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第二幕〜マティアス〜

69 17歳 襲われたリュカ

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父は、リュカを狙っている。間違いない。
理屈抜きにわかる。
なぜなら、同類だから。
私もリュカを抱きたくてたまらない。腕の中で無防備に甘えていたリュカのことを思い出すだけで、体の中が沸騰しそうなほど、興奮した。
だが、リュカが大切だから、耐えているだけだ。父にくれてやるためではない。

「父上から目を離すな」

ベネディクトに再度厳しく申しつけると、むしろホッとしたように頭を下げた。
秋になれば、寄宿舎に入れ、父から離すことができる。
それとも、弟妹たちと暮らさせるべきだったか・・・だが、やはりそれは嫌だった。
弟妹たちとリュカの愛情を分け合いたくない。リュカを私だけのものにしておきたい。

日中は、リュカに家庭教師をつけ、父が近寄れないように管理した。
リュカに目を奪われる父の視線からはリュカを隠し、家庭教師たちにも同様の対応を指示した。
少しでも父を刺激しないように。
公爵の権限を使えば、使用人である家庭教師は逆らえない。だが父とて、名のある公爵なのだ。そこまで自分の評判を下げるようなことはしないだろう。

一方母は、父にもリュカにも興味を示さなくなった。
毎日、あちこちの茶会を渡り歩き、商人を呼んで宝石や絹を購入し、新しいドレスを仕立て・・・
私は、若い娘のように楽しげな母を初めて見た。
ずっとそうしていればよかったのに。
それとも、心に刺さった棘のような存在だったアディがいなくなって、上機嫌なのか。
何れにせよ、父には興味を示さなかった。
もう、母の心の中からは、父は完全に消去されたようだ。

父の症状は、ますますひどくなって行った。
日中は黒い布を被り、邪魔をするなと怒鳴り散らす。
ぶつぶつと呟き、泣き、歩き回り、うずくまる。その繰り返しだった。

私は父の代理として仕事をこなし、リュカを守るために、学園と寮と本屋敷の間を頻繁に行き来していた。
ただ、学生なので日中は学園で授業を取ることも多い。
その隙を見計らったように、父がリュカを襲った。

「ぼっちゃま、急ぎ、お戻りください!」

暑い夏の日だった。
ベネディクトが学園に駆け込んできた。
学園の教師たちが、正式な手続きも取らずに制止を振り切って侵入してきたベネディクトを取り押さえようとする中、必死で声を出し、私を呼んだ。

「マティアス様!お急ぎください!」

悲鳴にも似たその声を聞いた瞬間、ピンときた。間違いない。父だ。
私は教室を駆け出し、屋敷に急いだ。

「にいちゃん、助けて!!嫌だよーーーー」

父の書斎からリュカの悲鳴が聞こえる。ドアを勢いよく蹴り飛ばすと、床の上で、リュカが父に組み敷かれていた。

「父上!リュカを離してください!今すぐに!」

怒鳴り上げると、父は一瞬の逡巡ののち「出て行け!」と大声を出した。
この感覚には覚えがある。
父がアディと性交している現場に運悪く居合わせた時と同じ。
つまり・・・
目の前が真っ赤に染まり、頭に血が上った。殺してやる。

私は父の腹を勢いよく蹴り、リュカの上から跳ね飛ばし、もう一度蹴りを入れた。そして、もう一度。
耳の奥では激しい怒りが渦を巻き、もっとやれ、二度と立ち上がれないように、と鼓舞する声が聞こえる。
さらにもう一度、と思った時、ベネディクトが私の肩に手を乗せた。

「これ以上は、危険です」

耳元に囁かれた声に我に返る。
殺してしまってもよかったのに。
とはいえ、父殺しは外聞が悪い。始末するのは事業承継が済んでからでも遅くはない。そう自分に言い聞かせる。

ただ、体の中から「殺せ、殺せ」と激しい憤りがぐつぐつ煮えたぎった油のように沸き上がり、目の前がギラギラと揺らめいた。

「リュカ様のために、ここは落ち着いてください」

はっとするとリュカが怯えきった様子で私を見ていた。
そうだ。リュカは幼い頃から荒事は苦手だった。
息を吐き、吸う。深呼吸を繰り返し、必死で体内で荒れ狂う凶暴な何かを抑えつける。

「二度とリュカに揺れないでください。これは私のものです」

父に宣告する。
私のものに触れたらいくら父でも容赦しない。
次は殺す。

父は言い返してきたが、ろくな反論はできなかった。

「この家にあるすべてのものは私のものだ」
ふざけるな。
私のものは含まれない。
しかも、何よりも、父に襲われたリュカの気持ちを考えないのか?
「実の子に無体を働くことは含まれませんよ」
当たり前だろう。

「行くぞ」声をかけると、リュカは振り向きもせず、付いてきた。
だが腹の虫が治まらない。

「いいですね。これは私のものです。次に触れたら実の父でも容赦しませんよ」
次は、ない。万が一同じことがあったら、その場で刺し殺しますよ。
意味は通じた。
私の剣幕に父はひるんだらしい。反論は聞こえなかった。

だが、リュカはどこまで父に触れられたのだろう。
父の指が、舌が、リュカに触れたと考えるだけで、リュカの体が触れられたところから腐っていくような気がする。
私の手の中にある細い腕は、このまま燃え上がって消し炭になってしまうのではないか。
汚らわしい。
耐えられない。
汚されたところを綺麗にしないと。
だが、このままリュカを切り刻んでしまいそうなほどの凶暴な気分に襲われ、壊してしまいそうだ。



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