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第三幕〜空白の5年間 リュカ〜
94 【リュカ】役に立ちたい
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兄は、俺の媚薬だ。
吸い寄せられるかのように、兄に近づいてしまうと、兄は嫌悪するように顔をしかめ、一歩後ろにさがった。
やりすぎた。ずきりと痛む胸の痛みを無視する。
せっかく兄さんが話をしてくれたのに。だいなしにしてしまわないように、冷静に伝えなくては。
俺はひとつ息を吐くと、私が代わりに軍役につきたいと切り出した。
16歳になれば、戦地に赴くこともできる。あとすこしだけ待ってもらえるのなら、兄が危険に身をさらすことはない。
だが、申し出はちゅうちょなく却下された。
兄の代わりに、俺がイネスの家と縁を結ぼうかと申し出たことも、裏目にでた。
夫人を見ていて、性悪と結婚するのは、政略であっても幸せではないと感じていた。
兄が幸せに暮らせるのなら、俺が犠牲になればいい、そう思っていたのに。
まさか、あんな性悪を愛しているわけではないでしょう?
だが、俺の申し出はすべて「余計なこと」として片付けられてしまった。
俺にできることは何もない。
命を差し出すことも、人生を差し出すことも拒否されたら、これ以上何ができるというのだろう。
公爵家の役に立とうと申し出たのに、まるで役立たずだと否定されてしまった。
無力感からうつむくしかなかった。
「祝ってくれてありがとう」
やっぱり兄はやさしい。元気づけるように声をかけ、友人とともに卒業パーティーの準備のため行ってしまった。
兄とともにいた時間は魔法のようにあっという間に終わってしまった。
俺に時間を割いてくれただけで奇跡のようなひと。
その広い背中を間近で見られるのは今日で最後かもしれない。
卒業してしまえば、偶然をよそおい通りかかることもできなければ、遠くから見ることすらできなくなる。
兄と俺の間をひらひらと花びらが舞い、白い花びらがいちまい、兄の肩に付いた。
ああ、願わくばあの花びらになりたい。一瞬たりとも離れずに、戦地に行ってもかまわない。
肩についた花びらをはらうとき、兄の手はやさしくふれるのだろうか。
その手のあたたかさを感じるだろう花びらがうらやましい。
ただ、会いたい。姿が見たい。一緒にいたい。
よくばりな俺は、どんどん望んでしまう。
でも、もう。
兄が許してくれたからそばにいられた関係は、兄が関係を断ち切れば簡単に壊れてしまった。
崩れてしまった砂の城をもう一度作ることはできない。
時という波がさらい、その形は二度ともどらない。
俺にできるのは、迷いなく進むたいせつなその後ろ姿を、決して忘れないように記憶にとどめておくことだけ。
まぶたの奥にやきつけるようにじっと見つめていると、寮へ向かう道の角で兄が振り返った。
心臓が甘く跳ねる。
淡い期待とそれを打ち消す理性のはざまで息を殺して兄を見つめた。
兄はすこし照れたように微笑み、こちらにむかって小さく手を振ると、女性生徒の抑えた歓声が上がった。
自分に向かって手を振ってくれたと思ったのは俺だけじゃない。
でも、かんちがいでもいい。
最後の記憶は、願わくば笑顔であってほしい。
俺は、精一杯の笑顔で大きく手をふると、兄の優しげに緩んだ瞳と目があった。それは記憶の中の兄さんそのもの。
兄の姿が見えなくなると、ぽっかりと胸には大きな穴が空き、そのすきまに冷たい水が流れ込んできた。
兄さん、ごめんなさい。
俺、役に立てなくて。
どうしよう。もしも、兄さんの身に何かおきたらどうしよう。
俺が、役に立てなかったせいで、兄に何かあったら、どうしよう。
消えてしまいたいほどの罪悪感にぎりぎりと胸が痛み、その場にしゃがみこんだ。
「よくがんばれたじゃない。えらかったね」
後ろから、ネルの声がきこえた。
俺がうつむいたまましゃがみこんでいると、ネルが優しく俺の頭をなでた。
「ほんとうに、よくがんばったよ」
喉の奥に熱いかたまりがこみあげ、必死でそれを押さえ込んだ。
こんなとことで泣いてなるものか。
全身に広がった小さな震えがおさまるのを待つ。でもどうしようもない。ネルの顔を見れるようになるまでには、少し時間がかかった。
いつか必ず兄の役に立ちたい。
兄に愛してもらえないのなら、せめて、兄に役立つ存在として認められたい。
そう思ったが、どうしたら役に立てるのか、見当もつかなかった。
吸い寄せられるかのように、兄に近づいてしまうと、兄は嫌悪するように顔をしかめ、一歩後ろにさがった。
やりすぎた。ずきりと痛む胸の痛みを無視する。
せっかく兄さんが話をしてくれたのに。だいなしにしてしまわないように、冷静に伝えなくては。
俺はひとつ息を吐くと、私が代わりに軍役につきたいと切り出した。
16歳になれば、戦地に赴くこともできる。あとすこしだけ待ってもらえるのなら、兄が危険に身をさらすことはない。
だが、申し出はちゅうちょなく却下された。
兄の代わりに、俺がイネスの家と縁を結ぼうかと申し出たことも、裏目にでた。
夫人を見ていて、性悪と結婚するのは、政略であっても幸せではないと感じていた。
兄が幸せに暮らせるのなら、俺が犠牲になればいい、そう思っていたのに。
まさか、あんな性悪を愛しているわけではないでしょう?
だが、俺の申し出はすべて「余計なこと」として片付けられてしまった。
俺にできることは何もない。
命を差し出すことも、人生を差し出すことも拒否されたら、これ以上何ができるというのだろう。
公爵家の役に立とうと申し出たのに、まるで役立たずだと否定されてしまった。
無力感からうつむくしかなかった。
「祝ってくれてありがとう」
やっぱり兄はやさしい。元気づけるように声をかけ、友人とともに卒業パーティーの準備のため行ってしまった。
兄とともにいた時間は魔法のようにあっという間に終わってしまった。
俺に時間を割いてくれただけで奇跡のようなひと。
その広い背中を間近で見られるのは今日で最後かもしれない。
卒業してしまえば、偶然をよそおい通りかかることもできなければ、遠くから見ることすらできなくなる。
兄と俺の間をひらひらと花びらが舞い、白い花びらがいちまい、兄の肩に付いた。
ああ、願わくばあの花びらになりたい。一瞬たりとも離れずに、戦地に行ってもかまわない。
肩についた花びらをはらうとき、兄の手はやさしくふれるのだろうか。
その手のあたたかさを感じるだろう花びらがうらやましい。
ただ、会いたい。姿が見たい。一緒にいたい。
よくばりな俺は、どんどん望んでしまう。
でも、もう。
兄が許してくれたからそばにいられた関係は、兄が関係を断ち切れば簡単に壊れてしまった。
崩れてしまった砂の城をもう一度作ることはできない。
時という波がさらい、その形は二度ともどらない。
俺にできるのは、迷いなく進むたいせつなその後ろ姿を、決して忘れないように記憶にとどめておくことだけ。
まぶたの奥にやきつけるようにじっと見つめていると、寮へ向かう道の角で兄が振り返った。
心臓が甘く跳ねる。
淡い期待とそれを打ち消す理性のはざまで息を殺して兄を見つめた。
兄はすこし照れたように微笑み、こちらにむかって小さく手を振ると、女性生徒の抑えた歓声が上がった。
自分に向かって手を振ってくれたと思ったのは俺だけじゃない。
でも、かんちがいでもいい。
最後の記憶は、願わくば笑顔であってほしい。
俺は、精一杯の笑顔で大きく手をふると、兄の優しげに緩んだ瞳と目があった。それは記憶の中の兄さんそのもの。
兄の姿が見えなくなると、ぽっかりと胸には大きな穴が空き、そのすきまに冷たい水が流れ込んできた。
兄さん、ごめんなさい。
俺、役に立てなくて。
どうしよう。もしも、兄さんの身に何かおきたらどうしよう。
俺が、役に立てなかったせいで、兄に何かあったら、どうしよう。
消えてしまいたいほどの罪悪感にぎりぎりと胸が痛み、その場にしゃがみこんだ。
「よくがんばれたじゃない。えらかったね」
後ろから、ネルの声がきこえた。
俺がうつむいたまましゃがみこんでいると、ネルが優しく俺の頭をなでた。
「ほんとうに、よくがんばったよ」
喉の奥に熱いかたまりがこみあげ、必死でそれを押さえ込んだ。
こんなとことで泣いてなるものか。
全身に広がった小さな震えがおさまるのを待つ。でもどうしようもない。ネルの顔を見れるようになるまでには、少し時間がかかった。
いつか必ず兄の役に立ちたい。
兄に愛してもらえないのなら、せめて、兄に役立つ存在として認められたい。
そう思ったが、どうしたら役に立てるのか、見当もつかなかった。
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