとんどつかみ合いのケンカになってたの。それを止めるために家令さんが私のことを恋人だって伝えたら、あっという間に全員が敵に回って何も教えてもらえなくなったの」
「あー、すまん」過去の悪事に尻尾をつかまれるってこういうことをいうんだな。めちゃくちゃ気まずい。

「まあ、あんたのとんでもない女関係のことは知ってたし、噂の半分でもとんでもない女たらしだしね。でもびっくりはしたけど。妹さんは何も知らないし。まあ、当たり前よね。貴族のお嬢さんにそんな不品行教えられないもん。でも、出血したことがあったから。その時のお医者さんとか家令さんの反応からして、なんとなく・・・ほらコソコソしすぎているっていうのかな?いかにも何かを隠してるようなんだもん。出血も場所が場所だったし。なんとなくね」

「そうか」
「というわけで、相手が誰かとかは知らなかった」
「あー、俺、しくじったか?」俺は頭を抱えた。

「んー・・・まあ、そうかもしれないし、そうじゃないかも。どうせ明日には全部忘れるから、話しちゃったら?」





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