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第三幕〜空白の5年間 リュカ〜
92 【リュカ】勇気をだせ。
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パーティーが終わると、学年の終わりに向けた試験に追われ目が回るほど忙しくなった。
辺境では隣国の兵が協定で決められた境界線を破って侵入し、本格的な戦争が始まっていた。
ひたひたと聞こえていた戦争の足音は、徐々に大きくなり、軍靴の音に変わっていた。俺たち学生も無関係ではいられない。
これから戦争が終わるまでは、パーティーのような華美なことはしないようにと通達があり、生徒会がかけ合い、従来よりも小規模に、卒業生のみが出る小さなパーティーをもよおすことで決着がついたと聞いた。
パーティーの場で兄とイネスの姿を見ないで済んでホッとした反面、卒業を祝う席に同席できないのは、やはり淋しかった。卒業という晴れがましい席で、兄にお祝いを伝えることぐらい許されるのではないか、人前であれば冷たく無視されることはないのではないか、と打算があった。
「絶対に話しかけるべきよ」
あいかわらず、ネルは俺から兄に話しかけるように、説得してくる。あれから何度も言われたが、臆病な俺はずっと尻込みしたままだった。
ネルと俺の友情はつづいていた。
俺は高位貴族たちにつまはじきにされていたし、ネルも女子の中ではういていた。
必要もないのに学園に急遽入学したのは、家にいられなくなったからだ、というネル自身の悪いうわさに加え、イネスが意地悪く仲間に入れないようにしていたんだとおもう。女子の中で一番身分が高いイネスににらまれたら、卒業後の社交界での立ち位置にひびく。
だれもネルと親しくしようとする女子はいなかった。
ネルは男子の側にも近よらない。なんとなくだが、ネルは男が怖いのではないか、と思うことはしばしばあった。
俺はいいのか?と聞いたら、鼻で笑われたが。
「実はさあ、口止めされてたんだけど」ネルが遠慮がちに口をひらいた。
「あのパーティーの時、マティアス様に声をかけられたの」
「えっ?」俺の心臓が勢いよく跳ねた。
「あんた途中で帰っちゃったじゃない。そのあと、あんたと親しくしているのかとか、元気にしているのかとか聞かれたの。すごく心配して気づかってるって気がしたんだけど。嫌ってないと思う。あんたのこと」
「うそだ」
「うそつく理由なんかないじゃない。ただ、あんたのこと、すごく思いやってるなって感じたんだよね。あんたは元気にしているし、ともだちもいますよって答えたら、安心したみたいだったし。まあ、一人いるんだからともだちがいるってのはうそじゃないでしょ?」
ネルは自分を指さした。
「まあ、それは、まあ」
歯切れのわるい俺に少しイラついたようにネルが言う。
「うわさで聞いたんだけど。マティアス様軍役につくって。公爵家の跡取りが自ら軍役につくなんて前代未聞だってみんな騒いでるよ?しかも、あんたがいるのに。まあ、あんたは非力だけどさ・・・」
ネルは俺の細い腕と体を見た。みなまで言うな。
「お兄様と話してみなよ。戦地に行ったら生きて帰れないかもしれないんだよ?戦争は遊びでも訓練でもないんだから。万一ってことだってあるし。本当に嫌っていたらあんたに押し付けるはずなんじゃないの?高位貴族なんてそんな奴らばっかりじゃない。まあ、あんたのお兄様がってわけじゃないけどさあ・・・」
「そうか・・・そうかな?」でも、兄が俺の代わりに軍役につくのは、複雑だ。両手を挙げて喜べるかと言われると、決してそうではない。
「俺、話しかけてもいいのかな。」
「何度もお兄さんのそばをうろついて話しかけられずに帰ってきているの知ってるのよ?あんたの星はもうすぐ学園からはいなくなっちゃうんだから、のんびりしてられないんじゃないの?」
確かにそうだ。勇気を出さなければ、もう二度と兄と話せないかもしれない。
俺は、学園を卒業したら公爵家を出たいと思っているし・・・
以前からそう思っていたが、学園生活で心が決まった。
この貴族社会の気取り屋どもは、黒髪の私生児のことを受け入れてはくれない。
バカにされ、さげすまれて暮らすよりは、市井で気楽にすごした方がいい。
元に戻るだけだ。
公爵家の財力は、なんの魅力にもならない。どうせ自由にできる金もないし、窮屈なだけだ。
ここにとどまったのは、学園を卒業して欲しいと母が願っていたから。
唯一の心のこりは兄だったが、今はすっかり疎遠になっている。あの、冷たい視線から、兄が俺と一緒に働く気はないのはあきらかだった。
だとしたら公爵家にいる理由はひとつもない。
でも、できれば、ほんのちいさな望みはたったひとつ。
俺のことを嫌わないでほしい。
ただ、それだけ。
「あとからじゃ、どうにもならないことだってあるんだよ。わたしとしては、ともだちに後悔しないようにしてほしいな」
ネルが優しく言った。
「・・・ん」
喉の奥でちいさく返事をしたときには、俺の心は決まっていた。
勇気を出せ、俺。
辺境では隣国の兵が協定で決められた境界線を破って侵入し、本格的な戦争が始まっていた。
ひたひたと聞こえていた戦争の足音は、徐々に大きくなり、軍靴の音に変わっていた。俺たち学生も無関係ではいられない。
これから戦争が終わるまでは、パーティーのような華美なことはしないようにと通達があり、生徒会がかけ合い、従来よりも小規模に、卒業生のみが出る小さなパーティーをもよおすことで決着がついたと聞いた。
パーティーの場で兄とイネスの姿を見ないで済んでホッとした反面、卒業を祝う席に同席できないのは、やはり淋しかった。卒業という晴れがましい席で、兄にお祝いを伝えることぐらい許されるのではないか、人前であれば冷たく無視されることはないのではないか、と打算があった。
「絶対に話しかけるべきよ」
あいかわらず、ネルは俺から兄に話しかけるように、説得してくる。あれから何度も言われたが、臆病な俺はずっと尻込みしたままだった。
ネルと俺の友情はつづいていた。
俺は高位貴族たちにつまはじきにされていたし、ネルも女子の中ではういていた。
必要もないのに学園に急遽入学したのは、家にいられなくなったからだ、というネル自身の悪いうわさに加え、イネスが意地悪く仲間に入れないようにしていたんだとおもう。女子の中で一番身分が高いイネスににらまれたら、卒業後の社交界での立ち位置にひびく。
だれもネルと親しくしようとする女子はいなかった。
ネルは男子の側にも近よらない。なんとなくだが、ネルは男が怖いのではないか、と思うことはしばしばあった。
俺はいいのか?と聞いたら、鼻で笑われたが。
「実はさあ、口止めされてたんだけど」ネルが遠慮がちに口をひらいた。
「あのパーティーの時、マティアス様に声をかけられたの」
「えっ?」俺の心臓が勢いよく跳ねた。
「あんた途中で帰っちゃったじゃない。そのあと、あんたと親しくしているのかとか、元気にしているのかとか聞かれたの。すごく心配して気づかってるって気がしたんだけど。嫌ってないと思う。あんたのこと」
「うそだ」
「うそつく理由なんかないじゃない。ただ、あんたのこと、すごく思いやってるなって感じたんだよね。あんたは元気にしているし、ともだちもいますよって答えたら、安心したみたいだったし。まあ、一人いるんだからともだちがいるってのはうそじゃないでしょ?」
ネルは自分を指さした。
「まあ、それは、まあ」
歯切れのわるい俺に少しイラついたようにネルが言う。
「うわさで聞いたんだけど。マティアス様軍役につくって。公爵家の跡取りが自ら軍役につくなんて前代未聞だってみんな騒いでるよ?しかも、あんたがいるのに。まあ、あんたは非力だけどさ・・・」
ネルは俺の細い腕と体を見た。みなまで言うな。
「お兄様と話してみなよ。戦地に行ったら生きて帰れないかもしれないんだよ?戦争は遊びでも訓練でもないんだから。万一ってことだってあるし。本当に嫌っていたらあんたに押し付けるはずなんじゃないの?高位貴族なんてそんな奴らばっかりじゃない。まあ、あんたのお兄様がってわけじゃないけどさあ・・・」
「そうか・・・そうかな?」でも、兄が俺の代わりに軍役につくのは、複雑だ。両手を挙げて喜べるかと言われると、決してそうではない。
「俺、話しかけてもいいのかな。」
「何度もお兄さんのそばをうろついて話しかけられずに帰ってきているの知ってるのよ?あんたの星はもうすぐ学園からはいなくなっちゃうんだから、のんびりしてられないんじゃないの?」
確かにそうだ。勇気を出さなければ、もう二度と兄と話せないかもしれない。
俺は、学園を卒業したら公爵家を出たいと思っているし・・・
以前からそう思っていたが、学園生活で心が決まった。
この貴族社会の気取り屋どもは、黒髪の私生児のことを受け入れてはくれない。
バカにされ、さげすまれて暮らすよりは、市井で気楽にすごした方がいい。
元に戻るだけだ。
公爵家の財力は、なんの魅力にもならない。どうせ自由にできる金もないし、窮屈なだけだ。
ここにとどまったのは、学園を卒業して欲しいと母が願っていたから。
唯一の心のこりは兄だったが、今はすっかり疎遠になっている。あの、冷たい視線から、兄が俺と一緒に働く気はないのはあきらかだった。
だとしたら公爵家にいる理由はひとつもない。
でも、できれば、ほんのちいさな望みはたったひとつ。
俺のことを嫌わないでほしい。
ただ、それだけ。
「あとからじゃ、どうにもならないことだってあるんだよ。わたしとしては、ともだちに後悔しないようにしてほしいな」
ネルが優しく言った。
「・・・ん」
喉の奥でちいさく返事をしたときには、俺の心は決まっていた。
勇気を出せ、俺。
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