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第二幕〜マティアス〜

83 18歳 卒業式

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渡り廊下の下、卒業生は皆式典を終え、夕方から始まる卒業を祝うパーティーに向かうため、そわそわしていた。
卒業は別れではない。
それぞれの道を歩んでは行くが、長い人生のほとんどは狭い王都で付き合いを続けていくことになる。
私は、公爵家を継ぐため、家業の承継と国政への参与も義務付けられていた。
しかも、軍へ2年間の奉職も求められている。
嫡男を出さず、私生児を代わりに出す家は少なくない。
だが、私は私の代わりにリュカを出したくはなかった。私なら軍生活に耐えられる。だが、リュカは線が細すぎる。
リュカを失い、虚しい日々の中、何も考えられないほど忙しくなるであろう日々はむしろ救いに思えた。

「兄さん」

リュカの声は、低いアルトに声変わりしていた。
柔らかく包み込むような声色は、リュカによく似合っている。
一瞬で世界は音をなくし、二人だけの世界になった。
私の心臓だけが激しく音を立てている。

「卒業おめでとうございます。これから軍に入られると伺いました。ご無事で」
「ああ、ありがとう」

耳元の髪をさあっと音を立てて風が揺らした。
リュカは別れの挨拶に来てくれたのだ。
彼の心の片隅に私が残っていたことを知り、少し嬉しくなった。

「元気にしていたか?」
「・・・はい、まあ・・・」

リュカは曖昧に微笑み、私はその意味を捉えらえれなかった。

「その、兄上が何度も会いに来てくださったのに、お相手もせず、すみませんでした。ずっと謝りたかったんですが、勇気がなくて。今日お話しできてよかったです」
「そうか。私の方こそ、すまなかったな」

本当はもっと話したい。だが、話したいことはあまりにも親密で、学園の渡り廊下で話せる内容ではなかった。

「あの、兄さん」

リュカが一歩私に近づくと、桃と爽やかな緑の混じった匂いがした。
危うく手を伸ばし、かきいだきそうになる。
首筋には顔を埋め、胸いっぱいにリュカの香りを吸い込みたい。
あの首筋に歯を立てれば、リュカは甘い声を上げるだろう・・・まずい。

私は一歩後ろに下がった。
リュカの目に傷ついたような光が走ったが、すぐに伏せられた。
だらりと下がったリュカの手が小さく震えていた。

「その、いえ、なんでもありません。すみませんでした」

最後は何も聞こえないほど小さな声になっていた。

「そんなに心配するな」
私はあえて明るい声を出した。
「軍に行くからといって死ぬと決まったわけではない。前線に行くとは決まってないからな」

リュカは真っ青になった。
「私が軍役につきます。どうか、兄上は・・・」

「リュカ、お前には無理だ」
「兄上・・・!!」

「リュカ。お前がこうして無事を祈ってくれただけで、私には十分だ」

私はリュカの頬を撫でようとして、慌てて手のひらを握りしめた。触れてはダメだ。歯止めが効かなくなってしまう。

「そういえば!イネスと同級だそうだな。話は聞いていたよ」
「イネス?」

リュカの纏う空気が凍りついた。
「そう。そうですよね。兄上とイネスは婚約しているのですから」
「まあ、仕方がない」私はため息をついた。「これも家のためだ」
「ではせめて、私が代わりになりましょうか?」
「はあ?」
思わず不快感が顔に出てしまった。
「私の代わりにイネスをめとりたいということか?」
「まさか・・・!兄上の負担を減らしたいと」
「余計なことを考えなくていい」

私の声は、自分でも驚くほど、不快感と嫌悪に満ちていた。

「お前はそんなことを考えなくていい。結婚させる場合は、私が相手を選ぶから無駄なことは考えるな。公爵家の役に立つことだけを考えろ」

「はい。申し訳ありませんでした」リュカは、小さく肩を落としている。
「まあ、お前も良かれと思ってくれたのだろう。今日は晴れの日だ。祝ってくれてありがとう」

「マティアス、そろそろ行かないと」友人が声をかけてきた。
「すまないね、リュカ。この後、パーティーの準備があるのでね」
卒業後のパーティーは生徒会が主催している。生徒会役員としての最後の仕事だった。
「わかりました。兄上、お時間をいただきましてありがとうございました」
「ああ、元気で」

万一ということもある。軍役は遊びではない。
二度とリュカに会えないかもしれない。私は心から、リュカの幸せな未来を願った。

友人と準備のために寮に向かう途中に振り返ると、リュカがこちらを見てたたずんでいた。小さく手を振ると、弾かれたように大きく手を振り返してきた。
いつか、リュカへの思いを諦めることができるのだろうか。
それはまだ、わからない。

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