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第四幕〜終わりの始まり〜
173 【マティアス】リュカ殺し
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ぐしゃり
私の手の中で、リュカの頭蓋が砕けた。
リュカは一瞬私を振り返り、驚いたように赤い目を見開くと、膝から崩れ落ちた。
「あ・・・」手から力が抜け、足元に硬い石が落ちる鈍い音が響いた。
ザーッと雨が大きな音を立てた。
リュカの頭の下には、血が黒く広がっていく。
雨はますます激しさを増し、血と水は混じり合い、泥に消えていった。
「リュカ」
悲鳴のような声を上げたのは私?
体中がぶるぶると震えだした。まさか・・・まさか・・・
震えを必死でおさえながらリュカの喉元に触れる。
まだ息はある。だが、出血が多い。血はどんどん流れ出し、私の手も足も真っ赤に染まった。リュカの命が私の手の中からするりと逃げ出していく。
(まさか・・・ああ、まさか・・・このままでは・・・)
大切なリュカが、いなくなってしまう。
そんなことがあっていいわけない。私は必死でその思いを打ち消した。
リュカ、リュカ、リュカ・・・リュカ!!!
「リュカ?」
そっと呼びかける。でもリュカの頭からは血が流れるばかりで、返事はない。リュカの顔色は真っ白だ。血が失われ、すぐに死んでしまうかもしれない。
寮まで連れて行けば、なんとかなるだろう。
濡れた体を温め、医者を呼びに行かせればいい。
必死で冷静さを取り戻そうと自分を叱咤する。
リュカを救うためには、今すぐ寮に連れて行くしかない。
リュカを肩に担ぎ上げ、ぬかるみの中、寮に向かって走り出した。
泥に足をとられ、二人分の重みで足が沈んだ。
叩きつけるような雨は弱まる気配すらない。
短靴じゃなければもっと走りやすいのに。そんなことがちらりと頭がよぎった。
***************************************
「閣下!?」
「レアンドル公爵様?」
「どうなさったのですか!」
寮で待ちうけていた私の護衛とジャックが大きな声を出す。私と血まみれのリュカの姿に驚いた舎監も叫び、大勢の生徒が集まってきた。
「医者を呼んでくれ。弟が何者かに襲われたらしい。頭を負傷している」
私の言葉に数人の生徒が走り去った。
「どうぞこちらに」
舎監の促すまま、食堂に入り、リュカを床に寝かせた。
「君たち手伝いなさい」
舎監は数人の生徒を呼び寄せ、リュカの服を脱がせ、びしょびしょになった身体をリネンで拭い、暖炉に火を入れた。
頭をリネンで押さえ、傷を拭うと、傷口に当たったのかリュカがうめき、部屋の中にホッとした空気が流れた。
「閣下も体を流してください」
そう言われて初めて私自身もびしょ濡れだったことに気が付いた。
私が通ったところは、足跡と水滴と泥で汚れている。その上に点々とリュカの血がしたたり落ちていた。
「ああ、すまない。気がつかなくて・・・」
「そうでしょう。弟様がこのようなことになれば誰でもそうですよ。お気になさらず」
「女か?」
「男も来てたぞ」
「いつかこんなことになると思ってたよ」
ヒソヒソ囁く噂話は、振り返るとピタリと止まった。
「リュカ!?なんで?」
叫び声を上げたのはイヴァンだった。
私は目で合図すると、イヴァンは静かにうなずいた。
「よろしければ、私達の部屋にどうぞ」
「世話になる」
イヴァンとリュカの部屋で湯を浴び、身なりを整えたところで、医者が呼んでいると生徒が伝えに来た。
食堂にはベッドが運び込まれ、仮の療養所が出来上がっていた。
生真面目な老人医師は、かつて私が在籍していた時にも校医として世話になった人だった。
白髪の老人は、黒い聴診器を外し、私に向き合った。
「マティアス君・・・いや、今はレアンドル公か。閣下とお呼びするべきですかな?」
「いえ、以前と同じく」この緊急時に、医師のマイペースさに気がはやる。リュカの容態は・・・
「ふむ。マティアス君。弟君はいますぐには命に別状はありません。だが、この雨の中、傷を負ったまま気がつかれなかったら命はなかったでしょう。よく、お気づきになりましたな」
「弟に・・・話があって。私が今日来ることは予想がついていたはずです」
「ほう」
「ちょっと・・・その、見解の相違がありまして。心を落ち着けるために弟と話す前に森に行ったところ、弟が倒れていました」
「そうですか。運が良かったですね。君は森が好きだったから・・・弟君は、おそらく長く倒れていたわけではないでしょう。もっと遅れていたら助からなかった可能性が高い」
「その、なにか後遺症がのこるとか、そのようなことはありますか?」
「目が覚めるまでは何もわかりません。とにかく目が覚めることを祈ってください。いまここでできることは限られている」
「そうですか・・・」
「リュカくんの体力に期待しましょう」
「はい」
「ところで」老医師の目がきらりと光った。「怪しい者を見かけたりはしませんでしたか?」
胸がどきりと大きな音を立て、喉から詰まったような息が漏れた。
私の手の中で、リュカの頭蓋が砕けた。
リュカは一瞬私を振り返り、驚いたように赤い目を見開くと、膝から崩れ落ちた。
「あ・・・」手から力が抜け、足元に硬い石が落ちる鈍い音が響いた。
ザーッと雨が大きな音を立てた。
リュカの頭の下には、血が黒く広がっていく。
雨はますます激しさを増し、血と水は混じり合い、泥に消えていった。
「リュカ」
悲鳴のような声を上げたのは私?
体中がぶるぶると震えだした。まさか・・・まさか・・・
震えを必死でおさえながらリュカの喉元に触れる。
まだ息はある。だが、出血が多い。血はどんどん流れ出し、私の手も足も真っ赤に染まった。リュカの命が私の手の中からするりと逃げ出していく。
(まさか・・・ああ、まさか・・・このままでは・・・)
大切なリュカが、いなくなってしまう。
そんなことがあっていいわけない。私は必死でその思いを打ち消した。
リュカ、リュカ、リュカ・・・リュカ!!!
「リュカ?」
そっと呼びかける。でもリュカの頭からは血が流れるばかりで、返事はない。リュカの顔色は真っ白だ。血が失われ、すぐに死んでしまうかもしれない。
寮まで連れて行けば、なんとかなるだろう。
濡れた体を温め、医者を呼びに行かせればいい。
必死で冷静さを取り戻そうと自分を叱咤する。
リュカを救うためには、今すぐ寮に連れて行くしかない。
リュカを肩に担ぎ上げ、ぬかるみの中、寮に向かって走り出した。
泥に足をとられ、二人分の重みで足が沈んだ。
叩きつけるような雨は弱まる気配すらない。
短靴じゃなければもっと走りやすいのに。そんなことがちらりと頭がよぎった。
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「閣下!?」
「レアンドル公爵様?」
「どうなさったのですか!」
寮で待ちうけていた私の護衛とジャックが大きな声を出す。私と血まみれのリュカの姿に驚いた舎監も叫び、大勢の生徒が集まってきた。
「医者を呼んでくれ。弟が何者かに襲われたらしい。頭を負傷している」
私の言葉に数人の生徒が走り去った。
「どうぞこちらに」
舎監の促すまま、食堂に入り、リュカを床に寝かせた。
「君たち手伝いなさい」
舎監は数人の生徒を呼び寄せ、リュカの服を脱がせ、びしょびしょになった身体をリネンで拭い、暖炉に火を入れた。
頭をリネンで押さえ、傷を拭うと、傷口に当たったのかリュカがうめき、部屋の中にホッとした空気が流れた。
「閣下も体を流してください」
そう言われて初めて私自身もびしょ濡れだったことに気が付いた。
私が通ったところは、足跡と水滴と泥で汚れている。その上に点々とリュカの血がしたたり落ちていた。
「ああ、すまない。気がつかなくて・・・」
「そうでしょう。弟様がこのようなことになれば誰でもそうですよ。お気になさらず」
「女か?」
「男も来てたぞ」
「いつかこんなことになると思ってたよ」
ヒソヒソ囁く噂話は、振り返るとピタリと止まった。
「リュカ!?なんで?」
叫び声を上げたのはイヴァンだった。
私は目で合図すると、イヴァンは静かにうなずいた。
「よろしければ、私達の部屋にどうぞ」
「世話になる」
イヴァンとリュカの部屋で湯を浴び、身なりを整えたところで、医者が呼んでいると生徒が伝えに来た。
食堂にはベッドが運び込まれ、仮の療養所が出来上がっていた。
生真面目な老人医師は、かつて私が在籍していた時にも校医として世話になった人だった。
白髪の老人は、黒い聴診器を外し、私に向き合った。
「マティアス君・・・いや、今はレアンドル公か。閣下とお呼びするべきですかな?」
「いえ、以前と同じく」この緊急時に、医師のマイペースさに気がはやる。リュカの容態は・・・
「ふむ。マティアス君。弟君はいますぐには命に別状はありません。だが、この雨の中、傷を負ったまま気がつかれなかったら命はなかったでしょう。よく、お気づきになりましたな」
「弟に・・・話があって。私が今日来ることは予想がついていたはずです」
「ほう」
「ちょっと・・・その、見解の相違がありまして。心を落ち着けるために弟と話す前に森に行ったところ、弟が倒れていました」
「そうですか。運が良かったですね。君は森が好きだったから・・・弟君は、おそらく長く倒れていたわけではないでしょう。もっと遅れていたら助からなかった可能性が高い」
「その、なにか後遺症がのこるとか、そのようなことはありますか?」
「目が覚めるまでは何もわかりません。とにかく目が覚めることを祈ってください。いまここでできることは限られている」
「そうですか・・・」
「リュカくんの体力に期待しましょう」
「はい」
「ところで」老医師の目がきらりと光った。「怪しい者を見かけたりはしませんでしたか?」
胸がどきりと大きな音を立て、喉から詰まったような息が漏れた。
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