上 下
89 / 279
第三幕〜空白の5年間 リュカ〜

88 【リュカ】学園生活

しおりを挟む
しばらくすると学園に入学する日がやってきた。
俺は、以前からの兄の意向もあり、学園では寮生活を送ることになっていた。
閣下とは離れて暮らしているし、あれ以来、閣下から何かされたこともない。下屋敷に住んでいる今となっては必ずしも寮生活を送る必要はないのかもしれない。
でも、兄が俺のために考えてくれたのだから、そのとおりにしたかった。
すこしでも、兄の気持ちに添いたかった。つながっていられるような、そんな気がして。
これ以上嫌われたくない、というちっぽけな打算も入っていたかもしれないが。

中等部の寮は必ず相部屋になる。とはいえ、誰とでも同じ部屋になれるわけではない。高位貴族の子弟が、ならずものの平民に悪い遊びでも覚えさせられたら誰が責任を取るのか。というわけで、南向きの日当たりのいい部屋に、まあ、俺であれば公爵家かせいぜい伯爵家までの家柄の子弟と相部屋になるはずだった。



「え?同室者はいないのか?」

寮に着いてすぐ、学生寮の最上階の中央にある、最も日当たりがよく広い部屋を一人でつかうよう、舎監から告げられた。

「中等部の学生寮は相部屋ではないのか?」

俺が問うと、舎監は何かをもぞもぞと口の中でつぶやき、部屋から去っていった。
なるほど。言いづらいこと。つまり、俺との同室は、高位貴族のご嫡男様に拒否された、ということだ。
とはいえ、低位貴族や平民と同室にもできない。
ではおひとりでどうぞ、ということなのだろう。
まあいい。プライドの高いご嫡男様のご機嫌を伺わなくて済む生活は気楽そうだ。
俺はベッドに飛び乗ると大きく伸びをした。



翌日は入学式だった。
久しぶりに兄の姿を遠くからでも見られる。

兄が生徒代表として挨拶する姿が小さく見えた。表情はわからない。でも、きびきびとした体の動きからは兄が鍛錬を欠かしていないことがわかったし、堂々とした姿は自信に満ち、あの素晴らしい人が俺の兄だと思うと、誇らしかった。兄は俺だけでなく、生徒全員に対し語りかけるように演説を行い、演説が終わった時には大きな拍手を受けた。
兄が見たくてたまらない。吸いよせられるように気持ちを引かれる自分を叱咤する。
ホールの窓のそと、俺のつま先、誰だか知らないが、目立つ赤毛の女の子の後ろ姿。俺はあちこちに目を泳がせた。うっかりと兄を見つめてしまわないように。
目立たぬよう、兄の邪魔とならないよう。

新しいクラスでもはれ物のようにあつかわれ、友人はできなかった。
公爵家の嫡男を名乗る私生児。俺の出自は、容姿からあまりにも明らかすぎた。
公爵も夫人も金髪で、兄は父に生き写しだ。
俺は誰にも似ていない。なのに、夫人は自分が生んだ子だと言い張っている。
まさに、公然の秘密だった。

プライドの高い高位貴族の嫡男からしたら、汚らわしい存在。
だが、どう扱ったらいいのかわからないのだ。疎むには身分が高すぎ、出自のしれないあやしい奴とは話したくもない。
こっちだって願い下げだ。


どこでもひとりだった。
教室でも、移動も、部屋でも。
最低限の会話しかしない。
平民や低位貴族にとっては俺の身分が高すぎて壁になった。
それに、俺と親しくしたら、他の高位貴族の子弟が黙っていない。

まあ、いつかは時が過ぎるだろう。
それに、永遠に公爵家の嫡男ごっこをやってるわけじゃない。
母の死で頓挫したが、本当であれば俺はもう街に戻ってどこかに奉公に行っているはずだったのだ。

そんな日々だったが、時折兄を見かけることだけが救いだった。
兄に話しかけたい。兄の笑顔が見たい。
でも兄はいつも誰かに取り巻かれ、一人でいることはほとんどなかった。
男女問わず大勢の人間に好かれ、常に柔和な笑みを浮かべている。
俺はそんな兄を知らなかった。
他人の中にいる兄は、きらびやかで遠く、なぜか、ガラスの向こう側にいるような近寄りづらさをもっていた。

俺にできることと言ったら、兄の邪魔にならないこと。
邪魔にならないように、こっそりと柱の陰から兄の移動をながめること。
人に取り巻かれれば取り巻かれるほど、寂しそうに見える兄を心の中で抱きしめること。
後ろからぎゅっと抱きしめれば、兄は照れたように笑い、そして俺の腕をひきよせもっと強く抱きしめてくれるに違いない。そのとき、兄の瞳は真っ青な夏の海のようにキラキラと輝くだろう。

「ねえ」

誰かが話しかけてきた。

「あなた、あの人のこと好きなんでしょ?」

驚いて振りかえると、そこには背の低い女の子がいた。
茶色い髪に緑の瞳、鼻の上にはそばかすが散っている。こんなに近くで見たのは初めてだし、見たことはあるけど名前は知らない子だった。

「は?あんた誰」

しまった。図星をつかれて、つい、地がでた。
女の子はにっとわらった。

「へえ。それが素なんだ。公爵家の嫡男じゃないってウワサは本当なのかしら?」
「おい」


俺は振り返り、一歩前に出た。威嚇するように見えたのか、彼女はあわてて両手のひらを俺に向けてふった。

「ちがうちがう。わたし、友達になりたいの。リュカ・ランベールくん」
「は?」
「同じクラスだけど、話すのは初めてよね。私は、ネル・ジュブワ」

ネルと名乗った女の子が右手を出した。

「あなたと友達になりたいの」
「なんで」

おれと友達になりたいやつなんているわけない。ネルと名乗った女の子はくすりとわらった。

「多分私たち、星に恋する仲間なのよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。

山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。 お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。 サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。

全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話

みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。 数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品

4人の人類国王子は他種族に孕まされ花嫁となる

クズ惚れつ
BL
遥か未来、この世界には人類、獣類、爬虫類、鳥類、軟体類の5つの種族がいた。 人類は王族から国民までほとんどが、他種族に対し「低知能」だと差別思想を持っていた。 獣類、爬虫類、鳥類、軟体類のトップである4人の王は、人類の独占状態と差別的な態度に不満を抱いていた。そこで一つの恐ろしい計画を立てる。 人類の王子である4人の王の息子をそれぞれ誘拐し、王や王子、要人の花嫁として孕ませて、人類の血(中でも王族という優秀な血)を持った強い同族を増やし、ついでに跡取りを一気に失った人類も衰退させようという計画。 他種族の国に誘拐された王子たちは、孕まされ、花嫁とされてしまうのであった…。 ※淫語、♡喘ぎなどを含む過激エロです、R18には*つけます。 ※毎日18時投稿予定です ※一章ずつ書き終えてから投稿するので、間が空くかもです

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

社畜サラリーマンの優雅な性奴隷生活

BL
異世界トリップした先は、人間の数が異様に少なく絶滅寸前の世界でした。 草臥れた社畜サラリーマンが性奴隷としてご主人様に可愛がられたり嬲られたり虐められたりする日々の記録です。 露骨な性描写あるのでご注意ください。

3人の弟に逆らえない

ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。 主人公:高校2年生の瑠璃 長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。 次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。 三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい? 3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。 しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか? そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。 調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m

ひたむきな獣と飛べない鳥と

本穣藍菜
BL
【お前がこの世界にいなければ、俺はきっと死んでいた】 律は幼馴染みの龍司が大好きだが、知られたら嫌われると思いその気持ちを隠していた。 龍司は律にだけはどこまでも優しく、素顔を見せてくれていたので、それだけで十分だった。 ある日二人は突然異世界に飛ばされ、離ればなれになってしまう。 律はエリン国の繁栄のために召喚され、まれびととして寵愛されるが、同時に軟禁状態にされてしまう。なんとか龍司を探し出そうとするが、それもかなわない。 一方龍司は戦いの最中に身を置くことになったが、律を探し出すために血も肉も厭わず突き進む。 異世界で離ればなれになった二人の幼馴染みは、再び出会うことができるのか。

悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました! スパダリ(本人の希望)な従者と、ちっちゃくて可愛い悪役令息の、溺愛無双なお話です。 ハードな境遇も利用して元気にほのぼのコメディです! たぶん!(笑)

処理中です...