102 / 279
第三幕〜空白の5年間 リュカ〜
101 【リュカ】引越し
しおりを挟む
まだ、夏が残る短い秋に、学園の寮は新入生を迎えるため、総入れ替えが行われる。
俺は高等部の寮に移動し、中等部の生徒に場所を空けてやらなくてはならない。俺が使っていた部屋にはシモンが入寮することになり、あっさりと同室者が決まった。
俺とは違って、金髪で閣下のお気に入りと噂されているシモンは私生児でも問題ないらしい。閣下が足繁くシモンの鍛錬のために下屋敷に通っていることは、高位貴族なら知っていて当然の常識となっているようだ。
すこし面白くないが、だが、弟が俺のようにさげすまれるよりいい。
俺といえば、相変わらずだった。
友達は、イヴァンとネルだけ。俺を通じてふたりが親しくなることはなかったが、どちらとも気のおけない付き合いが続いていた。
寮の入れ替えの時だけは、実家から使用人を呼ぶことが許され、実際には高位貴族の子弟は荷物を運んだりすることはない。
俺はこっそりと、兄にしたためた手紙をかばんに入れ、持ち出した。これだけは誰にも見られたくない。
本当は、兄に手紙を届けたかった。俺がどれだけ兄を好きか、兄に会いたいか。兄の身を案じていることを、伝えたかった。だが、それはできない。ベネディクトに頼めばたまには手紙を届けてくれたのかもしれない。
だが、兄に渡される手紙には全て軍の検閲が入ると聞き、諦めた。
弟から兄への恋文が他人に見られたらスキャンダルでしかない。だから、俺は兄への手紙を書き溜め、こっそりと隠していた。気が向いた時に書き続けた手紙は、100通をこえている。届かないとわかっている手紙には、俺の本音を書くことができた。だからこそ、絶対に誰にも見られたくない。
かばんにぎゅうぎゅうに詰め込まれた手紙は、その重さとともに、俺の未練そのものだった。
俺は、ベネディクトと下屋敷の家令がきびきびと使用人を指揮する邪魔にならないよう、重いカバンをぶら下げ、生徒たちが時間を潰している中庭に向かった。
まだ強い日差しと青々とした木々が、居座る夏の暑さを増幅させている。
木陰を探すが、生徒たちであふれかえっていた。どこにも座れそうなスペースはない。
その中には、使用人にパラソルをさしかけさせ、広々と場所をとってのんびりとお茶を楽しんでいるご令嬢も数人いた。ここでも身分制度は健在だった。
見まわすと木陰の奥からイヴァンが手を振った。
近寄ろうとしたとき、「リュカ」と声がかかった。パラソル族のひとりだ。
「イネス」
俺はイネスと距離をたもったまま、礼儀正しく頭を下げた。
あのダンスレッスンからずっとイネスと距離をたもち、絶対に人前以外でふたりきりにならないように気をつけていた。
「話があるんだけど」
「承ります」
「ここではちょっと・・・」
イネスは周りに目をむけ、他の生徒が聞き耳を立てていることを暗に示した。
おれは顔をしかめ、すこし考えた。ふたりきりにはなりたくない。
「だいじな話なの。マティアスのことで・・・」
イネスが小声でささやきかけた。兄のことならば聞かねばならない。
「イヴァンが同席しても?」
「いいわ」
そう言うと、イネスは侍女に一緒に来るように合図し、人気のない石造りの校舎の裏へともに移動した。
草いきれが青くにおい、虫が鳴いていた。
小さな虫がブーンと羽音を立て、俺に絡みついてくるのを手で払う。
イヴァンは俺たちの邪魔をしないように、無言で後ろから付いてきてくれた。
「リュカ」イネスの顔は真剣だった。相変わらず可愛らしい顔立ちだが、今日は俺に粉をかけるときのような、あざとさはない。
「マティアスが帰ってこないの」
「え?」
俺はイネスの言葉を聞き返した。このあいだベネディクトに聞いた時には、2年間の軍役を越え、近々戻ってくると聞いていた。それなのに?
「よくわからないのよ。なぜ戻ってこないのか、教えていただけないの。ベネディクトに聞いても言葉をにごすばかりで・・・ねえ、あなた聞いてくれない?弟なんだから、教えていただけるんじゃないの?」
イネスの話は思ったよりも、大切な話だった。
軍役の義務は2年間のはず。なぜ、兄は戻ってこられない?いや、戻る気がないのか?わからない。
それに、嫡男を長く軍務に取られたと、公爵家が抗議すればいいのでは?
一体何が起きているのかわからない。
だが、兄の安全に関わることだ。
「・・・教えていただけるかはわからないけど、聞いてみるよ」
頼まれなくても知りたい。俺が返事をすると、イネスは大きく頷いた。
俺は高等部の寮に移動し、中等部の生徒に場所を空けてやらなくてはならない。俺が使っていた部屋にはシモンが入寮することになり、あっさりと同室者が決まった。
俺とは違って、金髪で閣下のお気に入りと噂されているシモンは私生児でも問題ないらしい。閣下が足繁くシモンの鍛錬のために下屋敷に通っていることは、高位貴族なら知っていて当然の常識となっているようだ。
すこし面白くないが、だが、弟が俺のようにさげすまれるよりいい。
俺といえば、相変わらずだった。
友達は、イヴァンとネルだけ。俺を通じてふたりが親しくなることはなかったが、どちらとも気のおけない付き合いが続いていた。
寮の入れ替えの時だけは、実家から使用人を呼ぶことが許され、実際には高位貴族の子弟は荷物を運んだりすることはない。
俺はこっそりと、兄にしたためた手紙をかばんに入れ、持ち出した。これだけは誰にも見られたくない。
本当は、兄に手紙を届けたかった。俺がどれだけ兄を好きか、兄に会いたいか。兄の身を案じていることを、伝えたかった。だが、それはできない。ベネディクトに頼めばたまには手紙を届けてくれたのかもしれない。
だが、兄に渡される手紙には全て軍の検閲が入ると聞き、諦めた。
弟から兄への恋文が他人に見られたらスキャンダルでしかない。だから、俺は兄への手紙を書き溜め、こっそりと隠していた。気が向いた時に書き続けた手紙は、100通をこえている。届かないとわかっている手紙には、俺の本音を書くことができた。だからこそ、絶対に誰にも見られたくない。
かばんにぎゅうぎゅうに詰め込まれた手紙は、その重さとともに、俺の未練そのものだった。
俺は、ベネディクトと下屋敷の家令がきびきびと使用人を指揮する邪魔にならないよう、重いカバンをぶら下げ、生徒たちが時間を潰している中庭に向かった。
まだ強い日差しと青々とした木々が、居座る夏の暑さを増幅させている。
木陰を探すが、生徒たちであふれかえっていた。どこにも座れそうなスペースはない。
その中には、使用人にパラソルをさしかけさせ、広々と場所をとってのんびりとお茶を楽しんでいるご令嬢も数人いた。ここでも身分制度は健在だった。
見まわすと木陰の奥からイヴァンが手を振った。
近寄ろうとしたとき、「リュカ」と声がかかった。パラソル族のひとりだ。
「イネス」
俺はイネスと距離をたもったまま、礼儀正しく頭を下げた。
あのダンスレッスンからずっとイネスと距離をたもち、絶対に人前以外でふたりきりにならないように気をつけていた。
「話があるんだけど」
「承ります」
「ここではちょっと・・・」
イネスは周りに目をむけ、他の生徒が聞き耳を立てていることを暗に示した。
おれは顔をしかめ、すこし考えた。ふたりきりにはなりたくない。
「だいじな話なの。マティアスのことで・・・」
イネスが小声でささやきかけた。兄のことならば聞かねばならない。
「イヴァンが同席しても?」
「いいわ」
そう言うと、イネスは侍女に一緒に来るように合図し、人気のない石造りの校舎の裏へともに移動した。
草いきれが青くにおい、虫が鳴いていた。
小さな虫がブーンと羽音を立て、俺に絡みついてくるのを手で払う。
イヴァンは俺たちの邪魔をしないように、無言で後ろから付いてきてくれた。
「リュカ」イネスの顔は真剣だった。相変わらず可愛らしい顔立ちだが、今日は俺に粉をかけるときのような、あざとさはない。
「マティアスが帰ってこないの」
「え?」
俺はイネスの言葉を聞き返した。このあいだベネディクトに聞いた時には、2年間の軍役を越え、近々戻ってくると聞いていた。それなのに?
「よくわからないのよ。なぜ戻ってこないのか、教えていただけないの。ベネディクトに聞いても言葉をにごすばかりで・・・ねえ、あなた聞いてくれない?弟なんだから、教えていただけるんじゃないの?」
イネスの話は思ったよりも、大切な話だった。
軍役の義務は2年間のはず。なぜ、兄は戻ってこられない?いや、戻る気がないのか?わからない。
それに、嫡男を長く軍務に取られたと、公爵家が抗議すればいいのでは?
一体何が起きているのかわからない。
だが、兄の安全に関わることだ。
「・・・教えていただけるかはわからないけど、聞いてみるよ」
頼まれなくても知りたい。俺が返事をすると、イネスは大きく頷いた。
0
お気に入りに追加
224
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
死んだら男女比1:99の異世界に来ていた。SSスキル持ちの僕を冒険者や王女、騎士が奪い合おうとして困っているんですけど!?
わんた
ファンタジー
DVの父から母を守って死ぬと、異世界の住民であるイオディプスの体に乗り移って目覚めた。
ここは、男女比率が1対99に偏っている世界だ。
しかもスキルという特殊能力も存在し、イオディプスは最高ランクSSのスキルブースターをもっている。
他人が持っているスキルの効果を上昇させる効果があり、ブースト対象との仲が良ければ上昇率は高まるうえに、スキルが別物に進化することもある。
本来であれば上位貴族の夫(種馬)として過ごせるほどの能力を持っているのだが、当の本人は自らの価値に気づいていない。
贅沢な暮らしなんてどうでもよく、近くにいる女性を幸せにしたいと願っているのだ。
そんな隙だらけの男を、知り合った女性は見逃さない。
家で監禁しようとする危険な女性や子作りにしか興味のない女性などと、表面上は穏やかな生活をしつつ、一緒に冒険者として活躍する日々が始まった。
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる