上 下
174 / 279
第四幕〜終わりの始まり〜

173 【マティアス】リュカ殺し

しおりを挟む
ぐしゃり

私の手の中で、リュカの頭蓋が砕けた。
リュカは一瞬私を振り返り、驚いたように赤い目を見開くと、膝から崩れ落ちた。

「あ・・・」手から力が抜け、足元に硬い石が落ちる鈍い音が響いた。

ザーッと雨が大きな音を立てた。
リュカの頭の下には、血が黒く広がっていく。
雨はますます激しさを増し、血と水は混じり合い、泥に消えていった。

「リュカ」

悲鳴のような声を上げたのは私?
体中がぶるぶると震えだした。まさか・・・まさか・・・
震えを必死でおさえながらリュカの喉元に触れる。
まだ息はある。だが、出血が多い。血はどんどん流れ出し、私の手も足も真っ赤に染まった。リュカの命が私の手の中からするりと逃げ出していく。

(まさか・・・ああ、まさか・・・このままでは・・・)

大切なリュカが、いなくなってしまう。
そんなことがあっていいわけない。私は必死でその思いを打ち消した。

リュカ、リュカ、リュカ・・・リュカ!!!

「リュカ?」

そっと呼びかける。でもリュカの頭からは血が流れるばかりで、返事はない。リュカの顔色は真っ白だ。血が失われ、すぐに死んでしまうかもしれない。

寮まで連れて行けば、なんとかなるだろう。
濡れた体を温め、医者を呼びに行かせればいい。
必死で冷静さを取り戻そうと自分を叱咤する。
リュカを救うためには、今すぐ寮に連れて行くしかない。
リュカを肩に担ぎ上げ、ぬかるみの中、寮に向かって走り出した。
泥に足をとられ、二人分の重みで足が沈んだ。
叩きつけるような雨は弱まる気配すらない。
短靴じゃなければもっと走りやすいのに。そんなことがちらりと頭がよぎった。

***************************************

「閣下!?」
「レアンドル公爵様?」
「どうなさったのですか!」

寮で待ちうけていた私の護衛とジャックが大きな声を出す。私と血まみれのリュカの姿に驚いた舎監も叫び、大勢の生徒が集まってきた。

「医者を呼んでくれ。弟が何者かに襲われたらしい。頭を負傷している」

私の言葉に数人の生徒が走り去った。

「どうぞこちらに」

舎監の促すまま、食堂に入り、リュカを床に寝かせた。

「君たち手伝いなさい」

舎監は数人の生徒を呼び寄せ、リュカの服を脱がせ、びしょびしょになった身体をリネンで拭い、暖炉に火を入れた。
頭をリネンで押さえ、傷を拭うと、傷口に当たったのかリュカがうめき、部屋の中にホッとした空気が流れた。

「閣下も体を流してください」

そう言われて初めて私自身もびしょ濡れだったことに気が付いた。
私が通ったところは、足跡と水滴と泥で汚れている。その上に点々とリュカの血がしたたり落ちていた。

「ああ、すまない。気がつかなくて・・・」
「そうでしょう。弟様がこのようなことになれば誰でもそうですよ。お気になさらず」

「女か?」
「男も来てたぞ」
「いつかこんなことになると思ってたよ」

ヒソヒソ囁く噂話は、振り返るとピタリと止まった。

「リュカ!?なんで?」

叫び声を上げたのはイヴァンだった。
私は目で合図すると、イヴァンは静かにうなずいた。

「よろしければ、私達の部屋にどうぞ」
「世話になる」


イヴァンとリュカの部屋で湯を浴び、身なりを整えたところで、医者が呼んでいると生徒が伝えに来た。
食堂にはベッドが運び込まれ、仮の療養所が出来上がっていた。
生真面目な老人医師は、かつて私が在籍していた時にも校医として世話になった人だった。
白髪の老人は、黒い聴診器を外し、私に向き合った。

「マティアス君・・・いや、今はレアンドル公か。閣下とお呼びするべきですかな?」
「いえ、以前と同じく」この緊急時に、医師のマイペースさに気がはやる。リュカの容態は・・・
「ふむ。マティアス君。弟君はいますぐには命に別状はありません。だが、この雨の中、傷を負ったまま気がつかれなかったら命はなかったでしょう。よく、お気づきになりましたな」
「弟に・・・話があって。私が今日来ることは予想がついていたはずです」
「ほう」
「ちょっと・・・その、見解の相違がありまして。心を落ち着けるために弟と話す前に森に行ったところ、弟が倒れていました」
「そうですか。運が良かったですね。君は森が好きだったから・・・弟君は、おそらく長く倒れていたわけではないでしょう。もっと遅れていたら助からなかった可能性が高い」
「その、なにか後遺症がのこるとか、そのようなことはありますか?」
「目が覚めるまでは何もわかりません。とにかく目が覚めることを祈ってください。いまここでできることは限られている」
「そうですか・・・」
「リュカくんの体力に期待しましょう」
「はい」
「ところで」老医師の目がきらりと光った。「怪しい者を見かけたりはしませんでしたか?」

胸がどきりと大きな音を立て、喉から詰まったような息が漏れた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。

山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。 お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。 サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。

全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話

みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。 数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品

4人の人類国王子は他種族に孕まされ花嫁となる

クズ惚れつ
BL
遥か未来、この世界には人類、獣類、爬虫類、鳥類、軟体類の5つの種族がいた。 人類は王族から国民までほとんどが、他種族に対し「低知能」だと差別思想を持っていた。 獣類、爬虫類、鳥類、軟体類のトップである4人の王は、人類の独占状態と差別的な態度に不満を抱いていた。そこで一つの恐ろしい計画を立てる。 人類の王子である4人の王の息子をそれぞれ誘拐し、王や王子、要人の花嫁として孕ませて、人類の血(中でも王族という優秀な血)を持った強い同族を増やし、ついでに跡取りを一気に失った人類も衰退させようという計画。 他種族の国に誘拐された王子たちは、孕まされ、花嫁とされてしまうのであった…。 ※淫語、♡喘ぎなどを含む過激エロです、R18には*つけます。 ※毎日18時投稿予定です ※一章ずつ書き終えてから投稿するので、間が空くかもです

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

社畜サラリーマンの優雅な性奴隷生活

BL
異世界トリップした先は、人間の数が異様に少なく絶滅寸前の世界でした。 草臥れた社畜サラリーマンが性奴隷としてご主人様に可愛がられたり嬲られたり虐められたりする日々の記録です。 露骨な性描写あるのでご注意ください。

3人の弟に逆らえない

ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。 主人公:高校2年生の瑠璃 長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。 次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。 三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい? 3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。 しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか? そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。 調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m

ひたむきな獣と飛べない鳥と

本穣藍菜
BL
【お前がこの世界にいなければ、俺はきっと死んでいた】 律は幼馴染みの龍司が大好きだが、知られたら嫌われると思いその気持ちを隠していた。 龍司は律にだけはどこまでも優しく、素顔を見せてくれていたので、それだけで十分だった。 ある日二人は突然異世界に飛ばされ、離ればなれになってしまう。 律はエリン国の繁栄のために召喚され、まれびととして寵愛されるが、同時に軟禁状態にされてしまう。なんとか龍司を探し出そうとするが、それもかなわない。 一方龍司は戦いの最中に身を置くことになったが、律を探し出すために血も肉も厭わず突き進む。 異世界で離ればなれになった二人の幼馴染みは、再び出会うことができるのか。

悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました! スパダリ(本人の希望)な従者と、ちっちゃくて可愛い悪役令息の、溺愛無双なお話です。 ハードな境遇も利用して元気にほのぼのコメディです! たぶん!(笑)

処理中です...